エピローグ(表)
お待たせしました。仕事のデスマーチが終わりようやく投稿できます。
体の感覚が失われつつある。
天牙の処置で、出血は抑えられているが、腹部に穴が空いた状況は変わることはない。
それでも、この場にとどまっているのは、二人の戦いに巻き込まれるリスクを抑えることと、六花自身の我が儘にほかならない。
意識が途絶えそうになる。それを必死で堪えながら、ひび割れたモニターに映し出される戦いを見届ける。
それは、今まで見た戦いの中で最も苛烈な戦いだった。
四方から迫る赤城の攻撃を、緑の弾丸で軌道をずらし、僅かに出来た隙間を迷いなく飛び込む。
皆、赤城を化け物か何かのようにいうが、朽野も普通ではない。
緑の騎士という圧倒的なアドバンテージがあるとはいえ、並の戦士ではあのような曲芸が出来るはずがない。
戦いの流れを把握し、自分の生き残る道を冷静に辿っていく。
転生者という圧倒的なアドバンテージの前に一度は倒れたが、同等のチートを手に入れた今、互角以上の戦いを演じている。
二人のぶつかり合いは地形を変えていく。
高位のパンツァー乗りでも、この暴風の中に巻き込まれればあっという間に鉄塊へと形を変えるだろう。
(勝てる)
天牙の言葉の意味を理解する。
『無敵』その言葉の意味を……
緑の騎士の異常なまでの回復能力と、攻撃力。
そして、朽野の冷静な判断力と剣技。
勝てる。そう思えた。彼に勝てる者は、このゲーム化された世界には無いと確信が持てる。
事実、前世でも今世でも英雄とまで言われた赤城を追い詰めていく。
しかし……
その戦いの結末は、彼女達の予想外の形で幕を閉じる。
「じゃあ、な。朽野。来世か地獄か知らんが、また、やり合おう、ぜ」
胸に穴を開けた赤城がふてぶてしい笑みを浮かべながら、地面に倒れる。
「あの世だろうが前世だろうが、死ぬのは御免だ」
そういったのは、朽野。その言葉と共に、緑の騎士の体が、ゆっくりと崩れていく。
「ああ、死にたくないなぁ」、その言葉を最後に彼の体は完全に消え失せる。
「う、そ……」
信じられない。あれ程の力を誇った朽野が、負けるだなんて……
天牙から無敵とまで言われた彼が負ける。彼女がいう通り、彼の実力は本物だった。
『無敵』とまで言われる程の回復能力に剣技。その二つを持つ彼が負けるはずがない。
「あ……」
しかし、目の前の光景は、紛れもない本物で……
「あ、あ……」
視界が歪む。フラフラとしていた視界は更にクルクルと回転を始め……
「ああああああああああああああああ!!」
二度の彼の消失に耐え切れず、彼女の意識は、暗闇へと落ちていった。
◆◇◆◇◆
そして、再び目を覚ます。
そこで見たのは、真っ白な天井だ。
「み……」
「見知らぬ天井だ……なんて、言わんといてよ」
クスクス、と笑い声が聞こえる。
振り返ると、笑みを浮かべた少女が目に入る。
椅子に座りこちらを覗き込んでいる。
まん丸なメガネとタレ目の瞳。浮かべる笑みが何処かほんわかした雰囲気を醸し出している。
「こ、ここは?」
「ここは、キャメロット城の救護室。そんでもってうちは、朝倉っちゅーねん」
周囲を見ると、そこは
「あ、私は……」
「六花ちゃんやろ? 上から聞いてるよ」
クスクスと、少女は笑う。
「で、六花ちゃん、体調どう? お腹の傷、一応塞いだんけど」
そう言われて、はっとする。
病人のような白い服。慌てて服を捲し上げると、白い腹部に、縫った跡が目に入る。
