最終話 民族衣装の生徒はもういない、静かなセンターで
その1「できること・したいこと」
講師の仕事を終えたあと、ぼくはポーに戻った。しばらくは貯金がある。しかしいずれ新しい仕事を探さなければならない。
次は何をするべきか? 全然思いつかない。たった1年の講師生活なのに、衝撃的過ぎる。3日悩んだ末、考えをノートにまとめてみた。箇条書きにしてみる。まずは、自分の特技を書き付けた。
「1 化学の知識・経験がある」
「2 フランス語通訳」
ここまでが去年までの自分の能力。1年後はこの特技も加わった。
「3 生徒を教えることができる」
これだけ自分には特技があるんだ。何か仕事が見つかるだろう。次に自分が何をしたいか、書いてみる。
「1 化学の知識を生かしたい」
「2 フランス語を生かしたい」
はっきりいって、教師はもうやりたくなかった。場所も重要だ。
「1 日本に戻る」
「2 フランスに残る」
「3 その他の場所にいく」
もし日本に戻ると、どうなるだろう。ふたつの道が浮かんだ。
「1 化学関係の会社に就職」
これなら、化学の知識は生かせる。でもフランス語は必要ない。
「2 語学学校のフランス語教師」
という手もある。アルジェリア人の生徒に比べたら、日本人の生徒は扱いやすいだろう。しかし、化学の知識は不要となる。
どっちにしても片一方の特技が生かせないのは、不利だろう。したがって、日本には戻りたくない。フランス本国で、仕事が見つかれば本望。しかし以前まったく見つからず、アルジェリアにいった経験がある。たぶん今回も無理だろう。
その他の場所? アルジェリア以外ならどこかいってみたいが、急には思いつかない。消去法で選んでいったら、ひとつも業種が残らなかった。結局すべて消去された。ああ、どうしよう?
翌日、ぼくに電話がかかってきた。ここの連絡先はムッシュ・ガリッグの他、数人の同僚しか教えてないのに。セールスの電話だろうか。不審に思いながら、受話器を取る。
「アロー……」
「リョウイチさんですか?」
なんと日本人から。しかも若い女性。でも知らない声だ。
「わたし、播磨屋工業フランス支社で社長秘書をやっております靖之と申します」
播磨屋工業だって? トレーニングセンターの元請けの日本の会社からだ。どうしてまた?
「実はリョウイチ様と契約を結びたいのです。つきましてはパリのほうにご足労願えませんか?」
その2「契約」
ぼくは、愛車に乗ってパリに向かった。講師の契約交渉のため夜行列車に乗った記憶が、よみがえってきた。あれは、わずか1年ほど前だ。あのときは、いくつかの会社が入った雑居ビルみたいな建物の一室だった。
今回は事務所からして違う。播磨屋工業は、市街の一等地に立派なビルを構えている。
「リョウイチさまですね。遠い所をどうもありがとうございます」
日本人女性に出迎えられた。この人があの電話の主、靖之さんか。まさに美人秘書だ。
彼女に案内され、広い豪華な応接室に通された。講師時代とは、扱いが違い過ぎる。しばらく待っていると、年輩の日本人紳士が部屋に入ってきた。
「わたくし、こういう者です」
久しぶりに日本式流儀で名刺を受け取る。
『 播磨屋工業株式会社
アルジェリア支部総合取締役
小石川源一郎 』
取締役だって! アルジェリアでの序列を、思い出してほしい。講師たちのまとめ役が、ムッシュ・ガリッグ。その上のトレーニングセンター全体の責任者が、ムッシュ・フォール。さらにその上、委託しているスイス企業の取締役がドルフ・シュネットラーグ。
今いる場所は、そのスイス企業に仕事を頼んだ元請け会社の播磨屋工業。そこの総合取締役ということは、あのドルフよりさらに上の肩書き。そんな超偉い人と、今ぼくはふたりっきりで対話している。信じられん。
「あなたがリョウイチさんですね? お噂はかねがね聞いております」
「そうなんですか」
「なんでも1年間講師を勤め上げた日本人がいると、わが社でも非常に評判なんです。そこでもう一度、ぜひあなたのお力をお借りしたい」
「といいますと……」
思わず、ぼくはつばを飲み込んだ。この話の流れだと、また講師を頼まれることになりそうだ。
「もうイヤだ! あんな生活!」
と立ち上がって叫びたかった。だけど、こんな偉い人の依頼を断るわけにはいかない。
「実は、新しい教育プロジェクトの面倒を見ていただきたいんです」
「つまり講師を勤めれば、よろしいんですね?」
