崖の際の戦い
サブタイ、「崖の際の戦い」と呼びます。
念のため。
正面から突っ込んできたパールが、そのまま顔面に拳を繰り出してきた。
リィカは、驚いて躱そうとするが、間に合わない。
かろうじて、腕でのガードが間に合ったが、
「………………っ……!」
腕が痛い。痺れる。けれど、それを気にしていられない。
お返しとばかりに、《火球》を顔面にぶち込んだら、腕で防御された。
「いい度胸してんじゃない。――殺してやるわ!!」
どうやら、注意を自分に向けることには成功したようだ。
もう一発、ダメ押しに《火球》を顔面に放つと、リィカはその場から離れる。
相手が近接戦闘もできるとなると、完全に後衛のリィカは、距離を詰められると不利だった。
「《炎の槍》!」
森の中に逃げるリィカを、後方から追い掛けてくるパールが、魔法を使ってきた。
「《水塊》!」
中級魔法の《炎の槍》に対し、リィカも中級魔法を放つ。
《炎の槍》を消滅させ、さらに《水塊》がパールに命中した。
「――…………ちっ!」
舌打ちしたのが聞こえたが、気にせずリィカは走る。
(この人、さっきから詠唱しないで魔法を使ってる……。この人だけ? それとも、魔族はみんな詠唱しなくても、魔法を使えるの?)
もしそうだとしたら、厄介だ。
「《竜巻》!」
振り向きざまに、さらに一発魔法をお見舞いする。
(このまま距離を開けたまま、魔法を使い続ければ……!)
そう考えたリィカの視界が、一気に開けた。
「……………え……」
そこは崖だった。崖の下には川が流れている。
(しまった……!)
致命的なミスだった。
「追い詰めたよぉ? 要するにアンタ、近距離での戦闘ができないんだね?」
パールがリィカに近づいてきた。
「魔法合戦じゃアタシは勝てなそうだけど……でも、アタシはこっちのが好きだしね。――覚悟しなよ。ボッコボコにしてあげる」
握った拳を、わざとらしくリィカに見せつける。
ニヤニヤと面白そうに笑うパールを見ながら、リィカは必死に対抗策を考えていた。
※ ※ ※
走って行くリィカと、追い掛けるパールを見ながら、暁斗は身体の震えをどうしても抑えきれなかった。
「アキト、タイキさん、大丈夫ですか?」
駆け寄ってくるユーリに、何も言葉を返せない。
――魔族から守るために、自分を背に庇ったリィカ。その姿が、夢の中の母親の姿と重なった。
「……いやだ……ちがう……」
暁斗の口から、言葉が漏れる。
「……ちがう……母さんなんか、知らない……キライだ……いやだ……」
頭を抱えて、目からは涙がこぼれ落ちそうになっていた。
「――ユーリ、暁斗を頼む」
青い顔をしたままの泰基が、そう言って走り出そうとするのを、慌ててユーリが引き留めようとしていると、暁斗が泰基を見た。
「……父さん、どこ、いくの」
「リィカを追う。一人じゃ危ないだろ」
「そんな……! だって、相手は人だよ? 人と、変わんないじゃん!!」
暁斗のその叫びに、ユーリは大きく目を見開いた。
けれど、泰基は冷静だった。
「そうだな。……想像してた以上に、そんなに変わらなかったな」
苦笑いをした泰基は、暁斗の頭に手を置いて、優しく撫でる。
「いっそ、見た目から化け物であってくれれば、良かったのにな。でも、それを言ってもしょうがない。俺が行ってくるから、お前はユーリとここで待ってろ」
そう言って、泰基は身を翻して駆け出した。
暁斗は、そんな父親の後ろ姿を見て、手を握りしめる。
「……オレも行く」
つぶやいて駆け出す暁斗を、ユーリも追い掛けた。
だが、どこに行ったかが分からない。
何の手がかりもなく、探す方法がない以上、しらみつぶしに探すしかなかった。
「リィカ、どこに……」
泰基がつぶやいたとき、
「ユーリ、アキト、タイキさん!!」
アレクとバルが走ってきた。
「二人とも、魔族は……」
