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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
124/156

涙の崩壊

 空蝉は羽根のように宙を舞っていた。地上の千薬から放たれる血の刃を躱しながら、惑わすような動きで千薬との距離を詰めては離れる。

 片手に握っている刀で飛んでくる血刃の軌道を逸らし、時には拳圧を飛ばした。


 空蝉は、上空から超人の視力で死音達の様子も伺っていた。Anonymous首領であるハイドが自衛軍の軍服を着て現れた時は流石の彼も眉をひそめた。


「まさかハイドまでそっち側だったなんてね」


 話しながらも彼は空を舞う。

 千薬が縦横無尽に操る血のナイフは、一つ一つが的確に空蝉の急所を狙っていた。


 強化系、超人(ブレイバー)

 本来ならその圧倒的な速度と力、反射能力で有無を言わせず敵を仕留めることのできる能力だが、空蝉は攻めあぐねている。


 理由は彼にも分かっていた。


 空蝉がまだ少年だった頃の話だ。

 かつて自衛軍に所属し、当時の七大将の一人にして最強の軍医などと謳われた千地谷楠利。それに並んで、円城寺八千代という、同じく最強と謳われていた女がいた。


 二人は共に戦場へ繰り出し、認めあった仲であった。


 それ故に、千薬は円城寺八千代の能力について、その対処法、限界などを詳しく理解し、今超人(ブレイバー)の力を持つ空蝉に対応できているのだ。


 迫りくる怒涛の血刃は千薬の周囲に浮く大量の血から常に射出される。

 それが宙に留まり、空蝉を延々と狙い続けるのだ。


 その血をわずかでも体内に侵入させてしまえば、いくら超人の耐久力を持つ空蝉でも致命傷は免れない。

 周囲に浮く血刃が彼を一気に畳み掛けるだろう。


 空蝉はかすかに狂気の笑みを浮かべたまま、千薬に視線のピントを合わせる。


 絶望的な状況に彼は歓喜していた。

 彼がアジトに定住せず、風来坊をやっていた理由はいくつかあるが、そのうちの一つが「仲間と()りたくなる」という理由だった。


 そして、それが風来坊をやっていた所以の大半を占める要因である。


「楽しいよ、千薬」


 空蝉はボソリと呟く。その瞬間、彼の右頬に血の刃が掠った。

 直後、迷うことなく空蝉は自分の頬肉を切り落とし、飛び交う血刃の群の中を飛び抜けていく。


 チラリと、家々の隙間から死音達の戦況に意識を向ける。溜息が死音達を逃がしたらしい。

 意識を移したことで生じた隙は大きい。彼の体を血刃が切り裂くが、空蝉はその傷口を手で掴み、そして抉り取ることで体内へ千薬の血が侵入することを防いだ。

 その度に、スゥと傷が治癒加速(アクセル・ヒール)によって回復していく。


「無理をしない方がいいぞ、空蝉。ドクターストップだ」


「そんな洒落たことも言えるんだね」


 空一面に広がる赤い血刃は、そろそろ千薬が操れる限界数を迎えつつあった。

 空蝉はそれを察し、千薬もまた、空蝉のスタミナをジリジリと削っていく。


 お互いにジリ貧であったが、勝負を仕掛けたのは空蝉だった。

 血刃を躱しながら空へ空へと逃げていた空蝉は、唐突に落下を開始する。


「競争だ、千薬」


 僕がそこに辿り着くか、その前に君が僕を殺すか。


 直線。


 重力の力を借りて彼は千薬へと一直線に進んでいった。

 血の刃を気にせず、それを全身に受けながら彼は加速する。唯一目を守るために、彼は両腕を顔の前にクロスさせていた。


 羽織と袴はズタボロになり、その体はすでに血塗れ。

 無数の血刃を浴びることになった空蝉だが、千薬の元までものの数秒で辿り着く。

 ズドンと、直線の初撃は千薬に回避され、空蝉は地面にクレーターを作った。


「甘いな」


「そうかな」


 2撃目、彼は納刀していた刀を一気に振り抜き、それを千薬目掛けて振り投げる。

