外伝:皇権極秘執行四統部
あああああああああああ!飛んでもねえミスしてたああ!
王都の市街地は、戦争が終わった後も、しばらく落ち着かなかった。
石畳に残った焦げ跡。崩れた壁の修復工事。騎士団の補充を知らせる張り紙。普通の朝の光景の中に、あの日の痕跡が混じっていた。
ユリウスは市街地を歩きながら、手元のノートに書き込みを続けていた。
観測王の仕事は、観測することだ。何が起きたか、誰が動いたか、どういう結果になったか。感情を交えず、事実を記録する。それがユリウス・ノインの、本名ユーラー・ユーリーの役割だった。
今回の戦争は、観測対象として密度が高かった。
ヴァルド・ハルウスという人物が組織を率いて王都に戦争を仕掛け、敗北し、裁判を受け、帝国への護送が決まった。
「熱心に書いてるね」
声が来た。ユリウスは歩きながら、声の方向を確認した。路地の角に人がいた。
外套を深くかぶっていて、顔が見えなかった。体格からして女性。外套の下から見える靴の質が高い。貴族か、それに準じる立場の人間だ。
「人違いじゃないですかね?」
ユリウスが言った。
「ユーラー」
外套の下から声が来た。
低く、落ち着いた声だった。
ユリウスは足を止めた。
「・・・レティシアか」
「そう」
外套の端が少し上がった。顔の下半分だけが見えた。口元が、少しだけ動いた。笑っているのか、それとも別の何かなのか、判断がつかなかった。
「帝国から来たのか」
「そうよ。あなたが観測してるのは分かってたから、会いやすい場所を選んだ」
「観測の邪魔をしに来たのか」
「違う。一緒に帰りましょ、という話」
「情報を持ってるんだろう」
「あなたが知らない情報はないんじゃない?」
「あります。今回の件で、帝国側から把握できていない動きがいくつかある。レティシアが知っていれば、補完できる」
レティシアが外套を少し整えた。周囲を確認した。人通りは少なかった。
「戦争の結果は?」
「ヴァルドの組織は撤退。ヴァルド本人は裁判で帝国の隔離施設への無期懲役が決定。」
レティシアは、少しの間、黙った。
「・・・そう」
「それだけか」
「・・・そうだね」
声は変わっていなかった。でも、外套の下で手が動いた。握っていた。それに、うっすらと顔付近に光が見えた。それだけが、感情の出口だった。
「・・・帰ろうか」
「同行する」
「ありがとう」
二人は歩き始めた。ユリウスはノートに一行、書き足した。
――――――――――
帝国の皇宮は、王都から馬で2ヶ月程かかる。その為、ユリウスの転移魔法で二人は帰った。
余談だが、ユリウスの転移魔法は隠密に特化したものだ。その為、隠蔽のために魔力を大幅に消耗するため、消費量はとてつもなかった。
到着したのは、夕方だった。
皇宮の謁見室は、天井が高かった。石造りの柱が左右に並んでいた。窓から夕暮れの光が差し込んでいた。
正面に、皇帝が座っていた。
ヴァイゼン・フォン・ダーズリー皇帝陛下。年齢は四十代後半。白髪混じりの銀髪。目が静かだった。感情を表に出さない人間の目。でも、何も見ていないわけではない。全部を見て、全部を処理している目だ。
「観測王ユーラー、裁定王レティシア。揃ったか?」
「「はい」」
二人が前に出た。
レティシアは変装を解いていた。本来の服に戻っていた。帝国の軍服に近い形の服で、腰に剣を提げていた。外套の下にいた人間とは、少し印象が違った。でも、目は同じだった。
「報告を始めよ」
「はい」
ユリウスが口を開いた。
「オルディナシス王国での戦争について、経緯と結果を報告します」
話し始めた。
ヴァルドの組織の動向。戦争の経緯。リュートという転生者の関与。代行思考機構の起動。戦争の終結。裁判の結果。護送の開始。
そこまで話した時、謁見室の扉が開いた。
