33.リィカ⑪
そして、いよいよ旅立ちの前日。
王宮で、勇者の旅立ちを激励するパーティーが行われるらしい。
……いや、前から話は聞いてたんだけどね。
わたしは出なくていいよね、と思っていたのに、出席の方向で話が勝手に進められていた。
しかも、貴族の女の人たちが着るような、ドレスを着るらしい。
気付けば王妃様とかレーナニア様とか、侍女の人たちがわたしを取り囲んでいて、着せ替え人形にされた。
アレクシス殿下方にはようやく最近慣れてきたけど、それでもこっちは平民だ。
何も口出しできないままに、いつの間にかわたしの着るドレスも決められていた。
パーティー当日。
(――歩けない)
コルセットが苦しい、とか、ドレスを着るだけで疲れた、とか色々あるけど、一番の問題がそれだった。
だって、靴が小さい。ヒールが高い。どうやってこれで歩けと?
立つだけはできたけど、それ以上動けなくなってしまった。
王妃様は「あらあら」と微笑ましそうに言うだけ。
レーナニア様が、「じゃあ、後はパートナーにお願いしましょう」と言って、扉を開けられれば、その向こうにいたのは、アレクシス殿下だった。
何でも、ドレスを着た女性は、一人で歩くものではなく、必ず男性が付き添うらしい。
その付き添いを、アレクシス殿下がして下さることになったのだとか。
申し訳ないからお断りしたかったんだけど、決定事項として言われてしまえば、口を挟めない。
アレクシス殿下にご迷惑をおかけします、と伝えたら、妙に不機嫌になってしまった。
時々、殿下がこうして不機嫌になることがあるから、どう接していいものかを悩んで、ユーリッヒ様に聞いてみたら、なぜか大笑いされた。
聞けたアドバイスは、「別に怒ってるわけじゃないから、気にしなくていいですよ」だ。それができないから聞いたんだけど……。
わたしに近づいてくるアレクシス殿下は、わたしの纏っているクリーム色のドレスと、同色系統の正装をしている。
というか、普通に格好いい。
普段は気さくすぎて、王子様感があまりないんだけど、こうしてみると、本当に一国の王子様なんだなぁ、と思う。
そんなアレクシス殿下は、わたしと一定の距離を保ったところで、立ち止まった。
なぜか、口を半開きにして呆然としているように見える。
(何だろう?)
不思議に思って、首をかしげつつ、「アレクシス殿下?」と声を掛けてみたら、呆然とした表情のままで、
「……その……きれいで、びっくりした」
そう言われて、顔が赤くなるのを感じた。
……いや、だってね? きれいとか言われたの初めてだし。
呆然としたまま言われた言葉だからこそ、それがお世辞なんかじゃないって分かってしまった。
どうしよう、と思っていると、アレクシス殿下が夢から覚めた顔になって、
「あ……いや……すまない。違くて……いや、きれいなのはそうなんだけど……」
なにやらパニックになっているらしい殿下に、王妃様が頭を小突いていた。
そして、さらにアレクシス殿下が距離を詰めてきた。
「俺も、女性のエスコートとか、あまり……というか全然慣れていなくて悪いんだが、ちゃんと勉強はし直してきたから……。今日は、頼む」
そう言って、わたしの手をとって、手の甲に口付けた。
……って……ええっ!?
慌てたら、かろうじて立っていたバランスが崩れてしまう。
「……きゃあっ!?」
我ながら、可愛い悲鳴が出たものである。
倒れる前に腰を支えられて、見ればアレクシス殿下の顔がすぐ近くにあった。
「…………大丈夫か?」
優しく言われて、立たせてもらう。コクコク頷くわたしの顔は、きっと真っ赤になってる。
イケメンのどアップは、心臓に悪い。
「……こういうとき、ちゃんと男が鍛えていると、絵になるのね」
「そうですね。あれがアーク様だったら、支えきれずに一緒に倒れるだけです」
「陛下もそうでしょうね。そもそも、あの場面で咄嗟に動けるのか、という所から疑問だわ」
王妃様とレーナニア様が、何かしみじみ語り合っていますが……、わたしはどうしたらいいんでしょう?
