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銀の姫君と蒼の魔法使い  作者: 苫古。
とある侍女の手紙
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第1の月・光月宮(ユマ) 12日



親愛なるお姉さまへ


 お姉さま……、愛ってすごく難しいのね。

 お姉さまは、誰かを心の底から愛した経験がおあり?

 自分の人生を賭してでも、添い遂げ、慈しんでいきたいと思うひとが―――。


 って、お義兄さまと結婚してるんだから、あるに決まってるわよね。

 うん。

 ……うん、ある……のよね?


 ………、

 …………、

 ………………ごめんなさい。

 聞いたあたしが悪かったから! だから、また、お義兄さまを追い詰めるようなこと、言わないであげてね! 絶対よ!


 そんなことを言うくらいなら、手紙を書き直せばいいのにー、とここまで読んだお姉さまはおっしゃっているかもしれないけれど、紙とインクと、ここまで書いたあたしの労力が勿体無いので、このまま続行します。

 日付と、親愛なるお姉さまへ、って書き直すのも面倒だしね。



 愛がどうのと言ってみたのは、別にあたしの頭上で、恋の天使がラッパを吹き鳴らしたからではないの。

 あたしにとって、本来気にすべきは、週初め毎に貼り出される食堂の献立表と、人気菓子店の新作スイーツ発売日だけ。

 でも、毎日毎日、


「あぁ! 何故、わたくしのこの愛情が伝わらないの~!?」


 と、極上の美女が床上でのた打ち回っている様を眺めていると、食にしか興味のないあたしでも、愛ってものについて考えざるを得なくなるのよ。


「ねえ、クレア! どうしてかしら。どうして、あの()は、わたくしの愛情に気付かないんですの?」


 濡れた紫水の瞳に憂いを湛え、悲しみに浸りつつ暑苦しく問うてくるその方は、あたしの主人――― ディ=エルドレン第3王女こと、レア・ミュライエ=ルル=エルドレンシアよ。

 毎回言っておくけど、“様”なんて付けないから。

 気品溢れる、透き通った氷のごとき美貌と、純白の髪。スレンダーなのに出るとこは出ているという、羨ましい限りなボディをお持ちのあの美女は、上半身だけを起こした姿勢で、床上に身を投げ出していたわ。

「姫様、ドレスの裾からふくらはぎが丸見えになってますよ」

 足首がチラ見えすることははしたないとされている、お貴族様の世界。

 氷雪の美姫と吟遊詩人に謳われるほど、普段クールなこの方が、あんな乱れた姿を晒すなんて……まぁ、ままあることだけど。

「わたくしは、わたくしはただ、あのコと……マリーちゃんと、新年の一時を一緒に過ごしたかっただけですのに」

 あたしの忠告を全く耳に入れてないレア・ミュライエは、両手で顔を覆って、しくしく嘆くばかり。氷雪の文字をどこに落してきたんだと、思わず突っ込みそうになったあたしを、誰も責めることは出来ないと思うわ。

 仕方がないので、優しいあたしは濃藍のドレスの裾を整えて上げたの。

 あーあ、あのドレス。

 手入れが大変だって、衣裳係のフェンが愚痴ってたヤツだったのに。あんなにしわくちゃにしちゃって。

 明日、怒り狂ってる彼女を宥めなきゃいけないって思うと、今から憂鬱だわ。

「クレア、聞いてちょうだいっ。新年を二人で楽しく過ごしましょうって誘ったわたくしに、マリーちゃんが何て返したと思って?」

「“新年早々、魔女の集会(サバト)で生贄にされるなんて、冗談じゃありませんわ”」

「そう! そなのよおおおお! せっかく、コジット産の高級茶葉を何種類も用意して、マリーちゃんが好きそうなお菓子を大量に取り寄せましたのに――――っ!」

 わっと泣き出したレア・ミュライエの御尊顔を、冷めた目で見下ろしていたあたし。

 だって、断られても仕方ないと思うの。

 これまでの手紙にも書いたと思うけど、王女の妹姫に対する遣り様は、卑劣・極悪・根性悪の3語に尽きるんだもの。

 第19王女のマリー・ベル=ソアラ=エルドレンシアは、その出自から、微妙な立場にいる姫君なの。

 父王には見向きもされず、実質、政権を握っている王太子とその金魚の糞には、毛嫌いされてるって状況。銀月姫候補として王宮に留められているわけだけど、もしそういう事情がなければ、今頃は放逐されてるはずね。

 だから、本来なら、誰も関わり合いたくないってなるはずなんだけど……やっぱりあれだけの美貌の持ち主が、放っておかれるはずがないのよ。

 遠目にしか見たことないんだけど、何というか、精霊みたいに儚げな美少女。 しかも、不幸な身の上っていうオプションまで付いてるでしょう? かなりの人間が、彼女とお近づきになりたいって、チャンスを虎視眈々と狙ってるってわけ。

 そんな他の兄弟姉妹や貴族たちが、うちのお姫様は赦せないらしくてね。

 マリー・ベルを盗られないように、得意な魔術や薬術で下種な嫌がらせを繰り返す毎日。しかも、ライバルだけでなく、「あの子の傍にも予防線を張って置かなきゃいけませんわ」とか言って、本人にも仕掛けるんだから。ま、嫌われて当然よね。

 分かってるなら教えてあげればいいじゃない、ってお姉さまはおっしゃるかもしれないけど、お断りよ。

 王族なんて、大嫌い。

 魔女様に辛い思いをさせているこの国の貴族なんて、みんな不幸になればいい。

 今回の〈儀礼〉で全てが終わったら、こんな所とは即刻おさらばしてやるんだから。

 今のところは、妹に嫌われて泣き伏せっている主人を見て楽しむことで、溜飲を下げておくわ。


 お姉さまも、胎教に悪いから、ストレスは溜めないように気を付けてね。





今日も一生懸命働く健気な妹

クレア=ハイルより






追伸

 後で、一緒にいた先輩侍女から注意を受けました。面倒くさいって感情が、顔にダダ漏れだって。

 どうやら、侍女業は、表情筋が鍛えられてなきゃダメみたい。今晩から、顔ヨガでもはじめようかしら?


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