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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
116/156

戦の崩壊

 その好機を逃さない。

 生き残ったメンバーは一気に廊下を走り抜け、駐車場へと繰り出す。

 先頭の空蝉さんとロールが最初に斬り込んだことにより、敵の陣形は一気に崩れた。


 敵の数は100人を軽く超える。150……いやもっといるか?

 駐車場に突入した俺は、直ぐ様横に飛んで車と柱の物陰に隠れた。


 しかしこの時点で半数も死んだら長期の防衛は難しい。

 先ほどのような攻撃に対処できる構成員は配置していなかったのだろうか。

 直線の通路なんだから、ああいった攻撃が来ることは予想ができたはずだ。


 煙さんの分身は先程の場所に佇んでいる。

 これは采配ミス、だったか……?


「13人目ェ! オラオラ雑魚しかいねェのか!」


 柱から覗き込むと、空蝉さんが駐車場を飛び回り次々と敵を切り倒していた。

 そういえば勝負をしていたんだったか。

 だが、こうなるとそんな余裕はない。


 俺は生き残ったメンバーを確認するため、姿勢を低くして物陰から周囲を見渡した。

 混戦の中、通路への入り口を守るように戦っているのはロールと月離さんである。

 他のメンバーは中央当たりまで繰り出して自衛軍の敵を順々に殺していっている。

 早くも地面に転がる死体は増えていた 


 空蝉さんが敵をバラバラに散らせるため、一人一人で対処がしやすそうだ。

 俺もここでずっとじっとしている訳にはいかないので、機を見て影から飛び出し、一人の兵へと後ろから近づいて、その首をナイフで思いっきり掻っ切った。


「一人目」


 一応数えておくか。そう思い、俺は声に出した。

 現在空蝉さんが放っている超音波を利用して、俺も空間把握を行う。


 現在敵数は80人強。一瞬でここまで減ったのは、やはり空蝉さんの活躍が大きい。

 強化系超人(ブレイバー)に音の感知が加わることで、彼はより効率の良い順番で敵を殺していく。


 空蝉さんが敵味方に音のマーキングをしていくため、俺も動きやすくなっている。

 俺は音のマーキングに手を加え、さらに味方の判別を細かくできるようにした。


 音撃は当然打てないので、俺は気配を消し、敵の背後に回り込んでからナイフで急所を突いていく。


 敵はどんどん減っていっていた。


「雑兵ばかりね」


「ああ」


 通路入り口付近のロールと背中を合わせる。月離さんの視線を感じて背中合わせの距離を少し広げる。

 自衛軍の援軍は無く、残ったおよそ10人のメンバーで、というよりは空蝉さんだけで殲滅が可能な感じがしていた。


「死音、今何人?」


「……6人」


「何あんたやる気あるの?」


 ロールは言った。


「いや、やっぱり地形的に不利っていうか……」


 混戦に向いてない俺はここに配置されるべきじゃなかったと思う。

 音撃を使っていいなら一掃できるのだが。


「そういうロールは何人なんだよ」


「22よ」


「へぇ……やるな。でも」


「ごじゅうななァ!! もっと沸いてこいウジども!!」


 嬉々として飛び回る空蝉さんの叫び声が響く。


「3倍差つけられるぞ」


「やばいわね……。じゃあ、ここは任せるわ」


 言って、奥へと駆け出していくロール。ピョコンと猫耳が跳ねた。

 俺は隣に佇んでいた月離さんに目をやった。


「なんだ」


 相変わらずの高圧的な態度にはもう慣れていて、俺はこの人に敵意を抱くことはない。

 一度助けてもらった過去もあるしな。


「いえ、大分敵が減りましたね」


 駐車場で暴れる構成員達は自衛軍を端へ端へと追いやっていく。通路入り口付近にはたくさんの死体が転がっており、侵入しようとした敵を月離さんとロールが倒したものと見られる。