「ここ、神奈川の中心やから、それなりの医療に関しての知識とか設備が集約している訳やけど、どーしても前の日本のようにはいかんくてなぁ。ごめんなぁ。傷、残ってもーた」
しゅん、とする目の前の少女に申し訳なくなる。世界がかわり世界の法則が変わった。
今まで使えていた道具の材料が手に入らなくなり、代わりの素材が手に入るようになったが、何分回復薬というとプレイヤーのシールドを回復させる代物。
かつてのような医療を行うのは難しい。寧ろ、ここまで綺麗に塞がっただけでも驚きなのだ。
「いえ、ここまで治療してもらえて、本当ありがとうございます」
だから、伝えるのは感謝の意。その言葉に気分をよくしたのか少女の笑みは深くなる。
「あはは、ええねんええねん。まぁ、こんな世界になった分、へんてこな薬はいっぱいあってな。一ヶ月寝っぱなしになる薬とか。すまんけど、ちょっと長い間、寝てもらってたで。お陰で傷はもうばっちりや」
「あ、あの!」
そのまま、只管話続けそうになる彼女の言葉を遮る。どうしても気になることがあるのだ。
この病室にいるのは自分と彼女だけ。天牙と朽野の姿がない。
「あ、あの、私の仲間達は?」
「ああ、天牙ちゃんは、今、別んとこいるけど、大丈夫。骨折しとったけど。時間おけば元通り動けるはずや」
「朽野は?」
そう言うと、彼女の表情は曇る。
「朽野、伸也……あー、彼は」
言いにくそうに、彼女は言いよどむ。
「すまん、彼、死んだんよ」
◆◇◆◇◆
ガタガタ、と馬車が走る。
木を使ったアンティーク調の内装。豪華さは無いが、しかし途方もないコストがかかった馬車であることはわかる。
世界樹やら物騒な名前のつきそうな素材を、職人、或いは廃人と言われる生産職を何人も集め作ったそれは、パーツ一つで一財産になりかねない。
普段の彼女であれば、緊張し恐縮してしまうものだが、今の彼女にはそんなこと気にならない。
馬車の正面に座るのは朝倉だ。時折、従者に指示を出している。
彼女は何者か?聞いたところ、彼女はキャメロット城の騎士見習いとのこと。
今は、東京とのいざこざでベテランは八王子や町田に向かっている為、人手不足とのことだ。
ともあれ、今は双方とも落ち着いているとのこと。東京軍も撤退を開始。町田はすでに神奈川が取り戻したとのことだ。
「ここが有名な横浜中華街。 横浜、海に面しているから、日本各国から美味しい素材が常に仕入れられてな。 料理人達が見たことのない素材を調理しようと頑張ってんねん。変な料理ぎょうさんあるけどめっさうまいで」
「…………」
彼女が一生懸命、気をまぎわらそうと頑張っているのはわかるが答える気力がわかないのだ。
外には、東京や町田と違った中華風な赤い町並が広がっている。
記憶の中にある横浜中華街に比べ、かなり雑多で活力に溢れているように思えるが、今の彼女にはどうでもいい。
まるで、世界に色彩が失われてしまったかのような感覚。
「えーっと、これから、六花ちゃんはこの先にある屋敷に連れて行かないといけないんよ。六花ちゃん、色々事情は複雑やし、護衛の騎士も何人かつく予定や」
「つまりは、軟禁されるというわけね」
「すまん、そういうことや。うちは一緒にいけないけど。問題が片付いたら外出れるっちゅうし、そしたらご飯でも食べに行こう」
「……うん」
微笑んだつもりだがうまく笑えただろうか?
