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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
122/156

王の崩壊

 流石に、この時ばかりは俺も理由を求めた。

 なぜ? なぜボスが自衛軍の軍服を着ているんだ?


 かろうじて、俺は他のメンバーの反応を伺う。

 側にいるロールも、百零さんも。少し離れた所にいるヒキサキさんも、火矢さんも。

 センですら、この状況に唖然としていた。


「……冗談だとしたら流石に質が悪いぜ、ボス」


 百零さんが言う。

 冗談じゃないのは、纏う雰囲気と、その表情で分かっていた。

 そう言った百零さんも、背中の大太刀に手を伸ばしている。


――自衛軍と繋がってたんじゃないかな。


 空蝉さんの言葉を思い出す。

 それはないと考えていたが、こうなると否定はできない。


 ボスも、敵だった。


 そうだ。詩道さんが敵だと分かった時点で、誰もが少しは思っただろう。

 もしかしたらボスも敵なんじゃないかって。

 だけど信じられなかった。それはあまりにも、意味が分からないから。


 俺は未だ唖然としたまま、ボスの言葉を待つのみだった。


 ボスが敵であることは間違いないだろう。

 だけど、この時だけは、俺はボスを殺して生き延びようなどという無謀なことは考えなかった。

 もし戦うことになったなら、たとえ六人がかりでも、疲弊した俺達ではボスに敵わないからだ。それに俺自身、立ち向かえる気がしない。


 クラクラとする頭を押さえる。肩からの出血で、血も少なくなってきているらしい。


「愛がなかったのかと問うなら……それは否だ」


 白い軍服に身を包むボスが、口を開いた。


「は……。どういうことだよ」


 百零さんが一歩前に出る。


「少なくとも……、この日を待ち望んでいたわけではない。ただ、達成すべき目的としてそこにあっただけだ」


「……ちゃんと説明しろ」


「殺すんですね。俺達を」


 百零さんの言葉に割り込んで、俺は言った。

 ボスはその視線を俺に移して答える。


「そうなるな」


「…………」


 やはりか。


 選択肢は……逃げるか、命乞いするか。

 ……どちらも得策ではない。


 歪曲音なら対応できるかもしれないが、この距離だと射程外。安易に近づくことをボスが許してくれるはずがない。

 そもそも、ボスの能力が分からないんだから対策の立てようがない。


 ……最初からこうするつもりだったから、ボスは能力を隠していたのだろうか。


「みんな……、アンタの命令で動いていたの……?」


「…………」


 ボスはロールの問には答えなかった。

 彼が一歩を、俺達に向けて踏み出す。それに合わせて俺は一歩後退りした。


 駄目だ。怖い。


 この感覚は久しぶりだった。

 恐怖なら、何度も経験してきた。


 だが、絶対に立ち向かえない、と。そう感じるのは久しぶりだった。

 これまでは、怖くても死を前にした時、俺は腹の底から煮え繰り返るような力を感じていたのだ。


 今回はそれがない。

 なぜ? 決まっている。そう、相手が他でもないボスだからだ。

 

 ボスに助けられたのが何もかもの始まりだった。

 今の俺があるのは、自衛軍という理不尽を、目の前で躊躇うことなく肉塊にし、俺に手を差し伸べたボスがいたからだ。


 そのボスが俺を殺そうとするのなら、俺は一体……。


 気がつけば、俺はロールの後ろまで後退していた。手が、震えている。

 目を赤くしたロールが俺の手をぎゅっと握る。


「……一緒よ」


 その言葉を聞いて、俺はハッとする。

 何がだ? 死ぬのが、か?

 

 違う……、違う……!

 俺は生きるぞ。ここで死ぬ気なんてサラサラない。

 相手がボスであろうと、それは関係ないことだろ。奮い立て。


 だけど、ボスに勝てないのは分かりきっていること。

 ならどうする。時間を稼ぐか……? どうやって。無理だ。

 何人かにボスを食い止めさせて、それで逃げるか? クソ、頭が回らない。



 ボスがさらにもう一歩踏み出した時、百零さんは一気に距離を詰め、ボスに肉薄した。

 身構えたが、戦闘が始まることはなかった。百零さんは距離を詰めただけで、仕掛けることはしなかったのだ。


「……!」


 いや違う。

 俺はすぐに認識を改めた。

 戦いは、すでに始まっている。


 ドサッと、百零さんがボスにもたれ掛かるように倒れた。

 その胸にはナイフが深く突き刺さっている。


 百零さんがやられた……?

