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あの空を見るまでは  作者: 家具屋
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8 機械的知性の証明問題

「今度は諏訪君の話。諏訪君が部屋に閉じ込められるとする。その部屋には暗号が書かれた紙と暗号の指示書がある。暗号の指示書はこの暗号に対してはこういう暗号で返せ、と書いてあり暗号の意味を理解することはできない。でも暗号は返せる。部屋の外に暗号を返すと部屋の外にいる人は、諏訪君があたかも暗号を理解しているような印象を受ける。これを言い換えて、諏訪君はAIとする。AIはプログラム、つまり指示書に従って動くがそこに知性は存在しない。でも部屋の外、AIを見ている私たち人間からすれば、AIが知性を持っているように見える。第二の質問、これを踏まえてAIは本当に知性を持っていると言えるのかな?」


 内容を理解して漠然としたキーワードで検索をかけようとしたけれど、オフラインであることを思い出した。聞いたことない話だが、恐らくAIという概念が生まれたばかりに議論されたものだろうか。


 とにかく、興味深い話であることには変わりない。


「外面的には人間、内面的には機械と言いたいのか」

 

「簡単にまとめるとそうだね。AIは知性を持ち、自我を持ち、人間と変わらない存在にまでなった……ように見える。彼らは機械だからね。理解という概念すらなく、ただ何もわからずに反応しているだけなのかもしれない。心も意識もない、彼らが行っているのは計算だけなんじゃないかな」


 理解という名の計算か。これは確定していることで特に言えることはない。前提として話を進められる。AIが行っているのは紛れもなく計算である。


 なら考えることは『そもそも知性とは、心とは、意識とは』という議題に変わる。人間が持つ知性、心、意識とは一体何なのか。


「確かに計算だ。でも俺は『人間が知性と主張するそれが計算なんじゃないか』、と思うんだ」


 その言葉に反応して振り返った雨之瀬は気持ち悪いくらい良い笑顔だった。誉め言葉である。


「うんうん! それでそれで?」


 反応が想像以上に良かったため、俺の舌もいつも以上に動いてくれそうだった。そのままの調子を維持して俺は言葉を綴る。


「人間が考えること、すなわち神経回路を流れる電気による情報伝達。これが知性の正体だ。計算とは電気回路によって発生する産物、それは人間の考える原理と変わらない。人間すらも知性を持っているように見えるだけで、実際はただの電気回路によって発生する出力に過ぎない」


「生理的な話に持って行ったね、諏訪君。人間も自分の中で何が起こっているかなんて自覚できないもんね」


「そう。いわばAIも人間も思考過程はブラックボックスのようなものだ、主観的にはな。知性というものは自分でなく相手が感じるもの。最初の質問の答えに『存在を誰かに認識させる』って話したが、それと同じで客観的認識によって生まれるのが知性だと俺は考える。だからAIは知性を持つ……と俺たちが感じているってのが結論だ」


「AIも人間も似たような流れで知性が表現されている。知性というものは持つものではなく『表現して感じさせるもの』ってことだよね」


「そうだな」


 知性を表現する、というのは言い得て妙。俺の言いたいことを綺麗な形にまとめてくれた。

 その辺の機転というか、思考の早さが雨之瀬の長所なのは前々から知っていた。理解の深さ、本当の理解、つまり学力。紅高校でトップの成績を収めているのは伊達じゃない。無機AIに詰め込んだ記憶を基に解く学校のテストに求められるのは、知識量でも応用でもなく理解だけだ。


 そのテストからもわかるように、雨之瀬しずくは優秀なのは間違いない。

 しかし……SKYなる怪しい組織のリーダーでこんな珍妙な質問を投げかける奴だったとは思わなかった。2年とプラスアルファ一緒にいたと言うのに、まるで何も知らなかったみたいだ。


「合格っ! 諏訪君は見事私の出した質問に一つの道を示してくれましたっ! 拍手!」


 パチパチパチ……と声に出しながら、今度は俺の真正面に立った。


「3つ目! と行きたいところだけど、これはまた今度。今日は合格ってことにしてあげるっ」


 無意識に安堵で胸が撫で下ろす。質問に答えるのに必死で脳犯ブレインハックされつつあったことを忘れかけていた。身体が勝手に大きく息を吐き出して交感神経が働きを終えた。

 

 そうだ、一息ついている場合じゃない。聞かなきゃいけないことがあった。


「雨之瀬……一体どうやってハッキングしたんだ。俺の質問にも答えてもらうぞ」


 相変わらずニコニコしていた。クラスで見るいつもの顔だった。


「何を隠そう私はスーパーハッカーなんだよ! 諏訪君!」


「今は冗談を言っていい場面じゃないぞ」


 若干の焦りと怒りと恐怖が俺の言葉には混ざっていた。意識せずとも、俺は目の前にいる小柄な女子高生に相当な脅威を感じているんだ。


「ごめんごめん。本当はもっと原始的なこと。実は桜君がログアウトした瞬間に、諏訪君の部屋の外からログインしてた私の身体を運んで諏訪君と有線接続したんだよ。据置端末からケーブルを引っこ抜いてアボートさせられた意識は現実世界ではなく、私の電脳へ直接転送するようにしてね。ラグもなかったから気づかなかったでしょ?」


「じゃ、じゃあなにか! お前今俺の部屋にいるのか!?」


「そぉう! 私と諏訪君は絶賛接続中だよ!」


 空間を隔離ってのは真っ赤な嘘で、実際は射撃場をコピーしたプライベートルームへと拉致られたわけだ。据置端末からケーブルを抜かれたら氷(ICE)もクソもない。


 俺が射撃場を提案すると同時にこいつらは俺の家の外からログインして待ち構えていた。電脳空間ワイヤードへのログインすらも俺は海斗に誘導されたのか。


 綺麗に嵌められていたわけだ。


「はぁ……とりあえずこの部屋から出してくれ。俺の力じゃアボートか管理者であるお前の許可がないと出られん」


「じゃ、続きはリアルでね」


 手を振る雨之瀬を見ながら俺の身体は粒子となっていった。

 少し不機嫌にもなったが、とりあえずリアルに戻ってから色々言おう、なんてことを考えていた。

 



 そんなログアウト中に、ふと感じた。


 さっきまでの雨之瀬は満面の笑みで、悪戯をした成功させた小学生のように無邪気なものだったけれど。


 この瞬間だけは優しい目で、俺のことを見ていた。


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