混沌(5)
【リュート・アルス】
「くそ・・・此奴どんだけ強いんだよ」
俺は荒い息をつきながら、ヴァルドを睨んだ。
右肩が脱臼している。肋骨が何本か折れている。左足首も捻挫している。それでも、剣を握る手だけは離さなかった。
「君は本当に、しぶといね。戦士として誇らしいよ」
くそ、ヴァルドは無傷だ。俺があれだけ攻撃を仕掛けたのに、一切の傷がない。どんな耐久力をしてんだよ、此奴・・・
「褒められても嬉しくねぇよ」
「そうか。では、最後の一撃といこう」
「そこまでです。」
その声と共に、俺とヴァルドの間にいきなり現れた。ヴァルドはルグの顔を見て何故か、懐かしそうな顔をしていた。
「久しぶりだな、ルグ。エルンストは元気か?」
「その前に、彼から離れてください。」
「はいはい。」
素直に離れていったな。おかげで死なずに済みそうだ。しかし、この男は一体何者なんだ?会話を聞くにルグとエルンスト先生の友人だろうが・・・
「それで、何故いるんですか?」
「宣戦布告だ。」
・・・はい?
「あれ?今日って何日だっけ?」
「4月24日ですが」
「今から一週間後、つまり5月1日日・・・日付が変わった瞬間、我々はこの腐敗した魔法使い至上主義の世界に戦争を仕掛ける」
ヴァルドは静かに、そう宣言した。しかし、それには確固たる意志を持っていた。
「我々とは、一体誰のことですか?」
「ルグよ、それは秘密だ。だが、言えることがある。我々は魔法使いの存在そのものを否定する」
「魔法使いの存在を否定・・・?」
「正確には魔法しか取り柄のない屑共だ。此奴らは世界を汚染する。その魔力が積み重なり、魔物を生み出し、人々を苦しめる。ならば、魔法使いは消滅すべきだ」
ヴァルドの言葉は、先ほどと変わらなかった。だが、今度は宣戦布告という形で、それを実行に移すと宣言している。
「そんなことをすれば、多くの命が失われるけど」
「それは仕方のないことだ。新しい世界を作るには、犠牲が必要だ」
「お前・・・本気で言ってるのか?」
「本気だ。そして、この宣戦布告は既に決定事項だ。一週間後、我々は動く。君たちに選択肢を与えよう。我々に協力するか、敵として戦うか」
「馬鹿言うな。そんな選択肢、最初から決まってる。俺は、お前たちと戦う。絶対にな」
「そうか。残念だ」
ヴァルドは肩をすくめた後、転移魔法を発動させた。
「では、一週間後に会おう。その時は、本気で戦わせてもらう」
そう言うと、ヴァルドの姿が魔法陣と共に静かに消えた。まるで、最初からそこにいなかったかのように。
「くそ・・・逃げられた」
てか、転移魔法制限掛けたほうがいいだろ。なんで、好き勝手に扱える品物になっているんだ?