 それ以前に、何も見えなかった。


 ほんの少しの動作も、何も。ボスは一歩を踏み出して、百零さんに接近を許したはずだったのに。


「……死音」


 逃げよう、ロールのそんな視線が俺に向けられる。

 無駄だ。これは逃げられない。

 絶対に逃げられない。根拠はないが分かる。


 時間を稼ぐしかない。時間を稼いでどうにかなる相手ではないが、それでも時間が必要だ。


 俺は大きく深呼吸し、バクバクと脈打つ心臓を無理に収めようとする。

 せめて平静を装え。


「ボス」


 俺はAnonymousの首領であった男を呼んだ。

 ボスは一歩下がって自分にもたれ掛かる百零さんを退かす。

 その場に倒れた百零さんはすでに絶命していた。ナイフで心臓を一突きか……。

 疲弊していたとはいえ、あの百零さんがたったの一撃。


「なんだ、死音」


 一先ず会話に応じてくれたことに俺は安堵した。

 有無を言わさず殺しに掛かってくるようだったら、それこそどうしようもなかった。


 このメンバーではボスに勝てない。なら会話で誤魔化すしかないのだ。

 

「う……ぁ……、百零……さん……」


 ふと、そんな嗚咽を零したヒキサキさんに俺は視線を向ける。

 マズい……。


「ふざけるなァァァ!!!」


「ヒキサキさん! 待ってくだ……!」


 言葉は最後まで続けられなかった。

 なぜならば、ボスに向かって走り出そうとしたヒキサキさんの首が、ゴトリとその場に落ちたからだった。


 何が起きた……。


 ボスに恐る恐る視線を向ける。

 ボスは微塵も動くことなく、変わらずその場に佇んでいた。

 ただ、ボスの右手には百零さんの大太刀が握られている。


「……」


 あれで……斬ったのか……?

 嘘だろ……? この距離で? いつの間に……?


 色々と思考が追いつかない。


「ヒキサキ……! クッソぉぉぉぉぉ!!」


 その時、ボゥッと視界の端で燃え上がったのは、火矢さんの腕だった。

 彼女の能力、火輪の(アンテ・アロー)の展開。


「駄目だ……!」


 俺の制止と同時に、その腕がスパンと宙に舞った。


「ぁ……!?」


「火矢……さん……!」


 俺がその名を呼んだ時には、次に彼女の首が舞っていた。

 俺はすぐさまロールに視線を移し、言う。


「動くな……、絶対に動くなよ!」


 カチカチと歯が鳴り出しそうだった。

 あまりにも、それぞれの無力さが浮き立った状況。空間の絶対的な支配者を前に、成す術がなかった。


「で、なんだ、死音」


 バクンと心臓が飛び跳ねる。

 今は、ボスに意識を向けられているだけで寒気がする程恐ろしかった。


 ボスに躊躇はない。

 だが、今のところこちらから仕掛けなければ攻撃してくる様子はない。

 大丈夫だ、落ち着け。


 ゴクリと唾を飲む。

 会話をする気がないのなら、今頃とっくに俺もロールも殺されているはずだ。

 会話を続けようとした姿勢を見ても、俺達に残ったありとあらゆる疑問を、殺す前に解消してくれる程度の良心が、ボスにはまだあると踏んだ。


「俺達を殺すのは分かりましたが……ボス、せめて事情くらいは説明してくれますよね……?」


 ボスの白い軍服は、さっそく百零さんの血で赤く汚れていた。

 血濡れた三ツ星が鈍く光っている。


「ああ、聞かれたら説明をする義務が俺にはある。Anonymousの首領としてな」


 俺は一瞬だけセンに視線を向ける。


 不死身のセンが狙われることはないはずだ。

 この状況はあいつが鍵だが、どうやって活かす……?

