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手のひらサイズの紅竜は魔法使いに保護される  作者: 碧衣 奈美
第四話 土(ど)の魔珠

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4-10.暴言と反撃

 極上品と言われても、その前の言葉がひどすぎる。自分のことでなくても、レシュウェルは気分が悪かった。

「不味い、は失礼だろ。それ以前に、誰がお前に喰わせてやると言った」

「お前の許可なんか、いるかよ。俺様が喰うと言ったら、絶対に喰うんだっ」

 ギルードルが自分勝手な欲望を口にした時。

「ふざけないでよっ」

「ぎゃっ」

 ギルードルが悲鳴を上げた。

 ルナーティアが自分の近くに落ちていた風花石を拾い、魔性の鼻面に向かって思い切り投げつけたのだ。

 それが、見事にヒットした。

 まさかそんな原始的な攻撃がされるとは、ギルードルも思っていなかったのだろう。もしくは、ルナーティアを甘く見ていたか。

 レシュウェルに意識を向けていたこともあり、完全に隙を突かれた形だ。

「あんたなんかに、絶対この子は渡さないわっ」

「てめぇ……」

 鼻を押さえながら、ギルードルがルナーティアを睨む。魔性でも防御しそこなえば、それなりに痛みは感じるようだ。

 ギルードルがレシュウェルに向いている間に、ルナーティアは急いでエイクレッドをポケットに隠していた。なので、魔性の鋭い視線はルナーティアだけに集中している。

 怖いと思いながら、それでも「気持ちで負けたくない」とルナーティアはギルードルを睨み返す。

「あんたが魔性だろうと何だろうと、あたし達は負けないんだから。あんたにも、他の誰にも、この竜を殺させないわっ」

「そういう訳だから、さっさとあきらめろ」

 レシュウェルが、ギルードルの身体を火で包む。ログバーンがそこへ加勢して、さらに火の勢いを上げる。

 前回も火柱に包まれたギルードルだが、今回はさらに火の勢いが強い。

 しかし、さすが魔性と言うべきか。その火の中から、悲鳴を上げながらも抜け出した。

 現れたギルードルの姿が、少し変わっている。薄茶だった毛が、全体的に濃い色になっていた。あちこちに焦げ跡もできて。

「この……」

 水を弾き飛ばすように、ギルードルが全身を震わせる。だが、焦げ跡はそう簡単になくならない。

 そこへ、ルナーティアがまた石を投げつけた。今度はギルードルの右ひざに当たる。

「ぐわっ。この……」

 火の攻撃から抜け出したばかりで、防御も何もあったものではない。そこへまた石を投げられ、ギルードルがルナーティアを睨もうとしたところへ、三つ目の石が頭に当たった。

「いい加減にしやがれっ。このくそメスがっ」

 頭にきたギルードルが、大きな口を開けてルナーティアへ襲いかかった。怒りがこもっているので、さっきよりも勢いがある。

「はらわたを引きずり出してやるっ」

 しかし、その牙はルナーティアまで届かない。

 ギルードルの前に火柱が立ち、思わず後ずさったところへ燃え盛る火の矢が何本も飛んで来る。

「その汚い口を閉じろ。まだやるつもりなら、全部の牙と爪を叩き折ってやる」

 ルナーティアが何度も襲われ、さらには「くそメス」という暴言まで吐かれた。

 大切な恋人が侮辱されて、レシュウェルがこれ以上冷静でいられるはずがない。

 こちらを睨み付けるレシュウェルが、ギルードルには青白い火に包まれているように見えた。

「くっ……」

 相手が人間であるにも関わらず、ギルードルはその威圧感にたじろぐ。

 自分も攻撃を受けて怒りに震えていたが、レシュウェルの怒りの方がさらに強く感じたのだ。

 レシュウェルが怒りにまかせて放つ火の矢が何本も刺さり、それを振り払おうとしているところへログバーンが火弾を何発も放ってくる。

 どちらも勢いが増してきて、ギルードルは対処できなくなってきた。

「あ、あきらめねぇぞっ」

 また捨て台詞を吐きながら、ギルードルは小さな竜巻になって姿を消した。

 完全にその場から気配が消え、誰もが息をつく。

「はぁ……怖かった」

 啖呵を切ったまではよかったが、その後のことを何も考えていなかったルナーティア。自分の魔法なんて簡単に弾かれるだろうと思ったし、二度三度と石をぶつけるしかできず。

 でも、何か言わずにはいられなかった。

 襲撃対象だから「喰ってやる」まではまだわかるにしても「小さい、不味い」まで言われて、許せなかったのだ。

「予告して行ったが……次にお前達が来た時、本当にまた現れそうだな」

「ああ、そのようだ。とりあえず、火が得意な奴でなくてよかった」

 レシュウェルは火を中心に、風や土でも攻撃していたが、どれも大きなダメージや致命傷にはならず。それでも、火の攻撃の時がギルードルは一番いやそうな表情を浮かべていた。

