3-11.バカゆえに
術に必要な分の鱗粉を、リクリスがコピー用紙へと出す。
「じゃあ、たくさん余っちゃう。他に使い道ってあります?」
見た目だけなら粒子の細かいラメのようなので、小物をデコレーションするのによさそうな気がした。
だが、魔物から取った物と知っているので、使うのにちょっと抵抗がある。見るたびに、あの大きな蝶の姿を思い出してしまいそうだ。
「もし構わないなら、試料としてぼくがもらってもいいかな」
「はい。火の珠さえできれば、俺達は使いませんから」
余った素材の行き先が決まったところで、パフィオに渡された魔法書にレシュウェルは目を通した。
先週も唱えたとは言え、通常の魔法とは違うので、しっかり確認しておく。
軽く息を吐き、レシュウェルが呪文を唱えた。
「ヤキキオヨ テセワアナンミ シュマノァカ レハナシカンヘ レハナリナ」
置かれていたテーブルから火トカゲのうろこ、爆裂の実、虹色蝶の鱗粉が浮かび上がる。鱗粉が二つの素材を包み込むように広がると、高速で回転を始めた。
人の目では確認できない程の高速回転と、隠すように広がった鱗粉のために、他の素材がどうなっているかわからない。
やがて、融合した素材は丸い形になって、静かにテーブルの上に降りた。
木の珠と同様、大きさはテニスボールより少し大きい。水晶のように透明な珠の中に一回り小さな濃い赤の珠がある。その赤い珠の周辺に、小さな虹色の珠が気泡のようにたくさん散りばめられていた。
「わぁ……珠の中に小さな太陽があるみたい。虹色がきらきらで、すてき」
前回の木の珠もきれいだと思ったが、この火の珠もきれいだ。
自分達が苦労して手に入れた物がこんなにきれいな珠になることに、ルナーティアはまた感動する。
「うん、無事に二つ目も完成だね」
「順調なようで、嬉しくなるわ」
教授二人も、その出来映えに満足そうだ。
完成した火の珠は、リクリスの手で木の珠が入っている資材保管用のロッカーへ入れられる。
見えなくなる結界が張られているので、リクリスが珠を入れた途端にその存在がわからなくなった。
「話はマロージャ先生から聞いていたけれど、エイクレッドの身体、確かに大きくなってきているわね」
火の珠を作る魔法も無事に終わり、パフィオが改めてエイクレッドを見る。
「うん、毎日魔果を食べてるもん」
単純ではあるが、やはり「大きくなった」と言われると、エイクレッドも嬉しいようだ。
「ふふ。じゃあ、そのうちルナーティアの肩に乗っていられなくなるわね」
エイクレッドが帰る時に、この身体がどれだけのサイズになっているか。
その日が楽しみなのは、みんな同じだ。
「先生、そのエイクレッドなんですが。今日、魔性に狙われました」
「えっ」
リクリスが、本日二度目の驚きの声をあげた。パフィオも、大きな目をさらに見開いて。
レシュウェルが、サガーノで魔性に襲われたことを話す。
「魔力を失っていても、エイクレッドの気配はパラレル魔界では異質なのかも知れないね。変わった気配に気付いて実際に見たら、本当に竜だった……というところかな」
「人間は竜のことを、自分の魔力を強めるための材料として見ることはないわ。だけど、少しでも強い力を求める魔性にすれば、魅力的なエネルギー源みたいに思えるんでしょうね。だとしても、本当に竜を狙うなんて」
「第一の狙いはエイクレッドの心臓でしたが、その後で俺達も喰うつもりだと宣言していました」
パラレル魔界が危険である、ということはわかっている。だが、ここまで差し迫った状況になるとは、リクリス達も考えていなかった。
「宣言して、先に恐怖を植え付けるタイプだね」
「単に、バカ正直な奴だと思います。お互いが本気を出す前に奴が逃げたので、どれだけの魔力を持っているかはわかりませんが。しゃべり方を聞いている限りでは、バカです」
レシュウェルがあまりにはっきり言うので、ルナーティアは思わず吹き出した。リクリスやパフィオも、つられて笑う。
確かに「クール」や「理知的」という単語と、あの魔性には大きなへだたりがあるように感じた。
「あの魔性、バカなの?」
エイクレッドだけが、きょとんとしている。
「そんなふうに思えるような、しゃべり方をしていたねってことよ」
もちろん、本質がどうかはわからない。自分達の勝手なイメージではあるが、それに惑わされ、油断しないようにしなければ。
「それにしても……竜の心臓ねぇ。本当に食べられたとしても、ろくなことにはならないと思うけどなぁ」
