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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
126/156

残された崩壊

 今日何度目か分からない混乱だった。


 一体何が起きている……?


 俺は目の前のボスと、左の弦気と、右の白髪の少女に、繰り返し視線を往復させる。


 ボスは白髪の少女を、夢咲愛花、そして観測者と呼んだ。

 夢咲愛花は確か、ボスがずっと探していた少女のはずだ。その少女と観測者が同一人物だったってことなのだろうか。

 いや、それは色々とおかしい。でも、分からない。


 観測者がボスの邪魔をしにきたというのはどういうことなんだ。


「君は……愛花、なのか? その髪はどうしたんだ……?

 これは……何が起きているんだ……?」


 弦気が少女の方を見て言った。

 邂逅ボスに殺気を放っていた弦気は今、少女に意識を向けている。


 俺はさらに眉をひそめる。


 弦気もこの状況を把握していない……?

 夢咲愛花……、観測者は弦気をここに呼び出したのは自分だと言った。だが、この様子だと二人の合流はこの瞬間のようだ。


 口ぶりからして、弦気は夢咲愛花を知っている。

 これはおかしくない。夢咲愛花は御堂龍帥が護衛していた少女というのは俺も知っているからだ。

 故に弦気と面識があるのは理解できる。


 だけどこの状況で、この場に弦気を呼び出したのはなぜ?


