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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
120/156

望みの崩壊

 地上にいる空蝉さんの活躍により、自衛軍の数は大幅に減っていた。

 そして味方の数も、もう指を差して数えられる程度になっている。


 とりあえずアジト内部の敵はなんとか殲滅し、俺達は今、会議室に集まっていた。


「もう一度状況を説明します」


 俺が言うと、各構成員が頷いた。

 数は18人。非戦闘員まで動員し、あれだけいた構成員が、たったの18人だ。

 地下一階の医療室にいた負傷者と医療担当の人員は皆殺しにされていた。

 煙さんがやったのだ。煙さんを倒すのが遅れていたら、地下二階の医療室もやられていただろう。

 地下三階以降には殆ど人はいない。

 アジトに残っているメンバーはもう、合わせても50人を超えるかどうかだ。


 そのうちの半分以上が負傷者であり、状況は絶望的。

 ただ、敵は自衛軍ではなくなった。


「現在、地上には詩道さんの無限回廊が展開されていて、援軍の到着は望めない。同時に、俺達もここから脱出することが出来ません」


 そのおかげで、自衛軍の増援もないと思っていいだろう。


「詩道さんは裏切った訳じゃないと思う」


 ロールが俺に向かってそう言った。

 俺は聞き返す。


「なんで?」


「だって私を……、小さい頃から私を育ててくれたのは、彼女なのよ?」


「煙さんや千薬さんだって、これまで俺達を守ってくれていたのに、裏切ったんだぞ?」


 まあロールの気持ちは分かる。

 俺は冷静に状況を分析できているが、ここに来て長い、他の構成員はそうもいかない。

 です子さんの時と同じで、煙さん達が裏切ったと知った時のショックは計り知れないだろう。

 ロールは俯いていた。俺は続ける。


「とりあえず現状だけ見て、詩道さんを敵だと仮定します。

 煙さん、千薬さんの裏切りによって状況は悪化しました。煙さんはなんとか殺しましたが、千薬さんと詩道さんがまだこのデリダの中に居ます」


 無限回廊は内部からしか展開できない。

 だからボスがデリダ外にいるとしたら、無限回廊が解かれない限り、侵入は不可能だ。

 しかし、この戦いが始まってからずっと無限回廊が展開されているとしたら、それはおかしい。

 詩道さんの無限回廊は、スタミナ消費の激しい奥の手だったはずだ。それを二時間以上展開し続けるなんて……、まず無理だと思う。


「明らかに俺達を殺しに掛かって来ているので、自衛軍を大方殲滅したとは言え、彼女達はまだ何らかの策を準備しているはず……。

 そこで、……応戦したいですか?」


 俺は問を投げてみる。

 残された道は、撤退だ。だが、それを俺が決めるのは躊躇われた。

 なぜなら、ここにいるみんなは俺よりずっと長い間組織に所属しているからだ。


「したくは……ないな。千薬はともかく、この中で詩道に勝てる奴はいない」


 百零さんは言った。

 その通りだ。この中に詩道さんを倒せる能力者はいない。

 彼女は距離そのものを支配する能力者。

 ナイフは投げれば当たるし、俺達の攻撃なんか散歩をするように躱すことができる。

 だが。


「詩道さんを倒さない限り、ここからは出られないんですけどね」


「そんなの、スタミナ切れを待つしかないだろ。あれはそうそう長い間持続できるもんじゃねぇ」


「だけど、すでに最低一時間以上は無限回廊を持続してるんですよ?」


 その証拠に増援が来ない。

 それだけ時間を稼がれていたら、あっちで何らかの策が弄されていてもおかしくない。


「そもそも、あいつらはなんで裏切ったんだ?」


 一番話題にして欲しくないことをヒキサキさんが大きな声で言った。

 そんなこと、今考えても仕方ない。

 だけどみんなが気になって仕方ないことでもあった。


「自衛軍と繋がっていたんじゃないかな」


 会議室の扉が開く。現れたのは新しい返り血にまみれた空蝉さんだった。

 誰もが視線をそちらに向ける。


 自衛軍との繋がり、それは考えにくい。

 そんなの、アジトの場所でもリークすれば、こんな回りくどいことをする必要はない。他にもやりようはあったはずだ。


「なんにせよ、今考えたってどうしようもないことだけど」


 俺は空蝉さんの表情を伺う。

 すると、彼は裏切った理由なんて心底どうでもいい、そんな顔をしていた。

 ああ、あんまり考えて無さそうだ。


「地上の敵は大体片付けたけど、ここからはどうするんだい?」


 空蝉さんは俺の方を向く。

 正直幹部の百零さんと空蝉さんが決めてほしいところだけど。

 空蝉さんと百零さんは、自分達も薄っすら疑われていることに気づいている。

