パーティー
その後、アレクはリィカにバルとユーリの名前も呼ばせ、その直後くらいにパーティー会場から声がかかった。
会場に入って紹介が終わるなり、暁斗と泰基は貴族たちに取り囲まれていた。二人が怯んでいるのは見て分かるだろうが、それで遠慮するような貴族たちではない。……というか畳みかけようとしている貴族たちの間に、ヴィート公爵が割り込む。
ヴィート公爵の、笑顔でありながらウンザリしているのが丸分かりの表情に、アレクは自分があの場にいなくて良かったと、心から思う。
アレクの役目は、リィカと一緒にいることだ。そのリィカは、アレクに掴まって必死になって立っている。控え室と違い、この会場では椅子に座ることはできない。だが、立つことだけに集中しているのは良いことかもしれない。
(もしかして、それが王妃様たちの狙いか?)
動きにくい靴をわざわざ履かせた理由を考えていると、声をかけてくる者がいた。
「おや、アレクシス殿下はその平民のお守りですかな?」
ニヤニヤ笑って声をかけてきたのはレイズクルス……ではなく、その側近のガルズ侯爵だ。
「王子というご身分のある方が、平民と共にいるとは。……ああ、そういえば殿下の母君は身分が低い方ですから、お似合いと申すべきですかな?」
リィカを出しにアレクを見下してくる。チラリとリィカを見ると、まったくガルズを気にしている様子がなく、そのことに安堵する。
「このパーティーは、勇者一行の旅を祈願するものだろう? 一緒にいるのが何かおかしいか?」
母親の身分云々の話はウンザリだ。だから、アレクは受け流す。いちいち気にしていられない。
「いえまさか、おかしいことなど何もございませんよ。魔王討伐が無事に成ることを祈願いたします」
小馬鹿にした笑みを引っ込めることなく、ガルズはそう言うとこの場を去っていく。しかし、入れ替わるようにまたも魔法師団員が近づいてきた。
「アレクシス殿下、お久しぶりでございます」
「……ああ」
名前はベイリー。レイズクルスが勇者一行の旅に加えると言っていた男だ。普段はレイズクルスやガルズの後ろにいるだけの男が、自分から声をかけてきた。一体何を考えているのかと思っていると、ベイリーがリィカへ視線をチラリと向けたのが見えた。
「そちらの平民と以前顔を合わせたときには、まったく話ができずに終わりましたからな。この私の代わりに勇者一行に同行するのですから、せいぜい頑張ってもらわねば困ると、激励に参った次第ですよ」
ニヤニヤ笑って、リィカを見ている。そのリィカはというと、目を伏せていて顔を上げない。
平民という身分で貴族であるベイリーに失礼を働かないように、あるいは貴族の代わりとなった自らの立場の重さを、今さらながら痛感している。……ようにベイリーには見えているかもしれない。
「心配いらない。リィカの実力は、俺たちがこの目で見ているからな。いい働きをしてくれるだろう」
返事をするのは当然アレクだ。
今のリィカの状況を、ベイリーは自分の都合の良いように解釈するだろうが、実際には、単に立っているだけで大変という状況で、話を聞いてすらいない。
そもそも「以前顔を合わせた」というのは、リィカが暁斗の指導のために王宮へ訪れたときのことを言っているのだろうが、おそらくリィカは覚えていない。そして、覚えられていないということすら、きっとこの男は想像もしていないのだ。
「アレクシス殿下も酔狂なことです。水晶で測定したわけですし、確かに魔力量は多いのでしょうが、それで学年一位を取ったというだけ。けれど魔法の真髄は、魔力量だけでは決まりませんよ?」
「…………」
お前が言うなと言いたくなることを言われて、アレクは黙り込んでしまった。「魔法は魔力量だけではない」とは、レイズクルスに言いたいセリフだ。