「ハイド、私とは色々と話したいことがあるだろう。

 私の言っている意味が分かるな?」


 数秒の沈黙を破って、観測者は言った。彼女は自分の首を二本の指でスゥっとなぞっていく。


「何が視えている、観測者」


「お前の野望が潰える様だよ」


 にやりと笑い、彼女は人差し指をピンと立てた。


「ほう、面白いな。いつものハズレ観測か?」


 そう言ったハイドに「あー」と声を上げる観測者。やけに楽しげな表情だった。


「あれはささやかな抵抗だった。残った少ない自我でどうお前の邪魔をしてやろうか、常に考えていた気がするよ」


「おかげでここまで計画が遅延した。お前の目論見は成功だ。

 それにしても、よく自分で起動できたな」


「それについてはそこの死音と空蝉に感謝したい。よくやってくれた」


 ボスは視線を一瞬俺の方に向ける。

 身に覚えがないとは言えない。俺と空蝉さんの名前が上がるということは、大体察しがつく。

 起動というのは、あの観測者の部屋で起きた一連の出来事で相違ないだろう。


 それにしても、二人の会話は意味不明だ。


「まあとにかく、大人しくしていてくれると助かる。お前にとって、私と夢咲愛花はまだ失いたくない駒のはずだからな」


 自分の身を人質にとったということなのだろうか。

 だが、それはボスに対して抵抗にはならない。

 夢咲愛花、観測者がどんな能力をもっているか俺は知らない。だが、ボスが彼女を殺さずに無力化することなど容易いはずだ。


「それは思い込みだ。……だがそうだな。

 ひとまずお前のその策に乗ってやるのも悪くない。丁度少し、休憩がしたかったところだ」


 俺の目の前のボスは数歩進み、俺から離れると、その近くの瓦礫に腰掛けた。

 臨戦態勢は解き、放っていた殺気も収めている。


 よく分からないが、一旦は助かったらしい……。

 トドメを刺されなかったのは奇跡的だった。今のは死んでもおかしくなかった。

 俺がこれまで経験してきた中で、一番死に近い状況だったかもしれない。


 いや、まだこの場を切り抜けていない以上状況は変わらないか。


 俺は突き刺されたナイフを引き抜き、その場にカランと放る。

 手を押さえ、痛みに耐えた。

 いい加減出血量もマズい。なんとか離脱したいところだ。


「さて御堂弦気、遅れたが質問に答えよう」


「……ああ」


「まず、今の私は夢咲愛花ではない。夢咲愛花の体に憑依することで動いている別の人間……、いや、人間と名乗れるかはもう怪しい。観測者(オブザーバー)と名乗ろうか。

 状況については察してくれ。とりあえず私は味方だと思ってくれていい。

 この頭は……そうだな。そこの男に聞いた方が早いんじゃないか?」


 話しながら彼女は自分の長い白髪を指でくるくると弄ぶ。


 観測者がボスを指差すと、弦気の視線がそちらに誘われた。

 その際に弦気と初めて目が合う。彼はかすかに目を見開いたが、視線を流してボスを睨んだ。


 弦気の処理が追いついていないのが分かる。

 ボスも俺も、というよりAnonymous自体が弦気にとっては憎むべき相手。いきなりこんな訳の分からない状況下に放り込まれたら混乱もするだろう。


 そうして彼は、夢咲愛花から処理を始めることにしたらしい。


「……答えろ。愛花に何をした。なぜあんな姿になっている。それと……、なぜお前がその軍服を着ている」


 殺気を込めて、瓦礫の上に腰掛けるボスを弦気は睨む。


「能力の過剰使役による色素形成細胞の停止だ。命に別状はない。

 俺がこの服を着ているのは、俺が自衛軍中将だから、としか答えられないな」


 つまり髪の色素が失われる程、酷使され続けたということか。能力を限界まで連日使役し続けるとそうなると聞く。


「ふざけたことを……!」


 弦気の殺気が膨らむのが分かった。


 ボスは、笑みを保ったまま俺と弦気の二人が視界に入るように座っている。

 弦気がぐんと一歩を踏み出したのを見て、次に観測者が口を開く。


「命に別状はない、か。よく言えたなハイド。

 確かに、お前は夢咲愛花と観測者である私だけは殺すつもりはないみたいだが、それでも死んだ方がマシと思えるような扱いを受けて来た気がするぞ。

 夢咲愛花はまだ丁重に扱われている方だ」


 弦気は足を止めて、彼を制止するように話し出した観測者の方を見る。


「……」


「私なんかは体と脳を切り離され、自我のほとんどを抑制されたまま好き勝手に使われてきたからな。冷たい機械に繋がれ、今や脳脊髄液で満たされた狭いカプセルが私の体。どうしてこんな酷いことができるのか。