足音が二つ来た。
「遅れた。許せ」
一人が言った。
声が男にしては少し高いが、重かった。体格はそこまで大きくはない。軍服を着ていた。胸に複数の勲章が並んでいた。年齢は20代後半。髪は黒く、短かった。目が鋭かった。
ヴァルグレイ・ゼル・アークハルト。帝国元帥。殲滅王。
「元帥業が長引いたか?」
「南の件が片付かんかった。部下が暴走して大変だったよ。詳細は後で話す」
ヴァルグレイが定位置に立った。もう一人が、その後ろから入ってきた。
背が高かった。白髪が混じった黒髪。眼鏡をかけていた。コートを着ていた。年齢は、ヴァルグレイと同じく20代後半。
アイザック・ノヴァ・アッシュフォード。科学者。天謀王。
「遅れてすまない。実は途轍もない物を作り上げたのだ!」
「ほぉ、何か教えてほしいな?」
「ヴァルグレイよ、それはだなAH-64!此奴の魅力は、単なる「強力な攻撃ヘリ」ではなく、情報収集・指揮支援・精密攻撃を一体化した現代戦向けの総合性能。改良型エンジンや電子機器によって高い機動力と運用能力を持ち、悪天候や夜間でも任務遂行が可能なセンサー群を搭載していて、特に長距離から目標を捕捉・識別できる能力に至っては、生存性と戦術的優位性を高めているんだ。それに、無人機や飛行型魔物との連携機能により、自ら危険区域へ深入りせず情報取得や攻撃判断を行える点は従来型攻撃ヘリとの差別化要素なのだ。外観面でも、低く構えた機首や武装を備えた重厚なシルエットは独特の威圧感があって、航空機ファンから高く評価される品物。高火力・高度な電子戦能力・ネットワーク戦対応を兼ね備えた存在として、「空飛ぶ戦車」とも呼ばれる攻撃ヘリの進化形といえ、さらに・・・」
「分かった。アイザック、落ち着け。」
「・・・すまない、ヴァルグレイ。」
アイザックが我に返って自分の位置についた。ユリウスの少し後ろだった。
ユリウスはアイザックをちらりと見た。
この人間は、ユリウスにとって読みにくい相手だった。観測王であるユリウスは、人間の感情の動きを読むことを得意としていた。ほとんどの人間は、何かしら読めた。
でも、アイザックは違った。感情がないわけではない。むしろ、さっきの様にむき出しになる時もある。だが、感情の動きが、他の人間と少し違う。
この人間は、どこか別の場所で生きていた経験を持っている。
そういう気配がした。
「続けてくれ、ユーラー」
皇帝が言った。
「はい」
ユリウスは報告を再開しようとした。その時、追加の情報が念話で来た。オルディナシスの冒険者ギルドからの情報だった。
ユリウスは少しだけ止まった。
「おや・・・新しい情報が入りました」
「話せ」
「護送中の騎士団の全滅について。生存者からの追加証言が確認されました。死亡者の中に、護送対象のヴァルド・ハルウス本人に加え、護衛として同行していたセレナ・ローゼン、ティオ・ブライトが含まれることが確認されました」
謁見室が、少しだけ変わった。音ではなかった。空気が変わった。レティシアが、少しだけ動いた。
わずかな動きだった。半歩、前に出ようとして、止まった。止まった時、手が握られていた。爪が掌に食い込むくらい、握られていた。
「・・・」
「ヴァルド・・・セレナ・・・ティオ・・・」
レティシアが言った。声は平静だった。でも、音の端が、ほんの少しだけ違った。
「そうです」
「誰にやられた?」
「報告します」
ユリウスは一呼吸置いた。
「襲撃者は二体。一体は自ら名乗りを上げています。名は憤怒のサタン。もう一体は、禍兎という名を持つ破滅級の魔物です」
「・・・悪魔か」
ヴァルグレイが言った。
「そうです。憤怒は七つの大罪の一柱のだと見られます。禍兎は単独でも破滅級ですが、今回の目撃情報では、ドラゴンを含む複数種の魔物を支配下に置いていたとの証言があります」
