グリーセア村
※(自称)文章力のある友人に色々教えてもらって、この話をほぼ全て修正しました。
人の声が聞こえる。
慎重に音のする方へ近づくと、木々の隙間から二人の人影が見えた。男女のペアだ。
「グロウルベアの討伐か・・・少しだるいよな」
男の声だ。低く、少し疲れた響きがある。
「仕方ないわよ。オルディナシスからの命令なんだから」
女性の声が応じる。こちらは落ち着いていて、理性的な印象だ。
「そうだよな。とっとと終わらせちゃいましょうか」
「でもグロウルベアって、Bランクの魔物でしょ? 一瞬で終わるわけないわよ」
「ははは、そーだよな!」
木の陰から様子を窺う。男は戦士風の装備、女は魔法使いのようなローブを纏っている。
グロウルベア・・・あの熊のことか。オルディナシスというのは、おそらく町か国の名前だろう。
「さて、どうする・・・」
小声で呟きながら、頭の中で選択肢を並べる。
プラン1:助けを求める。
もし彼らが善良な冒険者なら、保護してアルス家の人々に引き渡してくれるかもしれない。ただし、四歳の子供は奴隷として売られる可能性もある。
プラン2:やり過ごす。
奴隷のリスクは回避できるが、この森に人が来る機会を逃すことになる。次はいつになるかわからない。
プラン3:戦う。
・・・・・・無理。
ここで、俺は立ち止まった。
あの二人は、グロウルベアを探しに来ている。ということは、そのグロウルベアをすでに倒したことを証明できれば、強い印象を与えられるかもしれない。
いや、それ以上に重要なことがある。
俺はアルス家の情報を持っている人間を探さなければならない。
戸籍もなく、前世の記憶も封印されている。自分が何者なのかすら、はっきりしない。
アルス家のことを知っている誰かに繋いでもらうためには、俺という存在に価値を感じてもらう必要がある。
怪しい子供として捨て置かれては、それで終わりだ。
――だったら、印象に残る存在になるしかない。
子供のフリをするのも悪くない。だが、ただ保護される子供じゃ話を聞いてもらえない。
迷った末、プラン1に賭けることにした。最悪の場合は全力で逃げる。
深呼吸をして、草むらから踏み出す。
ガサッ!
「魔物か!?」
二人が即座に戦闘態勢を取った。男が剣に手をかけ、女性が杖を構える。
緊張した空気の中、俺は草むらから姿を現した。
「あの・・・」
可能な限り幼い声を作る。
「じつは・・・森に迷っちゃったの・・・えっと・・・助けてほしいの・・・」
「ガキじゃねーか! なんでこんな森にいるんだ?」
男が驚いた表情で剣を下ろした。
こっちが知りたい。適当に理由をでっち上げるしかない。
「えっと・・・森で・・・剣の練習をしてたの。そうしたら、迷っちゃって・・・」
女性が俺の目線に合わせてしゃがみ込んできた。優しい笑顔だ。
「大丈夫よ。坊やを家まで送ってあげる。私たちは冒険者で、とっても強いんだから。私の名前はセレナ・ローゼン。そこにいる強そうな男の人は、私の仲間のティオ・ブライトよ」
「ティオだ。よろしくな」
男・・・ティオが軽く手を上げた。
「ティオお兄ちゃん、セレナお姉ちゃん・・・よろしく!」
「おうち・・・帰りたい・・・」
「了解。でも、君の親の名前がわからないからさ、名前を聞いてもいい?」
「・・・リュート。ぼくの名前は・・・リュート・アルス・・・」
「リュート君ね! 君、何歳なのかな? とっても小さくて可愛いから気になって」
セレナが微笑みながら聞いてくる。
「・・・四歳・・・」
「まだまだ子供じゃないか。あと、これから村に戻るから少し歩くけど大丈夫か?」
ティオが心配そうに聞いてくる。
グロウルベアとの死闘で体力を使い果たしている。少し休みたい。
「すこし・・・疲れた・・・」
「じゃあ俺がおんぶするけどいいか?」
「いいよ・・・」
承諾すると、ティオがすぐに背負ってくれた。
背中は広くて温かい。安心感がある。
グロウルベアとの死闘で溜まった疲労が一気に押し寄せ、気づけば意識が遠のいていた。
ただ、眠りに落ちる寸前、俺は思った。
――アルス家のことを、この人たちは何か知っているだろうか。
名前を告げた時、二人はどんな反応をするだろう。
知っているなら、話してくれるだろうか。知らないとしたら、俺はどこから手がかりを探せばいい。
答えは何もない。