 それはそうだ。こうも立て続けに幹部が裏切ると、二人にも疑いの眼差しが向けられても仕方ない。


「とりあえず詩道さんを見つけ出さないといけませんね」


 撤退した千薬さんの動向も気になる。


「あー、詩道を見つけるって、正気か? どうやるつもりなんだよ」


 百零さんの言う通り、彼女が本気で隠れていたらそれは難しい。

 しかし、音が届かない距離を周囲に維持しながら、無限回廊も展開。流石にそんな無茶はしていないと信じたい。


「近づけば距離を離されるだろうし、俺が地上に出て感知するしか……」


「地上にいるとは限らないよ。もしかしたら、このアジトの中に隠れていたりして」


 空蝉さんの言うことも……否定はできない。

 とにかく、できることはやってみないと。


「……では、俺とロールで地上に出て、一旦様子を見てきます。その間に残ってるメンバーでアジト内を探してくれませんか? そっちで見つかった場合は俺かロールに連絡をください」 


 アジトの中に詩道さんがいるなら、彼女の元まで辿り着くことはできなくても発見することはできる。

 各員が頷くと、俺達は動き出した。


 俺とロールも会議室を出て、廊下を走る。


「一応避難口から外に出よう」


 今中央出入り口から出ると目立つだろうし、自衛軍の残党も気になる。


「……そうね」


 ロールの声は少し元気のないものだった。


「…………」


 ロールは不安定だ。パートナーだからという理由で共に行動することを選んだが、この感じだと今はタッグでのコンビネーションは期待できそうにない。

 これは、別の人を選んだ方が良かったか?


 ……いや、少なくともパートナーである以上、お互いに一番合わせられるのはロールだ。間違った選択ではない。


 地下二階の避難口に戻ると、先程そこに放って置いた射出機を伝って俺とロールは地上に出た。


「死音」


 地上に出たところで、ロールが俺の名を呼んだ。

 先を急ぎたかったが、俺は足を止めて振り返った。


「詩道さん……達は、本当に私達を裏切ったのかしら」


 分からない。


「ロール、今は……」


「おかしいじゃない。こうも幹部が立て続けに裏切るのは。何か、意図が……」


「良いように捉えようとするのは違うぞロール。……これで何人死んだんだ?

 この先には顔面パンチさんの死体だってある。

 これだけは言っておくけど、あの人達の意図は俺達の抹殺だ」


「でも私は千薬さんや詩道さんが敵だと思いたくない……。死音にとっては違っても、私にとっては家族なのよ……。ここが、……私の家なのよ」


「…………」


 完全にやられている。そこまで、この組織がロールを支えていたということなのか。


 ……そう思えば、溜息さん、百零さん、空蝉さんと裏切った幹部達の違いは何なんだろう。

 溜息さんなんかはそれこそAnonymous結成時からいると言っても過言ではないようなキャリアだし、他の古株との違いはなんなんだ。


 駄目だ。今はそれを考える時ではない。


「私も……、死音のように生きたいわ」


「……行こう」


「ええ」


 俺はロールに手を差し出す。ロールは、ハイタッチするように俺の手を軽く叩くと、先を進んだ。


 先程の煙さんと戦闘を行った場所を通り過ぎて、俺達は村が一望できる場所に立つ。

 同時に俺は音の感知フィールドを展開した。


「……」


 飛ばした音はどこまでも真っ直ぐに伸びていった。何の妨害を受けることもなく。 

 そこで気づく。


 無限回廊が展開されていない。

 ……どういうことだ。


「無限回廊が展開されてない」


 言いつつロールを見ると、俺は彼女が村の一箇所を凝視していることに気づいた。

 その視線を辿り、俺はロールの視線を追った。するとそこは、中央出入り口から100メートル程離れたところにある村の広場。


 そこには倒れている詩道さんと、それを介抱する千薬さんの姿があった。


「……!」


 あれは、どういう状況だ……?


 目を細め、様子を伺う。しかし距離もあって、ぼんやりとしか見えない。

 あの服装、黒髪は……、詩道さんであってるよな?


 そちらの音を聞いてみるが、千薬さんが詩道さんを淡々と介抱しているだけで、会話はなかった。


「ロール、これは一旦戻ろう。無限回廊が解けている今なら撤退もできるし……」


「死音。私、行ってくるわ……。確かめてくる」


 何を言ってるんだ。そう思ってロールの方を向くと、彼女は俺の返事を待たずに飛び出した。


「……! ロール!」


 森から飛び出して、一気に二人の元まで駆けていくロール。


「うっそだろ……」


 驚愕しながらも俺はポケットから端末を取り出す。

 端末に登録された百零の文字をタップし、俺は電話を掛ける。しかし繋がらない。

 画面を見てみると、端末の電波受信状況は圏外だった。


「クソ!」


 通信アンテナが破壊されているのか……?