「テイムか?」
アイザックが静かに言った。ユリウスはアイザックを見た。
「人が魔物を意のままに動かすテイマーと言う職業はあるが、まさか魔物がするとは・・・実際に確認された事例は初めてだ」
「今回が、記録上初の実例になります」
「そうか」
アイザックが眼鏡を少し直した。考えている時の仕草だ、とユリウスは記憶していた。
レティシアがユリウスに向いた。
「ヴァルドは、どうだった?」
「護送中、最後まで護衛のセレナとティオと共に戦っていたとの証言があります。三人とも、最後まで動いていた」
「・・・そう」
レティシアは何かをため込むようにため息をついた。
「レティシア」
ユリウスが言った。
「何?」
「あなたが今何かを言う必要はない」
「分かってる」
「報告の続きがある。その後に話す時間を取る」
「分かってると言った」
レティシアは一歩下がった。元の位置に戻った。
皇帝が、全員を見渡した。
「続きを話せ」
「はい」
ユリウスは報告を終えた。
サタンの撤退。リュートという転生者との奇妙なやり取り。傲慢という言葉。地獄門からの撤退。その後のリュートの状況。
全部を話し終えた時、謁見室に静けさが来た。
「以上です」
「ご苦労だった」
皇帝が言った。
「アイザック」
「はい」
「対策を話せ」
アイザックが前に出た。
他の四統部の面々が、アイザックを見た。天謀王が動く時、会議の性質が変わる。それは全員が知っていた。
「憤怒のサタンと禍兎について、現状で分かっていることを整理する」
アイザックが話し始めた。
声は穏やかだった。でも、言葉の密度が違った。一言一言に、余分なものがなかった。
「まず、両者の目的が今回の件でまだ明確になっていない。ヴァルドの護送を狙ったのか、それとも護送は偶然の機会に過ぎず、別の目的があったのか。この点の判断が、対策の方向性を大きく変える」
「どちらだと思う?」
ヴァルグレイが聞いた。
「私は、後者だと考える」
「根拠は」
「もし護送を狙ったのであれば、タイミングが早すぎる。護送の決定から実行まで、情報が外部に漏れるのに十分な時間があったかどうかは不明だが。それより、街道という開けた場所で、かつ騎士団が数百名いる状況を選んで来た、という点が気になる」
「力を誇示したかった?」
「あるいは、別の何かを確認したかった」
「別の何か・・・」
「そういえば、リュートという転生者への反応が、報告の中で異質だった。サタンは騎士団を全滅させながら、リュートに対しては攻撃ではなく接触という行動を取った。そして、傲慢と呼んだ」
ユリウスがそう話すと、謁見室が静かになった。
「傲慢か・・・」
皇帝が言った。
「七つの大罪の筆頭です。サタンは憤怒の名を持つ。七つの大罪の系列に属する存在が複数いるとすれば、傲慢もその一体として存在する可能性がある。そして、サタンはリュートを傲慢と呼んだ」
「つまり、リュートがその傲慢に相当する存在だと?」
「サタンはそう認識している。だが、リュート本人は否定した。どちらが正確かは、現状では判断できないが、サタンがリュートを特別視しているという事実は、対策を考える上で重要だ」
アイザックが続けた。
「対策として、三つの方向性を提案する」
「話せ」
「一つ目。禍兎のテイム能力に対する物理的な対処法の研究。魔物の精神の干渉を遮断する術式の開発が急務だ」
「それは俺の領分だな」
ヴァルグレイが言った。
「さすがだ、ヴァルグレイ頼んだぞ」
そう言いアイザックはヴァルグレイの肩を「とん」と叩いた。
「二つ目。サタンが再度現れた際の情報収集。サタンは、また来ると言って去った。次に来る場所と時期の予測が必要だ。これはユーラーが担う」
