表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/124

我が心鑒に匪ず、以て茹るべきからず。あたしの心は鏡じゃないから、あなたの気持ちがわかるわけじゃないのよ②

 胃の腑を焼くような熱さと痛みが襲う。これは酩酊ではない。が、毒でもない。崩れる士匄(しかい)を慌てて衛女(えいにょ)が支えた。

大夫(たいふ)さま、大丈夫ですか。あの、酔いがまわったようです、どうすれば」

 士匄に声をかけたあと、他の女官(にょかん)に聞いている。違う、酔いではない、と士匄は言いたかったが、舌がしびれたように動かない。なんだこれ。なんだこれは。

 他の室へ連れて行け、面倒を見ろ。そのようなやりとりが頭上で行われている。州蒲(しゅうほ)であるのか、他の女官が言い合っているのか、士匄にはいまいちわからない。支えられ何とか立ち上がると、

「こちらへ」

 と衛女に伴われ連れて行かれる。行きたくないが、足は共に動いていく。うっそりとした目で宴席に視線を向ければ、同じような顔の女官たちがこちらを見ていた。その中に、小賢しい女官もおり、怨みがましい目を向けてきていた。

 小部屋の一室で、衛女が士匄を寝かせ、濡れた布で首筋を冷やしてきた。薬湯も用意し、手慣れている。

「酔いすぎるのはつらいもの。あたしの夫もそうでした」

 何度も濡れた布をかえ、衛女が首をすくめて言う。

「……なんだ。夫に売られたのか」

「いえ、夫が死んだので、舅に売られたんです」

 衛女がからりと返したあと、士匄の額を撫でた。衛女の手は冷たく、士匄は心地よさで目をつむった。酔い、ではない。あの程度の量で己は酔わぬ。何か、酒に何かが入り込み、士匄を苛んでいるのだ。が、傍目からすれば、酩酊しているようにしか見えぬ。

「あ、あ。眠る前に薬湯を。すごいですね、こんな立派な薬湯なんて初めて見ました」

 せっぱつまっているのか、のんびりしているのかいまいちわからぬ女の声を最後に、士匄は意識を失った。

 そうして、起き上がって見たのは、腹を裂かれて死んでいる衛女であった。この死体に惹かれたのか雑多な霊が士匄にまとわりついている。その中に、この衛女がいるかどうかなど、知らぬ。名も知らぬ、顔もいまいち覚えていない、洛甲乙亥(らくこういつがい)の女官である。

(はら)……か。何者かは知らん、穢らわしいことだ」

 士匄がこの女を伴ったことで、子種を仕込んだとでも言いたいのか。()()()が衛女の差配であれば、それを狙っていたのやもしれぬが、士匄は当てられすぎて昏倒した。その上で殺されたのであれば、ざまあみろ、である。が、画策したのが別の者であれば、どうか。士匄が君主の持ち物を殺したと思われかねない状況である。つまり、酒もこの女も罠、ということになる。

「……わたしに罪を被せようなどという浅はかさでこうなったのであれば――絶対に引きずり出して、手足をもぎ生きたまま晒してやる」

 士匄は、頬に飛び散っていた衛女の肉片を払い落としながら、呟いた。

次から死体をめぐる物語

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 惨殺死体は衛女だったか… 賢くはないけど良い女性だったのに 巻き込まれて殺されちゃいましたか… こんな時でも冷静に怒る士匄さんパない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