 ヒュンヒュンと回転しながら飛んでいった刀を、千薬はぎりぎりの所で身を反らして躱した。

 が、僅かに掠る。

 彼女の頬がぱっくりと裂けた。背後の壁に刀がビィンと突き刺さる。


 千薬が飛び退いたことによって生まれた距離を、空蝉は地面を大きく蹴り、詰めようとする。

 しかし、空蝉の体内に侵入した千薬の血が、彼の体の腱という腱を断ち切った。

 瞬間、空蝉は失速し、千薬を通り越して崩れ落ちる。

 彼が足の腱を治癒加速で一気に回復させる中、千薬が操る血は、心臓へと一気に進行を始めた。

 超人の強靭な肉体がそれをなんとか阻止していたが、血は彼の体を貫きながら確実に心臓へ向かって行く。


 本来ならのたうち回る程の激痛を感じているはずだが、空蝉は声一つあげず、ほんの少しだけ険しい目をしてそれでも口元は吊り上がっていた。


 切断された腱を動く程度に治癒した彼は、膝で立ち上がって千薬との距離を詰めた。

 片手をぶんと遠心力で叩きつけようとするが、当然威力は出ない。千薬に片手で受け止められる。

 ギリギリ回復を間に合わせたもう片方の手でも攻撃を仕掛けたが、それも本来の威力を全く発揮できず、千薬のもう片方の手で制された。


 空蝉は、彼女にもたれかかるように倒れた。千薬はそれを受け止め、呟く。


「終わりだな」


 彼女の血は心臓へ、脳へ到達しつつあった。


「ハハ、そう……みたいだなァ……」


 空蝉の表情と声音の変化に千薬は眉をひそめた。

 直後。


「……!」


 ズンと。

 謎の衝撃が走り、千薬は目を見開いた。


 よろめき、後ろに下がろうとしたが、できない。彼女は口から盛大に吐血する。

 視線を下ろして見ると、空蝉の脇腹から自分の心臓にかけて、一本の刀が貫通していた。


「こ、れは……」


 言いつつも、能力の使役を急ぐ。

 せめて相打ちに。彼女は理解が追いつく前にそう考えていた。

 が、千薬の血が空蝉の体の中でそれ以上進行することはなかった。


「……俺の、体内なんだ。俺の血の方が、多いに……決まってる、……だろォ?」


「なに、を……」


 ケプッと血を盛大に吐き出しながら千薬は理解する。


 ――能力相殺。


 千薬のもう一つの能力。血の奴隷(ブラドスレイブ)のコピー。

 彼女は触れられていることに気づく。


 彼女は視線を空蝉の背の向こうに見える刀の柄に移した。


 そこにべったりと付着しているのは空蝉の血。

 あれで壁に突き刺さっていた刀を操ったのか。

 血による攻撃は相殺されると踏み、さらには自身が覆いかぶさり、勝ちを確信させた上で死角を作って。


 千薬は納得し、目を閉じる。

 心臓を一突きされて、その刀が突き刺さったままでは治癒加速でも回復させることは難しかった。


「負け……、だな……」


「そう、だ……。安らかに……死ねや……」



ーーー



 溜息さんとボスに背を向けて、俺達は走り出していた。

 ボスに背を向ける恐怖はあったが、それでも走る。向かう先は森の奥だ。


「どうするの……! 死音!」


「今はとにかく離れよう!」


 ここからの脱出手段は考えていた。

 当然、レンガだ。実は、俺は地上に出た時点でレンガを呼びだしている。

 しかし、どうもレンガの到着が遅い。もうとっくに着いてもいい頃なのに、まだ姿を現さない。

 俺からあまり離れたがらないレンガは、呼べば10分、遅くても15分で駆けつけてくるはずなのに、様子がおかしい。


 もしかすると、ボスに先手を打たれてレンガは……。


 ありえないことではない。計画に詩道さんの死が組み込まれていたならば、レンガが駆けつけてくる可能性をボスが潰さないとは思えない。

 なら、レンガを頼りにするのは止めたほうがいいか。


 それなりの距離があるが、ここから森を抜けて公道に出れば車も通っている。

 車を奪えばなんとか逃げ切れるか……?


