4-01.友人の話
講義終了のベルが鳴り、教壇に立っていた教授が教室を出て行った。講義を受けていた生徒達も、各々テキストやノートを片付ける。
「よぅ、レシュウェル。調子、どうだ?」
声をかけてきたのは、レシュウェルと同じ講義を受けることの多いイアンドだ。
いつも始業ぎりぎりに教室へ入って来る彼だが、今日も教授と同時に、まるで助手みたいな顔で入って来ていた。
よく注意されないものだ、と違う意味でレシュウェルは感心している。
「悪くはないな」
特別いい訳でもないので、レシュウェルは当たり障りのない言い方で答えた。
そもそも、こういう質問はざっくりすぎて、どう答えたらいいのかわからない。相手もそう詳しく知りたい訳ではないだろうから、この程度でいいのだろう、と思うことにしている。
「ちび竜の方も?」
イアンドが言うちび竜とは、もちろんエイクレッドのこと。
魔力を奪われて小さくなってしまった紅竜のエイクレッドを、ルナーティアが連れている。
そのことは、ここキョウートの大学部でもほとんどの教授と生徒が知るところだ。
さらに、イアンドのようにレシュウェルと同じ学年、もしくは同じ学部であれば、ルナーティアがレシュウェルの恋人であることもほとんど知られている。
レシュウェルに恋人がいることを知らない女性が告白してくることが、これまでに何度もあった。
ルナーティアの存在を言えばいいのだが、レシュウェルは「付き合えない」と断るだけ。本人はこれで「はっきり断った」と思っていたのだ。
ただ「付き合えない理由」までは伝えていない。なので、もう少し押せば何とかなる、と思った女性も何人かいて、同じ光景が繰り返されることになる。
それが今回のことで「レシュウェルはフリーではない」ということがわかり、ようやく告白されることがなくなった。
たまに「それでも」とアタックしてくる女性もいるが、もちろん撃沈。
告白されることはなくなったものの、イアンドのように竜のことを聞くついでとばかりに、恋人のことを聞いて来る人は時々いる。
別に隠すことではないので、レシュウェルは聞かれたことだけを答えるようにしていた。
へたにごまかすと、あれこれと妙な噂をたてたがる人間がいるのはどこでも同じなので、そういう対応をしているのだ。
「この前、お前の彼女を見掛けたんだけどさ。あの子の肩に乗ってるのが、その竜なんだろ? 竜って、電車か飛行機レベルにでかいと思ってたんだけど。あんなにちっちゃくなるんだな。そういうマスコットを乗せてるみたいだったぞ」
「最初は俺達も、おもちゃかと疑ったくらいだ。今はルナーティアが魔力を回復するものを食べさせているから、少しずつ身体も大きくなってきている。最初に見付けた時からすれば、一回りくらいは大きくなったかな」
生物が大きくなれば「成長した」と言いたいところだが、エイクレッドの場合は成長ではなく「回復」という言い方が一番適切だろう。
「ふぅん。あ、小耳に挟んだけど、お前ら、パラレルに行って何かやってんだろ?」
エイクレッドの魔力を回復させる魔果を、ルナーティアは育てている。
高等部のガーデニング部が所有している、花壇の一角。そこを使わせてもらっているから、知る人ぞ知るといったところ。
だが、パラレル魔界へ行っていることは、特に公表していない。禁止こそされていないが、学生が興味本位で行ったりすることを学校がよく思っていないからだ。
レシュウェルの場合、興味本位ではなく、エイクレッドが早く魔力を回復させるためのアイテム集めのために赴いているのだが、頭の堅い先生であれば「他に方法がないのか」とでも言いかねない。
それが面倒なので黙っているのだが、これも隠している訳ではなかった。
とは言え、どこからそういう情報がもれているのか。
レシュウェルは不思議でならない。誰かが、スパイとなる妖精か使い魔でも放っているのだろうか。
「何かって、エイクレッドのためだ」
そうでなければ、まだ高等部の恋人と魔力を失った竜を連れて、あんな危なくて面倒な場所へなんて行かない。
「わかってるよ。お前が遊びでそういう場所へ行くなんて、思ってもいないしな」
決して堅苦しいわけではないのだが、どちらかと言えば生真面目な性格、と周囲に見られているレシュウェル。
本人にそんなつもりはないのだが、羽目を外した言動をしないので、そう思われるようだ。
イアンドも「レシュウェルは真面目な奴」という認識でいる。そんな彼が、面白半分でパラレル魔界へ行くなんて思わない。
