我が心鑒に匪ず、以て茹るべきからず。あたしの心は鏡じゃないから、あなたの気持ちがわかるわけじゃないのよ②
胃の腑を焼くような熱さと痛みが襲う。これは酩酊ではない。が、毒でもない。崩れる士匄を慌てて衛女が支えた。
「大夫さま、大丈夫ですか。あの、酔いがまわったようです、どうすれば」
士匄に声をかけたあと、他の女官に聞いている。違う、酔いではない、と士匄は言いたかったが、舌がしびれたように動かない。なんだこれ。なんだこれは。
他の室へ連れて行け、面倒を見ろ。そのようなやりとりが頭上で行われている。州蒲であるのか、他の女官が言い合っているのか、士匄にはいまいちわからない。支えられ何とか立ち上がると、
「こちらへ」
と衛女に伴われ連れて行かれる。行きたくないが、足は共に動いていく。うっそりとした目で宴席に視線を向ければ、同じような顔の女官たちがこちらを見ていた。その中に、小賢しい女官もおり、怨みがましい目を向けてきていた。
小部屋の一室で、衛女が士匄を寝かせ、濡れた布で首筋を冷やしてきた。薬湯も用意し、手慣れている。
「酔いすぎるのはつらいもの。あたしの夫もそうでした」
何度も濡れた布をかえ、衛女が首をすくめて言う。
「……なんだ。夫に売られたのか」
「いえ、夫が死んだので、舅に売られたんです」
衛女がからりと返したあと、士匄の額を撫でた。衛女の手は冷たく、士匄は心地よさで目をつむった。酔い、ではない。あの程度の量で己は酔わぬ。何か、酒に何かが入り込み、士匄を苛んでいるのだ。が、傍目からすれば、酩酊しているようにしか見えぬ。
「あ、あ。眠る前に薬湯を。すごいですね、こんな立派な薬湯なんて初めて見ました」
せっぱつまっているのか、のんびりしているのかいまいちわからぬ女の声を最後に、士匄は意識を失った。
そうして、起き上がって見たのは、腹を裂かれて死んでいる衛女であった。この死体に惹かれたのか雑多な霊が士匄にまとわりついている。その中に、この衛女がいるかどうかなど、知らぬ。名も知らぬ、顔もいまいち覚えていない、洛甲乙亥の女官である。
「胎……か。何者かは知らん、穢らわしいことだ」
士匄がこの女を伴ったことで、子種を仕込んだとでも言いたいのか。あの酒が衛女の差配であれば、それを狙っていたのやもしれぬが、士匄は当てられすぎて昏倒した。その上で殺されたのであれば、ざまあみろ、である。が、画策したのが別の者であれば、どうか。士匄が君主の持ち物を殺したと思われかねない状況である。つまり、酒もこの女も罠、ということになる。
「……わたしに罪を被せようなどという浅はかさでこうなったのであれば――絶対に引きずり出して、手足をもぎ生きたまま晒してやる」
士匄は、頬に飛び散っていた衛女の肉片を払い落としながら、呟いた。
次から死体をめぐる物語