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1.光乾殿に通う鬼霊(3)



「……こうなるとはな」


 冬花宮まで戻り、秀礼と共に部屋に入る。腰掛けるなり秀礼は深く息を吐いた。その疲労は光乾殿でのことが原因だろう。


「鬼霊を祓うなと命じられるとは思わなかった。あれでは天命尽きる時を待てと言っているようなものじゃないか」


 彼としては帝を救いたいのである。そのために仙術について調べ、山奥に隠れ住む華仙一族を見つけ出しているのだ。帝のためにと動いてきたものが無に帰したのだから荒むのも仕方の無いことである。

 しかし引っかかるものがあった。紅妍は考えこむ。


(帝は光乾殿が二つの禍に蝕まれていることを知っているかのようだった。鬼霊は見えるものだからよいとして、呪詛は気づきにくいはず)


 紅妍などの華仙術師や、呪術に対する感覚が敏感なものは気づく。だがそれ以外は、どれだけ負の気に包まれていてもわからない。光乾殿を包む禍々しい気に、清益や韓辰が気づかないというのはそれである。

 帝は鬼霊や呪詛の存在を否定していない。となれば、帝は何かを知っていて口を閉ざしているのかもしれない。


 そこで藍玉が戻ってきた。藍玉には光乾殿までの供を頼んだが別件も依頼してある。彼女は籠を持って部屋に入る。


「お待たせしました。こちらがご所望の花ですよ」


 几に籠が置かれる。中には光乾殿の庭にあった木香茨(もっこうばら)がある。美しい花だから華妃様が気に入ったと理由をつけて、藍玉に摘んできてもらったのだ。

 その花に秀礼が眉根を寄せる。紅妍が花を手にする時の意味を彼もよくわかってきたのだ。


「紅妍。何をする気だ」

「花詠みですよ」

「鬼霊を祓うなと、帝が言っていただろう。余計なことをするな」


 秀礼は慌てているようだったが、紅妍は素知らぬふりをして花を手に取る。確かに帝に命じられているが、それは『鬼霊を祓うこと』だけである。


「帝は花詠みを禁ずると言いませんでした。それに、鬼霊祓いがよくないだけで呪詛を祓うことについては触れていません」


 もしも呪詛祓いも禁止にするのならばそう命じるだろう。けれど帝は二つの禍を否定せず、言及したのも鬼霊祓いだけである。

 紅妍の言葉に秀礼は目を見開いていた。おそらく、その考えは頭になかったのだろう。しばしの間を置いたのち、呆れ気味に吐いた。


「……お前は鬼霊のことになると心が図太くなるのだな」


 何とでもいえばいい。紅妍は秀礼を無視して、木香茨を手に乗せる。瞳を閉じ、花詠みに専念した。


 木香茨の記憶を辿るのは骨が折れそうだ。二つの禍に苛まれる土地で咲いていたからか花自体が弱っている。いつもの花詠みは、花が持つ記憶は絹糸のように細く、それを優しくたぐり寄せるのに似ている。だがこの木香茨は絹糸自体がいまにも千切れそうになっている。記憶を探ろうとしても脆く、鮮明に見るほどの力を欠いている。


 紅妍の額に玉のような汗が浮かぶ。意識は花に向けているため、部屋にいた秀礼や藍玉、清益らのことはわからなくなっている。花の中に溶け込んで記憶の海を泳ぐ。花の衰弱を示すように意識は途切れそうになり、身がひりひりと痛んだ。


(あなたが視てきたものを、教えてほしい)


 そしてついに、掴む。木香茨が見せたかったのだろう記憶が映し出された。




『これが成れば――ず、禍が……返りますよ』


 誰かの話し声がする。だがそれはかすれていてはっきりと聞こえない。

 光乾殿の庭で誰かが花を摘もうとしている。渡り廊下にいる者がそれを眺めているようだった。


『よい。成し遂げろ』


 その声音は先ほど聞いたので覚えている。帝だ。渡り廊下にいるのは帝だろう。庭にいる男は木香茨を摘んだ後、手にしていた木製の箱にそれを収める。底には割れた黒鏡が入ってて、それを隠すように木香茨が置かれた。


『……まさか……が……を呪うなんて』


 男がぼやきながら、懐から人型に切り抜いた木板を取り出す。そこには何かが書かれていたが花詠みの映像は鮮明ではなく細部まで読めなかった。

 小箱の蓋を閉める。それと同時に木香茨の記憶は終わった。




 紅妍は瞳を開く。体中がびっしりと汗をかいていた。息が荒い。


「どうした。何が見えた」

「……あ、あれは、」


 部屋にいる者は異変に気づいていた。秀礼は慌てているのか立ち上がって紅妍のそばに寄っている。知らぬうちに震えていた紅妍の肩を(さす)る。彼の手が持つ温かさはここが生の空間であることを示しているようだった。

 この花詠みは不完全だ。木香茨の力が足りなかった。けれどわかったことがある。


「呪詛は間違いなくあります」


 割れた黒鏡、媒介の花。そして呪いを込めた木板。人型に切り抜いていたことから、確実に誰かを呪ったのだろう。


(帝は……呪詛のことも把握している?)


 その疑念を口にする勇気は、まだなかった。

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