第一話
■この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
戦国日本軍
https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
戦国日本軍リメイク
https://ncode.syosetu.com/n7441hl/
■この作品は拙作「サレ夫が神様転移で異世界へ!〜マッドなサイエンティストな部下や可愛い未亡人と一緒に、チートな要塞でまったりスローライフ建国記〜」を全面改稿して執筆しております。それに伴い旧作「サレ夫~建国記」は更新を停止しております。
昭和二十年(1945年) 八月十四日
静岡市 榛原郡 相良村 相良衛戍地 仮設滑走路
第334独立混成連隊 連隊長 櫻井五郎
「大佐殿。来ます」
連隊副官の乾宗谷中尉が、双眼鏡から目を離さずに言った。
相変わらず無表情で事務的な男だ。部下たちからは“氷の副官”なんて呼ばれて恐れられているらしいが、能吏としては実に優秀だ。こういう融通の利かない実務家が側にいてくれると、組織を回すのが本当に楽になる。もう少し愛嬌があれば言うことは無いんだがな、贅沢は言うまい。
俺は無言で頷くと、軍衣の胸ポケットから恩賜の煙草を一本引き抜いた。だが、マッチは擦らない。というか、擦れるわけがないのだ。この遠州・相良の深い谷間には地下一五〇〇メートルから汲み上げられる原油の甘だるい匂いとか、硫酸プラントから漏れ出す亜硫酸ガス、それに七百頭の軍馬の糞尿を発酵させている硝石丘の猛烈なアンモニア臭が常に澱んでいる。時と場合によっては静電気一つでドカンと行く、文字通りの火薬庫なのだ。火のついていない煙草を口にくわえ、手持ち無沙汰に上空を見上げるしかない。
夏の陽炎が立ち込める谷底の未舗装の直線道路。両脇の茶畑に偽装された防空網が左右に引き払われ、むき出しになった長さ約四百メートル、幅は滑走路としては異様に狭いわずか十五メートルの代用滑走路に向けて、三つの機影が進入してくるのが見えた。
先頭を下るのは、ずんぐりとした高翼単葉の機体、三式指揮連絡機だ。フラップを限界まで下げ、まるで空中に静止しているかのような異様な低速で滑り込んでくる。かつて陸軍空母『あきつ丸』で運用するために開発したという変態的な短距離離着陸性能は伊達ではないな。接地したかと思うと、数十メートルも転がらないうちに土煙を上げてピタリと停止した。大したものだ。
それに続くように、固定脚の九八式直接協同偵察機――いわゆる九八直協が二機、これもまた急降下爆撃機さながらの無茶な角度で突っ込み、見事な三点着陸を決めた。普通の操縦員なら間違いなく大破している。
くわえた煙草を噛み潰しながら、俺は思わず乾いた笑い声を上げてしまった。
「やはりベテランは違うな。見事な腕だ。あれで性格さえ普通なら、今頃は特攻隊で綺麗な散華を遂げていただろうにな」
世辞を言ったつもりは無い。真実だ。
つい先月、この守備隊に配属される予定だった同じ九八直協の二機は、折からの突風に煽られて着陸に失敗した。操縦員一名が戦死、残りの三名も重傷を負ってここの衛戍病院に入院中だ。学徒出陣で特操(陸軍特別見習士官)での短期教育を受け、操縦員資格を取ったばかりの若者たちだった。
その二ヶ月前には、グラマンに追われて穴だらけになった四式戦が緊急着陸に失敗して横転大破、操縦員は死亡した。調べた機体は一発も射撃していなかった。いや、させてさえもらえなかったのだろう。操縦員はやはり特操出身の若者だった。
それと比べるのは彼らに失礼か、それとも若者たちが哀れか。
他には油圧異常で緊急着陸して大破全損した一式双練とか、墜落寸前で降りてきて修理不能の残骸扱いになった一式戦――いわゆる隼だな。そんなのばかりがこの滑走路に滑り込んできた。
無事に降りてきたのは、原隊から追い出された操縦員を乗せた「赤とんぼ」や一式双練くらいだ。つまり、ここに来る連中はどいつもこいつも曰く付きというわけだ。
降りてきた機体を曳いて、崖をくり抜いて構築された真新しい掩体壕へと、機体を押し込む整備兵たちの姿が見える。彼らもつい一時間ほど前に、自動貨車いっぱいに積まれた予備部品の山と共にこの衛戍地へ来たばかりだ。
機体から降り立ったのは、噂通りの陸軍航空隊の厄介者たちだった。
九八直協の一番機から降り立ったのは如月響大尉。味方の損害を無視した毒ガス使用計画を批判して、教導飛行隊司令部に殴り込みをかけ、ここに左遷されてきた。
二番機の操縦員は赤星剛曹長。上官への暴行事件を繰り返す札付きの男だ。
三式指揮連絡機の操縦員は山形友吉特務少尉、偵察席の控えは福島明彦准尉。どちらも支那戦線帰りのベテランだが、基地司令の特攻の指示に悪態をついて拒否した経緯を持つ反骨ものだ。