 そうさ。お前は悪の権化だよ、ハイド。目的のために人の道を外れ、このまま畜生の道を歩め」


 そういうことだったのか。あの脳は観測者の本体で間違いなかったのだ。

 そして、観測者は元々強制的に支配されていた。それなら、色々と合点のいくこともある。


 話しながらゆっくりと歩を進め、やがて弦気の隣に立った観測者。

 白みがかった青いダボダボの病服はところどころ煤けていて、数時間前と同じく素足。


「楽しそうに語るじゃないか、観測者」


 ボスもまた、そんな観測者を見て笑う。

 愉快げ、とは言えない。あれはどういう笑みなんだろうか。


「それはそうだろう。数年ぶりにこうして人間の言葉を話すことができるんだ。

 人の体温、手足の感覚、肺を通る空気に視覚を通じて脳に入り込んでくる景色の情報。

 ああ、もう一生話していたい気分だ」


 両手を広げ、踊りだしそうなくらい楽しげな口調と表情で観測者は言う。


「心理抵抗力の乏しい夢咲愛花だから憑依できたということか。リンクすることで、自我の制御から一時的に解き放たれている」


「その通りだハイド。その際に私の知識と記憶のほんの一部を同期した。

 夢咲愛花はもう都合よく動かせないぞ」


 しかし憑依というのは疑問だ。観測者は感知能力者のはず。憑依能力は感知能力とは言えないだろう。

 だけど位置情報を正確に割り出したり、大まかな未来を予知したりと、すでに観測者の能力は一つに留まっていない。


 感知の枠からは出たが、憑依というのも実際に出来ているのだから納得するしかないか。

 しかし同期というのも憑依の域から出ている気がする。普通の憑依能力は同期なんてできない。出来たらそれは、乗っ取りだ。


「それは面倒だな。お前に憑依という手段があると分かった以上、色々と誤算も生じた。だが」


「だが?」


 観測者が相槌を打ち、ボスは続ける。


「同期をしたのが一部だけであったことを聞いて安心した。ということは憑依しているお前自身も一部だけだな。お前のその幼稚さは、それ故だったか」


「ご名答。確かに、本来の思考力と自我をもって動けるのなら、他にやりようはあっただろう。

 それをしなかったのは、夢咲愛花の人権を考慮したのと、私が人間らしい感性をもう一度だけ体感したかったからだ」


 ボスが少し身じろぎして、俺は壁沿いに一歩引き下がる。

 観測者は続けて言い放った。


「交渉をしようじゃないか、ハイド」


「お前に切れるカードがあるのか?」


 観測者はうなずき、三本指を立てる。


「では、お前が交渉に応じざるを得ない3つの理由を話そう」


 彼女はつき立てた指を人差し指を残して畳む。

 そうして話し出した。


「一つ目の理由。夢咲愛花と私の命。

 今、この場でお前が奪えるのは夢咲愛花の時間だ。憑依能力を行使している私の時間を奪いたいなら、アジトの地下五階に赴いて、直接本体に干渉しなければならない。

 リンクによって自我を取り戻しているあちらの私なら、お前の行動次第でいつでも夢咲愛花と自分の脳活動を停止させることができる」


「そうか。続けろ」


 分かっていると言わんばかりにボスは流す。

 ボスが手出ししなかったのはそれが理由か。


 観測者は二本目の指を立てる。


「二つ目の理由。御堂弦気と死音。この二人は、半径200km以内において唯一お前を殺しうる可能性のある存在だ」


 何を言っている。無理だ。それはさっき証明された。

 弦気に視線を向ける。すると、弦気の方もこちらを向いていて、目があった。

 冷たい視線がぶつかる。


「ほう」


「あの日お前が御堂弦気を殺さなかったのは、自衛軍の地位についた後に制裁した方が都合が良かったからだろうが、失敗だったな」


「今からでも遅くない」


 とうとうボスが立ち上がったのを見て、俺は走って逃げようかと考えた。

 無謀なことだと分かっていても、このまま流れに身を任せるよりはマシだと思ってしまう。


 観測者が三本目の指を突き立て、少し早口で続ける。


「三つ目の理由は私の予見。今現在の観測は揺れている。この場の全員が死ぬか、生きるかだ」


 数秒の沈黙が訪れた。

 ボスは小さく笑い、言う。


「笑わせるじゃないか。

 計画を実行する前、お前は死なない人間をリストアップしたが、そのことごとくが死んでいった。根拠と説得力が皆無だぞ。

 まあいい。それらをカードにしてお前は俺に何を求める?」


「分かっているだろう? 退()けと言っているんだよ、ハイド。そうすれば私はお前に従おう」


 馬鹿な。それじゃあ何をしに出てきたんだ観測者は。何がしたいんだ。

 弦気を呼ばず、自身も隠れていればボスは俺と生き残ったAnonymousのメンバーを殺すだけに留まった。


 まるで意味のない交渉だ。


 いや……、まさか俺を助けるため……か?

 自分を人質にしてまでボスを牽制し、最悪刺し違える覚悟で弦気を呼んだ。

 それなら納得がいくが、意味が分からない。

 俺を助けるメリットなど少しもないはずだ。


「……何が目的だ?」


 ボスも観測者の支離滅裂な要望を受けて、訝しげな表情になっていた。


「何を言ってるんだ。なら俺をここに呼んだのはなぜなんだ!」


 弦気が声を荒げる。


「御堂弦気。お前にはこの状況と、辿るべき未来を知って欲しかった」


「意味が分からない……! あの男が殺せるのなら、俺はここで死んでもいい!」


「夢咲愛花も死ぬことになるぞ。いいのか?」


「それは……」


 黙り込む弦気。


 俺にとっては都合の良い展開になったが、ボスはどうでる?