「……」


 しばらく森の中を進んだ俺は、ふと立ち止まって後ろに振り返った。


「……? どうしたよ」


 センが俺の視界の中に入ってくる。

 唐突に止まった俺に、ロールも疑問の声を投げかけた。


「どうしたの」


 溜息さんは……大丈夫だろうか。


 二人の戦いは静かで、何も聞こえてこない。

 それよりも目立って辺りに響くのは、千薬さんと空蝉さんの激しい戦闘音だ。


「……いや」


 逃げろと言われて、その通り逃げることだけ考えてここまで来たが、俺はこのまま逃げていいのだろうか。


 溜息さんだけじゃない。まだ空蝉さんも戦っている。

 溜息さんや空蝉さんにとっては、俺達なんか足手まといかもしれない。

 だけど、こうしてAnonymousがボスの手によって潰されそうになっている今……、唯一残った仲間なんじゃないだろうか。


 発現して、自衛軍に殺されそうになった時は世界が敵に回ったと思った。

 しかし、Anonymousに入ってからは同じような奴が、仲間がたくさんいると知った。


 それがみんな殺されたんだ。俺も殺されそうになっている。

 仮初の組織だったとしても、掃き溜めの薄汚い黒に染まった組織だとしても、俺は仲間だと思っていた。

 気の合わない奴もたくさんいた。俺は仲間なんて、いつでも切り捨てられると思っていたはずなのに。


 だけど崩壊を前にしてこのぬるま湯が愛おしい。

 俺は守られたいんだ。だから残った数少ない味方を、失いたくない。


 崩壊寸前までこんなことに気づかなかったなんて。


 ボスは絶対に敵わない敵だ。頭の中でそれが決定付けられている。

 でも、ここは逃げて良い場面なんだろうか。


 それに、ここから逃げてどこへ行くつもりだ。どこの支部ももう当てにはならない。

 友達も家族も街も捨てた俺に、居場所なんて誰も用意してくれない。


 ……今を、今をと、いつも俺はそうやって生き延びようとしてきた。

 ボスが相手だから萎縮してしまうのは仕方ない。


 だけど今逃げたら、今度こそ何もかも終わってしまう気がするのだ。

 ビビってる場合じゃない。


「ロール、……セン。俺、やっぱり戻って戦うことにする」


 俺のその言葉を聞いて、依然裸のセンが一歩踏み出してきた。


「はぁ? 何言ってんだよテメェ!」


 お前は黙れと言わんばかりにロールがセンを睨みつけ、彼女は黙り込む。


「……どうして?」


「……ここで逃げたら、俺はもう何にも立ち向かえないと思うんだよ」


「……死ぬわよ」


「死なないよ」


 はっきりと言う。

 凄く怖い。だけど恐怖さえ断ち切れば、勝算が無いわけではない。

 ボスはまだ俺の歪曲音を知らないはず。勝てない敵ではない。きっとそうだ。


「私も……」


「ロール達は先に行っててくれ」


 ロールの言葉を遮って俺は強く言った。

 彼女を巻き込む必要はない。俺一人で大丈夫だ。

 むしろ、だからこそ意味がある。


「……分かったわ。先に行ってる」


「ごめんな」


