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音使いは死と踊る  作者: 弁当箱
九章
109/156

信念の崩壊

 ロールと俺は、お互いに頷くと、すぐに行動に移した。

 上空の戦線は激しいが故にジリ貧で、圧倒的ポテンシャルを見せる円城寺大将がその分やはり有利に感じる。


 俺は仮面を外し、フェンス沿いを歩いていく。手の甲を突き出すように仮面を持ち、両手を静かに振るって野次馬へと近づいていった。

 住宅街を横切り、繁華街側から野次馬に接近しようとするロールの音に集中する。なるべく同時に挟み込めるように俺は歩調を調整する。


「後ろについたわ」


「俺もだ。カウントするから合わせてくれ」


「OK」


 返事を聞いて、俺はカウントを始めた。


「3……、2……」


 その間に俺は適当な子どもに目星をつける。

 大人から子どもまで上空の戦闘に目を輝かせ、俺の持つ仮面に気付く者は誰一人としていない。


「……1」


 カウントを終えると、俺は仮面を装着して地を蹴った。

 まず目の前にいた家族連れの帽子を被った子どもの腕を掴み、俺は引き剥がすように少年を転ばせる。


「いだっ……!」


「何をし……、アノニマス……!?」


 仮面を見て、少年の父親らしき男は後ずさった。

 注目が一気にこちらに移ったかと思うと、後ろの方でも悲鳴が上がった。

 途端にその悲鳴は感染していき、野次馬を飲み込む。

 そうして、いきなり付近に現れた俺達に驚いた野次馬は、その混乱のまま四方に逃げ惑い、散った。


 俺は転ばせた子どもの背中を踏んだまま、次に俺の脇を通り抜けて逃げようとした少女の腕を掴む。

 そして同じように転ばせると、ロールに確認を取った。


「ロール」


「ちゃんと二人。問題ないわ」


「分かった」


 俺は上空を見上げた。

 それと同時に、俺に殴りかかってきた男がいた。少年の父親だ。

 俺はその拳を躱し、その背後に蹴りを叩き込む。


「がぁ……っ!」


 そして捕まえた子ども達を半ば無理やり立たせ、抱えるようにしてその二人の首元にナイフを添えた。


 拡声し、声を響かせる。


「人質の命が惜しければ、近寄らないでください」


 この時点で野次馬の八割がすでに四方に散って、この場から離れていた。いくら好奇心の強いこの街の人達でも、この距離で俺達が現れたら逃げ惑うらしい。

 反対側に、気絶した二人の子どもを抱えるロールが見えた。


 やがて野次馬達は完全に逃げ散って、残ったのは俺達に捕まった子どもの親と、正義感に狩られたのであろう若者が5,6人。


 俺は上空を見上げる。

 最初から地上の騒ぎに気づかれないよう、空で戦う三人には音が届かないようにしていたが、野次馬が散った時点で、彼らはこちらの状況に気がついたみたいだった。

 しかし三つ巴の戦いは続いている。円城寺大将は、劣勢になっているように見えた。


「アノニマスだかなんだか知らないが、俺達と同じ人間であることには変わりない」


 そんなことを言いながら近づいて来た青年に音撃を放つ。

 彼は吹き飛び、民家の壁に叩きつけられた所で頭を打って絶命した。

 残った他数名の男達に殺気を飛ばすと、顔を真っ青にした彼らは悲鳴もあげずに、たちまち逃げてしまった。

 

