ウルトラの意味
”今年こそは”
そんな想いでトレーニングに励む。一度走っているからコースは分かる。UTMBに特化した準備。大切なのはスピード。
坂道ダッシュをして心拍数を上げた後に、弥彦山を何往復もした。アルプスを、歩くのではなく、走りきるために。
前年の惨めな自分の借りを返すために。今年こそ、あの表彰台に上がるために。それだけを目指し日々鍛錬の積み重ね。
大会当日は、前年の晴天とは打って変わって、雨天の中スタート。ただ、練習の成果があったのか、序盤マイペースで入るも20位前後を自然とキープ。21㎞サンジェルベを越え、31㎞コンタミンに日本人トップで到着。エイドステーションで補給を素早く出ようとすると、スタッフに止められる。様子がおかしい・・・
結局、ここで大会は中止となった。悪天候による土砂災害等。
その夜、宿舎で鏑木選手、横山選手などと話をしながら夜が更けた。朝、突然、藤巻翔カメラマンが、起こしに来る。
”松永さん、クールマイヨールから再スタートだそうです!”
冗談を言っていると思ったがどうやら本当らしい。ゼッケンを忘れるほど急いで支度をし、スタートラインに向かった。前日と同じような心境で冷静にスタート。この日も序盤20位前後を自然と走る。調子は悪くない。約半分のシャンペまでは上々。しかし、その先で順位を意識したからだろうか、それともここまでがオーバーペースだったのか、山本健一選手に抜かれ、調子を崩す。
トリエントからの登りでハンガーノックで一時動けなくなり、大崩れ。万事休す。結局、13時間31分55秒、総合51位に終わる。
確かに悔しかった。しかし、序盤いいところもあり、手応えと進歩を感じた。
この経験は、選手としてはもちろん大切だった。例えどんな状況でもプロとして必ずスタートラインに立つことの大切さを教えられた。思い通りの結果にはならなかったが、スタートをし、完走した僕は、少なからず評価を受けた。
そしてもう1つは、主催者として、どんなことがあっても、参加者の想いに応えるべく、ギリギリまで策を尽くすこと。悪天候で途中中止となっても、それで終わりにしなかったUTMB。翌日、再スタートをさせようと夜通しで対策をとり、準備を進め、それを実行した主催者の熱意と姿勢。
これが世界なんだ、これがウルトラなんだ。ウルトラとはなんでもありなんだ、そう心に刻む経験となった。




