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"宇野 宙"
略すと宇宙になる。
…親が、宇宙好きなのかな。
宙は"そら"って読み方だろうか。
"ひろ"とか"みち"って読み方もあった気がするけど。
担任の森山先生が黒板に書いた転校生の名前を見ながら、俺はぼんやりと考えていた。
「今日からこのクラスの一員になる宇野宙さんです。
じゃあ、宇野さん、皆に挨拶してもらえるかな?」
宙は"そら"の読み方で合っていた。
「はじめまして、宇野宙です。
父は転勤が多い仕事をしていて、この高校に通えるのも半年間と短い期間になりますが、よろしくお願いします。」
まるでベテランのアナウンサーのような落ち着いた口調で挨拶をしてから、彼女は深く頭を下げた。
教室に入った瞬間、彼女を見たクラスメイトが息を呑み、ざわついたのが分かった。
四捨五入すると、170cmあると自称している森山先生と並んで、少し低いくらいなので、身長は165cmくらいだろう。
スラリと伸びた手足と小さな顔、肌は、今まで陽を浴びたことがないのではないかと思うほど白く、肩甲骨よりも下まで長く伸びた黒髪、眉毛の下で切りそろえられた前髪の下から覗く大きな瞳、長いまつげ、高く通った鼻筋、薄い唇、小さな顎。
彼女はまるで人形のように美しかった。
高校2年生の夏休み明けに突如やってきた転校生ということも相まって、どこかミステリアスで神秘的な雰囲気を醸し出していた。
俺は、彼女を一目見たとき、この人は本当はこの世界の人間ではないんじゃないだろうかと思った。
そんな現実離れした妄想をしてしまうほど、彼女は美しく、不思議なオーラを纏っていた。
休み時間になると、宇野さんの周りには人だかりができていた。
「宇野さん、本当に色白いよねー。」
「すごい美人が来たから、びっくりしちゃった。」
矢継ぎ早に声を掛けられながら、彼女は笑顔で対応していたけど、その表情はどこか感情がこもっていないような感じがした。
「人気者だねー、転校生。」
クラスメイトの早野琢磨が話しかけてきた。
黒縁眼鏡がトレードマークの琢磨は、ぱっと見、冷たそうな印象を持たれがちだけど、仲良くなると、とても人なつっこい笑顔を見せてくれる。
テストの成績はいつも1、2位でとても優秀だ。
「うん。なんか、映画とかドラマみたいだよね。こんな時期に美少女が転校してくるって。」
俺がそう答えると、琢磨が意外そうな顔をしたのが分かった。
「へー、太星、ああいう感じがタイプなの?」
「うーん。タイプっていうか、万人に受けそうな顔してるよね。」
好みの差はあるだろうけど、彼女の容姿を見れば、美人だと判断する人がほとんどだろう。
「まぁ、確かに。芸能人みたいだもんね。」
「あれだけ美人なら、すぐ噂になりそう。」
武田優吾がそう付け加えた。彼は色黒で身長は185cmあり、ボクシング部に所属している。
一見、イカつくて怖そうに見えるがとても優しく、幼なじみの可愛い後輩女子と付き合っている。
「半年で転校しちゃうのも分かってるから、それまでにって告白するやつ多いだろうな。」
優吾がそう言った後、廊下の方を見たので、視線の先を追うと、転校生を見にやってきた学生達で人だかりができていた。
「早速、噂になってるね、あの様子だと。宇野さん大変そう。」
琢磨は苦笑いしながらその様子を見ていた。
「ごめんね。親が厳しくて、携帯持ってないんだ。」
連絡先を交換しようと提案した女子生徒に宇野さんがそう答えているのが聞こえた。
今時、携帯電話を持っていないなんて珍しいので、
「えー、残念。」
と皆が、がっかりした声を上げていた。
…これだけ人気者ならきっと、俺みたいな平凡な人間と関わることは無いんだろうな。
そんなことを考えながら、人だかりに対応する宇野さんを遠くから眺めていた。
放課後、いつものように天文部の部室である理科準備室で過ごしていると、扉が開き、物理担当で顧問の富樫先生が入ってきた。
先生は天文部と卓球部の顧問を兼任しているけど、卓球部の活動の方が圧倒的に忙しいので、俺が先生と部活のことで関わるのは大きな行事の時くらいだった。
「天川、入部希望者がいるから、連れてきた。
案内してやってくれ。
さぁ、入って。」
うちの高校は、部活に所属することが必須で、大部分の生徒は入学時に何かしらの部活に入る。
怪我や、家庭の事情、人間関係のもつれなど、顧問が致し方ないと判断する場合以外は、退部することは許されていない。
部活を辞めた後、別の部活に入ることも、よっぽどの事情がない限り、禁止されている。
このタイミングで入部希望者ってことは、もしかして…
予想通り、富樫先生に連れられてやってきたのは、宇野さんだった。
「じゃあ、俺は、卓球部の方に行くから、あとはよろしく。」
富樫先生はそう言って、理科準備室から足早に出て行ってしまった。
関わることが無いと思っていた宇野さんと、同じ部活になるなんて。
思いがけない展開に驚いてしまい、何も言えずにいると、彼女は俺の前までやってきてから、口を開いた。
「2年の宇野宙です。
よろしくお願いします。」
