12話 里の案内
綾斗達は半蔵も呼び、その部屋で夕食を食べることになった。
ウメは半蔵までいることに驚いたようだが、綾斗の料理を口にするとお椀を舐めるほどの勢いで食べ進めた。
そして全て食べ終えると、ウメは満足気な顔をした。
「ふぅ。こんなに美味しいものをお腹いっぱい食べたのは何年ぶりかねえ」
ポツリとそうこぼすウメ。
そして未だに寝ている孫達のほうを見る。
そこではサキとキチがそばにおり、甲斐甲斐しく子供達の看病していた。
ウメの顔に心配の色が浮かんでいるのを見たぬらりひょんが、彼女に声をかける。
「なに、子供達のことは安心したらええ。キチは医術に精通しておるからの。それより何故お主が綾斗と半蔵を殺そうとしたのか、聞かせてくれんか?」
ぬらりひょんにそう話しかけられ、ウメは彼らの方に目を戻す。
そしてゆっくりと話し出した。
「あたしがいた村はね、他の村と比べて遥かに貧しいんだよ。ご飯も一日二回食べられる日があればいいほうで、殆どが一日一回の食事だった。味噌や肉なんて贅沢品さ。あたし達は毎日飢えて、それでも生きるためには働かなきゃならない。そんな所に金を持っていそうな余所者が来たら、どうするかわかるだろう?」
すると半蔵が怒ったように口を開いた。
「だから拙者と綾斗殿を殺そうとしたでござるか!?」
「そうだよ。あたし達だって生きるのに必死だったんだ。でもだからといって殺そうとしたことは謝るよ。あたしだって好きで殺そうとしたわけじゃないからねえ。単に孫達にお腹いっぱいになるまで美味しいものを食べさせてやりたかっただけさ」
ウメはそう言ってもう一度孫達を見る。
するとそれまでウメの言葉を聞いて考えていた綾斗が口を開いた。
「婆さん達が生きようと必死になっていたことは正しいよ。でもだからと言って余所者の命を奪っていい道理はない。もっと別の方法もあっただろ」
「ふん。あたし達の苦労があんたには分からないくせに、何偉そうなこと言ってんだい」
ウメは顔を顰めてそういった。
しかし綾斗は表情を変えずに言葉を続ける。
「違うな。俺が婆さん達の立場なら余所者が困っていたら手を差し伸べる。そして繋がりを作り、知恵を借りるか援助者を紹介して貰う。そうしたら村は豊かになり、人を捨てる必要も無くなる」
そういって綾斗はサキをちらりと見た。
サキは子供達の看護に集中しているようで、こちらの話は聞こえていないらしい。
だが今の言葉を聞いたウメは少しの間考えた後、彼の言葉を切り捨てるように口を開いた。
「ふん。そんなもの、理想にすぎないね。やってきた余所者から金品を奪う方がよっぽど現実的さ」
「理想で結構だ。それを実現させれば村は豊かになって皆を笑顔にできるんだからな。希望を捨てて終わりにするより、遥かにましだ」
二人の目が交錯する。
するとそこでぬらりひょんが手を叩いた。
「とりあえず話し合いはこれくらいでいいじゃろう。今は三人とも助かったことを喜ぶべきじゃ。ほれ」
そう言ってぬらりひょんはその場で話し合っていた者達の視線を子供達の方に向けさせる。
そこではハナと勘衛門が目を覚ましており、サキとキチがしきりに話しかけていた。
それを見てウメは声を震わせる。
「ああ、お前たち、目が覚めたんだね……。良かった、本当に良かった……」
綾斗はそんな彼女の傍を通り、子供達に料理を食べさせる。
するとハナと勘衛門は瞬く間に平らげた。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「すごく美味しかった! ありがとな!」
純粋で明るい笑顔を見せてそう言う子供達に、綾斗は思わず頬を緩めた。
「おう。それよりサキとキチに礼を言っとけよ。付きっきりでお前らの看病をしてくれてたんだからな」
綾斗がそう言うと子供達は再び笑顔で彼らに礼を言う。
部屋にぬらりひょんがいるからか、彼らがキチを見ても怖がることなく受け入れているようだ。
ぬらりひょんが口を開く。
「綾斗、今日の話し合いはここまでにしたらどうじゃ? お主も半蔵も言いたいことはまだあるかもしれんが、サキちゃんも久しぶりに知り合いと会って色々と話したそうにしているしのう」
「そうだな。婆さん達はこの部屋を自由に使ってくれていいぞ。どうせ部屋は余ってるしな。サキも今夜は婆さん達と一緒に寝たらいい。話したいことをたくさん話しな」
綾斗がそう言うとサキは明るい笑顔を浮かべた。
「そうするの! ありがとうなの!」
それからサキは部屋から布団を持ってくる。
その際、綾斗はサキに何かを頼んだ。