「気を付けてね、バディ」


「おまっ、死んでもしらねーぞ!」


「行くわよセン!」


 そう言って走り出した二人を見送らず、俺は来た道に振り返って駆け出した。

 この決断は間違いだっただろうか。


 ――この迷いが、恐怖が一々鬱陶しい。


 脳を切り離してしまいたい気分だ。未だに頭の中の芯がブレている。


 別に死にに行くわけじゃない。

 ボスを、殺しに行く。

 話は簡単だ。俺の命を危険に晒す敵は、殺すのがいい。それが一番スマートで、何も考えなくていい方法だ。今までやってきた通り。


 何度だって再確認する。同じことだ。敵がボスになっただけ。

 元から生きるか死ぬかの世界だっただろ。大きな意味で、状況はなんら変わっていない。


 ただ意識を闇に預けるだけ。

 そう全部、任せたらいい……。



ーーー



 死音達が逃げた後、ハイドと溜息は静かに睨み合っていた。

 溜息はハイドの能力について考察する。

 一度組織内トーナメントでハイドと戦ったことのある溜息は、彼の能力について以前から考察をしていた。


 宵闇からほんのりと聞かされていたのもあって、それを直に食らえば時間が奪われることはすぐに理解できた。


 彼女がハイドの能力を受けたのは、これが二度目。いや、正確にはその能力の矛先を向けられたのは二度目だ。

 今回は、回避した。


 はっきりしたことはいくつかある。


 ハイドの能力は、時間を奪う。

 そしてそれは回避できる。


 おそらく、能力の使役には射程か、または条件がある。

 そして、常に時間を奪っているわけではない。

 その能力は、面であり、点だ。


 つまり、能力使役の瞬間である"点"と、その効果範囲である"面"から逃れることができれば、時間が奪われることはない。


 面の定義を定める際に、溜息はとりあえずその視界から逃れたが、目論見は成功した。

 ――視界に入らなければその能力を受けることはない。


 だが溜息は疑問に思っていた。


 それだけなのだろうか、と。

 たったそれだけで、あの宵闇を退け、Anonymousのトップに立ち、あらゆる強者を屠って来たのか?


 確かに、初見殺しではある。しかし見極めることができれば敵ではない。


 ふと、溜息の頭にもう一つの疑問が浮かぶ。


 思えば、屋根の上までどうやって移動したのだろうか。


 溜息は頭の中で先程の動きを思い返し、リピートする。


 上空から見たその動きは、ただ速いだけだった。しかしそれが能力でないのなら、明らかに人の域を超えた動きだ。

 側にいた死音達の時間を奪ったのだとすると、そのスピードには納得できる。おそらくハイドは、奪った分の時間を自分に加算し、より濃い密度での行動を可能としているからだ。

 奪えば奪う程、その速度は何倍速にでもなる。


 だが、それでもあの屋根に登るには、よじ登るなどしてそれなりの手順を踏まなければならないはずだった。そこをハイドは、点と点を結んだような直線的な動きをして一気に溜息がいた場所まで辿り着いたのだ。