 もうこちらまでやってこれる兵はおらず、残った敵は空蝉さん達に追い回されていた。


「そうだな」


 つっけんどんな返事が返ってくる。


 爆破され、広げられた地下駐車場の入り口からは光が差し込むだけで、敵の増援はない。


「撤退! 撤退!」


 叫んだのはおそらく敵の指揮官だ。まだ生き残っていた事に驚く。

 おそらく、指揮としての活躍を全くしていなかったので、今まで狙われなかったのだろうか。


「逃がすわけねェだろ!!」


 残った二十数名の敵が広げた出入り口を目指して撤退を開始する。即座に固まった彼らは、こちらを向いて牽制しながら外へジリジリと出入り口を目指す。

 バラけていたのが、集団と化した彼らを、空蝉さんは片っ端から斬り捨てようと接近する。


 それを好機だと見た俺は、走り出した。

 一気に50mほどの距離を走り抜け、俺は叫ぶ。


「退いてください!」


 敵に追撃をかけようとしていた、空蝉さんを筆頭とする構成員が、こちらを向き道を開けた。

 そして俺は音撃を放つ。


 一掃。二十数名の敵兵は吹き飛び、それぞれ壁や床にに血の花を咲かせた。

 すぐにまだ息のある者の所に向かい、俺は止めを刺していく。


 一通り止めを刺し終えて、俺はフゥと息を吐いた。

 何やら視線を感じて振り向くと、ロールがシラーっとした顔で俺を見ていた。


「今のはずるくない?」


「セーフだろ、セーフ」


 俺が作った死体に指を指し、数えていくと、15人がカウントできた。

 まあ、俺が向かうまでに数人殺されていたからこんなもんか。


「合計21人だな。ロールは?」


「……28人。ずるい」


「じゃあ俺の勝ちだ」


 にやりと笑って通路の方へと向かうと、空蝉さんが俺の肩を叩いた。


「俺は63だぞ。丁度3倍差だ」


 返り血でドロドロになった羽織を、両手を広げて見せつけてくる空蝉さん。


「俺は空蝉さんとの勝負を受けたつもりはないんで」


 クソ、頑張ってあと一人殺しておけば良かった。


「ハハッ! 関係ねェ!」


 何が関係ないんだ。こっちこそ関係ねぇよ。

 そんなことを思いながら地下通路の入り口まで戻ると、俺達は生き残ったメンバーを確認した。


「9人か。殲滅できたとはいえ、かなり死んだな」


 月離さんが悲しげな顔で言った。


「俺がいなきゃ全滅だったぜアレは」


 ヒキサキさんは言う。俺はまさにその通りだと思った。

 あの時点で半数死んで、混戦でさらに二人程死んだ。

 俺が特に仲良くしていた構成員は死ななかったが、ロールや月離さん、ヒキサキさんのような、長く組織に属している人達からすれば顔馴染みも多く、彼らはやはり多少の感情は隠せずにいた。

 空蝉さんだけは早く次の敵が来ないかと殺気立った様子でウロウロしている。


 改めて駐車場を見下ろすと、惨たらしい風景がそこには広がっていた。

 敵の死体は車フロントガラスに頭が突き刺さっていたり、首がねじ曲がっていたり、顔面が前半分なかったり、四肢が切断されていたりと中々にグロい。

 もうちょっとスマートな殺し方をして欲しく思うが、まあそれぞれの能力上仕方ないことでもある。


「煙さん、どうしましょう」


 俺が煙さんから指示を促すと、彼からは「そのまま待て」と待機命令が出た。


「負傷者はいますか?」


 俺は構成員の面々に問いかける。みんな首を横に振った。

 パッと見軽い怪我をしている人は多かったが、戦闘に支障はないみたいだ。


「あっちの戦況はどうなってんだ?」


 死体の上に腰掛けたヒキサキさんが俺に聞いてきた。


「大方殲滅して、ピタリと敵の侵入が止まっているみたいですね」


「へー。こっちと同じか」


 敵も一旦立て直しているのだろう。


「私達の方の援軍はまだなの」


「煙さんどうなんですか?」


 ロールの質問には答えられないので、煙さんに流す。


「もう少し時間がかかるはずだ」


 通路の先から聞こえてきた煙さんの声を拡声し、伝える。

 まだなのか。応援要請からはすでに一時間ちょっとくらい経っているはずだから、もうそろそろ挟撃の準備が可能になってもおかしくないはずなのに。


「ボスと詩道さんは何をしているのかしら」


 ロールが言ったそれは、誰もが考える一番の謎だろう。

 本来今日は幹部会議で、あの二人はここにいなければおかしいのだ。

 あの二人の不在を狙われた……ということなのだろうか?

 しかしあの二人に限って、不在の情報が自衛軍に知れ渡るようなヘマをするはずもない。いや、それ以前にこのアジトはなぜ見つかったんだ……?