そんなわたしの思いが通じたのか、お二人がこっちを見た。
「アレク。今日はちゃんとリィカさんの側にいるのよ? それと、きちんと歩けないみたいだから、ちゃんと助けてあげなさいね?」
「リィカさん、アレクシス殿下が側にいれば大丈夫だとは思いますが、何かあったら呼んで下さいね?」
行ってらっしゃい、と送り出された。――動けないんですけどね。
「リィカ、歩けない?」
アレクシス殿下に聞かれて、うなずく。
「靴が小さくてヒールも高くて……、すいません。こんな靴履いたことがなくて……」
そうしたら、殿下の顔が険しくなったから、慌ててまた謝った。
「いや、ごめん。――じゃあ、俺の腕に手を回して」
「……え?」
殿下が左肘を曲げて、わたしの方に差し出した。
「俺に掴まって。体重掛けていいから」
「…………はい。……失礼します」
一瞬、申し訳ない、と頭をよぎったけど、確かにそうでもしてもらわないと歩けない。
ここは素直に従うことにした。
最初は、そっと添えるしかできなかったけど、いざ歩き出したら、もう必死でしがみついていた。
「アレク! リィカ!」
歩くことだけに集中していたら、声を掛けられた。
見れば、いつものメンバー。一緒に旅に出る面々だ。
みんな、正装している。
「うわぁ、リィカ、きれいだね」
のほほんとそう言ったのは、暁斗だ。
そういう暁斗も、正装を纏った姿は様になっている。
「でも、腕組んじゃって、どうしたの?」
「………………!」
その言葉に動揺して、慌てて手を離そうとしたら、またバランスを崩してしまった。
「ばかっ! リィカ!」
またも、アレクシス殿下が支えてくれたけど……。
「手を離すな。ちゃんと掴まっていろ」
「……はい」
「それとアキトも。女性がドレスの時に履く靴は歩きにくいんだ。リィカは慣れていないから余計にな。だから手を貸してあげてるだけだ」
「……あ、うん。そうなんだ……」
そんなムキにならなくても、とつぶやく暁斗の声が聞こえた気がした。
勇者パーティー一行の控え室、というのがあるらしい。
わたしたちはパーティーの主役なので、会場入りが最後の、王族と一緒になるらしい。
それまでは、ここで待機だ。
「少し座って休んでろ」
アレクシス殿下に言われて、ソファに腰を下ろす。
ほら、と言われて飲み物の入ったコップを渡される。
王子殿下にそれをさせる平民ってどうなんだ、と思うけど、一人で動けないんだからしょうがない。お礼を言って受け取った。
飲み物を飲んで、一息つくと、周りを見る余裕もできてくる。
思い思いに皆座っているが……、
「みんな、格好いいなぁ……」
思わず声に出してしまったら、五人から凝視された。
「……そう言ってもらえて、嬉しいですけど」
「リィカに言われても、説得力がねぇっつうか」
「リィカの無自覚さ、どうにかした方がいいんじゃないのか」
「え? 無自覚って何が?」
「王妃様も義姉上も気合い入っていたからな」
上から順番に、ユーリッヒ様、バルムート様、泰基、暁斗、そしてアレクシス殿下である。
何を言われてるのか分からなくて首をかしげると、暁斗を除く面々がため息をついた。
「それよりも、リィカ。俺たちは明日から一緒に旅をするだろう?」
「は……はい」
アレクシス殿下に言われて、うなずく。
「旅している途中、殿下とか様付けとかで呼ばれると困るんだ。
――だから、今から、俺のことはアレクと呼んでくれ。敬語もいらないからな」
「……………はい?」
「ついでに言えば、あっちは、バルとユーリな。ほら、呼んでみろ」
「おれたちはついでかよ」
「まあまあ、いいじゃないですか」
ここでようやく、何を言われたのかを理解した。
「…………………………ええ!? ま……待って下さい!」
そんなのムリ、と言おうとしたけど。
「敬語禁止って言っただろう?」
アレクシス殿下が近づいてきて、わたしの前にひざまずく。
疑問に思う間もなく、手を取られて、手の甲にキスされた。
「――――――!!」
今は座っているから、倒れることはないけど、逆に逃げ場もない。
「また敬語とか殿下呼びとかしたら、その度にキスする。――別に、名前を呼ぶだけだろ?」
「……な……な……なんで……」
「街中で殿下とか呼ばれたら、周りにバレて大騒ぎになるだろう? 俺としては、至極真っ当なことを言っているつもりだが」
いや、そっちもそうだけど、そうじゃなくて、なんでキスなの?
困って周りを見てみれば、そっぽを向かれた。暁斗に関しては、泰基が向かせてるけど。
「ほら、リィカ」
アレクシス殿下に手を引っ張られた。と思ったら、また手の甲にキスされた。
「埒があかないから、時間制限もつけることにした。――ほら、早く」
「うぅ…………………。……………………………アレク」
意を決して名前を呼べば、本当に嬉しそうに笑った。
「ああ。よろしくな、リィカ」
そう言って、もう一度手の甲にキスされた。
……呼んだのに!!
「――アレク、僕たちの名前も呼ばせてほしいんですけど?」
「知らん。自分で何とかしろ」
「何とかって……アレクと同じ事してもいいんですか?」
「いいわけないだろ!」
わたしは吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
目を白黒させていると、アレクシス殿下……じゃないな、アレクにまた手を取られた。
「ひぇ!」
手を引っ込めようとして、強く握られて敵わない。
「まあそういうことなんで、あっちも名前呼んでやってくれ」
「………………バル、と………………ユーリ」
ここで逆らってもしょうがない。
一気に……とはいかないが、名前を呼ぶ。
「おう、よろしくな」
「よろしくお願いしますね、リィカ」
バルとユーリに挨拶を返している中。
泰基が、複雑な表情でわたしを見ていた事に、気付くことはなかった。
そして、旅立ち当日。
わたしたちは、王都の門前にいた。
旅をするのに必要なものは、旅装束なども含めて、みんな王宮側で用意された。
ここにいるのは、わたしたちの他に、旅に出る面々の関係者、王族の方々や、バルやユーリのご家族。
それと、隣町まで馬車で送ってくれることになった、副騎士団長のヒューズさんだけ。
他にももっと人は集まっているらしく、離れた所から喧噪は聞こえるが……、
「あ、おい。だから中に入るな!」
そんな兵士の声が聞こえて、そっちを見れば、兵士に追い掛けられているのは、
「――お母さん!?」
驚いて駆け寄った。
「ああ、リィカ。会えて良かった」
「良かったじゃない! 下手したら捕まるよ!?」
兵士達を見れば、王様が止めてくれたみたいだ。
「あんたに会えた後なら、捕まってもいいよ。旅に出る前に、もう一度だけ、言っておきたかったの。――行ってらっしゃい、リィカ」
「うん……。行ってきます。お母さん」
そして、長い旅が始まる。
こんな終わり方をしておいて何ですが、旅立ちまであと四話です。
アレク編、バル編、ユーリ編、暁斗&泰基編を入れて、第一章が終わります。




