魔法の訓練
午後は魔法の訓練だ。
「ヤだなぁ」
昼食を泰基と一緒にとりながら、暁斗はそうこぼす。
「教えてもらうんだ。そんな態度でいたら駄目だぞ」
「そうだけどさぁ……」
そう言われても、嫌なものは嫌なのだ。騎士団長の話を聞いたあとなので、ますます嫌になってきた。
そして迎えた魔法の訓練の時間。アレクは一緒にいるが、バルはいない。指定された練習場へ行くと、レイズクルスは後ろに二人を控えて、暁斗を待っていた。
だが、一緒に来たアレクを見て不満そうにした。
「何か問題か?」
「いえ、何もございません」
見咎めたアレクがわざとらしく聞くと、レイズクルスは表情を消して答える。そして、アレクがいることは気にしないことにしたのか、すぐ暁斗に向き直った。
「勇者様、足をお運び頂き、ありがとうございます。私はエイブラム・フォン・レイズクルス。レイズクルス公爵家の当主であり、魔法師団の師団長を務めさせて頂いております」
右手を左胸に当てて、暁斗に挨拶する。その仕草を見て、暁斗は「アニメで見たやつだ」と内心で思う。
レイズクルスは、続けて後ろにいる二人に手を向けた
「この者はオーガスタ・フォン・ガルズ。ガルズ侯爵家の一員で、私の腹心の部下でもあります。そしてもう一人はベイリー・フォン・トーマス。トーマス侯爵の子息で、将来有望な若者です。勇者様と知らぬ仲でもありませんので、こうして一緒に連れて参った次第でございます」
一気に聞かされた名前に、暁斗は「そんなに覚えらんないよ」と思う。さらに「知らぬ仲でもない」と言われた、二人目の男に内心で首を傾げる。誰だっけと思った瞬間に、唐突に思い出した。
召喚されたあの場所から謁見の間まで誘導した人だ。ということは、レイズクルスが旅に同行させると言ってきた魔法師団員が、この人だ。アレクたちが「嫌だ」と言っていた人物。
(うわぁ嫌だ。そんな人、連れてこなくていいってば)
ますます憂鬱になった。できるだけ早く終わらせたいと思って、暁斗は口を開いた。
「よろしくお願いします。さっそく教えてください」
まだ話を続けたそうだったレイズクルスは、暁斗のその言葉に微妙に顔が引き攣ったのだった。
※ ※ ※
魔法とは、この世界が生まれたときに、神々が人へ与えたものである。その力は、火・水・風・土の四つの属性と、魔法を扱うための魔力。
それらの力は、生まれ落ちる前に神からの審判を受けて、その人にふさわしい属性と魔力が与えられる。つまり、それらの力を多く授かった人間は、神から選ばれた人間なのだ。
「四つすべての属性を与えられた人間は、そうはおりません。この私ですら三属性ですから。勇者様が四属性を持つと伺ったときには、さすがに神に選ばれたお方だと、感激した次第でございます」
レイズクルスのわざとらしい言葉に、暁斗の顔が引き攣った。
「公爵閣下の仰る通りでございます」
「さすがは勇者様でございます」
さらには、残った二人もレイズクルスや暁斗に媚びるような態度を見せる。暁斗は「嫌だ」を通り越してすでに逃げたくなっている。
(そもそも、神に選ばれた人間ってなんなのさ)
自分たちがそうだと言いたげだが、そう思っているレイズクルスたちこそ、暁斗は信じられない。だが、レイズクルスは二人の言葉に満足そうにして、話を続けた。
「魔法を使うときは必ず詠唱を行います。その詠唱は、神へ感謝を捧げる言葉です。そして魔法名を唱えたときに、感謝を受け取った神が力を与えてくださることで、魔法は発動します」
その説明を聞いて、暁斗は騎士団長の言っていた「詠唱しないなんてとんでもないと怒る」という言葉を思い出した。もしかして、この話と関係しているんだろうか。暁斗は疑問を口にした。
「生まれる前にもらった力なのに、使うたびにいちいち感謝しないと使えないの?」
