23. ちびっこだった魔法使いと、小さな野良猫。
懐かしい夢をみた。
「すごいっ! すごいよ、ウィセル! 君、まるで本物の〈精霊の仕立て屋さん〉みたいだ!」
そう言って、目をきらきらさせながらウィード・セルを見たあの子。
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あれは、遠い昔。
まだウィード・セルが小さな子供だった頃の話。
その日、中庭でいつものように師匠から出された課題をこなしていると、突然、茂みの中から見知らぬ男の子が飛び出してきた。
普段誰も来ないあの場所で、他の子供とはち合わせたことにもびっくりしたが、彼の格好がさらに拍車をかけた。
年は、ウィード・セルより少し下くらいだろう。
着ている服からして、多分貴族の子供だろうに、上着や下履きは泥まみれ。襟元は、誰かに引っ張られでもしたのか、不自然に着崩れている。
向こうも、こんな緑深い人気のない庭で他人と出くわしたことに驚いたらしい。
印象的な青い目は一瞬だけ大きく見開かれたが、一瞬き後には、ウィード・セルに向けられた切り傷と青痣だらけの顔は強張り、敵意と警戒の色を湛えてこちらを睨みつけていた。
「……だれだ、おまえ」
低く唸るような男の子の問いに、師匠の言葉が頭を過る。
確かに、他人から“お前”呼ばわりされるのは、気分のいいもんじゃない。これから先は十分気を付けようと、ウィード・セルは的外れなことを考えた。
一方、何も答えようとしない彼に痺れを切らしたのか、男の子は盛大に舌打ちをして、口元と目元の汚れを乱暴に袖口で拭いだした。
擦った際に傷口に泥が入ったらしく、盛大に表情を顰めているのを見て、ウィード・セルは呆れの溜息を吐く。
「なぁ、ちょっとみせてみろ」
立ち上がり、顔を擦っていた手を取って止めさせた。
「な、さわるな!」
「はいはい。いいから、こっちこいよ」
はーなーせーっ、と抵抗する男の子を無理やり引っ張って、ウィード・セルはすぐ近くにある水飲み場までやって来た。
裁縫用に持って来ていたコットンの布を、小さな噴水から溢れる水に浸し、抵抗する少年をいなしながら傷口を洗う。
初めは痛い、止めろと喚いていた少年だったが、汚れが落ち切る頃には大人しくなっていた。
「よし、こんなもんかな。って、酷いな、この傷」
汚れを落とし終えたウィード・セルは、露わになった傷口を見て思わず顔を顰めた。
無数の小さな傷もさることながら、最も目立つのは右目の痣。殴られた痕なのか、すでに痛々しい黒紫色に変色し始めている。
「だれにやられたんだよ、これ」
ウィード・セルの問いに、少年は答えない。
その頑なな態度に呆れつつも、裁縫中に針で指を突いたときのために持って来ていた消毒液と軟膏を塗り、簡単にではあるが治療をしてやった。
「かえったら、だれかにちゃんとした手当てをしてもらえよ」
「………」
「きいてるのかよ。放っておいたら、傷口から―――」
「おまえにはカンケイないだろ」
顔を背け続けていた少年が、短く刈り上げた緑色の髪から土をとってやっていたウィード・セルの手を、乱暴に払い除けた。
乾いた音が鳴り、思いのほか強く弾かれた手の平に痛みが走る。
本人も遣り過ぎたと思ったのか、気まず気な色の目でこちらを見てきたが、それもすぐに逸らされてしまった。
さすがにムッとしたウィード・セルが、文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけた、その時。
「ウィセルー? ウィセル、いるかい?」
遠くで彼の名を呼ぶ、ルース・シスの声が届いた。
午後のお茶の時間が近いから、迎えに来てくれたのだろうか?
今日はユレナも一緒だと言っていたから、早く席に着いていないと拙いかもしれない。でないと、散々苛められてしまう。
「おじさん、今行くよ!」
そう大声で返して、広げっぱなしだった裁縫道具を片付けに行くため、ウィード・セルは立ち上がろうとした。
しかし、伸ばされた小さな手に服の裾を掴まれ、それを阻まれる。
ぐい、と引っ張られ、傾く己の身体。
「あっぶな!!」
危うく、体制を崩して、そのまま噴水にダイブするところだった。
咄嗟に手を突いて、惨劇をギリギリ回避できたウィード・セルは、どきどきと波打つ心臓の上を押さえつつ、元凶となった少年に、憤りと非難を込めた視線を叩き付けた。
その少年はというと、自分のせいで目の前に居る人間が噴水に落ちかけたことに、一瞬だけ驚いたようだった。
だが、次の瞬間には頬を緩ませ、今はおかしそうに小さな笑い声を立てている。
時折、口の端や頬の傷が痛むのか顔を緩ませていたのだけれど、それでも笑うことを止める様子はない。
「お、おま……!」
恩を仇で返す気か!
そう怒鳴りかけた彼に被せるように、緑髪の少年が小さな声で告げる。
「ありがとう」
「へ?」
「てあて……ありがとう」
口元を、まだほんの少し笑み崩したまま、決まり悪そうに礼をいった少年。
傷だらけであちこち腫れ上がったその顔は、お世辞にも綺麗だと言えない。
けれど、その笑顔は十分に可愛らしいものだと、ウィード・セルには思えた。