そんな彼女の様子に、朝倉は小さくため息をつく。
「あんたの思っているような奴やないで、あいつは……」
「彼を知っている?」
「うちも戦争に参加した口やからな。彼には色んな噂があんねん。村を焼き払った。背後から仲間を襲った。東京の住民を虐殺した、とかね」
その言葉に、六花は目の前の少女に殺意を芽生える。
「……ただの噂でしょ?」
六花は目鼻立ちが整った西洋風の顔立ちをしているだけあって、睨むと怖い。そこに殺気が含まれれば尚更だ。
しかし、戦場上がりを自称するだけあって朝倉は揺るがない。
朝倉はメガネを外す。
そこには、先ほどまでの彼女はいない。優しげな雰囲気は消え、浮かぶのは冷たく鋭い刃のような表情が浮かび上がる。
「ああ、確かに噂だ。公式記録にはそのようなことは全く書かれていない。だが、火のないところには煙は立たない。そして、戦場という混沌は何を引き起こすか解らない」
関西弁が消える。射抜くような目が六花を捉える。
「戦場の狂気に犯される者など幾らでもいる。そして、彼は幾度となく死んだ、と聞いてる。死の恐怖に晒され続け果たしてまともな精神状態を保っているかわからんよ。少なくとも、私から見た彼はまともだと思わない」
軽薄で、だけど、優しく、六花のような出会って間もない人間の為に命をかけられる人間。
しかし、そういったところを除けば、自分の知る彼は、ごく普通の青年だ。
だが、彼と知り合ってまだ、数日の付き合いだ。彼のすべてが解るわけがない。
「転生者である君ならわかるだろう?死というのがどれだけのものか。どういう定義で転生が行われるかしらんが、大抵は英雄やそれに反する存在。何らかの功績を残した者が転生するパターンが多い。そんな彼らでさえ、死の恐怖でどこかおかしくなっている者は数多く見てきたよ」
彼女も転生者だ。一度は死んだことがある。
確かに自分が死んだ時のことは記憶にない。というより思い出せないのだ。
ただ、何か恐ろしいことがあったことだけは覚えており、思い出そうとすると冷や汗が止まらなくなる。
「彼は普通だ。しかし、英雄でさえ耐え切れなかった死の恐怖を何度も味わい。果たして彼が普通の精神を宿していられるか、私は疑問だ。笑顔のまま、ナイフを突き刺してこないとも限らんよ」
確かに、それもありあえる話。一見、普通でも異常性を抱えているというのはよく聞くパターンだ。
しかし、彼女の言葉に、自然と怒りが湧いてくる。
「……そう? 彼がそんな人物だと思わないけど?」
「たった、数日で……」
「数日でも! 沢山、沢山守ってくれた。体を張って助けてくれた恩人なのよ。良いところも悪いところもいっぱい見てきた。だから断言するわ。彼は強い人。私の知るどんな人よりも! たかだか何度かの死で変わる程ヤワなはずが無い!」
「自分の見込み違いだったら?」
「それは自分の見る目がなかった。それだけの話なだけよ。それに彼に救われた命。彼に奪われるならまだマシってやつよ」
そう言い切って、朝倉を正面から睨みつける。
ああ、いなくなった人間のことでなんでここまで熱くなっているのだろうか?
彼がそんな危ない人物だったとしても、最早関係ない。だって、彼はもう存在しないのだから……
涙が溢れそうになりつつも、毅然とした表情を保とうと顔面に力を込める。
そんな六花の姿を見て、朝倉は小さく、「はぁ」とため息をつき、再びメガネをかける。
「何?」
と、敵対的な態度を解かない六花に、朝倉は小さく微笑む。
「……いんや、モテないモテない騒いどった彼が、こんなにも愛されるようになったんやな。と思ってな」
先ほどの柔らかい表情に戻った彼女は、しかしどこか寂しそうにそうつぶやく。
「目的地、変更や。うん、打ち合わせ通りに。うん、おおきに」
そう、従者に伝えると、馬車が急に、曲がり始める。
目を白黒させる六花に、朝倉は微笑みかける。
「ごめんなぁ。今、上からメールあってな。これから行く屋敷なんやけど、警備に不備があったようなんねん。代わりに、信用できる人のお宅を借りることになったけど、ええ?」
否定する要素もないので、六花は、こくんと首を縦に振る。
そして、2時間程馬車を走らせて、たどり着いたのはボロボロの屋敷だった。
館の表面には蔦が生え、庭は雑草が生い茂り、よく見ると植物系のモンスターまで生えている。
窓ガラスは所々割れており、蜘蛛の巣が貼っているのがわかる。
何というか人が住んでいるとは思えない場所だ。
「えと、本当にここ?」
先ほどの反抗で朝倉の気を悪くさせてしまったのだろうか?