 不死鳥の姿になれば、多少の目くらましにはなるだろうか。


「じゃあ……、単刀直入に聞きます。

 なぜこんなことを……? なぜ、その服を着てるんですか?」


 聞くと、ボスは目を瞑った。

 しばらくして、そのまぶたを持ち上げる。随分と長い間目を閉じていたので、俺は一瞬距離を詰めて歪曲音を使おうかと考えた。

 しかし、反応できないボスではないだろう。俺は踏みとどまっていた。


「……俺達は、一人のために大勢を殺してきた。

 それで救われた人間は、犠牲の数に比べて圧倒的に少ないが、確かに存在している。お前達のようにな」


 隣のロールに視線を移す。

 俺もロールも、Anonymousがなければ生きていけなかった。


「だが俺にとってその事実は、この日までお前達の上に立つ理由……、いや、言い訳でしか無かった」


 何を言ってるんだ。


「ボスは、自衛軍が助ける大勢より、理不尽を追いやられた少数を選ぶために、この組織を作ったんじゃないんですか?」


「名目上はな。だが、俺の本当の目的とは食い違っている。

 俺が助けたいのは少数などではない。先を見通して救えるだろう、もっと多くの人々だ」


 目を見開く。

 裏切られるということは、こういうことだと思った。

 歯をこれでもかというくらい強く食いしばり、血がにじむほど拳を握りしめる。


「じゃあ……なんでこんな組織作ったんですか!」


 握り締めた拳を振るった。

 肩が痛む。呼吸を荒くして、俺はボスの目を睨んだ。


「お前達が思っている以上に、この世界は腐っている。何もかもが理不尽で、目に映るもの全てが敵に見えるどうしようもない世界だ。正義を誇示する自衛軍ですら、掃き溜めのようにクズで溢れかえっている始末だ。

 そんな中、民衆が求めているものはなんだと思う?」


 そんなもの、知るか。


「ヒーローだ」


 ボスは口元を歪め、ニヒルな笑みが浮かべた。


 ……そうか。

 そういうことか。


 俺の頭の中で次々と点と点が繋がっていく。


「悪の組織Anonymousは……、ボスにとってただの舞台装置だったってことですか……。

 自分がヒーローになって、この世界を変えるための……」


「そうだ」


 Anonymousを潰した自衛軍中将としてのボスは、たちまち名を上げるだろう。

 昇格も間違いない。そして、御堂龍帥に代わるヒーローに、ボスは選ばれる。

 一躍、世を変えるほどの支持を得ることができるだろう。

 

 思えば、元々民衆の偶像として君臨していた御堂龍帥を殺したのは、自分がその枠に収まるためだったのか……?

 未だ、大将の枠は一つ空いている。


「……そんなことのために、みんなは死んだの……?」


 ロールが言った。


「そんなことのために、か。

 お前達が殺した人々の中にも、そう思って死んでいった奴はいるだろうな」


 ロールは押し黙る。悪として生きてきたロールに、それは反論できない言葉だった。


 彼女が黙り込んだことによって、しばらくの沈黙が場を支配した。

 ボスが俺達に向けて一歩を踏み出す。

 

「ボス……、分からないことは、まだあります」


 俺は焦って言葉を紡いだ。

 会話が途切れるということは、死を意味する。

 聞きたいことはまだまだある。この会話が続くうちは、殺されることはない。

 なんとか……、何か手を探さないと。


「聞こう」


 ボスは足を止めて言った。


「元より自衛軍に所属していたなら……、なぜこのタイミングなんですか。

 あまりにも矛盾が多すぎる。

 基地をいくつも潰したり……、自衛軍の事情を全て把握できる立場にあったなら、もっと円滑に計画を進めることができたはずです」


「それは違う。俺はこの戦場の唯一の生還者としてセントセリアに帰還する。俺が自衛軍の人間になるのは、実質その瞬間だ。

 基地を潰して回っていたのは、悪として動ける間に、無駄な腫瘍を先に潰しただけの話だ」


「……」


 意味が分からない。

 ボスは最初から自衛軍に所属していたわけではなかったのか……?


「どういう……、ことなのよ……」


「Anonymous対策部署全権所持者、酒井中将……。俺はこの男に成り代わって、いずれ自衛軍をこの手に収める」


 酒井中将。組織のデータベースにも載っていたから顔も分かる。

 本来、この戦場にて指揮をとっていなければならない人物だが、そういえば現れていない。


 ボスが酒井中将に成り代わるって、どういう事なんだ。意味が分からない。

 自分が酒井中将だと言ってセントセリアに戻るのか? そんなアホみたいなことが通用するわけがないだろう。




時間泥棒(タイムシーフ)……。そうだな。お前の能力ならそれが可能かもしれない、ハイド」




 唐突に聞こえたその声に、俺とロールは振り返った。

 先程の爆発で、崩れそうなボロい屋根の上。


 そこに彼女は立っていた。

 俺は目を見開く。


「溜息さん!」


 もう大丈夫なのか? いや、そんな訳はない。きっと医療室から無理やり抜け出してきたんだ。


 ブワッと、背後の殺気に気づいて俺はその場を反射的に飛び退いた。

 殺気を放つボスの姿を恐る恐る確認すると、彼は片手にナイフを摘むようにぶら下げ、屋根の上の溜息さんを見上げていた。


「はぁ……」


 溜息さんの、あらゆるを悟ったような溜息が場に響いた。


「よく来たな、溜息」




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