綾斗達が廊下を歩いていると、半蔵が口を開く。
「綾斗殿、本当にあの老婆をこの里に置くつもりでござるか? 助けてもらった恩に対して礼も言わぬような人でござるよ」
「今はまだ俺たちのことを信じ切れてないんだろ。そのうち心を開くさ。それに孫たちを思う良い婆さんじゃねえか。まあ、度が過ぎていることは確かだがな」
綾斗達は家の外に出る。
風はなく、辺りには静寂が広がっていた。
東の空に浮かぶ月が雲の間から顔を出し、地面を淡く照らしている。
「その度が過ぎているのが問題でござる。下手したら夜中に殺されるやもしれぬでござるよ」
「それはない。婆さんだって人殺しをすることに対して罪悪感は持っていたみたいだしな。それに孫の安全が確保されていると分かったら大人しくしているはずさ。今頃サキがこの里の皆が良い奴らだってことを教えてくれてる」
「もしかして先ほどサキ殿に何かを言っていたのはそれでござるか?」
「ああ。この里に危険はないと分かったら、あの婆さんも馬鹿なことはしないだろうからな」
翌日、彼らは朝食を終えた。
綾斗はウメ達に里を案内するため、彼女達を連れて家を出た。
その際、ハナと勘衛門がハチを見たいと言い出したのだが、残念ながらハチはいなかった。
ウメを含めた彼女らは残念がったが、綾斗は励ますように口を開いた。
「ハチは時々ふらっとどこかに行くんだ。だけどいつも気づいたら戻ってきてるから、その内会える。それより行こうか。今日はこの里を案内する」
そう言って綾斗とサキは先頭に立ち館を出る。
それに続いてウメ達も出ると、彼女達は今しがた出てきた綾斗達の家を見てあんぐりと口を開けた。
ウメが掠れた声で言葉を発する。
「サキちゃん。こ、これって本当に家なのかい?」
「そうなの! りかちゃんに作ってもらったお家なの! 凄いでしょ、なの!」
サキが腰に手を当て、胸を張って自慢げにそう言う。
するとウメはそんな彼女の耳に口を寄せた。
「サキちゃん。あの綾斗って人は何者なんだい? どこかのお偉いさんなのかい?」
「違うの! 綾斗さんは未来から来た人なの!」
「……は?」
するとそこで前を歩いていた綾斗が、彼女たちがついてきていないことに気づいた。
「おーい、婆さんたち、何してんだ。置いてくぞー」
「あ、待ってなのー!」
スタスタと歩いていく綾斗に慌てた様子で追いかけるサキ。
そんな彼女をウメ達も追いかけた。
里を一通り回った彼らは綾斗達の家の食堂に集まり、昼食を囲みながら話している。
別の席には半蔵と妖怪たちもおり、皆綾斗の料理を一心不乱に食べていた。
ぬらりひょんがいるからか、はたまた昨日と今日で妖怪達の存在に慣れたのか、ウメ達は彼らのことを気にしていない。
それよりも目の前に出された料理のことに釘付けだった。
「おばあちゃん、今日二回目のご飯だよ!」
「そ、そうだねえ」
「ばあちゃん、もしかして今日は里で何かいいことでもあったのかな!?」
「ど、どうなんだろうねえ」
ハナと勘衛門は興奮し、ウメは何故か冷や汗をかいている。
そんな彼らの様子を見ながら、綾斗は少し考え事をしていた。
(村が常に飢えているってのは本当のようだな。疑っていたわけじゃないが、婆さん達の反応を見るに、予想以上に村は酷い状態なのかもしれない)
するとサキが口を開いた。
「この里では一日三食が当たり前なの! お代わりも自由だから、お腹いっぱいになるまで食べられるの!」
その言葉にウメ達はこれ以上ないほど目を見開いた。
それに付け加えるように綾斗は口を開く。
「普段、肉は半蔵とダイキチが、魚や貝はかぱ蔵が、野草は俺やサキが取ってきてる。他にもひょん爺が時々果物をお土産として持ってきてくれたりもしているんだ。だから食料はたくさんある。遠慮せずにどんどん食っていいぞ」
するとその言葉を皮切りに、まずはハナと勘衛門が箸を手にして料理を口に運んだ。
続いてウメもそれを口にする。
後は半蔵や他の妖怪達と同じように、彼女らは一言も喋らず食べ進めた。
やがて食事を終え、綾斗が口を開く。
「それで、何か質問とかあるか?」
ウメは固い表情をして言葉を発した。
「まずは綾斗様に昨日無礼を働いたことを……」
「あー、婆さん、止めてくれ。俺は偉い奴じゃないから。それに昨日のことは気にしてないし、普通に話してくれ」
「ですが私たちの命を助けてくれたのは……」
「見つけたのはハチで運んだのはダイキチ、そんであんた達の治療をしたのはキチとそれを手伝ったサキだ。俺は何もしてねえよ。それで質問は何だ?」
綾斗ははぐらかすように話題を変える。
それに対してウメは固い表情のまま口を開いた。
