ハッピーエンド
第4ターミナルがの薄暗いプラットフォーム。
けたたましい発車ベルが鳴り響く中、ハルは閉まりかけた移送列車のドアに強引に腕をねじ込んだ。
「……ハ、ハルさん!?」
座席で膝を抱えていた雪音が、幽霊でも見たかのように目を丸くする。
ハルは荒い息を整えながら、彼女の腕をぐいっと引っ張り、プラットフォームへと引きずり下ろした。
「勝手に、いなくならないでください」
「だ、だめです! 私がいたら、ハルさんが偉い人たちに狙われて……私なんて、ただの足手まといで……!」
泣き叫び、手を振り払おうとする雪音を、ハルは強く抱きしめた。
「俺の幸せを、勝手に決めないでください。……俺は、あなたと一緒に太陽の下を歩きたいと言ったんです。あなたがいない安全な世界なんて、俺には何の意味もない」
「ハル、さん……っ」
「一緒に帰りましょう。私たちの、家に」
その真っ直ぐで不器用な言葉に、雪音はついに抵抗をやめ、ハルの胸で声を上げて泣き崩れた。
それから、少しの時間が流れた。
外の世界では、相変わらずタアンプ大統領の号令に従い、「マッチョな男」と「それに群がる女たち」の狂騒が続いている。しかし、都内の外れにある広々とした庭付きの一軒家――ハルたちの家だけは、そんな喧騒とは無縁の、穏やかな聖域となっていた。
よく晴れた日曜日の午後。
ハルの家の庭では、賑やかなお茶会が開かれていた。
「ほらハル君、手が止まってるわよ。お客様たちにケーキを取り分けて」
「はいはい、奥様。今切りますから」
日除けのパラソルの下で、静流が少し大きくなった子供を膝に乗せながら、呆れたように笑う。エプロン姿のハルは、汗を拭いながら手作りケーキの切り分けに奮闘していた。
「ハルさん、私、紅茶を淹れ直してきますね!」
すっかり明るい笑顔を取り戻した雪音が、甲斐甲斐しく立ち回る。彼女は今、静流と共にこの家を切り盛りする「妻」として、堂々と太陽の下を生きていた。
「まったく、外の男たちは『俺が王様だ』って威張るだけのバカばかりなのに。あんたみたいな冴えない男が、一番いい思いをしてるなんて皮肉な話よね」
そう言って呆れ顔で煙草をふかしているのは、かつてハルに「心のない行為の虚しさ」を教え、ハルを罵倒したあのSM気質の女性だった。彼女もまた、ハルの「心をケアする対話」の恩恵を受けた一人であり、今ではすっかりこの家の常連客(そして、気の置けない家族のような友人)として入り浸っている。
「ふふっ。でも、お義兄さんのこの『弱さ』と『優しさ』こそが、世界を救う最強の魔力だったってことですよね」
庭の入り口から現れたのは、亡き紫苑の妹である麗華だった。彼女は両手にたくさんのお土産を抱えながら、ハルたちに向かって微笑みかけた。かつて世界の真理をハルに教え、絶望を共有した彼女も、今はこの規格外で温かい「新しい家族の形」を、姉の代わりに優しく見守ってくれている。
「あ、麗華さん! いらっしゃい。ちょうどケーキが焼けたところですよ」
ハルが手を振ると、庭に集まった全員が温かい笑い声を上げた。
国家がどれだけ「力と数で支配しろ」と叫んでも、ハルは決して王様にはならなかった。
彼はただ、手の届く範囲で傷ついた女性たちの心を掬い上げ、一緒に泣き、一緒に笑い、美味しいコーヒーを淹れる「ただの家族」であり続けた。
それは、98%の女性たちが終わらない競争に疲弊する世界に穿たれた、小さくても決して消えることのない、確かな希望の光だった。
青空の下、風が優しく吹き抜ける。
ハルは、愛する妻たちや大切な友人たち、そして庭を駆け回る子供の姿を見つめながら、心からの幸せを噛み締めていた。
世界はまだ少し狂っているけれど、自分たちの日常は、こんなにも温かい。
みんなで食卓を囲み、笑い合い、いつまでも穏やかに暮らした。
《完》
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