36.ユーリッヒ
小さい頃から、大抵のことはできた。
豊富な魔力量を持っていて、魔法を使うことも簡単だった。
自分はきちんとできている。
それなのに、魔法を使っていると、父に注意をされることが多かった。
それが、不満だった。
「あれ? 何でユーリ様、教会に出てるんですか?」
そう言われて顔を上げると、そこにいたのは、僕の婚約者のエレーナ・フォン・サロモンでした。
魔王討伐の旅の出発まであと少し。会いに行こうと思っていたのですが。
「なぜエレーナがここにいるんですか? 僕、サロモン男爵家に訪問の連絡、しておいたと思いますけど」
「はい、連絡ありましたよ? でも、ユーリ様お忙しいだろうから、だったら私が来ちゃえって思って、来ちゃったんですけど。なんで普通にお仕事してるんですか」
それには答えず、まさに魔法治療中の人の状態を確認。終わったことを伝えます。
教会では、お布施をもらうことで、怪我や病気などの治療を引き受けています。僕は、その対応をしていた所でした。
「しばらくやってませんでしたから、ちょっとした気分転換です。――それよりもすいません、エレーナ。もっと早くに伺うべきでした」
「いいですよ、別に」
そういってエレーナはニカッと笑いました。
エレーナは、教会の祝福を受けた女神官です。
家族が怪我をした時に、自分で治したい、と祝福を受けました。
祝福は無料ですけど、怪我の治療はお金が掛かってしまいます。
逆に言うと、自分が治療を施せば、その分収入になるので、お金を稼ぐ手段の一つでもあります。
サロモン男爵家は、それほど裕福ではないそうなので、良い収入源だそうです。
父様は、僕に神官と婚約させたいとよく言っていました。
おそらく、色々探していたんでしょうけど、その前に僕が、彼女の飾らない態度が嬉しくて、婚約者にと望みました。
何か言われるかと思いましたが、相手が神官であれば問題ない、という言い方で、婚約を許してくれました。
「ねえユーリ様。旅から帰ってきたら、おいしい食べ物がどこにあるか、教えて下さいね」
「……僕が何しに行くのか、分かってます?」
「各国の、おいしいもの食べ放題旅行!」
食べるのが好きなエレーナらしい言葉ではありますが、流石に呆れてもいいでしょうか。
「……まあ、余裕があれば、気にしておきますよ」
「絶対ですよ? 約束ですよ? ……破ったら、泣きますから」
その言葉に、ようやく分かりました。要するに、心配してくれていたんですね。
「分かりました。……約束します」
そう言うと、顔がパッと明るくなります。
「あ、でも。ユーリ様、一緒に旅する人の中に、すごく可愛い子がいるって聞いたんですけど。……浮気、しないで下さいね」
「しませんよ」
エレーナもそうですが、アレクにも睨まれる未来しか思い浮かびません。
「……旅、怖くないですか」
「そうですね。怖いと言えば、怖いですかね?」
「それでも、行くんですか?」
「ええ、もちろん」
「……分かった」
聞かれるままに答えていたら、不意に声が暗くなりました。
「エレーナ?」
「……泣いて困らせる前に帰ります。ユーリ様、約束忘れちゃ駄目ですよ!」
それだけ言い放つと、僕が何か言う前に、走り去っていきました。
「ユーリ」
後ろから声を掛けられると、いたのは父様でした。
「……追い掛けていった方がいいんでしょうか」
「必要ないと思いますよ。自分の気持ちは、自分でしか決着をつけられませんからね」
父様らしい言葉です。魔法で心は治せない、とよく言っています。
「ユーリは、決着ついているんですか? 旅が怖い、とは初めて聞きましたよ」
「大丈夫です。問題ありません」
笑って、そう答えました。
アレクとバルが冒険者をやっている、と聞いた時、そこに自分も便乗させてもらいました。
思い出すのは、猪と対峙した時。
たった一発の攻撃を受けただけで、結界がボロボロになりました。
しかも自分はそのことに気付けずに、アレクとバルを危険に晒すことになってしまった事がありました。
それまで、自分の魔法に自信がありました。
その自信を粉々に打ち砕かれて、悔しくて、もう一度勉強し直して。そうしたら、それまで自分がどれだけ適当に魔法を使っていたのかを、思い知らされました。
そうして、本気で魔法に取り組んでいったら、いつしか、父様から注意を受けることもなくなっていました。
「ユーリ。これを持って行きなさい」
そう言われて、差し出されたものを見て、驚きました。
「マジックポーションですか!? しかも、三本も!?」
一本手に入れるのでさえ大変なものを、こんなに?
「もったいなくて、なかなか使えなかったんですが、幸いでした。一本は、新たに手に入れましたが、二本は昔手に入れたものですよ。――持って行きなさい。あって困るものではないでしょう?」
「……ありがとうございます」
恐る恐る受け取るのを、父様は笑って見守っています。
「行ってきなさい、ユーリ。――大切な友達を、守りたいのでしょう? マジックポーションは、その役に立てなさい」
「はい」
アレクとバルを、危険に晒してしまった自分が許せませんでした。
だから、必死に強くなりました。
無茶しがちな二人を、守るために。
「行ってきます。――父様」
今度は絶対に、失敗しません。