「丸投げか・・・了解した」
「三つ目。リュート・アルスという転生者の現状把握と、必要に応じた接触の検討。サタンがリュートに何らかの意味を見出しているとすれば、次の衝突でリュートが中心に置かれる可能性がある。その時に、帝国として何ができるかを今から考える必要がある」
「その接触は、誰が担う?」
皇帝が聞いた。
アイザックは少しだけ間を置いた。
「私が担いたい」
「理由を」
「リュートという名に、少し心当たりがあって、私の記憶封印を解く手立てがあるかもと。それだけだ」
ユリウスはアイザックを見た。
理由の内容が、少しだけ引っかかった。最も話せる可能性がある。それは何を根拠にしているのか。
でも、ユリウスは今その疑問を口にしなかった。場の空気がそれを求めていなかった。
「許可する」
皇帝が言った。
「三つの方針を実行せよ。四統部として動け」
「はい」
全員が頷いた。
謁見室に、少しの静けさが来た。
夕暮れの光が、窓から差し込んでいた。石造りの柱に、長い影が伸びていた。
レティシアが皇帝に向かって一礼した。
「一つだけ、申し上げてもよいですか」
「話せ」
「セレナ・ローゼンとティオ・ブライトの件。二人は、ヴァルドのオルディナシスの裁判の結果を実行するための護送任務で死にました。帝国として、その事実を記録に残してほしい」
「記録する」
「それと・・・」
「何だ?」
「次にサタンと禍兎と向き合う時、私も同席させてほしい。裁定王として、ではなく、個人として。セレナちゃん、ティオ、ヴァルドの敵討ちとして」
皇帝は少しの間、レティシアを見た。
「許可する」
「ありがとうございます」
レティシアが下がった。ユリウスはレティシアを横目で見た。表情は変わっていなかった。でも、握られていた手は、少しだけ開いていた。それだけが、変わっていた。
「アイザック、防音室を借りたいんだけど・・・」
「分かった、レティシア。鍵を渡すから、事が済んだら俺の研究室の机の上に置いといてくれ」
「ありがとう・・・」
謁見が終わった。四統部の面々が、それぞれの方向に動き始めた。ユリウスが廊下を歩いていると、後ろから足音が来た。
アイザックだった。
「ユーラー」
「何ですか?」
「リュートの件について、一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「リュートという転生者の目の色は何色だ」
ユリウスは少し考えた。
「?・・・瑠璃色です。サタンが特にそこに反応していたという証言があります」
「・・・そうか」
「何か心当たりがあるのですか?」
アイザックは少しの間、何も言わなかった。廊下の窓から、夕暮れの光が入ってきていた。
「・・・心当たりが、ないわけではない」
「教えてもらえます?」
「いや、彼と会った記憶はないのだ。だから、まだ早い」
「まだ早い、というのは?」
「確認してからでないと、話せない内容だ。確認するために、リュートに会う必要がある」
ユリウスはアイザックを見た。
「アイザックさんは、リュートに心当たりがあると」
「あるかもしれない、と言った」
「その微妙な言い方が、ずっと気になっています」
「気になるのは観測王の性質だ。今は、待ってくれ」
アイザックが歩き始め、廊下の先に消えていった。ユリウスはその背中を見ながら、ノートに一行書いた。
アイザック、リュートへの言及。瑠璃色の瞳に反応。心当たりあり、と示唆。詳細不明。要観測。それだけ書いて、ノートを閉じた。
廊下に、夕暮れの光が長く伸びていた。
クロカワは?
って思っている人もいるかもしれませんが、彼の死体は悪魔によって地獄界に運ばれました。
おまけに、目撃者は全員死亡済み。(一部の人は死んだことは知ってる)




