10 黒の部屋
雨之瀬の家は桜区にあった。
俺の住んでいる紅葉区から桜区は高速モノレールで12分。大きな自然公園が人気の緑豊かな地区である。
異常に発展している大都会紅葉区に比べると実に閑静で落ち着いた街。タワーマンションどころか小さなアパートすらほとんど存在せず、一軒家が多く建っている珍しい場所でもある。
駅前道路にずらりと並ぶ人工桜は春になると散らない花びらを咲かすので有名だ。とは言っても、今は秋。落ちない枯葉たちが駅前を黄色く彩っていて、これもまた一興である。
脇道に入ると、住宅地へと雰囲気が変わった。ジオフロントでは珍しい入り組んだ細い道を何度も通る。碁盤の目状の街が一般的で、ここまで変な作りをしている地区はない。
さて、10分程歩いたころだろうか。
ズラーっと続く洋風フェンスに囲まれている土地の門で俺たちは歩みを止めた。
「ここ私んち!」
「豪邸っつうか屋敷だなぁ!」
「だから言ってるじゃん、機械仕掛屋敷だって」
こんな建物が今の時代に存在していることすら驚きだった。
外見は少し寂れているが、完全なレンガ造り。2階建で玄関を中心にして横に長い建物。いわゆる西洋屋敷だ。カラクリ屋敷と言われていたから、てっきり和風だと思っていた。
門が自動で開いて俺たちを招き入れる。
一般家庭と同様に、門は家主の無機AIが鍵となっているみたいだ。見かけに依らず現代技術をしっかりと装備している。
まず目に飛び込んできたのは薔薇庭園だ。門から屋敷までにかけて色とりどりの薔薇が咲いていた。しっかりと手入れされているのが目に見えてわかる。庭師AIの姿も見えない……ってことはこれ全部雨之瀬自身が管理しているのだろうか?
「この家にはメイドはいるのか」
「うんうん、私一人だよ?」
「ま、雨之瀬以外にも土いじりが好きな奴がいるからな!」
「あ~そういえばあの人はそんな趣味持ってましたね~」
???
海斗と鳳左院は誰のことを言ってるのか皆目見当がつかなかった。影宮はあの容姿で一日中潜っているような電脳人間だったし、恐らく違う。ならまだ見ぬSKYメンバーと考えるのが妥当だな。
「その人は今私の家にいるから諏訪君も会えるよ! 楽しみにしててね」
何とも秘密主義というか勿体付けるのが得意だな、こいつは。
美しい薔薇庭園を抜けて大きな玄関へと入る。
想像通りの赤いカーペットと玄関正面に2階へ続く大きな階段。この手の屋敷は色々な作品で出てきているが、どれもこんな造りなのは気のせいだろうか?
「ついてきて」
正面にデカデカとある階段をスルーして脇にあるエレベーターへ直行。2階へ行くのにわざわざエレベーターを使わんでも……。
「このエレベーター、住み始めて1か月は使ってすらいなかったんだよね」
全員がエレベーターの中に入っても、雨之瀬は手動ボタンに触ろうとはしなかった。こればっかりはワイヤード経由より手動の方が流石に早い。ホームワイヤードからエレベーターへアクセスして2階を選択して開閉を選択して……と一々認証する必要がある。だから普通はボタンを押す。
ボタンを押さぬまま、ガコンという音と共にエレベーターは下に動き出した。
下?