「いえいえ、違います。教壇に立って講義をするのは、別の人たちです。あなたには、その講師たちのアドバイザーになってもらいたいんです。今度は生徒ではなく、講師を育ててほしいんです」
ぼくは、ホッとした。辞書の編さんでいえば、実際に単語を調べて書くのではなくて
『監修 金田一京助』
みたいな立場らしい。当然ぼくは引き受けた。
その3「アドバイザー」
ぼくは、ふたたびアルジェリアに渡った。あのアルズーのコンビナートに戻った。その宿舎に移り住んだ。翌日、トレーニングセンターにあいさつにいく。
2週間前までいたから、ちっとも懐かしくない。しかしそこにいる顔ぶれは大きく変わった。あいかわらず多くの人が出入りしているのに、見知った人が誰もいない。あのムッシュ・ガリッグも、別の国の別の部署に移動したそうだ。
代わりに、何人もの日本人が握手を求めてきた。
「リョウイチ先生ですね。ご指導をどうぞよろしくお願いいたします」
こうして半年ほど、教育プロジェクトに関わった。以前まで教えていた内容は、基礎教育だった。だから化学知識がある程度あれば、いろんな人間が教えることができた。これからは専門教育をほどこす。内容も高度なので、日本人の専門家しか教えられない。日本から数人連れてきて、通訳を交えて講義する。
その人たちのまとめ役が、ぼくだ。生徒たちは、以前ぼくが教えたのとほとんど同じメンバーだ。もちろん問題児クラスの連中もいる。授業内容は、さらにレベルが上がる。生徒は、ついていくのが大変だ。それ以上に教える側は、苦労するだろう。
でも、ぼくは講師の立場ではない。こりゃ楽だ。結局教壇には1度も立たなかった。当然生徒たちとの、直接のふれあいもなかった。今までみたいな苦労は、1度もなかった。しかし感動もなかった。あっという間に、半年が過ぎた。
その4「方針転換」
ぼくは、ふたたびポーのアパートに戻った。もうタイミングのいい、仕事依頼の電話はない。それからはずっと職探しの毎日が続いた。とうとう8ヶ月たっても見つからない。このままでは貯金も底をつく。ついにぼくは方針を変えた。
「よし、化学知識を生かす仕事はあきらめた。これからはフランス語通訳の仕事に絞って探そう」
そのあとすぐ、日本企業からの仕事が決まった。変なプライドが、足かせになっていたようだ。またひとつ、母のことばを思い出した。
「誇りは埃。大事にするより捨てたほうが、きれいさっぱりする」
その5「次の場所へ」
それから1年ほど経ったある日。ぼくは通訳の仕事で、またまたアルジェリアにきていた。きょうの相手は、関西の年輩サラリーマン。この国にくるのは初めてだそうだ。
午前10時、空港で彼を出迎える。早めの昼食をいっしょに食べたあと、車でアルズーを移動していた。突然彼が苦しそうにいった。
「リョウイチはん、このへんにトイレありまへんか? なんかさっき食べた料理が、当たったみたいで……」
どうやら羊の肉が、彼には合わなかったらしい。そのわりには、全部たいらげていたけど。
「急にいわれても、あたりには公園もないし。とにかくどこかで借りましょう」
前方に見慣れた建物があった。あのトレーニングセンターだ。センター内には、まだ知り合いの日本人事務員が残っていた。
「リョウイチさん、お久しぶりです」
「すまないが、トイレを貸してもらえないだろうか?」
「どうぞ、どうぞ」
ぼくは、関西サラリーマンをトイレに案内した。
「リョウイチはん、えらいすんませんなあ」
「じゃあ、ぼくは駐車場で待ってますから」
お客は、猛スピードですっ飛んでいった。ぼくは時間つぶしに、建物の周りを散策した。
あれほど活気があった広大な建設現場は、本当に静かになっている。工場はすべて完成し、無事稼働しているようだ。生徒たちの何人かは、あの中で仕事に就いているはず。しかし実際どのくらいの人数が、工場に従事するようになったかは、聞かされていない。
今は、ちょうどお昼過ぎ。トレーニングセンターは、現在事務所として使用している。ワイシャツ姿の事務員たちが、バレーボールを楽しんでいた。民族衣装をまとった生徒たちは、もうひとりもいない。ぼくは両手を上げ背筋を伸ばし、大きく深呼吸した。
「ぼくたちがいたあの時代は、はるか遠いものになってしまったなあ」
感慨にひたっていたら、あのお客が戻ってきた。
「リョウイチはん、待たせてすんませんでした。ほな、いきまひょか。次の場所へ……」
未知の経験と試練に、ユーモアと誠実で
乗り越える力をくれた両親に捧ぐ