ただ温かい背中だけが、そこにあった。
「よお、起きたか。ずいぶんと長い昼寝じゃん」
ティオの声で目が覚めた。
視線の先には、丘の上から見下ろす景色が広がっている。
遠くに見えるのは・・・村だ。
深い森に抱かれた村。その周囲には広大な畑が広がり、黄金色の穂が風に揺れている。
「この近くにある村の中で、グリーセア村が一番大きいのよ」
セレナが説明してくれる。
やがて村の防御壁が見えてきた。石と木で作られた頑丈そうな壁だ。
「この村には騎士がいないから、代わりに冒険者が村を守ってるんだ」
ティオが補足する。
なるほど。だから二人はグロウルベア討伐の依頼を受けたのか。
・・・残念ながら、あの熊はもう俺が倒してしまったけど。
門を抜け、村の中に入ると、石畳の道、両脇に並ぶ商店、行き交う人々が広がっていた。
村にしては驚くほど発展している。
市場を通り過ぎる時、一つ問題に気づいた。
文字が読めない。
数字は日本と同じようだが、文章は全く理解できない。
「セレナお姉ちゃん・・・あれ、なんて読むの?」
「『野菜一つ1L』だね」
「リュム?」
「そっか、まだ四歳だから知らないよね。この世界にはLという通貨があってね、それからSL、GL、ALがあるの」
そうこうしているうちに、大きな建物が見えてきた。
「着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ」
中に入ると、俺たちはカウンターにいる女性ギルド職員のところまで向かった。
「実はこの子、グロウルベアの討伐道中に森を彷徨っていたんだ」
「迷子みたいだから、ギルドで保護してもらおうかなって」
ティオとセレナが俺のことを説明する。
「そうなんですね。お名前を聞いてもいいですか?」
「リュート・・・アルス・・・」
「リュート君ですね! 今からお父さんとお母さんを調べますから、ちょっとだけ待っててくださいね」
そう言って彼女は後ろの棚から水晶板を取り出した。
「君の名簿を調べるために、この板に手を置いてほしいんですけどいいですか?」
「うん・・・いいよ」
水晶板に手を乗せた瞬間、淡い光が広がった。
水晶板の表面に文字が浮かび上がる・・・と思ったが、光が収まった後、ギルド職員の表情が曇った。
「えっと・・・これは・・・」
「どうしたの? 何か言いたいことがあるならはっきり言ってほしいわね」
セレナが促す。ギルド職員は一度深呼吸してから口を開いた。
「はい・・・その、何も表示されないのです」
「戸籍情報に、この子の記録が一切ありません。名前も、両親の名前も、生年月日も・・・何もかもが空白なのです」
「「「!?」」」
三人同時に驚きの声を上げた。
俺の頭の中で、何かが静かに崩れていく感覚があった。
そうか。
アルス家の人間として生まれたはずなのに、この世界に俺の記録は存在しない。
親を探すどころか、その手がかりすら、最初から消えていたのか。
「戸籍が抹消されたという可能性は?」
ティオが冷静に質問する。
「その可能性も考えましたが、この水晶板はこの世界に存在する全ての人間の情報が記録されているはずなのですが・・・正直、こんなケースは前代未聞です」
「ってことは、リュート君は・・・この世界に最初から存在していなかったってこと・・・?」
セレナが信じられないという顔で呟いた。
俺は黙ったまま、水晶板を見つめた。
アルス、という名前だけが残っている。どこかに、俺を知っている人間がいるはずだ。でもここでは分からない。
この村では、何も分からない。
「じゃあ俺たちが育てるよ」
ティオがそう言い放った。
あ。そうか。住む場所ができた。
それよりも、この二人のような冒険者と行動すれば、もっと広い場所に出られる。アルス家のことを知っている人間に、いつか辿り着けるかもしれない。
「ティオ。この子に剣を教えようと思ってるの? ・・・まあいいけど」
セレナがため息混じりに呟く。
「んで、リュート。お前は俺と一緒に住んで、剣の修行を受けたいか?」
断る理由はない。
「お願いします・・・」
「よし、じゃあ俺の家・・・ってか宿に帰るか!」
「ティオさん。戸籍登録、忘れてませんか?」
ギルド職員がため息をついた後、そう指摘した。
「そうだな。まずは役所に行くか」
俺たちはギルドを出て、真っ直ぐ役所に向かった。