 なら……。


 使えない端末を投げ捨て、俺は地面に片手を当てる。

 そして。


 ――音撃


 森の中に轟音が響き、鳥達が一斉に空へと飛び立った。

 地面に伝わる振動。直接音を飛ばしたかったが、何層もなる地下となると、ここからじゃ厳しい。


 しかし、これだけの音を出せば、今のが俺の救援信号だと伝わるはず。

 空蝉さん辺りが……気づいてくれるはずだ。


 俺は立ち上がり、ロールを追って山を駆け下りた。

 今の音撃で千薬さんには気づかれた。詩道さんは倒れたまま。


 遠方から放たれた千薬さんの血槍を、ロールは横に回避する。ロールを通り過ぎ、俺の元までやってきた血槍を、俺はナイフで受け流す。


 が、思っていた以上の威力にナイフは弾かれ、手から離れた。


「っ……!」


 一気に走り抜け、俺はロールの元まで転がる。

 しかし、そこで無数の血の刃に囲まれた。


「ロール!」


「ぁ……!」


 俺は隣に立つロールを抱き寄せ、全方位に音撃を放ち、血の刃を散らす。


「ハァ……! ハァ……! 分かっただろ……! 二人は敵だ! 戦うぞ!」


 散らした刃は、空中で刃の形へお再形成され、再び俺とロールに狙いを定めていた。

 体を低くして、駆ける。


 千薬さんの攻撃はほとんど一撃必殺に等しい。その血をほんの一滴でも食らえば、心音撃と同じように、体内からグチャグチャにされてしまう。


 無音世界を使うスタミナはすでになかった。

 だが、歪曲音は無音世界無しでも使える。

 しかしその分、飛距離が短い。この距離では使えない。

 ロールの反応が全部ワンテンポ遅れる。


 もう少し……、もう少しだ……!


 ズン、と。俺は肩に血の刃を受ける。


「ぐぅ……!」


 不味い。

 そう思った時、ロールが俺の前に躍り出た。

 続けてやってきた血刃を彼女が捌いていく。

 ピッと、眼前の彼女の頬が切れる。俺の首の横を血の刃が通り過ぎた。


 肩の傷口が激しく痛む。侵入した千薬さんの血が俺の心臓を目指して貫くように進んでくる。


「ぐぅぅぅああああ!!!」


 ロールの陰から躍り出て、俺は千薬さんをギリギリ射程圏内にねじ込んだ。



 ――歪曲音(ディストーション)


 宙を舞っていた血が、ザバッと地面に落ちる。

 体を貫くような痛みも消える。

 続けて放とうとした音撃は不発。仕方ない。能力を使いすぎたのだ。


 目眩。おそよ10mほど先にいる千薬さんが霞んで見えていた。


「ハァ……、ハァ……」


「これは……、なるほどな……」


 驚いた顔で自分の片手を見つめ、千薬さんは呟く。


「無茶をするようになったじゃないか、死音くん」


 無茶ではない。今のは勝算があったのだ。


「ハァ、ハァ……これでやっと、……落ち着いた話ができると言ったところですかね」


 余裕ぶってそんな言葉を吐くと、千薬さんは肩をすくめて微笑を浮かべた。

 当然、お互いに話なんてするつもりはない。あとはトドメを刺すだけだからな。


「それはどうかな。君はもう戦えないだろう」


 だけど、ロールがいる。

 ロール、頼む。能力を封じている今のうちにトドメを。


 そんな思いを込めて俺はロールに視線をやった。

 だが、彼女は立ち尽くしたままだ。


「千薬さん、なぜこんなことを……?」


 口を開いてそんなことを言ったロールに、俺は激しい憤りを感じる。


 クソ、死ぬか生きるかの時にそんなくだらないことを……!

 歪曲音ももう持たないんだぞ……!


「理由なんてどうでもいいだろ! 早く殺れよ!」


 俺は叫ぶ。


「死音は黙れ!」

 

 その剣幕に俺は思わず押し黙った。押し黙るしかなかった。

 彼女の瞳には、一筋の涙が伝っている。


「……私にとっては、どうでもよくなんてないの」


「そう、ね……。それ、には……私が答えないといけないの、かしら……」


 ムクっと、重そうに体を持ち上げたのは詩道さんだった。

 俺は目を瞠る。

 不味い、詩道さんにはギリギリ歪曲音が届かない。


 俺はゆっくりと、慎重に、彼女に向けて一歩を踏み出す。その瞬間。


 ――景色が、流れた。


「しまっ…………!!」


 詩道さんと千薬さんははるか後方。繰り出した一歩、およそ1メートルにも満たないその距離は、俺を広場の端まで追いやる程の距離へと変換されたのだ。


 当然、二人共歪曲音の射程圏外だ。


 完全に失敗した。


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