「ぼくの心臓、ろくなものじゃないの?」
「ああ、そういう意味じゃないよ、エイクレッド。ごめん、ごめん。ぼくの言い方がよくなかったね」
悲しそうに言うエイクレッドに、リクリスが慌てて否定する。
「誰にとっても、竜の力は強すぎるんだ。本当に竜の心臓や身体の一部を取り込んだりすれば、恐らく魔力が暴走して自滅する。どれだけ強い魔力を持つ魔性であっても、ね。そういう意味で、ろくなことにならないって言ったんだ。そこまでいかなくても、まともな状態で生きるのは難しいと思うよ」
「それがわかってるかどうかは知らないけど……あの魔性、また来るのかなぁ」
顔色の悪い、少年の姿の魔性。実際に見たことはないが、吸血鬼がいればあんな感じかも知れない。
エイクレッドを狙ったものだとしても、ルナーティアが襲われたような状態だったからとても怖かった。あんな悪意やむき出しの欲望を向けられたのは、初めてだ。
いや、エイクレッドの次に人間を襲うつもりだったのだから、襲われたような、ではない。
今回は引き下がったが、これからもパラレル魔界へ行かなくてはならない。その時にあの魔性が来るのでは、と思うと怖くなってくる。
危険な場所である、ということを承知で行っていたが、あんなはっきりとした殺意を向けられるなんて、予想もしていなかった。
「まだ珠を三つと、鏡を一枚作らないといけないものね。エイクレッドの気配を覚えられていたら、パラレル魔界のどの地域へ行くにしろ、現れるかも知れないわ」
あの火柱に懲りて、もう近付かないでもらいたいのだが。
ケンカに負けて逃げる輩がよく言う「覚えてやがれっ」というセリフ。単なる捨て台詞で終わってもらいたい。
だが、レシュウェル曰くの本当に「バカ」なら、しつこく現れるだろう。
「ルナーティア、私のマント、持ってるわね?」
「はい。リュックの中に入れてます」
パラレル魔界から戻って来たら、たたんでリュックにしまっている。家に帰ったら、風通しのいい所で陰干しをしているのだ。
「ちょっと貸してくれる?」
「あ、はい」
「次にパラレル魔界へ行くまでには渡すから」
ルナーティアからマントを受け取ると、パフィオはそう言った。
「何かするんですか?」
「防御力を高めるの。パラレル魔界が安全とは言えない場所だってことは最初からわかっているけれど、そういう危ない魔性がまた来るかもってことなら、こちらとしても対策をちゃんと講じておかないとね」
今回は、レシュウェルとルナーティア自身の結界で事なきを得た。しかし、この先もそうだとは限らない。
相手が本気を出したら。仲間を連れて現れたら。
どんなことが起きるかわからない。ルナーティアにマントの防御力を高めるなんてことはできないから、ここは先生の力を頼りにしておく。
「そう言えば、ルナーティア。ベルギア前学長に会ったんだってね」
「え? あ、はい。カモーの河原で」
「あのおじいさんのこと? あの人、すごいよね。おじいさんなのに、力持ち」
「力持ち?」
エイクレッドの言葉に、ルナーティアは首をかしげる。
あの時の元学長が、重い物を持っていたようには見えなかった。持っていたのは、細い絵筆一本で。
「竜なら、やっぱり感じるのかな。あの人は魔法技術大会で十年連続で優勝して、殿堂入りされているんだよ」
年一回、魔法使いがその術の正確さを競う大会が開かれる、というのはルナーティアも聞いたことがある。
当然、自信のある魔法使いばかりが出場する中、ニーレンは殿堂入りする程の腕。あんな魔物の一匹くらい、簡単にあしらえる訳だ。無詠唱で魔法ができるのも、当然。
「はあ……そんなすごい人だったんですか」
見た目は、普通のおじいさんだったのに。元学長、というだけでも驚いていたのに。
今更ながらに、ルナーティアはあの穏やかそうな老人のすごさに圧倒された。
「また話ができたらいいなぁって、おっしゃっていたよ」
「えっ? あ、エイクレッドのことは学校にいる人に聞いたってことでしたけど、それってマロージャ先生のこと?」
「ぼくだけじゃないと思うけれどね。他にも、元学長と交流のある人はたくさんいるから」
でも、一番詳しく話ができるのは、リクリスだろう。まさか、こんな身近でつながっていたとは。
「ルナーティアは動物だけじゃなく、人の縁まで拾ってるんだな」
レシュウェルはそう言いながら「俺もその中に入っているのかも」と、ルナーティアと出会った時のことを思い返した。





