↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/121

模擬戦闘試合(5)

ほとんど、友達が書いてる。何で書いてくれたかは分からないけど、ありがとうと伝える。

【クラウス・フォン・オルディナシス】


クラウスは、大通りの中央に立ち、静かに詠唱を始めていた。


「契約(ライヒ ミア)に基づき( ダイネ クラフト)、私に力を( ゲメース デア)を貸せ( フェルトラート)」


短い呪文と共に、足元に、複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がる。幾重にも重なる紋様が、脈打つように明滅し、魔力の密度が、周囲の空気を歪ませるほどに高まっていく。空気そのものが、僅かに重くなったような錯覚すら覚えるほどだった。


其の瞬間、街全体に、重々しい気配が広がった。


離れた場所で、フィンとリクスを牽制していたアリアも、其の気配に思わず動きを止めた。


「・・・何、此の圧」


呟きながら、彼女は本能的に、其の発生源から視線を逸らせなかった。全身の産毛が逆立つような、根源的な恐怖に近い感覚だった。対峙していたフィンでさえ、一瞬、剣を構える手を緩めたほどだった。


「・・・今の、味方だよな?」


フィンが、ぽつりと呟いた。誰に向けた言葉でもなかった。アリアも、其れには答えなかった。答える余裕そのものが、其の場になかった。


そして、五組の陣営で、周囲に敵の位置を確認していたルーベルトも、同じ気配を感じ取っていた。


「・・・っ」


一瞬、息を呑む。だが、其の反応は、恐怖に竦むものではなかった。頭の中で、瞬時に情報が繋がっていく。此の気配、此の圧力。冒険者ギルドで、稀に耳にする名前。以前、依頼を受けて訪れた酒場で、老練な冒険者が声を潜めて語っていた話を、ルーベルトは思い出していた。


──蟲皇、ベルゼグラ。


災害級に分類される魔物の一角。

存在すること自体が、一つの災害と同義とされる存在。其の名前を、ルーベルトは、幼い頃に読んだ冒険譚の中で、確かに目にしたことがあった。


国が総力を挙げて対処に当たった、という記述も、確かにあった気がする。書物の中でしか知らなかった存在が、まさか此の模擬戦の場に現れるとは、想像すらしていなかった。


だが、ルーベルトは、パニックには陥らなかった。焦りよりも先に、冷静な思考が働く。此処までの半月、リュートと直接向き合ってきた経験が、其の冷静さを支えていた。


此れを、契約魔物として使役してる奴がいる。


其の事実に、真っ先に反応した。此の空間で、此処までの存在を呼び出せる人間は、限られている。恐らく、一組の誰か。此処までの威圧感を纏う契約者なら、姿を見れば、すぐに見分けがつくはずだ。


ルーベルトの意識は、すぐに一組の代表の一人、クラウスへと向いた。淡々とした雰囲気に反して、何処か底が見えない気配のする少年だった。あの静けさの裏に、こんなものを飼っているとすれば、納得がいく。冷静に振る舞いながら、常に周囲を観察する目つき。今にして思えば、あの目つきは、常に何かを見極めている者の目だった。


「皆、警戒しろ! 恐らく、クラウス様が呼んだ何かだ!」


ルーベルトは、味方に向けて叫んだ。無駄に恐怖を煽るより、正確な情報を先に共有する。其れが、此処までの半月で身についた判断だった。声を張り上げながらも、其の視線は、決して空から離さなかった。


「な、なんだって・・・」


「あの淡々とした奴が、こんなものを・・・」


味方からも、動揺の声が上がった。だが、ルーベルトの指示は、其の動揺を、僅かながら押し留める効果を持っていた。少なくとも、恐慌に陥る者は、其の場にはいなかった。指揮する立場としての自覚が、此処にきて、はっきりと形になっていた。


一方、召喚を終えたクラウスの前には、巨大な蟲の姿が浮かび上がっていた。全身を覆う漆黒の甲殻、幾つも連なる複眼、其の存在感だけで、周囲の空気を圧し潰すような威容だった。大通りの建物すら見下ろすほどの体躯が、一瞬、其の場に確かに実体を持って現れた。長く伸びた触角が、僅かに揺れただけで、周囲の建物の窓ガラスが、細かく振動する。


だが、其の蟲皇の姿は、召喚された次の瞬間、淡い光と共に、掻き消えた。


「戦うのは、私です」


クラウスが、静かに呟いた。其の声には、いつも通りの落ち着きが宿っていた。


契約魔物本人が戦えば、其れは即座に反則行為となり、退場処分を受ける。此の大会の規定に、明確にそう定められている。学長が、開会式で語っていた「安全策」とは別に、こうした召喚系統の力に対する規制も、当然のように用意されていたということだ。


だから、クラウスが行使するのは、あくまで蟲皇の力そのもの。其の力を、自分自身の肉体に纏わせ、行使する。契約者本人が動く分には、何の問題もない。此処までの制約の中で、如何に力を引き出すか。其れこそが、クラウスが半月間、密かに磨いてきた技術だった。