「来ないのか、溜息。生憎、俺は空を飛ぶことはできない。空中戦に洒落込むことはできんぞ」


 ハイドは余裕の笑みを浮かべたまま言った。


「チッ」


 溜息は舌打ちで返す。


 確かに距離をあければあける程、視界からは出づらくなる。

 地上に下りるという手もあったが、ハイドの言うとおり、彼が空を飛ぶことがない限りは、攻撃手段を与えずに済む。故に溜息は思考にふけっていた。


 その瞬間。漠然な"何か"を感じた溜息は、一瞬でハイドの視界から逃れた。

 地面に吸い付くような形で、彼女は民家の陰に着地する。


 ズキンと、まだ治りきっていない傷口が痛む。

 毒も完全に解毒しないままここにやってきたので、彼女の視界は悪く、さらには激しい動悸と頭痛に耐えていた。

 フラフラとした意識の中で、ハイドの気配を察知する。ゆっくりとこちらに歩いてきているようだ。


「ハァ……ハァ……」


「お前が発現した日から20年も経つらしい。まだ、昨日の事のようだ」


 ハイドの声が響く。

 彼の足音は、家一つを挟んだ向こう側で止まる。

 溜息は着地してかがんだままその姿を透視するようには捉えていた。


「……悠長に昔話か。偉く余裕だな」


「悪くないだろう?」


「…………」


 溜息が黙り込んだのを見て、ハイドは続ける。


「20年。思えば、色んな奴が死んでいったな」


「元から殺すつもりだったなら、別に感慨深くもないはずだ」


「俺はお前達を憎んでいたわけではない。目的が先行していただけだ」


「……なぜ、今なんだ?」


「俺が決断した。それだけだ」


「詩道達は……なぜお前のために命を賭けた」


「古い友人だったから、だろうか」


 その言葉には力強さがなかった。

 溜息は確信する。この男は、煙、詩道、千薬がなぜ自分のために命を賭してたのかを分かっていない。


 自分のために誰かが死んでも、その理由を求めないからだ。


 溜息は、煙達のことを多少なりとも理解しているつもりでいた。

 それぞれが芯を持った人間だと思い、彼女は表面には出さなくても、憧れ、尊敬し、そして信頼していた。


 正直、人を見る目には自信がない。


 だが、それでも長い付き合いを経て彼らが曲がった人間でないことは理解していたし、今もそう信じている。

 だから、同時に彼女は理解する。


 その煙達が命を賭ける程の理由を、この男は作らせたのだ。

 溜息にとって、先程ハイドが語った目的は、この男のために命を捨てたいと思えるものではなかったが。


「もう聞きたくない」


 溜息は言った。


「そうか。なら、ただ殺し合うだけになる」


 それで、いい。


 ズン、と。溜息は家ごとハイドにプレスをかける。

 木造の家はバキと音を立て、一瞬で地面にひれ伏す。そこにハイドの姿はなかった。


 溜息は即座に重力場を展開し、自分の周囲にハイドが近づけないようにした。

 これなら、時間を奪われたとしても近づかれることはない。


 そう考えながら視線を巡らせ、先程屋根で散らした十数本のナイフを溜息は自分のもとに引き寄せながら、ハイドの姿を探す。


 数秒後、ハイドの姿を小さなプレハブの上に見つけ、溜息はプレスを連発する。

 が、ハイドの姿はそこで消えていた。


 目で追えないスピードだった。重力場のおかげか彼が近づいてくることはないが、異様な速度。転移と言ってもいいくらいだ。


 そして溜息の中でもう一つの結論が出た。

 ハイドはおそらく、奪った時間をストックできる。


 そして溜息はまた漠然とした"何か"を感じた。回避をしようと一瞬足に力を込める。

 だが、どこにハイドがいるか分からないこの状況で無闇に動くのは危険極まりない。


 重力場を頼り、彼女はその場に留まった。


 そして次の瞬間には、彼女は息苦しさを感じていた。


「う……ぐ……」


 景色も変わっている。

 気がつけば溜息は、首を片手で締められ、壁に押し付けられていた。

 ハイドの片手はなぜかぐちゃぐちゃに潰れていて、だらんと垂れ下がっている。ひしゃげた指先からポタポタと血が流れているのが分かった。


「……これは、駄目だな」


 ハイドは小さく呟いた。溜息は首を締めるハイドの手首を両手で掴む。


「何……故、だ……」


「どうした溜息。お前なら簡単に逃れられるだろう?」


「何故……なんだ……」


 首をきつく締められたまま、溜息は声を絞り出した。

 ぼやけるその視界の中で確かに捉えているのは、ハイドの瞳から流れる涙。


「躊躇……か……」


「……やはり、お前は宵闇に似ている」


「…………」


 視線の否定。

 長く、長く、ハイドは溜息の首を締め付けた。

 だらんと、彼女の両手が垂れ下がり、その体から力が抜ける。


 そうして彼は答えた。


「いや……、お前は優しすぎた」


 

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