レイズクルスを上回る魔力量を持つ平民の登場に、当の本人であるレイズクルスは動揺したはずだ。それまで「自分こそがアルカトル最高の魔力の持ち主」であり、「神に選ばれた人間」だと吹聴していたからだ。
リィカは自身がまったく意図しないところで、レイズクルスのプライドにダメージを与えた。だがリィカの身分が平民でしかないために回復も早く、それを国王は残念がっていた。
そのリィカが中間期テストで魔法の実技一位を取ったとき、レイズクルスは嘲弄したらしい。「魔力量が多いだけだ」と。それだけで一位を取れるほど甘くはないのだが、レイズクルスがそれを認めることはなかったようだ。
何も言わないアレクをどう思ったのか、ベイリーの笑みが醜悪さを帯びた。
「勇者様ご一行の旅のご無事をお祈りいたします。もしその娘の体に飽きられたときには、王都へご連絡頂ければ、もう少しマシな娘をご用意いたします」
「彼女の魔法の力を欲しただけ、と以前レイズクルスにも言ったはずだが?」
「ああ、そうでございましたな。失礼いたしました」
リィカに嘲りの笑みを向け、ベイリーは去っていく。アレクがため息をつきつつリィカの様子を伺うが、やはり話を聞いていた様子はなく、ホッとする。
暁斗が魔法を使えるようになった後、レイズクルスの指導者としての暁斗への態度を報告した際、アレクはリィカを指して言っていた「旅の慰み者」という言葉も、国王へ報告していた。だが、国王の反応はアレクの思っていたものとは違った。
『そう言われることを、まったく考えていなかったのか?』
呆れたように言われたのだ。絶句したアレクに、国王は「しょうがないな」と笑う。
『いきなり平民の女性を仲間に加えたのだ。学年一位の成績を取ったといっても、詳細までは分からない。内情を知っている者ならともかく、学生よりは軍人の方が実力は上だと、普通であればそう判断する』
アレクは息を呑んだ。アレクがリィカを旅の仲間へと望んだのは、まさに「内情を知っている」からだ。
確かに、普通であれば軍人の方が強いと思うのが自然だ。だというのに、そちらを断り平民を仲間に加えた。一体それは何故なのかと考えて、その結論の一つとして「旅の慰み者だ」というのがあっても、おかしくないのだ。
『リィカ嬢が教えて勇者様が魔法を使えるようになったなら、それを実績として押し出せる。そうすれば、大半の貴族たちは見方を変えるだろう。だが、邪推をまるで真実のように言い続ける輩も、いなくなりはしない』
だから、と国王は続ける。
『きちんと守ってやりなさい。平民を巻き込んだ、それがお前達の責任だ』
国王の言葉に、アレクはうつむいた。本当に、そんなことまで考えていなかったのだ。「はい」と一言返事をしたアレクに、国王は優しく笑った。
『儂らも手を貸すから、また何かあれば言ってきなさい』
その言葉が心強く、嬉しかった。
そんなことを思い出して、アレクはフッと笑った。
それからリィカが王宮へ泊まっていたが、近寄る貴族はいなかった。二人の勇者同様に、国王である父が手を回してくれていたからだ。
(このパーティーが最後だ)
旅にさえ出てしまえば、悪意をぶつけてくる貴族もいなくなる。パーティー中くらいは、父に頼らずにリィカを守ってやると、アレクは決意を固める。
だが、またも近寄ってくるレイズクルス派閥の魔法師団員に気付き、アレクはため息をついた。
(面倒だな)
早く終わってくれないかと、アレクは思うのだった。
※ ※ ※
ちなみに、パーティー終盤。
挨拶が一段落した頃、王妃がアレクに近寄ってきた。
「リィカさんに抱き付かれていて、どう? 嬉しいでしょ?」
コソッと、隣にいるリィカにも聞こえないくらいの小さな声での耳打ちに、アレクの顔が赤くなる。歩きにくい靴を用意した本当の理由など知らない方が良かったと、アレクは思ったのだった。




