天気を売る小さなお店「アマギ屋」を継いだ少女の話
天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~(長編)で書ききれなかった話です。
エルグノア帝国。
この世界では、晴れや雨、風や霧といった天気を生産し、瓶に保管して、自由に売り買いする技術が発達している。
そんな帝都の片隅に、天気を生産して瓶詰めして売る小さな天気屋があった。
店の名前は「アマギ屋」。
16歳の天城めい(あまぎめい)は、祖父が亡くなってから店を継いだばかりだった。
しかし、めいひとりでは仕事が追いつかず、配達にも苦労していた。
昨日、店先に倒れていた男性、時雨蔵。
めいはそんな蔵に焼きリンゴをふるまい、店の中で暖を取らせるなどをした。蔵は助けてもらったお礼にと、めいが調合した天気を届ける仕事を手伝ってくれたのだった。
「気が向いたら、また寄ってやるよ」
昨日、蔵はそう言って立ち去った。
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めいはオーブンから特製の焼きリンゴを取り出した。
また来てくれるかもしれないと思い、蔵のために用意していたのだ。
(来てくれるかな……)
その時、勢いよく扉が開いた。
「よう、鈍亀! 表の通りまで甘い匂いが漂ってんぞ」
彼だ。
「蔵さん! 本当に来てくれたんですね!」
めいは満面の笑顔で迎えた。
「昨日食った焼きリンゴが、すげぇうまかったからよ」
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「あふっ、熱っ! けど、やっぱりこれ、すげぇうめぇな!」
蔵は椅子に座り、焼きリンゴを口いっぱいに頬張った。
めいは、そんな蔵を見てほほ笑んでいた。
バァン!
その時だった。
店の扉が勢いよく開き、息を切らした洗濯屋の男性が飛び込んできた。
「今日中に仕上げなきゃならねえ婚礼用の大シーツがあるんだが、路地奥の干し場に湿気がこもっちまって、夕方までに乾きそうにねえんだ。『そよ風の瓶』を一本、今すぐ頼めるかい!?」
(調合はできても……私の足じゃ、今から走っても干し場に着く頃には夕方になっちゃう……!)
めいは胸元に手を当て、不安そうに唇を結んだ。
「……わかりました! すぐに調合します!」
それでも、祖父の代から懇意にしている洗濯屋の依頼を断ることはできなかった。
「助かるよ! 頼んだぞ!」
洗濯屋の男性は、めいの言葉を信じて一度店を出ていった。
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めいは祖父が残した分厚い調合帳を開いた。
しかし、すぐに手を止め、静かに息を吸い込む。
(おじいちゃんの基本レシピにある『そよ風』じゃ、ただ風が吹き抜けるだけ。奥まった路地にたまった湿気を取り除くには足りないわ)
めいは棚から乾燥薄荷草と微気圧液を選び、乳鉢で気象結晶を細かく砕いていく。
「おい。それ、じいさんの調合レシピ通りじゃねえだろ。余計なもんを足して、失敗しねえだろうな?」
カウンター越しに作業を覗き込む蔵が忠告した。
「失敗しません!」
めいは間髪入れずに答えた。
「洗濯屋さんの干し場は、路地の突き当たりにあるんです。だから、普通の風じゃダメなんです。地面にたまった湿気を巻き込みながら、下から上へ逃がす特製の上昇気流にしなきゃいけないんです!」
めいは手際よく材料を調合し、やがて一本の気象瓶を完成させた。
中身に濁りがないことを確かめると、コルク栓をして朱色の封蝋でしっかりと封をする。
蔵は完成した瓶をじっと見つめた。
「……へえ。濁りひとつねえ。昨日も思ったが、お前の調合の腕、マジで本物だな」
「でも……急いで走っても、私の足じゃ届けるまでに一時間はかかります。それじゃ、乾かす時間が足りないかも……」
蔵は愛用の疾風の脚甲(風のブーツ)を足元でカチッと鳴らした。
そして、瓶を配達袋に収めると、不敵な笑みを浮かべた。
「誰が鈍亀に走らせるっつったよ。極上の焼きリンゴを食っちまったんだ。代金分はきっちり働くからな。五分で届けてやる。お前が作った最高の天気、無駄になんざさせねえよ!」
「蔵さん……! よろしくお願いします!」
めいは感激した様子で、蔵に瓶を託した。
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出発からわずか四分後。
蔵は洗濯屋の干し場に到着した。
「おーい、洗濯屋! アマギ屋からの配達だぞ!」
「な、何ィ!? もう着いたのか!? てっきり、あと一時間はかかると思ってたぞ!」
洗濯屋の男性は、ただただ目を丸くするばかりだった。
蔵は、めいが調合した『路地裏専用・乾かしそよ風瓶』の栓を抜いた。
すると、爽やかな風が地面から吹き上がり、路地にこもっていた湿気を一気に巻き上げていく。
風にあおられた婚礼用の純白の大シーツが、陽光を浴びながら青空へと気持ちよく翻った。
「湿気が真上に抜けていく! シーツがみるみる乾いていくぞ!」
洗濯屋の男性は、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
(ただの風の瓶じゃない。路地にたまっていた湿気を、まとめて巻き上げちまったぞ……!)
歓喜する洗濯屋の男性を横目に、蔵はめいの気象職人としての腕前を改めて実感していた。
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しばらくして、蔵は軽やかな足取りでアマギ屋へ戻ってきた。
「ただいま。シーツ、真っ白にパリッと乾かしてきたぜ」
「蔵さん! おかえりなさい! ありがとうございます!」
蔵はカウンターに歩み寄ると、配達帳簿の横に銀貨の詰まった革袋を置いた。
帳簿には、これまでの配達遅延を示す印がいくつも並んでいた。
しかし、その横には新たに「配達完了」の黒いスタンプが押されている。
「洗濯屋の親父、すげぇ喜んでチップまで弾みやがった。ほらよ、売り上げと配達料だ」
「えっ、でも、蔵さん……焼きリンゴのお礼に手伝ってくれるだけでいいって……!」
「リンゴ一個で釣り合うような仕事じゃねえだろ。あんなすごい天気を作れるなら、俺がいくらでも運んでやるよ」
「えっ! 本当にいいんですか?」
「ただし、毎日の焼きリンゴは別枠でつけろよ……めい」
「はい! 毎日、一番おいしいのを用意して待ってます!」
こうして、風を操る少年と新米天気屋の少女の物語が始まった。
天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~(長編)の主人公と蔵の馴れ初め的な話です。
長編にうまく入らなかったので書きました。お読みいただきありがとうございました。長編の方は毎日投稿しています。ブックマークや★評価で応援いただけると嬉しいです。