「お願いします、たった一人の娘なんです……。人質には私がなりますから……」


 一人の女性が、少し離れた所で膝をついている。

 目を合わせると、涙を流し、すがりつくような目でこちらを見ていた。


「殺されたくなかったら、大人しくどっかに行っててください」


「そんな……」


「死音、ちょっとやり方荒いわよ」


 人質を連れたロールは、そう言って俺の隣に立つ。

 やり方が荒い? そんなことはないはずだ。

 人質を取るのに手段の良し悪しなど、考えるだけ無駄なのだ。この仮面は現代における悪の象徴なんだぞ。


 自分に言い聞かせ、俺は深呼吸した。


「これぐらいしなきゃ、人質の意味がない。後ろの警戒頼む」


 俺は背後をちらりと見やって言った。

 子どもの親達はこの場に残り、俺達から微妙な距離感を保ったまま不安そうに子どもを見つめている。

 この人達だけが不安要素だが、状況は整った。

 俺は空に音を飛ばす。


「溜息さん、一旦距離をとって戦闘を中断してもらっていいですか」


 溜息さんはすぐさま円城寺大将から距離をとって、放っていたナイフを自分の元へスイと引き寄せた。

 空蝉さんも空気を読んだのか、円城寺大将から距離を取る。


 その瞬間、物凄い形相をして円城寺大将が俺とロールの元へ突っ込んできた。

 目でギリギリ追える速度。


「……っ!」


 ロールが気絶した二人の人質を手放し、一瞬で臨戦態勢に入った。


 そして俺はすかさず、右側の少女の首元をナイフで薄く切る。


「いっ……!」


 円城寺大将の動きがその場でピタリと止まる。俺達との距離は、およそ20メートル。


「あぁぁぁ! 美咲! 美咲! あぁあああああぁぁあ!!」


 ピッとナイフから散った血を見たのか、背後から女性の慟哭が響いた。彼女はその場に泣き崩れる。


「死音、やりすぎよ」


「殺したわけじゃない」


 そう、少女は死んだわけではない。牽制の意味で首の皮膚を薄く斬っただけだ。驚いて気を失ってしまっているが。


 とにかく賭けには勝った。

 あそこで円城寺大将が止まっていなければ、俺は無事じゃなかっただろう。

 本当に殺すか、殺さないかの判断は難しかったが、殺さなくて正解だったようだ。


「お前……」


 怒髪天を突く。まさにそんな状態の円城寺大将は、俺をこれでもかというくらい鋭く睨んでいた。

 そんな彼女に俺は念押しをする。


「円城寺大将。人質を殺されたくなかったら動かないでください。少しも」


 険しい顔で身じろぎすら止めた円城寺大将を見て、俺は仮面の中で薄く笑みをこぼす。

 気を失った少女を支えるのをやめて、次に俺はガタガタと震える少年の首元にナイフを押し当てた。


「空蝉さん、聞こえますよね」


「キミ。中々酷いことするね」


 彼から返ってきた言葉はそんなだった。

 空蝉さんの爽やかな笑みには、俺を卑下するような感情は含まれていない、ように思う。


 酷いこと、か。

 殺しは総じて酷いことだ。俺達Anonymousは、自身を正当化するために色々な言い訳を用意しているが、結局殺せば変わらない。

 惨殺でも瞬殺でも殺しは殺しだ。先程もロールに言われたが、やり方なんて関係ない。そんなものは良心が問われるだけで、考えるだけ意味のないことなんだ。


 変に苛立ってしまった。誰か頭に冷水をぶっかけてくれないだろうか。

 数秒黙り込んでしまったが、俺は会話を続けた。


「円城寺大将の能力をコピーしたら、アノニマスに戻ってきてくれますか?」


「元々そのつもりだったよ」


 彼は即答する。


「約束できますか?」


「できるとも」


「もし、約束を破ったら?」


「安心してくれ。僕は約束を破らない」


 円城寺大将を警戒しながら、俺はロールの表情を伺う。

 ロールは俺の疑問に答えた。


「あっちの空蝉は約束を破らないと思う。だけど、厄介な方の空蝉に戻れば分からないわ」


「だそうですが」


 俺の音支配をコピーした空蝉さんには、今の声が聞こえていただろう。

 視線を戻すと、空蝉さんは肩を竦めた。


「確かにその部分では保証できないけれど、今のところ僕には円城寺さんの能力を使いたい、という目的しかないからね。

 その目的が達成されたなら、優先すべきことはなくなる。そうなればあっちの僕だって、君達の言うことを聞くのにやぶさかではないと思うよ」


 本当だろうか。言うことが一々胡散臭いなこの人。

 さっき見事に逃げられたからだろうか。


「それ以前に、僕は君に一度負けてる。黙って勝者の言うことを聞くのが彼の筋だ。円城寺さんの能力という心残りがあったから、今こんな状況に陥っているわけだけどね」


 もうすぐその心残りも消える。彼はにやりと笑った。


「……分かりました。信じます」


 俺は円城寺大将に視線を移し替える。


「これから空蝉さんがそちらに向かいますが、あなたは動かないでください」


 少年の首元にナイフを強めに押し付けた。「ひっ……」と彼の小さな悲鳴が漏れる。


「ごめんな」


 申し訳程度の謝罪が、彼を余計に怖がらせた。

 俺もできれば殺したくない。円城寺大将の対応次第で殺さなければならないのは、仕方のないことだ。