自分の力としてもらったものだ。別に感謝をするのが駄目だというつもりはないが、もらったはずの力を自由に使えないというのは、おかしい気がする。
「勇者様は異世界からいらっしゃったので、お分かりにならないのでしょうが、神とは偉大な存在でございます。その神に与えられた力を、人の身で使おうというのです。当然、それ相応に辿るべき道筋がございます」
レイズクルスの苦笑している顔は、「何を馬鹿なことを言っている」と言わんばかりの、呆れた顔だ。
(うーん……。でも実際に詠唱なしで使ってる人がいるんだしなぁ)
なぜ詠唱が必要なのかの理由が、よく分からない。宗教とか神話とか、そんな人が後付けで考えた話だと思った方がしっくりくる。だが、無詠唱をやりたいと言ったところで、教えてくれないどころか、見下してきそうだというのは、何となく理解した。
「魔法を使うと魔力を消費いたします。つまり魔法は、基本的には正しい詠唱と消費する分の魔力が身の内にあれば、発動すると言われております」
「……基本的には?」
話の内容が実際に魔法を使うときの話になって、少し面白くなる。
「はい。例えばまったく魔法を使えぬ者が、いきなり上級魔法の詠唱をしたところで魔法は使えません。一番下の生活魔法でも、最初から発動に成功する者は稀でございます」
「ふーん?」
暁斗は首を傾げつつも頷く。普通はそうだろうと思う。何でもそうだが、やってすぐできるような人はいないと思う。レイズクルスが何かを期待するかのような目を暁斗に向けているが、それが何なのか暁斗には分からなかった。
※ ※ ※
(ちっ、気が利かぬな)
レイズクルスは舌打ちしたかった。「最初から発動に成功する者は稀」だと言ったのだから、勇者は「公爵閣下はどうだったのですか?」とレイズクルスに質問するべきなのだ。
そうしたら、自分がその「稀」な存在であることを説明できた。自分が「神に選ばれた人間」であることをアピールすることで、勇者を心酔させることだってできた。そうすれば、思うように勇者を操ることだってできたのだ。
(所詮は子どもか)
子どもの勇者に気を利かせろというのが、間違っていたかもしれない。アピール方法を変えるかと思うが、やり過ぎるとわざわざ一緒に来たアレクが口出ししてくるかもしれない。
面倒だと思いながらも表情には出さずに、レイズクルスはさらに説明を続けるのだった。
※ ※ ※
「魔法は大きく分けて、攻撃魔法と支援魔法がございます」
ついにというかやっとというか、魔法の具体的な話が始まったらしいと、暁斗は身を乗り出した。
攻撃魔法は、その名の通りに相手を攻撃する魔法。その最下位に属するのが「生活魔法」と呼ばれる魔法だ。
分類上は攻撃魔法だが、実際には料理のときに火を付けたり、飲水用の水を出したりするなど、日常生活で使われるため「生活魔法」と呼ばれている。
その上に、初級魔法・中級魔法・上級魔法がある。初級魔法は威力は少なく敵単体にしか効果がないが、詠唱時間は短い。上級魔法になると、複数の敵に効果があり威力も強いが、詠唱時間が長い。
中級魔法は敵単体への攻撃だったり複数への攻撃だったり、種類は多彩にある。
支援魔法は、回復魔法・防御魔法・強化魔法の三種類をまとめて、そう呼ばれている。
ただ、全員がこれらの支援魔法を全て使えるわけではない。回復魔法は水属性、防御魔法は土属性、強化魔法は火か風属性を持っていないと使えない。
ちなみに光魔法があるが……、とレイズクルスは説明したが、それは昨日の昼食時にユーリから聞いた話とまったく一緒だった。
「説明は以上でございます。では、実際に魔法を使ってみましょう」
その言葉に、暁斗は「待ってました!」と心の中で元気に叫んだ。むしろ、最初からそれをやりたかった。だがあまりがっつくのもどうかと思い、なるべく冷静を装って頷いてみる。すると、それをどう思ったか、レイズクルスが妙に優しい顔を浮かべた。