「質問というよりお願いがございます。どうかこの里に孫達を置いていただけないでしょうか。あたしはすぐにでもここを出ていきますから……」
「何言ってんだ。元から三人ともそうさせるつもりだよ。そもそも行く場所もねえんだろ?」
「しかしあたしは綾斗様と半蔵様を殺そうとした身でございます」
「そうだな。でもだからといってみすみす婆さんを捨てていいわけがねえ。半蔵にも言ったけど、見捨てていい命なんてこの世には一つもねえんだ。だから婆さんはこの里に住んでもらう。ま、当然働いてもらうけどな」
するとそこへ一反木綿が声をかけてきた。
布の体に三つの小包を巻き付けて持っている。
「ちょっといいかしらぁ。ウメちゃん達の服ができたから今渡すわねぇ」
そう言って一反木綿はウメ達にそれぞれ小包を渡して出ていった。
ウメ達は突然のことに目を白黒させている。
「それは婆さん達のためにもん君が作ってくれた服だ。生活するには必要だからな」
すると今度は一本だたらがやってきた。
「……綾斗、すでにアレは設置しておいたぞお。いつでも使えるけんのお」
「ポン太郎も終わったのか。仕事が早いな、ありがとう」
「……気にせんでいいけんのお」
そう言って一本だたらも出ていった。
すると綾斗は立ち上がって口を開く。
「さて、次は婆さんの仕事場を見に行こうか」
綾斗達はその場から移動する。
その際、綾斗に対して敬語で話すウメに、綾斗は普通に話すように繰り返し頼んだ。
そのおかげで、ウメの綾斗に対する呼び方も呼び捨てになる程度には親しくなった。
この草原は海に面しており、崖になっている。
そしてその崖の壁に沿うように坂道があり、下にある海へと続いているのだ。
その崖と坂道にはぬりかべによって落下防止の柵が取り付けられている。
綾斗はウメ達を連れてやってきた。
そこにはウメ達の知らないものが地面から突き出すようにあり、その前には金属でできた口の空いた平らな箱がある。
「ばあちゃん、これ何?」
「さあ、なんだろうねえ?」
首をかしげるウメ達に対して綾斗は説明した。
「これは手押しポンプって言って、子供でも楽に水を汲める道具なんだ」
そういって綾斗はポンプを動かして水を出し、箱の中に水をためる。
「こうやって水をくむんだが、婆さんにやってもらいたいのはこの作業と、箱の下に火を焚いてもらうことだ。簡単だろ?」
綾斗が説明するも、ウメはその目的が分からず質問する。
「火を点けるのは骨が折れるけど、できないことはないねえ。でもなんでそんなことをするんだい?」
綾斗はその質問に答えた。
「このポンプが組んでる水はこの崖下にある海水なんだ。だからこの水を火にかけてやれば塩ができる。それを婆さんには作ってほしいんだ」
この崖の下は波で削られて凹んでいる。
そのため真上からポンプを伸ばしても直接海水を組むことができるのだ。
「この里では調味料を使う量が激しくてな。ひょん爺が持ってる分でなんとか賄っている状態なんだ。だからまず婆さんには塩の問題を解決してほしい」
綾斗がこの時代に来た頃に持っていた調味料は既に無くなっている。
そのため彼はなんとか自分達で調味料を作れないかと思っていた。
それをウメ達にやってもらおうというのだ。
●侍視点
昼にもかかわらずどんよりとした雲が空を覆っている。
森の中は不気味な雰囲気が漂っていた。
複数の足音が駆け抜ける。
「はあはあはあ、一体なんだっていうんだよ!」
「知らねえよ! こんなの聞いちゃいねえ!」
「おい! お前らもっと早く走れ! ……くそっ、捨て人を攫うだけの簡単な仕事がなぜこうなったんだ!」
六人の侍が息を荒々しく吐き出しながら走る。
その後ろには牙を見せて唸りながら走ってくる金の体毛を纏った獰猛な獣がいた。
「ガルルル……ウォン!」
「ひぃ! 吠えた! 今吠えたぞ!」
「来るぞ! 気をつけろ!」
「もっと早く走れえええーーーー!」
その瞬間、獣の口から光が溢れ、一条の線となって発射された。
それは前を走っていた一人の侍に掠り、着物の裾を蒸発させる。
そしてその光線はそのまま真っ直ぐ突き進み、木々に拳ほどの穴を開けた。
「ひ、ひぃ! 掠った! 今掠ったぁ!」
「だから気をつけろと言っただろ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで走れえええーーーー!」
彼らは前だけを見て一心不乱に足を動かす。
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