クラウスの両脚が、一瞬にして質感を変えた。人の脚から、褐色の甲殻を纏う、細く鋭い脚へと変貌する。


ハンミョウの脚。


体長に対して、驚異的な走行速度を誇る昆虫だった。其の速さは、体を追い越す視覚情報の処理が追いつかず、走行中に一瞬、視界が追いつかなくなるほどだと言われている。獲物を追う瞬間、目が見えなくなるほどの速度で走り、時折立ち止まって視界を取り戻す、という奇妙な習性まで持つ。人間で例えるなら、時速数百㎞で走るに等しい俊敏さだ。


其の脚で、クラウスは地を蹴った。


一瞬にして加速した体が、大通りを走り抜ける。石畳の上に、鋭い足音が連続して響き渡った。だが、其れだけでは終わらなかった。


次の瞬間、脚の質感が、再び変わる。今度は、小さく丸みを帯びた、跳躍に特化した形状へ。


ノミの脚。


体長の何百倍もの高さを跳ぶことで知られる昆虫だった。其の跳躍力の秘密は、単純な筋力ではない。脚の関節に、レジリンと呼ばれる弾性の高いタンパク質を蓄え、其れを一気に解放することで、爆発的な加速を生み出す。筋肉の収縮速度だけでは到底届かない出力を、蓄積と解放という仕組みだけで実現する、極めて効率的な機構だった。


クラウスの体が、地面を蹴った瞬間、其の力が爆発的に解き放たれた。


視界が、垂直に跳ね上がる。200mを優に超える高さまで、一瞬にして舞い上がった。地上の景色が、みるみるうちに小さくなっていく。


其の頂点で、クラウスの背中に、透明な羽が生えた。


──トンボの羽。


空中での機動力に優れた昆虫だった。時速数十キロで飛行しながら、急停止や急旋回、更には後退飛行まで自在にこなす。四枚の羽を独立して動かすことで、他の昆虫には真似できない飛行制御を実現している。狩りの成功率も、飛行する昆虫の中では群を抜いて高いと言われている。


背中に生えた羽が、高速で振動し始める。空中で静止していたクラウスの体が、次の瞬間には、まるで矢のように、一方向へ加速していった。風を切る音が、甲高く尾を引く。


其の進路の先にあったのは、先程まで、リュートが乱戦を繰り広げていた場所だった。


「──来る」


其処に集まっていた生徒たちが、空を見上げた瞬間、其の全員が、一斉に息を呑んだ。上空から迫る影と、其れに纏わりつく異様な気配。誰もが、其の正体を理解できないまま、本能的な危機感だけを叩き込まれていた。人ではない何かの気配を、体に纏った人間が、真っ直ぐに此方へ向かってくる。其の光景自体が、既に異常だった。


戦っていた双剣の女生徒も、剣を構え直しながら、僅かに後退った。


「・・・何よ、あれ」


其の声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。此処までの乱戦で、幾人もの相手を打ち倒してきた自信が、初めて揺らいだ瞬間だった。先程までリュートを送還した時の余裕は、既に其の表情から消えていた。得意げに掲げていた双剣の切っ先すら、僅かに震えている。


其の場にいた生徒全員に、明確な緊張が走った。誰一人として、其の場から動けない。空を切り裂きながら迫るクラウスの姿は、既に、只の生徒の範疇を超えていた。


「あれ、一組の・・・」


「クラウス様だよな、確か。あんなの、聞いてないぞ・・・」


口々に上がる声には、恐怖と困惑が入り混じっていた。此処まで積み上げてきた優位が、たった一つの登場で、根底から覆されようとしている。誰もが、其の予感を、肌で感じ取っていた。強者を狩る側から、狩られる側へ。其の立場の逆転が、たった数秒の間に起きていた。


上空を切り裂くクラウスの視線は、迷いなく、地上の一点に据えられていた。先程までリュートを追い詰めていた集団、其の中心に立つ双剣の女生徒。其処へ向けて、其の速度は、一切緩まなかった。


「散れ! 巻き込まれるぞ!」


誰かが叫んだ声を合図に、密集していた生徒たちが、蜘蛛の子を散らすように、四方へ逃げ始めた。強者を相手取ろうという意気込みは、既に何処にも残っていなかった。目の前に迫る、正体不明の脅威から逃れることだけが、其の場の全員の最優先事項に変わっていた。転がるように路地へ駆け込む者、其の場に座り込んでしまう者。反応は様々だったが、誰一人として、其の場に踏み留まろうとする者はいなかった。


安全区域で、其の様子を念話越しに聞いていたリュートは、思わず口元を緩めた。


派手に蹴散らかすじゃんか、


普段の淡々とした様子からは、想像もつかない一撃だった。だが、其れこそが、此処までクラウスが慎重に隠し続けてきた、本当の実力なのだろう。半月間の合同訓練で見せていた冷静な観察眼も、恐らく、此の力を制御するために培われた感覚の延長線上にあったのかもしれない。相手の隙を見極める観察力、感情に流されない判断力。其の全てが、此の異形の力を扱う上で、必要不可欠な要素だったのだと、今になって腑に落ちた。


大訓練場の空を見上げながら、リュートは、其の先の展開を、静かに見守り続けた。此処からは、自分の出番ではない。だが、其れでも、目を離すつもりは、微塵もなかった。何が起きているのか、其の一部始終を、最後まで見届けたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。