プロローグ
近い将来の事。日本で、新首相である西山 博による知識層の国外追放が行われた。"平等な世の中"を目的として行われたその行為には反発する者も勿論現れたが、既に西山派の統制下に入った元・自衛隊により鎮圧(というのは柔らかい表現であり、実際には反対派の虐殺であった)された。それに伴って学校制度も廃止され、それに関しても反発は大きかった。既に有力な反乱分子を粗方排除されていた反対派は、学校の廃止により新たに生まれた反対勢力(すなわち学校組織)に目をつけ、それを反対派に取り込んでいった。二年前に博多高校を主要勢力として起こった反乱軍が、博多港での政府軍との戦闘(博多港戦と呼ばれている)に勝利し、武器の大量輸入が行えるようになり、今や反対派は学生反乱軍と呼ばれる有力な反対派組織として存在している。
関東にある私立西城学園・西城高等学校。そこには白城 幸壱と言う名前の男子高校生がいた。この時代に学生であると言うのは、学生反乱軍の一員でもあると言うことで、彼は二年生、この時は曹長として小隊を指揮する立場だった。
この学校の寮では特に非常時でない限り生徒は朝の七時に起こされ、朝食をとって、午前に勉強してから午後からは訓練という一日を送っていた。その日も寮の目覚ましは午前七時に鳴り、白城もその時間に起きた。一年の頃は家での生活が抜けきっておらず、寝坊してはしょっちゅう叱られていた彼も一年経った今ではきっちりと時間通りに起きられるようになっていた。
さて、起きた彼は半開きの目を擦り、着替えてから食堂に向かおうと部屋のドアを開けると前に幼馴染である岡田 華子(二年、軍曹)が立っていた。これは何時もの光景である。女子寮で生活している彼女は午前七時より早めに起きて支度をし、彼を迎えに来る。これは彼が一年の時寝坊をしては叱られていた
頃から続いている。いつまでも寝ている彼を起こしに来るうちに習慣になってしまっていたそうだ。
軽く会話を交わしながら二人で食堂まで行くと、奥の方の席で手を振っている一人の男子生徒がいた。名前は中島 優一(二年、曹長)と言い、いつも同じ席を、早めに食堂に来て取ってくれている。彼は、朝食と昼食は大抵華子と優一の二人と一緒にとっていた。この三人で食堂の同じ席を囲むのが、毎朝のおなじみの光景であった。
三人がしばらく朝食のパンを口にし、何でもない会話を交わしている時だった。校内にサイレンが鳴り響いた。この日本で学生をしている者ならば、このサイレンは政府軍が学校に攻めてきたことを示すものであり、すぐさま戦闘準備を整えなければならないと言う合図であることは誰でも知っている。三人も、食べていた朝食を急いで食べきり、戦闘準備のために武器・弾薬庫へと走った。
白城は武器・弾薬庫へ到着するとすぐに自分の名前が書かれたロッカーのキーを取り、ロッカーを開けて厳重に管理されたM4カービン銃、P220拳銃、およびその弾薬などを取り出してボディーアーマーなどを装着し、先ほどの武器を装備するとグラウンドへと急いだ。
グラウンドには今回の迎撃戦に参加する二百五十名が整列しており、今回の迎撃戦の要綱を聞いていた。中隊の総指揮をとる中山 剛大尉によると、政府軍側の数は二百三十ほどであり、南西から向かってきてるという。それを、入り組んだ廃墟群で迎え撃ってしまおうという作戦だった。偵察によると、戦車のような重戦闘車両の姿は確認できず、せいぜいが装甲車両数台であったというため、作戦は安易に遂行されると思われた。




