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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
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魔の崩壊

「すいません、溜息さん。空蝉さんを逃しました。そっちに向かってます」


 溜息さんに状況を伝えると、溜息で返事が返ってきた。

 現在、物凄い速さで円城寺大将の元へと向かう空蝉を、俺達は後から追っている。ロールの運転は荒い。


 空蝉さんはどうしても円城寺大将の能力を手に入れたいようだった。

 しかしなぜ俺の能力をコピーする必要があったのか。

 音支配(ドミナント)。他の能力との対比ができないとは言え、俺の能力はかなり扱いにくいと思う。少なくともコピーしていきなり自在に使える能力ではないはずだ。


 それに空蝉さんの能力は劣化コピーと聞いた。円城寺大将が音撃より攻撃力の高いプレスに耐えた以上、攻撃面では音支配は全く役に立たないはず。


 車は再び基地に向かって住宅街を抜ける。

 先程とは違うルートで基地付近まで来ると、俺達は車を降りた。


 上空を見上げると、そこでは空蝉さんを交えた溜息さんと円城寺大将の戦いがすでに繰り広げられていた。


「空蝉ィ……、しぶといぞ!」


「円城寺さんの方こそ、いい加減折れてほしいな」


「チッ……! 邪魔だ空蝉……、どいてろ……!」


 空蝉さんが混じることによって、無言だった戦いには会話が生まれ、時折罵声やらなんやらを浴びせ合いながらも彼らは高速で基地の上空を飛び回り、時に衝撃音を轟かせた。

 能力の使役によって空蝉さんの人格は反転したらしい。先程の横暴な性格とは打って変わって、体捌き、言動など、声の出し方までもが変わっている。


 俺は空蝉さんの動きに注目した。流れるような動きがやけに読みやすい。

 彼の軌道に俺のイメージが重なるのは、音の空間把握によるものだとすぐに分かった。


 ……なるほど。俺の能力を奪った理由はあれか。

 空間把握。どれだけ鍛えようが、人間の反射には限度がある。

 能力による感知はおそらく、音支配(ドミナント)なんかよりも感知メインの能力の方がはるか速度が出るだろう。

 しかし、近距離においては、その速度の差によって反応スピードが変わることはない。つまり、感知でも色んな融通が利く音の支配は、接近戦における空間把握においてほぼ死角なし。


 あの人は、俺の能力をさっきまで知らなかったのに一瞬でそこまでできると看破したのだ。

 正直ナメていたが、幹部にふさわしい実力を持っている。


 俺は隣のロールに視線を向け、言う。


「どうする……?」


 ズン、と。視界の端で空蝉さんが一度地面に叩き落とされ、また上昇していった。


「ひどいじゃないか、溜息」


 あれはもはや2対1の戦いではなく、三つ巴の戦いだ。

 ロールは唸っていた。


「空中戦だと私達は何の手出しもできないわね」


「というか、もう目的があやふやだ。溜息さんもなんかヤケになって戦ってるし」


 円城寺大将に勝つことが目的じゃないんだ。それとも溜息さんは彼女と戦うのが楽しくなってしまったのだろうか。

 たまにそんな節があるから否定できない。


「逆に円城寺大将を仕留めて能力をコピーできれば空蝉さんは満足して帰ってくれるんじゃない?」


 それで犠牲が出たら笑えない。


「俺的には空蝉さんを半殺しにして連れて帰った方が早いと思う」


 それに、円城寺大将はAnonymousにとって比較的無害な大将だ。彼女の管轄内に入って馬鹿なことをしなければ戦闘になることはない。

 シャンリア付近はAnonymousの活動地域からも外れているし、何より彼女が人を殺さないというのはデカい。


「そもそも、あの戦いに加わるのか……?」


 空に視線を戻すと、相変わらずの激戦がそこにあった。彼らの戦いは次第にヒートアップしていき、規模を増していく。


 溜息さんが放ったのであろう十数本のナイフと、空蝉さんの念動力で浮く瓦礫が自在に空を飛び回り、円城寺大将はそれを避けながら、空蝉さんと溜息さんを交互に追う形で拳撃蹴撃を放っている。