「あれ、重力おかしくね?」
「諏訪君の耳石は至って正常だよっ! 下へ参ります!」
行先は地下だった。
手動ボタンには1階と2階、開閉ボタン、緊急時用のボタンだけ。地下へのボタンは一切存在しない。つまり、これがカラクリ要素の一つだったのか。
「エレベーターって普通手動ボタンで操作するよね。でもこのエレベーター、ホームワイヤードとは別のプレイベートワイヤードになってるの。で、変だなぁーと思って解析してみたら地下行きプログラムを発見したのだっ!」
「ほーそりゃ普通じゃ気づかないな」
「習慣とか常識って意外に盲点になりやすいんですよね~。人間の死角って奴ですかね?」
確かに。
鳳左院の意見は至極真っ当なものだ。でも、ホルスタインの着ぐるみを纏っている奴にその台詞は究極に似合わん。
無意味に鳳左院を睨みつけたところでエレベーターは止まった。
エレベーターから出ると、そこには無機質な真っ白の廊下。屋敷の外見とは裏腹にスペースコロニーのような中身だ。
「死角かー。他校の女子より同じクラスの女子の方が良い場合もあるってことか?」
「同じクラスの女子を目の前に良く言うね、桜君は!」
特に説明もなく、海斗と雨之瀬は鳳左院の話題をそのまま続けていた。俺は口を開くこともなく、黙って3人について行く。
「んーそうだねー。例えば『AIの中に本当の人間が混ざっていても気づかない』とか。ジオフロントにおいての大人ってつまりAIのことだよね。でも、その中に本当の人間の大人もいるかもしれない、とかじゃない?」
「なんか、怖い話みたいだな!」
「AIと人間の区別って脳犯してAIの中身を見るしかわからないと思うんですよ~。不気味の谷を解消した時代に行われたフォークトカンプフ感情移入度検査法はもう無意味って言いますし~。本当にいてもおかしくないですよね~」
「すごい怖い話だな!」
小学生並みの感想しか言えない海斗を見て、何故か涙が出てくる……。しかし聞いたことない単語が鳳左院の口から飛び出してきた。
「琴奈、フォークトカンプフテストなんてよく知ってるねー?」
「え、あ、いや。た、確かワイヤード上に投稿されてた記事をダウンロードして覚えたんですよ~!」
「勉強熱心だねー! 桜君もこのくらい知っておかなきゃダメだよ!」
「怖い話は嫌だな!」
……俺も知らなかった。
フォークト…なんだって? 聞いたことすらない。検索をかけようとしても検索できなかった。単語の一部と簡単な概要で出てくると思っていたが、検索という行為自体が無理な話だった。
「くそ、またオフラインか! オフラインになることなんて長い人生でも滅多にないってのに」
「あ、諏訪君に説明してなかったね。この地下は完全な電波暗室だからワイヤードにアクセスはできないよ!」
「よくそんなもの作ったなあ。電波暗室なんて存在すら怪しいって言われてるレベルなのに」
「スタビライザーに監視されない状態を作るには、こうするしかないからね」
そう言って雨之瀬は廊下の途中で立ち止まった。
そこにあるのは真っ白な壁に見える2つの長方形。雨之瀬が手をかざすと、すぐにその扉は開いた。
「はいって!」
部屋の中には暗闇が広がっていた。扉から入る光があっても、部屋の中は何も見えない。
俺は足を動かそうとはしなかった。決して雨之瀬を疑っているわけではない。単純に入りたくない不気味な暗闇だった。
「こわい?」
「いや……なんか」
暗闇というか、アルティメットブラックか? 一切の光を反射せず吸収する素材ならまだわからなくは……。
「最初は怖いよな、ここ。でもこの暗さはセキュリティみたいなもんだから、心配すんな!」
「……そうか」
俺はプライドの高い人間なのだろう。3人に俺が躊躇しているところを、これ以上見られたくなかった。頭の中にあった言い訳を全て取っ払い、海斗の言葉に納得したフリをした。
恐怖を無視して勝手に足が前へ出た。
右、左、右……暗闇。
扉が閉まった。
何も見えなくなった。
無。
何故か、俺が今立っていることすら認識できない。
意識はどうなっている。
重力の方向すらわからない。
眠っているのか起きているのかもわからない。
目を瞑っている感覚はないのに、目を瞑っている気もする。
ただ、何もわからない。