「で、そっちの方はうまくいってんの? ってか、わざわざパラレルまで行って、何やってんだ? 竜の世界へ行くのは難しいにしても、竜のトラブルがパラレルで何とかなるとも思えないんだけど」
「エイクレッドの魔力を回復させられる可能性があるっていう、術を教えてもらった。ただ、それをするには色々とアイテムが必要で、そのアイテムを合成する素材をパラレル魔界で集めているんだ」
一人に話せば、そのうち一気に拡散するだろう。
生活指導や学生課から呼び出しを受けるかも、という懸念もあるが、リクリスやパフィオといった教授も絡んでいるから、あからさまな叱責を受けることはないはず。
「そんなこと、してるのか。竜の姿の竜を見ることも珍しいのに、変わったことに巻き込まれたもんだな」
実は竜も人間界に来ているらしいが、人間に扮しているのでわからない。竜の姿のままで人間の前に現れることは少ないので、イアンドが言うように今のエイクレッドは珍しい状態なのだ。
「パラレルで素材集めって、かなり面倒だろ。実は俺も、ちょっと行ったことがあるけどさ。虫系の魔物なんて結構でかいし、げっ歯目の魔物は前歯が刃物だし。魔力や技を向上させようって目的でもなかったら、もう二度と行きたくない。レシュウェルは大丈夫か? まぁ、お前は実技も点数がいいから、問題ないだろうけど」
「あっちでは魔獣にも手伝ってもらってるから、そう問題はないんだが……」
「ん? 他に何か問題ありか?」
「問題にならないか、気になってることがある」
パラレル魔界へは、ケフトの国のあちこちに入口となる石碑があり、そこから行ける。
だが、この世界にいるのは、魔法使いだけではない。魔法を使えない普通の人間の方が、ずっと多いのだ。
その石碑が魔界へとつながっていることは一般の人間でも知っていて、そこから出入りしているところを見た人から「何かのきっかけで、向こうから魔物が出てきたらどうする」といった苦情を言われる可能性がある。
本人、つまりレシュウェルやルナーティアに直接言われるならまだしも、出入りできるのは魔法使いだから、と魔法使いを養成するここキョウートへ苦情が入る、ということも考えられるのだ。
そうなったら「パラレル魔界へ行くことは禁止」という校則ができてしまうかも知れない。
エイクレッドが帰れるようになるまで、それだけは絶対に避けたいところだ。
レシュウェルはそういったことを考えて、三回目にパラレル魔界へ向かう時は別の場所から入った。
しかし、戻って来る時は学校の近くにある石碑を使っているため、見られているかも知れない。
だったら、少し遠くにある出入口を使えばいい……とは思うが、それらを使おうとしたら、交通費がいる。
パラレル魔界なら魔獣に乗って移動できるが、こちらの世界ではそうもいかない。魔法や魔物のことだけならともかく、こういったかなり現実的な問題が発生するのだ。
レシュウェルもルナーティアも学生だから、自由にできる金額には限りがある。レシュウェルは家庭教師のバイトをしているが、だからと言ってそう余裕がある訳ではないのだ。
「ふぅん。パラレルへ行くだけでも、そこそこ大変なのになぁ。あ、そうだ」
イアンドが、何か思い付いたように手を打つ。
「俺の友達が、魔警科にいるんだけどさ。この前、面白い術を習った話をしてたぞ」
レシュウェルがいるのは医学部薬学科だが、キョウートには他にも学部があり、その中に魔法警察科がある。
魔法使いの犯罪者や、魔物絡みの事件や事故を捜査する魔法使いの警察官を養成する学部だ。
「自分の気配を薄める魔法ってのがあるらしいぞ。張り込みをする時なんかに使われるらしい。それを見破る術もあるみたいだから、犯人側にそれをやられたらばれるんだけどな。レシュウェルがパラレルへ出入りする時に使うくらいなら、問題ないんじゃないか?」
「気配を薄める、か……」
そこにいるのかどうか、よくわからない。そんな状態にする魔法。
確かにそれなら、周囲を気にすることなくパラレル魔界へ出入りできる。相手は不特定多数の一般人だから、見破られる術を使われることもまずありえない。
「それ、使えそうだな。調べてみる」
レシュウェルは荷物を持って席を立つと、出入口へと向かう。
「ありがとな、イアンド」
「お、おう……。張り切ってんなー、レシュウェルの奴」
何気なくした話が、役に立ったらしい。
いつも冷静な顔の友人が走り去るのを、イアンドは軽く手を振って見送った。