しかし、朝倉は、困ったような笑みを浮かべるだけだ。
「元々、ズボラな人だったんやけど、しばらくこの屋敷開けててなぁ。更に悪化してもーた。最近、戻ってきたみたいやけど、戻ってきた時とたいしてかわらんなぁ。ほんま、なにやってんだか」
少し怒ったような表情を浮かべる六花。
「……要人を泊める屋敷の状況。確認取らなかったのですか?」
馬車を動かしていた従者が、ちくりというと、朝倉が冷や汗をダラダラとかきはじめる。
内心失敗した、とでも思っているのかもしれない。
「ま、まぁ、多分、六花ちゃんと気が会うと思うから、頑張ってや」
そういって、馬車に戻ろうとする。
「え?中まで案内してくれるんじゃ……」
「うんや、うちの出番はここまで、あ、鍵はポストの下に貼り付けてあるから」
そう言って、手をヒラヒラさせ、そして……
「そうそう、言い忘れとった」
朝倉が振り返り、優雅に一礼する。
「円卓の国、神奈川へようこそ。我々はあなたを歓迎します」
◆◇◆◇◆
扉を開ける。
そこは外装と変わらないうす暗い玄関だった。
蜘蛛の巣が張り巡らされ、とても人が住んでいるとは思えない。
歩くと、廊下がギシギシと軋む。
「ごめんください!」
返事はない。仕方がなく、奥へと足を進める。
うす暗い廊下。しかし、見えないことも無い。
一番、大きな廊下を歩き、その先の扉を開くと……
眩い光が降り注ぐ。
光になれ、目を開けると、そこに広がるのは庭園。
どうやら中庭のようだ。しかし、そんなことは目の前の光景の前ではどうでもいい。
「わぁ」
自然と感嘆の声があがる。
この屋敷の古さも計算されているのではないか、という程、完成された庭園。
隅からは水が流れ池を作り、そこに魚が泳いでいる。石柱には蔦が生え、その周りには赤や黄と様々な花が咲き乱れている。
ここの家主のセンスの良さがよく現れている。
見ると隅には、ポツン、と椅子とテーブルが置かれており、テーブルの上には読みかけの本と、まだ少し暖かい紅茶が置かれている。
どうやら、家主は少し前までここで読書をしていたようだ。
ふと、気になって読みかけの本の表紙を見る。
そこに書かれているのは……
『これで、あなたもリア充に! パーフェクト、リア充生活ガイド2016』
フリーズする。
読みかけのページには……
『不遇職を選んでしまった、そんなあなただからできる意中の子を落とす必勝法』
と、いう欄にはこれでもか、というくらい赤線が引かれている。
何というか、知り合いが読んでいそうな本だ。
具体的に言うと、少し前に出会ったモテないと騒いでいて、だけど、とても鈍感だった。あの……
「あー、ごめんごめん。さっき、朝倉から人を一人預かってくれって急に言われて、全く準備してなくてさ。いま買い出しに……」
バタバタと音を立てて、聞き覚えのある声が耳を打つ。
幻聴だろうか?そうに違いない。だって、その声の主は……
振り返る。
そこには、沢山の荷物を抱えて、ぽかんとしている間抜け顔。
見覚えがある。忘れるはずがない。自分の好きな男の顔を忘れることなどできるはずがないのだ。
「……六、花」
なんで、と男は呟く。なんで、と言いたいのはこちらだ。
死んだのではないのか?
生きていたなら何故、自分に会いに来てくれなかったのか?
様々な感情が渦巻き、だけど……
彼の胸に飛び込む。彼の抱える荷物が落ちて音を立てる。
だけど、関係ない。ただ、彼の胸を涙で濡らす。
「約束、したでしょ」
「ごめん」
彼の手が六花の頭を撫でる。温かい手、その手の温度にほっとしながら、しかし涙は止まらない。
「勝手に死んだら、駄目だから」
「ごめん」
「ごめんごめんばっか、もう、いい」
涙で歪んだ顔。人様に見せられる状態ではない。だけど……
「約束、果たさなきゃ……」
揺れる鼓動が彼女を後押しする。
彼女の影が踵が浮く。
彼の影とゆっくりと重なり合い、そして……
こうして、二人は再び出会う。
ドラマのように決まらない再会だったが、ある意味彼ららしいと言えるかもしれない。
……筆者は男です。なのに、何故女視点?
ホモでもないです。本当です。
ともあれ、残り一話です。