「リュート君、大丈夫ですか?」
「何とか・・・でも、肩が脱臼してて、肋骨も折れてるみたい・・・」
「すぐに治療しましょう。まず、肩を戻します。痛いですが、我慢してください」
ルグは手慣れた様子で、俺の肩を掴んだ。ゴキッという音と共に、肩が元の位置に戻った。
「っ・・・!」
激痛が脱臼した方から全身に走る。思わず声を上げそうになったが、歯を食いしばって堪えた。
「よく耐えましたね。次は肋骨です。これは治癒魔法で対処します」
ルグは治癒魔法を発動させた。温かい光が俺の体を包み込む。全身を巡る痛みが、その光に触れた箇所から徐々に和らいでいく。折れた肋骨が、少しずつ修復されていくのが分かった。
「ありがとうございます」
「いえ。これくらいは教師の仕事です」
「それより、ヴァルドの宣戦布告・・・これは大変なことになりますね」
「そうですね。一週間後、戦争が始まるもんね」
「騎士団に報告しなければなりません。それと、学園長にも」
「そうですね。でも、その前に・・・」
俺は自分の体を確認した。ゆっくりと腕を動かし、肩を回し、足に力を入れてみる。治癒魔法で修復された箇所は、まだ完全には戻っていないか。そこはゆっくり回復を待つとして・・・
痛みは一応残っているけど、さっきよりかははるかにましになったな。よし、これなら何とか動けそうだな。
「セラフィナたちの所に行きたいんですが・・・」
「もう終わっていますよ。悪魔は倒しました」
「マジですか?」
「ええ。アリアさんも救出しました。今は、ルーベルト君が治癒魔法をかけているところです」
「よかった・・・」
俺は安堵の息を吐いた。
「では、行きましょう。皆が心配しているでしょうから」
「はい」
俺はルグと共に、セラフィナたちがいる場所へと向かった。
「あれれ?ここ四人、仲良く重症じゃんか。そんで、アリアは?」
「意識は戻ったが疲労が激しすぎる。今は、ルーベルトの睡眠魔法で強制的に寝かしつけてる」
「荒業過ぎない?」
「体に負担がかかってるんだから、仕方ないでしょ?」
セラフィナは腕を組みながら、疲れ切った表情でそう答えた。目の下にくまができていて、普段の凛々しさが少し霞んで見える。
「ルーベルト、お疲れ」
「・・・リュートもお疲れ」
ルーベルトは振り返りもせず、低い声でそう言った。いつもの飄々とした調子が、今は鳴りを潜めている。よほど消耗しているのだろう。
「レオンは?」
「死んでるよ」
「核破壊したからか?」
「そうだね。とゆうか、そうするしかなかった。まだ、人間の姿の時に聞いとくべきだったよ」
つまり、情報は得られなかったってことか。
「リュート、貴方の方はどうだったの?その怪我・・・相当やられたみたいだけど」
セラフィナの視線が、俺の全身を舐めるように見渡した。治療を受けたとはいえ、服は破れ、血の跡も残っている。そこの部分は隠しようがないしな。
「ヴァルドって男と戦ってた」
「そいつ、何者なんだ?」
「分からない。でも、一つだけ分かったことがある。一週間後、魔法使いを否定する組織が、この国に戦争を仕掛けるらしい」
「「え?」」
二人の表情が、一瞬で凍りついた。セラフィナの目が大きく見開かれ、ルーベルトの口が僅かに開いたまま固まっている。
「魔法使いを否定・・・?」
「ああ。ヴァルドは言ってた。『魔法しか取り柄のない屑共は世界を汚染する。その魔力が積み重なり、魔物を生み出し、人々を苦しめる。ならば、魔法使いは消滅すべきだ』ってな」
俺はヴァルドの言葉を、そのまま繰り返した。あの冷たい声、確固たる意志を持った、あの宣言。
忘れられるはずがないさ。
「一週間後・・・準備する時間は、ほとんどないね」
「ああ。だから、すぐに騎士団と学園長に報告しないといけない」
ルグが前に出た。
その表情は、これまでになく険しい。教師として生徒たちを守ってきた彼が、今は戦士としての顔を見せている。
「私が報告に行きます。皆さんは、治療を優先してください。特にセラフィナ嬢、あなたの腕はまだ完全に治っていません。無理は禁物です」
「分かってるわよ」
セラフィナは不満そうに答えたが、その目は疲労に満ちていた。
「では、後のことは頼みました」
ルグはそう言い残すと、猛スピードで騎士団本部に向かって走り去った。足音が徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