 水の攻撃魔法を使わなかったのは、エイクレッドとログバーンが火属性だからだ。多少かかったところでどうということはないが、ここで使うのは得策ではない。

 それに、ログバーンと一緒に攻撃した時、力が相殺されることもあるので、レシュウェルは火を中心に使っていた。

「まだ独り占めするつもりでいるなら、奴が余程魔力を強化して来ない限り、何とか追い払えそうだな」

 魔力がないとは思えないが、攻撃は魔法ではなく、牙や爪での直接攻撃ばかり。それも短絡的だ。

 しかし、次もそうだとは限らないし、もっと何か対策を考えておいた方がいいだろう。

 ずっとこちらを見ている、という謎の存在もあることだし、もしそれがさっきのギルードルと結託したら、面倒なことになりかねない。

 魔性のストーカーなんて、絶対にごめんだ。

「それにしても、ルナーティアがあんなにコントロールがいいとは思わなかった」

「え? やだ、レシュウェルってば。たまたまよ」

 ほとんど勢いだけでやったことだ。魔法使いの見習いをしているのに、あんな普通……と言うより子どもみたいに原始的な攻撃をしてしまって、ルナーティアとしてはむしろ恥ずかしい。

「だが、奴はかなりダメージを食らっていたようだぞ。これから何か現れたら、ルナーティアが石を投げることにしたらどうだ?」

「もう、ログバーンまでからかわないでよぉ」

 ルナーティアが、頬をふくらませて拗ねる。

 その頬に、ポケットから出て来たエイクレッドが自分の顔をくっつけた。頬ずりかキスみたいなものだろうか。

「ありがと、ルナーティア」

「え?」

「渡さないって、あの魔性にはっきり言ってくれて。ぼく、何だか、すっごく嬉しかった」

 相手は、何をするかわからない魔性。しかも、喰ってやる、とまで言い出す。

 そんな魔性に恐怖し、自分を差し出されてしまっても、エイクレッドには何も言えない。

 自分のせいで、まだ一人前になっていない魔法使い達を危険にさらしているのだから。

 誰でも、自分自身が大事だ。命がかかっているなら、なおさら。まず自分を守ろうとする行動を起こしても、それは自然なこと。

 こんな危険な場所へ来ることになったのはエイクレッドが原因だから、ルナーティア達が逃げ出したとしても仕方がない。

 でも、ルナーティアははっきりと拒否した。

 渡さない、と。

 レシュウェルもログバーンも、守ろうとしてくれた。

 ログバーンに言われたが、こうして守ろうとしてくれる存在があることはとても運がいい、と心の底から思えるし、それが嬉しい。

「当然でしょ。エイクレッドが魔力を取り戻せるように、あたし達はがんばってるんだもん。それに、大切な友達を喰ってやるって言われたら、腹が立って何か言ってやりたいって……あ、竜と友達なんて厚かましいかしら」

 見た目の身体も小さいし、恐らく年齢も幼い。だから、保護してあげたくなるし、勝手に親近感を抱いて友達感覚でいた。

 でも、エイクレッドは竜だ。おとなの竜であれば、人によっては神格化するような存在。

 そんな存在に対して、勝手に「友達」と言ってしまった。

「ううん、友達って思ってくれるなら、嬉しい」

 そう言って、エイクレッドはルナーティアの頬に、もう一度鼻面を押し付けた。

「ログバーン、さっきの魔性は、やっぱりイタチの類か?」

「あの姿を見る限り、そうだろう。魔力はあるようだが、頭はあまりよくないようだな。それに、魔法も大した術は使えないらしい」

 短い戦いの中で見たままを言っているだけだが、ログバーンは辛辣だ。

 あと、はっきりは言わなかったが、レシュウェルと同じく「バカ」と思っているらしい。

 直線的な攻撃。移動で使う竜巻。勢いだけで、あまり頭を使うタイプではないと思われる。

 魔力は(たぶん)高いのだろうが、それを使いこなせていない。

「頭がよくない点は、同意見だ。二度も失敗したから、次は多少なりとも頭を使って来るかもな。人間の姿になれるくらいだし、ちゃんと魔法を使えば厄介な相手だ」

 前回と今回はうまく追い払えたが、次もそうなるかはわからない。

 自分の名前に様を付けるようなタイプで、ますます「ちょっと頭が足りないイメージ」が濃くなった魔性だが、油断はできない。

 ああいう手合いに限って、妙なところで手強かったりするのだ。

「俺達の先生がルナーティアに話していたらしいんだが、またああいう魔性が現れるようなら、次は同行も検討するそうだ。正規の魔法使いが一緒にいれば、奴が何か仕掛けて来ても、それなりに対処できるだろう」

「そうか。回を追うごとに、大所帯にならなければいいがな」

 そう言って、ログバーンは小さく笑った。

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