入院(3)
今回、新章の構成と設定資料集を書くためこの話が短くなっています。それと、しばらく投稿をお休みさせていただきます。
(旅行に行ってきたせいで、風邪をひきました)
俺とルーベルトは、しばらく顔を見合わせた。
「ルグ先生って、一体何者なんだろうな」
「うん・・・短刀一本であの悪魔を倒した上に、ヴァルドとも旧知で、さらに騎士団に単独で報告に行って・・・普通の担任の先生の範囲を明らかにはみ出してるよね」
「全部は教えてくれなかったけど」
「うん。でも、敵じゃないのは確かだと思う」
俺はそう言いながら、もう一度天井を仰いだ。
ルグの言葉が、頭の片隅に引っかかっている。
『昔の話です』
あの短い一言の中に、どれだけのものが詰まっているのか。ヴァルドとの接点がある以上、ルグもまた、俺たちが知らない何かを抱えているはずだ。今はそれを聞き出せるほどの立場じゃない。
扉がノックもなしに開いた。
「やあやあ~君たち生きてる?」
「セラフィナお前・・・ノックぐらいはしろよ」
「やだ。」
包帯を巻いたままのセラフィナがゆっくりと入ってきた。だが、何故かセラフィナは変装を行っていた。
「てか、セラフィナ。なんで変装してんだ?それに授業は?」
「この腕を見て、父上が『腕が治るまで学園には通わせん』とかいっちゃって」
「過保護な親だな。」
そう言い、セラフィナは変装道具を近くの椅子に置き、別の椅子を俺のベッドの横に引きずってきて、遠慮なく腰を下ろした。
「んで、お前何しに来たんだ?」
「暇だから遊びに来た。」
「「家に帰れ!!!」」
「だって、家に居ても何もやることないからさ。それだったらこっち来た方が楽しそうだから来た。だから、何か面白い遊びやらせて」
「横暴姫様こわ」
「ん?何か言った?」
「イヤマッタク。」
何か遊ぶといっても・・・ねぇ・・・
「そういえば、リュート。村にいた時、何かカードみたいなものを作っていなかった?」
「あれ?あ~あれか」
俺はアイテムボックスを開き、中を探った。村にいた頃、暇つぶしに作った手製のカードだ。厚紙を切り出して、インクで数字とマークを書き込んだだけの代物で、お世辞にも出来がいいとは言えない。でも、一応ちゃんと使える。
「あった」
取り出したカードの束を見て、セラフィナが目を細めた。
「なんか、思ったより雑ね」
「文句言うな。俺が手作りしたんだから」
「絵柄が微妙すぎる」
「うるさい黙れ。」
ルーベルトがカードを一枚手に取り、表裏をしげしげと眺めた。
「これ、全部一人で作ったの?」
「そう。村の子どもたちと遊ぶために作ったやつだ。結構使い込んでるから、端っこが少し丸くなってるけど」
「へえ」
その後、三人でカードゲームを行った。
窓の外では、昼を過ぎた光が斜めに差し込んでいる。廊下からは看護師の足音が遠く聞こえ、それもやがて消えた。
賑やかで、馬鹿みたいで、戦争のことなんて微塵も感じさせない時間だった。
今はそれでいい、と思った。
【ルグ・ハルフェン】
教員棟の廊下は静かだった。
授業中の時間帯は、この棟に人が来ることはほとんどない。遠く聞こえてくるのは、校舎の向こうから漏れ出す授業の声と、風が窓を鳴らす音だけだ。
ルグは自室の扉を開け、静かに中に入った。
上着を脱いで椅子にかけ、腰のベルトを外し、短刀をそっと机の上に置いた。手放す必要はないが、眠る時にこれを身につけたままでいると、ベッドが傷む。ただ、それだけの理由だった。
窓のカーテンを半分だけ引いた。完全に閉めると、目が覚めた時に時刻が分からなくなる。半分だけにしておけば、光の傾きで大体の時間が掴める。長年の習慣だった。
ベッドに横になる。
天井を見た。何の変哲もない、白い天井。この部屋に赴任してから何度も見てきた天井だ。だが今日は、その白さがやけに際立って見えた。
昨夜から今朝にかけての出来事が、断片的に浮かんでは消えていく。
悪魔の触手。花弁が散る光景。セラフィナの折れた腕。ルーベルトの消耗した顔。空から落ちてきた、ぼろぼろのリュート。
あの三人は、よく生き残った。
教師として、それだけは素直に思う。誇らしい。同時に、もっと早く動けなかったのかという後悔も、まだ消えていない。どちらの感情が正しいのかは、まだ判断できない。
ヴァルドの存在が、意識の奥に浮かんだ。
久しぶりに、あの顔を見た。声を聞いた。
『久しぶりだな、ルグ。エルンストは元気か?』
何年ぶりだろうか。異世界生活の学生時代からこれっきりヴァルドとは会えなかった。
ヴァルドが今の道を選んだ動機、その時の顔、声、去り際の後ろ姿。すべてが鮮明に浮かぶ。
一週間後。
リュートたちは、再びヴァルドと対峙することになる。本物の戦争として。
あの三人に、できる限りの準備をさせなければならない。リュートの回復を待ちながら、騎士団と連携しながら、学園長とも話し合いながら。やるべきことを、一つずつ。
ルグは静かに息を吐いた。
思考が、ゆっくりと緩んでいく。眠気が、頭の奥から少しずつ押し寄せてくる。昨夜はほとんど眠れていない。今日の午後に騎士団との打ち合わせがある。それまでに、少しでも休まなければ。
窓の外で、鳥が鳴いた。
遠く、学校の方からは微かに声が聞こえる。誰かが笑っているような声だった。その声に懐かしさを感じた。
ルグはその声に、少しだけ耳を澄ませた。
生徒たちの声だろうか。あるいは、病室の方から聞こえてくるのかもしれない。いずれにしても、穏やかな声だった。今この瞬間、笑える人間がいるということだ。
それでいい。
笑えるうちは、笑っていればいい。
やがて、意識が遠ざかっていった。
『久しぶりだな、ルグ』
その声が、夢の入り口で一度だけ聞こえた気がした。
ルグは、何も答えなかった。