 そう思って俺はボスに視線を戻す。


 その時見たボスの狂気的な笑みに、俺はゾッとした。


「では観測者。俺の方からは、これからお前達を皆殺しにする3つの理由を語ろうか」


 ああ、やはりか。

 ボスはその程度では止まらない。20年以上掛けてここまで壮大な計画をし、それを実行に移したボスなのだ。


 観測者は目を瞠る。


「一つ、お前が我が身を人質にとったのは失敗だ。俺はお前を"できれば生かしておきたい"くらいにしか考えていない。むしろ今は、殺した方が賢明だと判断している」


 淡々とした声。ハッタリではないのだろう。

 唯一俺が頼りになると思っていた観測者、夢咲愛花の命は、ボスにとってそこまで固執するものではなかった。


 これを受けて、観測者も思わず黙り込んでいる。


 ボスが最初に思い込みだと主張したのは、ブラフではなかった。

 なら、なぜこの時点で戦闘になっていないのか。


 俺は弦気にチラリと視線を向ける。

 ボスは先程から弦気に意識を置いて警戒している。

 まさか、観測者の人質ではなく、弦気の牽制が効いているということなのか。

 そんな馬鹿な。


 ……いや分からない。

 弦気は二度も、ボスからの逃亡に成功している。

 時間泥棒(タイムシーフ)の能力すらも、弦気には効かないということだ。


「……」


「二つ。俺を殺しうる可能性のある二人がここにいるのなら、ここで始末しない手はない」


 その通りだ。二つ目のカードはボスが撤退する要因にはならない。

 むしろボスの言う通り、逃がすという手が、ない。

 観測者はおそらく、三つ目の理由を強めるために言ったのだろうが逆効果だった。


「そして3つ。お前の能力は未来予知ではなく、高度な感知から逆算する未来予測だ。そんな曖昧な未来を予測されても俺のブレーキにはならない。未来を決めるのはより強い意志だ」


 返す言葉がないのか、観測者は黙り込んだままだ。

 弦気が臨戦態勢に入る。

 俺は、弦気にボスを押し付けて逃げる算段を立てていた。当然もうやり合えるほどの力は残っていないからだ。


「ハッタリがすぎたな、観測者」


「ハッタリではないぞ、ハイド」


「違うな、お前は無理をしている。

 余裕ぶっているつもりだろうが、こんな苦しい策に出る程切羽詰っている。

 夢咲愛花との完全同期が出来るのならしていただろう。それをしなかったのは、観測の域を出た干渉行為が本体に異常をきたすからだ。しなかったのではなく、できなかった。

 そう、お前の名前は観測者(かんそくしゃ)。ただ、観ているだけでいい」


 間髪入れずに反論したボスに、今度こそ観測者は黙り込んだ。


「という風に、お前を黙らせるのは簡単だ。だが分からないのは、あちらに残した本体がこの暴挙を許したのか、という点。それだけが不可解だ。一体何を考えている? 観測者」


 観測者の瞳の光が、スゥと落ちた気がした。

 明らかに目つきが変わった。吐き出した異様な雰囲気が辺りを冷ます。

 殺気とは違う。何か、冷えた感情だ。


 その時。俺は遠方に響いた"音"を察知し、目を見開く。


「ハイド。何もかも然りだ。全てハッタリだ。だが、これで私の目的は達成された」


 観測者と目が合う。同時に、景色と、感情と、その思いが俺の頭の中に流れこんできた。

 観測者は弦気にも視線を移す。


 まさか本当に、これが目的だったのか?


「なんだと?」


「私は夢咲愛花に一部を残し、観測者としての役目を終える。やっと生から解放されて、死ぬことができる」


「本体の解体が目的だったなら、この場に現れた理由が分からないな」


「目的は、お前の野望を打ち砕くこと。

 この私を絶望の淵に追いやった罪は重いぞ、ハイド」


 ボスはまだ確信に至っていないようだが、俺はその意味が理解できた。

 観測者はここで死ぬ。だが……。

 

「……」


「溜息は間に合わなかったが……十分だ。これで大幅な修正が必要になったな」


「ギャァァァァォオオオォォォォォォ!!!!」


 未来を託した。


 そう。馬鹿げたことに、本当に観測者は俺を生かすという目的で現れたのだ。

 いずれボスを倒しうる戦力を用意するために必要な要因を、この瞬間に作った。


「レンガ! こっちだ!」


 俺はやってきたレンガに向けて叫ぶ。


 利用させてもらおう。生き延びた俺がお前の望む通りに動くとは限らないのに、わざわざ助けてくれるのは有り難い。


「生きていたか、しぶといな」


 ボスが動きだしたのと同時に弦気が動き、そしてお互いの動きが止まる。


 レンガの体はボロボロだった。やはり、ボスはレンガに対して手を打っていたのだ。しかし、詰めが甘かったのか。それとも成長した神話級を相手にしてはボスも詰めきれなかったのか。