 空蝉さんは抜き放った刀で溜息さんのナイフを撃ち落とし、隙を見ては円城寺大将に接近を試み、その度に牽制を食らって一定以上近づけずにいた。

 空蝉さんが打ち上げた瓦礫が溜息さんのプレスによって落とされ、その瓦礫が地上と上空を行き来することで地面が常に振動していた。

 彼らはその隙間を縫って巧みに飛び回り、何度も熾烈な攻防を繰り返している。


「……あんまり加わりたくはないわ」


 ロールはともかく、俺は機動力が皆無だ。空中戦から地上戦に切り替えてもらったとしても、俺はお荷物になる。攻撃力も期待できない。

 ……こんなことになるならレンガを連れてくるべきだったな。


「あんな状態じゃ溜息さんとのコンタクトも難しいぞ」


「参ったわね……。一瞬でも円城寺八千代を拘束できる手段があればいいんだけど」


「……」


 どうするべきか。

 俺たちには戦いの行方を黙って見届けることしかできない気もするけど。

 あの規模のバトルに参入なんて、少なくとも俺は絶対にしたくない。間違いなく死ぬ。


 俺は目線を下げ、百メートル程前方に集る野次馬をぼんやりと眺めた。

 彼らにとってはいい見世物なのだろう。


「……そうだ」


 ふと頭に一つの案が浮かび、俺は思わず手をポンと打った。


「なんか良い案でも浮かんだ?」


「ああ」


 俺は近くに停めてある車の元まで走り、そのトランクから2つのアタッシュケースを取り出した。その片方を、ロールに投げ渡す。


「ロール、着替えてくれ」


 ロールにそう言うと、俺は服を脱ぎ捨て急いでタキシードに着替えた。

 地面に脱ぎ捨てた服を車の中に放ると、俺はAnonymousの仮面を装着した。


「早く」


 少し怪訝な目で見つめるロールを急かす。


「外で着替えられるわけないでしょ。あっち向いてて」


「ああ……、ごめん」


 彼女は少しムスッとした顔で車の中に乗り込んで着替え始めた。

 しばらく待つと、タキシードに着替え終わったロールが車から出てくる。


「で、どうするの?」


「この格好になったからには、当然アノニマスするんだよ」


「アノニマスするって……。それは穏やかじゃなさそうね。具体的には?」


「まず人質をとって円城寺大将の動きを止める。流石の超人も、あの状況で俺達に構う余裕はないはずだ。

 その間に空蝉さんとも交渉する。円城寺大将の能力をコピーしたら、アジトに大人しく帰るようにってな」

 

 そう作戦をつたえると、ロールは顰蹙した。


「何か問題があったか?」


「……人質ってあんまり好きじゃないわ」


「じゃあロールは無理しなくていいよ。丁度いい野次馬もいるし、俺一人でもできる」


「そもそも強化系、超人の力を得た空蝉が大人しくアジトに帰ってくるとは思えないんだけど。空蝉がもう一度能力を使えば、また人格が反転して、さっきのめちゃくちゃな空蝉に戻るのよ?」


「それで帰ってこないならもう手に負えないな。そこは流石に約束を守ってほしいところだけど、そんなに信用ならない人ならもう組織にはいらないんじゃないか?」


「……、まあそうかもしれないわね」


 言って、ロールは一度黙り込む。

 そしてしばらく考えるような仕草をしてから彼女は再び口を開いた。


「じゃあ、手伝うわ」


「助かる。じゃあ俺は基地のフェンス沿いから野次馬に接近するから、ロールは繁華街の方から回ってくれ。二人ずつくらい、無力化して人質を取りたい。なるべく子どもがいいな。人質をとった後は野次馬を散らして、そこから作戦開始だ」


「……了解。合図は任せるわ」

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