「戦争か・・・」
セラフィナが呟いた。
その声は、普段の強気な人でなしの性格とは全く違っていた。弱々しく、どこか遠くを見つめるような、そんな響きだった。
「まさか、こんなことになるなんて」
「ああ。でも、俺たちは戦う。この学園を、この国を守るために。あ、セラフィナお前は名声集めのために戦うんだっけ?」
「そうだよ。何か問題ある?」
ぶれないな、此奴。
だが、心の中では不安が渦巻いている。ヴァルドのあの圧倒的な強さ。俺が全力で戦っても、まるで歯が立たなかった。そんな敵が、組織として動いている。
一体、どれだけの戦力を持っているのか。どれだけの犠牲が出るのか。
考えるだけで、背筋が冷たくなる。
「どっちにしろ私たちは、負けない」
「うん。絶対に勝つ」
ルーベルトも頷いた。疲労で俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに前を見据えている。
「とりあえず、今日はもう休もう」
「明日から、色々と忙しくなる。準備もしないといけないし、騎士団との打ち合わせもあるだろう」
「そうね。今日は散々だったわ」
セラフィナが苦笑した。
「服は破れるわ、腕は折れるわ、魔力は使い果たすわ・・・最悪よ」
「僕もだよ。魔力、完全に空っぽ」
「じゃあ、解散ってことで。明日、また集まろう」
「了解」
「分かった」
そう言うと、三人は解散して行った。
「・・・誰か、俺を寮まで運んでくれ。」
「「自分で行け。」」
【ユリウス・ノイン】
ユリウスは遠くからこの戦いとその結末を遠くで眺めていた。
「へぇ・・・これはあの人に報告しないとな」
そう呟くと、念話が掛かってきた。
■■■■■(オルディナシスの動きはどうだ?)
ユリウス(陛下、実はヴァルドとオルディナシスが戦争を行うそうです)
■■■■■(ほう・・・ヴァルドか。此奴に関しては裁定王に伝えとく。『観測王
ユーラー・ユーリー』、貴様は引き続き、オルディナシスの監視を命
ずる)
ユーラー(御意。『皇権極秘執行四統部』の名において、その命令、承りました。)
念話が切れた。
「ヴァルドか・・・此奴とは一度戦ってみたいが、奴と戦って勝っていいのは裁定王を含めた級友のみだ。だから、僕は遠くでこの戦争の結末を、見守ることにするか」
そう言い残し、ユーラーは転移魔法で転移し、どこかへ消え去った。
【リュート・アルス】
寮に帰るとアランとケルビがいた。
「おお、リュートお帰り。色んな所でドンパチ戦っていたけど、怪我は・・・おまえ、何でこんな怪我してんねん!」
「そうだよ・・・何でこんなにぼろぼろなの?」
俺の姿を見て、アランとケルビが問い詰めてきた。こんな服ぼろぼろの状態で帰って来たんだ。そうなっても仕方ないか。
「色々あってな
俺は曖昧に答えながら、ベッドに倒れ込んだ。
ルグの治療を受けたとはいえ、完全に治ったわけではない。肩はまだ重く、肋骨の辺りには鈍痛が残り、足首も時折ズキリと痛む。
「色々って・・・お前、ほんまにやばいことに巻き込まれてるんちゃうか?」
アランが心配そうに覗き込んでくる。その目には、明らかな不安の色が浮かんでいた。いつもの軽口を叩く調子ではない。本気で心配している顔だ。
「まあ、やばいことには巻き込まれてるかもな」
「冗談で言ってないよね?」
ケルビも深刻な顔で聞いてくる。普段は温厚なケルビが、こんな表情を見せるのは珍しい。それだけ、俺の状態が酷いということなのだろう。
「冗談じゃないよ。でも、詳しいことは言えない」
「何でや?」
「言えないことなんだよ」
これ以上、二人に話すわけにはいかない。
戦争のこと。
ヴァルドのこと。
魔法使いを否定する組織のこと。
全てを話せば、二人も巻き込まれる。それだけは避けたい。
「・・・分かった。無理には聞かん。でも、何かあったら言えよ。俺ら、仲間やろ?」
「ああ、ありがとう」
「僕も。困ったことがあったら、いつでも言ってね」
俺は目を開け、二人の顔を見た。アランの真剣な顔、ケルビの優しい表情をしていた。
二人とも、本気で心配してくれているんだろうな。
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
「ほんまか?」
「ああ」
「じゃあ、休めよ。顔色悪いで」
「そうだね。ゆっくり休んで」
俺はゆっくりと目を閉じた。