 どちらにせよ、レンガは俺を助けに来た。


 俺は射出機を手に取り、上空にワイヤーを発射する。

 そこをレンガが通過、翼にワイヤーが絡まり、俺は上昇する。そこでレンガは旋回し、加速する。


「死音、……いや神谷風人。私がお前の発現を予測したせいで、お前の人生は悪い方向にねじ曲がってしまった。真に歩むべき道があったはずなのに。すまない」


 射出機に掴まったまま振り返る。

 彼らの姿はすでに小さくなっている。弦気が観測者の体を抱え、ボスと反対方向に走り出しているのが見えた。


「レンガ、あっちだ!」


 レンガに方向を指示し、俺は空蝉さんの元に向かう。

 血の湖の上に、空蝉さんと千薬さんが倒れているのを発見する。

 空蝉さんの息は……まだある。


「一旦着地しろ!」


 レンガは地面に降り立ち、俺は走って空蝉さんの元に駆け寄る。

 すぐ側に倒れている千薬さんは死んでいて、激戦を思わせる傷跡がそこにはあった。


「……おう、死音か……。マジィな。死にかけてる……」


 俺は無言で空蝉さんを抱え、血まみれのレンガの背中になんとか登る。

 ボスの音が物凄い勢いでこちらに向かって来ているのが分かった。


「レンガ! 飛べ! 早く!」

 

 俺の命令で、レンガは悲鳴を上げて再び苦しそうに飛び上がる。

 レンガのダメージも相当なようだ。


 クソ、逃げ切れるか……?


 レンガは速度を上げ、どんどんと加速していく。デリダとの距離は一瞬で離れていった。


 しかし、はるか後方にとてつもない殺気を感じ、俺は振り返る。

 デリダの村から放たれている殺気は、明らかにボスのものだ。

 ボスは弦気を諦め、俺達を狙ってる。


 とてつもない距離があるはずなのに、俺の頭の中ではアラートがなっていた。

 何か分からないけど、やばい。


 ズンと。レンガの動きが唐突に止まり、俺と空蝉さんは空中に投げ出された。


「ずぅっ……ぁ!!」


 慣性で勢い良く投げ出され、息が止まる。空に停止したレンガの姿が視界に入っていた。


 まさか……この距離での時間強奪……!?


 射出機に手を伸ばす。

 駄目だ。レンガには届かない。


 ギュゥンとそんな音が聞こえたので視界をボスのいる方に移す。

 すると、そこには巨大な火球があった。レンガの吐く最大火力の火球にそっくりだ。

 直径は10m。いや、もっとでかい。レンガごと俺達を焼却できるくらいのサイズはある。


 熱気が近づいてくる。すでに肌は火傷しそうな程熱く、その光に俺は思わず目を瞑った。


 そして、弾ける。


 体は無事だ。落下の感覚があった。


 目を開く。

 眼前には焼け焦げたレンガが煙を上げて一緒に落下していた。


「うそだろ……レンガお前……!」


 俺を庇って。


「死音……! 手を伸ばせ……!」


 空蝉さんが叫んだ。

 ハッとなってそちらを向く。地面はもうかなり近かった。

 手を伸ばすと、空蝉さんが俺の手首を掴んで体を引き寄せる。


 そして彼は自分の腹にナイフを突き立て、その腹と口から血を吐き出した。

 途端に意志をもったかのように俺達を包む血液。


 これは……千薬さんの血の奴隷(ブラドスレイブ)……。そうか、だから人格がまた反転しているのか。


 どうでもいいことに納得して、俺は目を瞑る。真下は森の林道。コンクリートで出来た道路が先程見えた。


 衝撃と共に、俺達は固い地面に落下する。


「ぐぅゥあァ!!」


 空蝉さんの血がかなり衝撃を和らげたが、それでもそこら中の骨がバキバキになったのが分かった。


 広がる血、薄れ行く視界。

 ボスはまだ追ってきているのだろうか。

 なんにせよ、ここで意識を失うわけにはいかなかった。


 側に倒れている空蝉さんは気を失ってしまい、俺以上に瀕死の状態だ。

 しかし道路に落ちたのはせめてもの救いかもしれない。


 運が良ければ、ここを誰かが通って助けてくれるかもしれない。

 駄目だ……意識が……。


 キィィ。

 そんなブレーキ音を聞いて、俺は瞼を持ち上げる。


「死音! ああ、酷い……!」


 ロールの声だった。

 近くに停まった軽自動車が視界の中でブレる。

 そうか。車を盗んでここまで……。


「セン、手伝って――」


 俺の意識はそこで途切れた。


九章終


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― 新着の感想 ―
[一言]レンガ生きてて良かったー てかまだ生きてるかな
[一言] 急展開、溜息さんが忘れられない
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