そう言って軽く頭を下げてから俺のことを見た。
近くで見ると彼女の顔の造形の美しさがよく分かる。
こんなにキレイな人を見たのは初めてで、俺は一気に緊張してしまった。
「…2年の天川太星です。よろしくお願いします。」
挨拶をした後、彼女は理科準備室をぐるりと見回していた。
「…宇野さんって、宇宙とか、星とか興味あるの?」
「うーん。人並みかな。」
「…そうなんだ。」
そこで会話が止まってしまった。
名前に"宇宙"が入っているから、てっきり親が宇宙を好きで、その影響で彼女も好きなのかと思った。
「…どうして天文部に入ろうと思ったの?」
俺が質問すると、教室の中を見渡していた彼女は、俺のことをじっと見てきた。
やっぱり彼女のビジュアルの強さに、すぐには慣れない。
「天文部なら、屋上の鍵を自由に使えるって聞いたから。
休み時間とか、屋上に行きたいなって思って。」
うちの高校の屋上は普段、扉に鍵がかかっており、生徒は自由に出入りすることはできないけど、天文部は月に数回、屋上で天体観測をするので、屋上の扉の鍵を所持することが許されていた。
普段、その鍵は部室である理科準備室のキーボックスに入っていて、キーボックスの鍵は部長が管理することになっている。
去年、3年生の先輩が卒業してから天文部の部員は俺1人なので、本来、2年生の夏休み明けから務めることが通例の部長を、先輩が引退した1年生の夏休み明けから務めていた。
...なんだ。屋上で過ごすのが目的か。
真面目に天文学を知りたいわけじゃなさそうだな。
でも、なんで屋上に行きたいんだろう。
彼女くらい人目を浴びる人だと、一人になる時間が欲しいんだろうか。
「そっか。分かった。屋上の鍵はキーボックスに入ってて、俺がキーボックスの鍵を持ってるから、声かけてもらえれば渡すよ。」
俺がそう言うと、彼女は少し考えるような表情をした後に、
「…キーボックスの鍵の合鍵はないの?
屋上に行く場合は、毎回、天川君に声を掛けた方が良いのかな?」
と質問してきた。
「うーん…。やっぱり天体観測用に特別に許可されて持っているものだから、それ以外の理由で屋上に行くのは先生たちにあんまり良い顔されないんだ。
だから、部長だけが持つようになってるんだ。
ごめんね。不便で。」
「そっか…。」
そう言うと、彼女は残念そうな表情をして、そのまま黙ってしまった。
きっと俺を介さず、自由に屋上に行きたいのだろう。
しかし、それを許して、もし先生たちに目をつけられたら、特別に許可されている鍵の所持ができなくなってしまうかもしれない。
だから、いくらお願いされても、そこは譲れないところだった。
...でも、なぜ彼女は、そこまでして、屋上に行こうとするんだろうか。
「…どうして、屋上に行きたいの?一人になりたいとか?」
俺が質問すると彼女は俺の目をじっと見つめてきた。
…すごい大きくてキレイな目。
よく見ると少しだけ瞳の色が灰色がかっている。
…吸い込まれそう。
俺が思わず見とれていると、
「…連絡取らきゃいけないから。」
彼女は俺から目を逸らさずに、答えた。
「…連絡?…ご両親とか?」
俺が質問を重ねている間も、彼女はずっと俺の目を見ていた。
「…天川君って口は堅い?」
「…え?」
思いがけないことを聞かれて、間抜けな声が出てしまった。
「どう?秘密、守れる?」
彼女はそう言うと、一歩ずつ俺に近づいてきた。
一体何なんだろうか。
「…うん。守れる。」
彼女から圧を感じて、戸惑いながらもそう答えると、彼女がゆっくり口を開いた。
「じゃあ、教えるね…私、宇宙人なの。」
…これは、冗談を言われているのか?
でも彼女の目は真剣だった。
それに、この常人離れした美しいビジュアルや、ミステリアスな雰囲気も彼女が宇宙人であることの証明のように感じる。
本当に宇宙人なら…正直興奮してしまう。
俺は宇宙人と対話した地球人になれるかもしれない。
小さい頃から宇宙に関するありとあらゆるものが好きで、もちろん宇宙人もその対象だった。
空を飛ぶ光る物体を見れば、UFOかもしれないと思って追いかけてしまったし、本やネットに載っていた怪しげな宇宙人との交信方法を試したことも少なくはない。
結局は一度も成功しなかったけれど、ずっと心の中で宇宙人に会いたいと思っていた。
そして、彼女の言葉を信じるなら、幼い頃から会いたいと焦がれていた宇宙人が今、目の前にいることになる。
これは...本当にすごいことだ。
神様は信じる人の元に宇宙人を送り込んでくれるのかもしれない。
俺は宇野さんをまじまじと見ながら、
「…そうなんだ。」
と感嘆するように呟いた。
宇野さんは俺の発言に、明らかに驚いていた。
「…信じてくれるの?」
目を丸くして、信じられないという表情をする彼女に対して、
「うん。なんか宇野さんって不思議な感じがしてたから、納得した。」
俺がそう答えると、彼女は、にっこりと笑った。
教室で見せるような感情のこもっていない作った笑顔とは違う、心から嬉しそうな表情。
正直とても魅力的だった。
そして、上目遣いで俺のことを見てきた。
「天川君。私の協力者になって。」