 クソ、分からない。


 ボスのことだから裏で何か色々と策を用意している可能性もあるにはある。

 一番最悪なのは、あの二人がどこかで自衛軍の足止めを食らっていることだが……早く戻ってきてほしいな。


「ん……?」


 俺が色々と考えていると、空蝉さんが呟き、振り向いた。

 一々空蝉さんに反応が遅れているのが癪だ。彼には超人の人間ならざる反射神経があるから、仕方ないのだが。


 ともあれ、俺もその音に気づいていた。


 タンタンと、爆破された出入り口の歪んだ階段を降りてくる軍靴の音を聞く。

 足音は七人分。どう考えても新手の敵だ。


「数が少ねーな。今度は骨のあるやつだといいが」


「いや、この数は絶対精鋭ですよ……」


「七人なら、こっちと勝ち抜き一対一の殺し合いを持ちかけてみるのもいいな」


 また訳の分からないことを言ってる空蝉さんから視線を外す。

 すると、丁度地下駐車場に降りてきた七人の男の姿が見えた。

 それぞれの胸元に三ツ星のバッジが輝いているのが見える。


「嘘だろ……中将七人……?」


「おお!」


 俺が軽く絶望している横で空蝉さんは歓喜の声を上げた。


 来ているのはAnonymous対策部署だけじゃないのか?

 援軍にしても、一箇所にこれだけ中将が集まれる程、敵の兵力は厚いのか……?


「よく来たなァ……。俺達とゲームしようぜ、自衛軍」


 拡声された空蝉さんの声が響く。

 そんな悪役っぽいというか、悪党のセリフが堂に入る空蝉さんだが、敵の兵力をまるで分かっていない。

 もしあいつらがセントセリア中枢に所属する中将だとしたら、戦闘力だけなら大将クラス、ということもあり得るのだ。


 もちろん勝てない敵だと思ってるわけではない。だけど戦えばこちらの少ない戦力がさらに削られることは間違いないだろう。敗北の可能性も十分にあり得る。


 これは撤退してここの入り口を塞いだ方がいいかもしれない。

 しかし、煙さんに状況は伝わっているはずだが、撤退の指示は出ない。

 戦え、ということだ。


 さもすれば、空蝉さんの言う勝ち抜き一対一のバトルは割りとアリ……なのかもしれない。

 相手が受けてくれるかどうかはさておき。


「悪事はここで終わりだ。アノニマス」


 七人の、丁度真ん中に立つ中将が言った。

 空蝉さんの言うゲームに興じるつもりはまるでなさそうだ。


「ああ?」


 一応、このグループのリーダーである空蝉さんがその中将を睨んだ。彼は肩に刀の峰を乗せ、躊躇うことなくゆっくりとそちらへ進んでいく。

 空蝉さんも敵がゲームを受けるつもりはないことを察したらしく、すでに臨戦態勢だった。


「やんのか?」


 刀の切っ先をゆらりと横に下ろし、10歩程進んだ所で止まる空蝉さん。


「当然だ」


 ぐんと、一瞬視界が揺れた気がした。

 気がしたのではない、それは何らかの干渉であり、敵の能力の発動を意味していた。

 そして、気づけば敵は俺の背後に佇んでおり、振り返ると、どこから出したのか物々しい棘のついた鉄塊をロールに向けて振り上げていた。誰もが呆気に取られていた。


 動かない体に反して、頭はよく回る。


 空蝉さんが抜かれた。認識錯誤系の能力か? 他の六人の動きは……? 撤退した方がいい……。ロールがまずい……!

 反応できているのに、体は動かない。それはロールも同じらしく、彼女は立ち尽くしたまま鉄塊を見上げていた。


 その直後、ゴッという鈍い音が響く。


「なっ……!」


 驚く声を上げたのは中将の男。

 そしてその鉄塊を体で受け止めていたのは月離さんだった。

 途端に体が動くようになり、反動で俺はその場を飛び退いていた。


「ハァ、ハァ……貴様……、エンジェルになんてものを……」


 鉄塊を左手と首裏で支える月離さんから、ポタポタと血が流れていた。

 彼の右手は、中将の腕をしっかりと掴んでいた。


「月離……!」


「動けお前らァ!!」


 ロールの声にかぶさるように空蝉さんの声が響いた。

 一気に緊張感が走り、両サイドのそれぞれが動き出した。散開した自衛軍中将の六人を捉える。


 俺は月離さんががっしりと捕まえている中将に後ろから接近し、その首裏にナイフを突き刺す。


 その瞬間、俺の背後を狙った敵がいたが、ロールがそいつをいなし、俺のフォローをした。

 味方にマーキングしていた音がすでに2つ消えていた。この距離におけるマーキングは、心音の周波数を変えて感知しているため、当然鼓動が止まればマーキングも消える。つまりは一瞬で二人死んだということだった。