「倒した」
ユーリの問いに簡潔に答えるアレクとバルには、返り血が付いているのが分かり、暁斗も泰基も息を呑む。
「それより、なんでここにいるんだ?」
「……リィカを助けようと来たんですが、場所が分からなくて」
「ああ、そうか。――こっちだ、急ぐぞ」
何で分かるんだ、と問いかける余裕もなく、駆け出していくアレクたちを追って、暁斗も泰基も駆け出した。
※ ※ ※
顔面めがけて飛んできた拳を避けて、至近距離で《風斬》を放つ。
わずかに舌打ちするのが聞こえる。
相手が魔法に対処している間に、少し距離を開ける。
「《疾……》」
「させないよ!!」
しかし、あっという間に距離を詰められ、魔法を放つのを中断させられる。
今使おうとした《疾風》は、中級魔法だが、名前も短く、速さが特徴の魔法だ。これなら、唱えきれると思ったが、甘かったらしい。
ローキックをかわせず、まともに食らうが、体勢を崩しながらも《火球》を放った。
現状、リィカがまともに使えるのは、初級魔法だけだった。
中級魔法は、魔法名を唱えきる前に、中断させられてしまう。
思うだけで発動可能な初級魔法だけが頼り。だが、それだけでは多少の時間を稼げるだけで、相手にダメージを与えられない。
それなのに、自分はもう何度も攻撃を受けてしまっている。
そして、もう一つ危険なのが、背後に崖があることだ。
何とか崖から離れようとするが、それすらもさせてもらえない。
この状況を打破できる魔法は、二つ。
もしそれらが破れれば、他に方法はない。
再び、《火球》を放つ。――が、簡単に避けられる。
「ムーダだよ! そろそろ終わりにしてあげる!」
拳が握られるのを見ながら、リィカは《落とし穴》を唱えた。
「ぎゃあ!?」
突然足下が陥没し、悲鳴を上げてパールが下に落ちた。
初級魔法のうち、火・水・風魔法は、同系統の魔法が三つあるだけだ。
すなわち、《球》、《斬》、《矢》。
しかし、土魔法だけは、《球》だけは同じものの、他の二つは違う魔法だ。
そのうちの一つが、《落とし穴》。
下に一メートルほどの落とし穴を掘る魔法。
「――ナメんなよ!」
とはいっても、たかが一メートル。
パールくらいに身体能力が高ければ、簡単に脱出もできるだろう。
案の定、簡単に穴から飛び上がって、リィカに向かってくる。
しかし、それだけあれば、中級魔法を唱えるのに十分だった。
「《火炎光線》!!」
貫通能力のある魔法を、パールの心臓めがけて打ち出した。
――鮮血が、散った。
※ ※ ※
「――いた!」
アレクたちが、リィカを見つけた。
背後がすぐ崖になっている状況で戦っているのを見て、すぐに駆け出した。
※ ※ ※
「やってくれんじゃないの! アンタ!!」
パールが脇腹を押さえながら、大声で吠えた。
(外れた……!)
それをすぐ理解して、リィカはもう一つの土魔法、《石柱》を発動させる。
今度は、上に押し上げたが、パールは全く怯まない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
《石柱》を蹴り出しながら上げた声は、咆哮というに相応しいものだった。
その声に、迫力に、リィカの身体は硬直した。動けなくなる。
パールに右拳に、強い魔力が集まっているのが見えた。
――あれを食らったら、ダメだ!
そう思うのに、身体は凍り付いたように動かない。
「リィカ!!」
その瞬間、名前を呼ばれた。そして、眼前に誰かが飛び込んでくるのが分かって、目を大きく見開く。
――…………まさか……アレク!?
「――……が…………は…………」
パールの攻撃が、アレクに命中する。
腹部に攻撃が命中し、大量の血が飛び散る。
後ろに倒れるアレクを支えようとして、――支えきれず、リィカはアレクと一緒に、崖下に落ちていった。