「ご安心くださいませ、勇者様。勇者様ほどではございませんが、それでも私も神に選ばれた人間でございます。何も案ずることなく、私の教えに従って頂ければ問題ございません」
「…………」
暁斗は引き攣った笑みを浮かべた。こんなよく分からない変なことを言われるのなら、喜んでがっついた方が良かったかもしれない。
「ではまず、生活魔法から使っていきます。詠唱をよく聞いて覚えて頂けるよう、お願いいたします。『火よ。我が指先に点れ』――《火》』」
レイズクルスがピンと立てた人差し指の先に、小さな火が点った。「うわぁっ!」と感動して声を出すと、なぜか嫌な顔をされた。
「たかだか生活魔法です。魔法で重要なのは、上級魔法を使えるようになることです。失礼ではございますが、この程度で喜ばれても困ります」
苦情を言われた。そんなこと言われてもと思う暁斗に、アレクが苦々しく口出しをした。
「レイズクルス、勇者様のいらっしゃった世界には、魔法は存在しなかったんだ。それ故に、小さい魔法であっても勇者様には珍しく感じるもの。それを忘れるな」
「……は、承知いたしました」
渋々頷いたレイズクルスは、その渋い表情のまま、暁斗を促した。
「では勇者様、詠唱を唱えてみて下さい」
「あ、はい」
別にいいのにと思いつつも、アレクの口出しに感謝しながら、暁斗は人差し指を立てる。詠唱もしっかり聞いていた。
「ええと……。『火よ、我が……』」
ここまで言って暁斗は違和感を覚えた。言葉が出にくい。気持ち悪い。吐き気がする。感じるそれらが何なのか、助けを求めるようにレイズクルスを見てみるが、気付いてくれる様子はない。
仕方なく詠唱を続けようとするが、違和感が邪魔をする。
「『ゆび……さ、きに……とも……れ』――《火》」
何とか最後まで唱えてみたものの、魔法は発動しなかった。それを見たレイズクルスは残念そうな顔をした。
「発動しませんでしたな。発動するまで何度でも唱えるのみです、勇者様。続けてください」
「……」
あの辿々しい詠唱を聞いても、何も思わなかったんだろうか。だが、グッと唇に力を入れる。そう簡単に魔法が使えるはずがない。この違和感もきっとすぐ消えるはず。そう思い、もう一度唱え始めた。
「『火よ。わ、が……』」
けれど、先ほどよりも違和感がひどい。吐き気が強くなって、口元を手で押さえた。その状態で何とか最後まで唱えたものの、やはり魔法は発動しない。
「もう一度です」
レイズクルスが淡々と告げる。それに、暁斗は自分の状態を話すべきだと思ったとき、肩に手を置かれた。
「アキト、どうした? 具体が悪いのか?」
アレクだ。気付いてくれたことにホッとする。
「……うん、ごめん。なんか気持ち悪くて」
何とか笑みを浮かべると、アレクの顔がしかめられた。
「そうか、分かった。レイズクルス、今日はここまでだ。いいな?」
「かしこまりました」
文句を言うことなく、アレクに一礼する。そして暁斗を見たレイズクルスの目には、蔑むような色があった。
「アキト、何があった?」
「詠唱してたら、なんか違和感がひどくって。気持ち悪くて吐きそうになっちゃった」
歩きながらアレクに聞かれて、暁斗は素直に答えた。心配そうな顔をされたが、口では何も言われず、そのまま暁斗の部屋へ向かう。
「休んでろよ、アキト」
「うん、ごめんね」
「謝ることなんか、何もないだろう」
ベッドに横になった暁斗にアレクは笑って言って、そして部屋を出て行った。それを見送りつつ、暁斗は深呼吸する。少しは気持ち悪さが落ち着いてきた気がする。
「何なんだろう……」
魔法を使えるのはとても楽しみだったのだ。なぜこんなことになってしまったんだろうと、暁斗は泣きそうになりながら思ったのだった。