「死音! 月離を!」


「わかってる!」


 鉄塊を持った中将の絶命により、月離さんはその死体と共に地面に崩れた。

 俺はすぐさま鉄塊をどかし、月離さんの傷口を見た。


「チッ……、お前か……。できればマイエンジェルに看取って欲しかったが……」


「そんな暇はないです! 後衛まで運ぶのでなんとか立ってください……!」


「……無理だ。これは千薬さんにも……治せない……」


 見ると、月離さんの後頭部は激しく損傷していた。俺は言葉を失う。


 そんな中、敵の接近に気づいて、その場を飛び退く。

 そのまま走り、俺は一旦柱の影に隠れた。俺に接近してきていた敵はターゲットを変え、空蝉さんの方に向かう。


 戦況を見直すと、生き残っていた9人は5人までに減っている。

 月離さんを合わせないなら、4人だ。


 俺、ロール、ヒキサキさん、空蝉さん。

 敵の中将は一人空蝉さんが始末したようで、五人。


 地下駐車場は嵐のような戦場になっていた。


「撤退を……」


 そう呟くと、通路の向こう側から煙さんの声が聞こえてきた。


「撤退しろ」


 聞いて、俺はすぐに声を上げる。


「……! 撤退! 撤退です!」


「ハッ! 撤退するのはこいつらを倒した後だ!」


 空蝉さんの聞き分けのない返事がすぐに返ってきた。

 丁度その時、俺は出入り口の向こうからさらなる足音を感知する。敵の援軍だ。


 まずい。今撤退しなければ全滅だ。

 いや、違う……。今撤退しても、全滅するのか……。


 俺は物陰から戦線を見据える。

 ロール、ヒキサキさん、空蝉さんは手一杯で、撤退の余裕など無さそうだった。背中を見せれば死ぬ。そんな状況だ。

 そんな中空蝉さんは、二人のフォローをしながらなんとか対応している。

 空蝉さんはちゃんと考えていたのだ。


 こいつらを倒さないと、撤退できないって。



――無音世界(サイレントワールド)



 判断は早かった。

 場の音が消える。


 敵の生き残りは五人……。五人だ。


 やれるか……? いや、やらなければ死ぬ……!


 空を掴むように掌を歪ませ、俺は集中する。

 それぞれの心音に狙いを定めていく。


 頭の中が掻き回されているかのように熱かった。

 だが耐えろ。耐えて、生き延びるのだ。


「一人目だ……」


 心臓を握り潰すイメージで、俺は拳をぐっと握った。

 ドクン、ドクン。自分の胸からそんな音が響き、彼らは訳もわからず飛び回っている。逃げても無駄だ。

 音を超えるスピードを出さなければ、この技は回避できない。


 死ね……! 


 バシュン。ロールが対応していた中将が弾ける。


「二人目! 三人目……!」


 バシュンバシュン。特に機動力が高かった二人を爆散させる。

 能力の集中酷使による影響で、俺の鼻からはツーと血が垂れていた。


「ハァ……ハァ……」


 数秒のインターバルを置いてターゲットを四人目に移す。視界が歪むが関係ない。

 音だけ聞ければいい。


「四人目!!」


 バシュン。血の花火。

 血肉が近くにいたロールとヒキサキさんにピシャリと付着する。


「ハァ……、ハァ……」


 充血しているであろう目で五人目を追う。

 実践で3発以上の心音撃は打ったことがなかったが、俺の体は次も持つだろうか。


「関係ない……! 死ね!」


 心音撃は不発だった。それは俺が心音撃を放つ前に、空蝉さんが敵の体を真っ二つに両断したからだった。

 その瞬間力が抜けそうになったが、俺は叫ぶ。


「撤退を!!」


 敵は全滅。だがさらなる援軍が地下駐車場に侵入しつつある。

 俺は倒れた月離さんをなんとかして担ぎ、地下通路を進む。

 空蝉さんとヒキサキさんが先へ進み、俺は後から追いついてきたロールに月離さんを担いで貰って走った。


 丁度、新たな自衛軍の援軍が地下通路に攻め入って来る。

 その時、地下駐車場の柱が順々に爆発していった。

 爆炎爆風と土煙が地下通路に侵入してきて、俺達は押し出される形で地下通路の先のアジト内部へと飛び出す。

 そして、俺はその場に倒れ込んだ。


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能力の連続使用で鼻血出すのまじカッケェ
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