表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/124

易に太極、是れ両儀を生ず、宇宙から全て生まれてきました!①

中行伯(ちゅうこうはく)! どうして!」

 趙武(ちょうぶ)が目を見開き、叫ぶ。その声が聞こえていないのか、荀偃(じゅんえん)が痛ましげな顔をしながら、ただ(こう)を見て撫で、泣きだした。

「皐。無茶しちゃあ、だめだよ。ああ、指が痛々しい。どうしたらいい? 私はたくさんご飯をいただいたから、次は皐を労りたい」

 善意の欲が、荀偃の口からヘロヘロと出た。(はく)さま、いいえ、いいえ、と皐が泣きながらむずがる。

 ここで、士匄が理性を蒸発させなかったのは、集中しすぎていたからに他ならない。目の前の茶番で怒り心頭になれぬほど、彼は脳みそを総動員して言上を行っていた。すっと息を吸う。

「君子()れ解くことあれば吉なり。小人(しょうじん)(しる)すことあり」

 君子は君子と親交すべし、小人がおらぬが良し。

 荀偃が皐を放り投げるように腕から落とした。正確には、皐が弾かれ落ちた。愚鈍な荀偃は、自分がうっかり落としたのだと慌て、皐に駆け寄ろうとしたが、何故か手が止まる。巫覡(ふげき)がほどこした朱墨の護符が、皐との繋がりより強くなったらしい。つまり、皐と荀偃の夢を介した主従関係に亀裂が入っているのである。

 饕餮(とうてつ)を士匄一人で消すことなどできない。が、饕餮を呼び出したものに責を取って貰えば良い。皐が荀偃から狍鴞(ほうきょう)を引きはがすか、皐と荀偃の主従関係が消えるか。そうなれば、荀偃の問題は終わる。ついでに皐と狍鴞(ほうきょう)()()()()饕餮も一旦は引くであろう。贄でしかなくなった皐が狍鴞に食い尽くされても、誰も損はしない。巫覡を失った狍鴞も山に帰るだけである。

范叔(はんしゅく)、私は、私は大丈夫ですから! 皐は私のためを思ってやったんです、許してあげてください!」

 状況がほとんどわかっていないくせに、荀偃が引きつった叫びをあげ、請うた。ここで、皐は(じゅん)氏の客人である、と言わなかったことが奇跡のようなノロマさである。もし、そのようなことを主張すれば、荀偃と皐の関係は再び強まっていた。が、荀偃は自己主張が下手くそであった。ただ、士匄に詫びて許してあげてと言いつのった。

「あんな、やつらに、あたしの護符、とられ、て。痛ましい、ごめんなさい、あたしが未熟で、伯さまっ」

 主人に助命嘆願される従者ほど悲しいものはない。皐は首を振って、荀偃を止めようと手を伸ばした。が、弾かれて衣さえ触れない。

「――(かい)は、西南に利あり、往くところなければ()(きた)(かえ)って吉なり」

 士匄は静かに言葉を紡いだ。動き進めぬ困難は、解き放たれなければ消えぬ。北山から見て晋は西南。動く必要無ければ、いるべきところに帰るが良い。

「往くところあれば、(はや)くして吉なり」

 問題あらば、早く動き終わらすが良い。

「往くところ物事、難に終わるべからず、故にこれを受くるに解をもってす」

 士匄は拝礼しなかった。神威あろうが君でなきものにぬかずく理由はなく、法を侵す咎人を許すことはない。貪欲という難を背に乗り込んできた巫女に、士匄は場の解を命じ、要無きもの帰れと言い渡した。それは、私怨でも攻撃でもなく、法と礼に則った宣言であった。饕餮がもたらす陰気は、山神と士氏の巫覡による陽気と拮抗し、天地陰陽、全て中庸(ちゅうよう)である。

 士匄の言上は終わった。終わったはずであったが、するりと口から何かが出てきた。

「天の(めい)これ(せい)、性に(したが)うこれ道、道を修むるこれ教え。すなわち中庸(ちゅうよう)、知も愚もあたわず」

 ――何を言った。

 士匄は、唇を噛み切って気を失うのを防いだ。気力を削りに削って、異形どもの重圧にも耐え出し切った言上に、余計なものが何故か足されたのである。閉じた言上がまた開いたと、腹の底が抜けるような怖気が走った。視界に星が降ってくるさまが見える。陽気が閉じるのか、となり、そして。

「星が、流れて、えっと、え」

 趙武が間抜けな声をあげた。

②、③に続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