「クソ……」


 目の前までやってきた空蝉さんを前に、円城寺大将はそう呟くことしかできなかった。


「呆気ない形で終わっちゃったね、円城寺さん。何度もボコボコにされたけど、これでお別れみたいだ」


「…………アタシはお前のことを多少買っていたんだがね」


「そんなこと言われても、僕はあなたの能力を使うんだけど」


 そう言って空蝉さんは円城寺大将の肩にポンと手を置いた。


「チッ」


 すぐさま彼の口から舌打ちが出た。

 人格の反転によるものだろうと俺は理解する。


「どうだい気分は」


「つまんねぇ幕引きだが、目的は達成できたんだ。文句は言わねぇ」


「……そうかい」


 円城寺大将は脱力した様子だった。溜息さんは遠くからその様子を見下ろしている。


「今のアタシが怒りに任せて暴れたら、アンタら四人くらいなら簡単にやっつけられそうなものなんだけど」


「やってみればいいじゃねぇか」


「いや、それをしない代わりに、人質を解放してやって欲しい」


「らしいぜ」


 くるりと振り返って、空蝉さんは俺に要求を回した。

 それをしない代わりに、か。苦しい交渉材料だな。


「アタシのことは殺せばいい。だけど、街のみんなをこれ以上怖がらせるのはやめておくれ。

 セントセリアなんかよりも、ここはずっと平和な街だったんだ。それを壊したくない」


 俺は考える。彼女を殺すのは不毛だ。

 このまま何も考えず円城寺大将の枷を外したとしても、彼女が不殺という己の信条を曲げることはないだろう。だから俺的には彼女が暴れることになんら恐怖はない。


 しかし、今回の件を根に持って、彼女がAnonymous対策に力を入れ出したりしたらそれは組織にとって結構なダメージとなる。


 ならばここで殺しておくべきなのか……?

 不殺の大将を……?


 溜息さんに判断を仰いだ方がいいか?そもそもなんで俺に判断が委ねられているような雰囲気なんだ。

 あ、人質をとっているからか。


「OK。人質は解放してやる。死音、人質を解放しろ」


 俺が迷っていると、空蝉さんが勝手にそんなことを言った。


「はぁ? 何勝手に……」


「解放しろ」


 気当たり。俺は気圧されることはなかったが、ここで抵抗するのは悪手だと感じられたので、人質を解放した。

 少年はすぐさま後ろの親の元まで走っていく。足元に倒れていた少女も、その母親が恐る恐る近寄ってきて慌てて抱えて逃げていった。

 ロールも同じように、気絶していた人質を地面に下ろす。


「空蝉、恩に切るよ」


「キモいぞババア」


「じゃあ、殺しな」


 円城寺大将は地上までゆっくりと降りてきた後、能力を解除してそう言った。

 同じように空蝉さんと溜息さんも地面に降り立つ。


 俺は円城寺大将の言動に驚いていた。

 この人、人質が解放されたっていうのに自分の命を差し出すのか?

 馬鹿すぎる。手のひらを返せばいいのに。何を考えてるんだ。


 ロール、溜息さん、空蝉さんに視線を移す。

 それぞれが思考を重ねていた。

 そして、空蝉さんが沈黙を破る。


「長生きしな、ババア」


 それだけ言うと、彼は踵を返して先を行こうとした。

 円城寺大将は僅かに目を見開き、深く息を吐く。


「……その能力、悪いことに使うんじゃないよ」


「ハッ、馬鹿言うな。殺すぞ」


 振り返らずに言った空蝉さんを追うように、溜息さんは歩きだし、ロールもそれにならった。

 最後に、完全に戦意を失った円城寺大将と、俺が向かい合う形になる。


「お前は私を殺すのかい?」


「何を……。逆にあなたがこの状況で俺を殺すことなんてめちゃくちゃ簡単なことじゃないですか。殺さなくても、ボコボコにすることなら……」


 俺の言葉を遮って、円城寺大将は言った。


「そうさね。だけど、そうじゃない」


 彼女は俺の音撃で死んだ一人の若者を見ていた。民家の壁にもたれかかるように、彼は死んでいた。


「そういうことじゃないのさ」


 なんなんだ。訳がわからない。

 善人ぶってるのか? 見逃してもらったからって空蝉さんの顔を立てている?

 俺がここでお前を殺すって言ったら受け入れるつもりでいるのか?

 おかしすぎる。円城寺大将が死ねばさらなる犠牲の可能性も高まるし、絶対にこの状況の最善策ではない。


「人間、命より大事なものなんていくらでも見つけられる。その中に、自分のポリシーとか、誇りとか、そういうものも含まれるのさ」


「……」


 自分の命より大事なものなんて、あるはずはない。


「一つ言っとくが、アンタは絶対にロクな死に方しないから、それだけは覚えときな」


 彼女は最後のその言葉だけは憎々しげな怒気混じりの声で、今にも襲いかかって来そうな気迫が篭っていた。


 死に方なんて、それも考える必要はない。 


 俺は円城寺大将から逃げるようにロール達の後を追う。



 こうして空蝉さんの強制招集の任務は幕を下ろしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言]シオンちょっと暗くなってきてるな
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