彼らを迎え入れているのは、整備不良の特攻機に対して“どうせ死ぬ奴が乗る機体だ”と言い放った若手エリート参謀を、モンキーレンチで本気で殴り殺そうとしたという逸話を持つ鳶沢源太特務曹長。スパナ一本で発動機の無い機体でも飛ばすと言われる整備の神様だ。彼の配下の整備隊には野整備隊出身者や航空整備学校の助教を務めた奴らがゴロゴロいる。とびきりの腕利きたちだ。
その後ろには、先日一式双練から追い払われるように降りてきた風間中尉をはじめとする予備操縦員が数人、顔見知りなのだろうか手を振って迎えている。
皆、筋金入りの狂犬と職人たちである。
「よく来たな歓迎するぞ。ようこそ、この帝国陸軍最大の姥捨山へ」
掩体壕に歩み寄り、油まみれの飛行服を着た彼らに向かって俺は声をかけた。
「私は第三三四独立混成連隊長、櫻井五郎大佐だ。貴様らが原隊でどんな問題を起こしたかは知らん。だが、この相良では一つだけ絶対のルールがある。タバコを吸いたければ指定の場所に行け。それ以外で火を使えば、貴様らだけでなく、この谷全体が消し飛ぶぞ」
鳶沢特務曹長が、いぶかしげに周囲を見渡した。
「大佐殿……ここは一体、一体何なんです? 我々は『燃料の心配だけはしなくていい場所に送る』とだけ言われて押し込まれたんですが」
「言葉通りの場所だよ。あそこを見ろ」
俺が顎でしゃくった先、茶畑の斜面が不自然に隆起している場所がある。
先月、工兵隊がダイナマイトと鶴嘴で掘り抜き、完成させたばかりの大深度地下タンク群だ。防爆処理が施された多重殻構造の中に、一〇〇〇キロリットル級のタンクが三基、計三〇〇〇トンの燃料が眠っている。その奥には、シーソー式石油汲上機――ポンピングジャックが単調な金属音を響かせながら上下運動を繰り返し、高さ十五メートルの精留塔が蜃気楼の中に黒々とそびえ立っていた。
「ここには、貴様らの機体を百年飛ばし続けてもお釣りが来るほどの航空揮発油が地下で眠っている。水よりガソリンの方が手に入りやすい、イカれた箱庭だ」
驚愕に目を見開く航空隊の連中を残し、俺は踵を返した。
---
昭和二十年(1945年) 八月十四日
連隊本部 第334独立混成連隊 連隊副官 乾宗谷
大佐殿が軍管区司令部からの暗号電報を読んでいる。
時折眉を寄せることもあれば、冷ややかな笑みを浮かべることもある。眉を寄せるのは、電報の無味乾燥な文面の所為かもしれない。大佐殿は陸軍大学校を恩賜の軍刀を拝受して卒業された俊才だが、およそ軍人らしくない冷笑的な合理主義者として有名だ。笑みを浮かべているから、文の内容は戦況の悪化といった類の報せではないのだろう。いや、大佐殿にとっては別の意味で「良い報せ」なのかもしれないが……。
「大佐殿、良き報せにございますか?」
俺が訊ねると、大佐殿はフッと鼻で笑って、電報を机に放り出した。
「『明十五日正午、畏クモ天皇陛下ノ重大ナル放送アリ。全将兵ハ各所ニテ謹聴スベシ』――だとさ。どう思う、乾?」
重大なる放送。陛下自らの玉音。それが何を意味するのか、大佐殿の頭脳を使わずとも、俺のような凡庸な事務屋にも理解できた。終わるのだ。この馬鹿げた戦争が。紙面を睨みつけたまま、大佐殿が小さく息を吐いた。
大佐殿は今年で四十五歳になる。四十三歳で大佐に昇進し、同期の中では間違いなくトップエリートを走っていた「上がり目」の将校だった。少なくとも、五年前のあの日までは。四十歳の誕生日の翌朝、大佐殿は妻が自宅のベッドで、真っ白な海軍の第二種軍装を脱ぎ捨てた若い大尉と肌を重ねているのを目撃してしまった。刃傷沙汰にする気すら起きなかったらしい。ただ冷え切った声で離縁状を叩きつけ、それ以来、大佐殿の出世コースは微妙に歯車が狂い始めた。陸軍上層部も、家庭に瑕疵のある者を中央の要職には置きにくかったのだろう。
そして昨年末、一粒種の十九歳の御子息がフィリピン沖で特攻により戦死した。息子を笑顔で送り出した自分自身の欺瞞と、私生活を壊した海軍への憎悪、そして国体という機構そのものに対するシニカルな冷笑が、大佐殿の腹の底にこびりついて離れない。俺はそのすべてを知っているが、口には出さない。それが副官の務めだ。
窓の外からは、夜間も稼働し続ける製油所の微かな重低音が響いてくる。この相良の五千名は、大日本帝国の矛盾をそのまま煮詰めたような存在だった。
相良守備隊、または大佐殿の名前を取って櫻井支隊と呼ばれるこの独立混成連隊は、どこか歪んだ精鋭部隊だ。
戦車や砲兵を大隊規模で複数抱え、衛戍地の後方部隊を実質的に丸呑みし、総人員五千人を超える連隊。本来であれば混成旅団と呼ばれるべき規模だが、昭和二十年の帝国陸軍は、規定通りの美しい編制など組める状況にはなかった。
この相良油田という「帝国最後の生命線」を死守するため、軍上層部が書類上は「一個連隊」の枠組みのまま、かき集めた戦車部隊や重砲部隊を「配属」「増強」という名目で次々と押し込んだ結果、名前は連隊だが、実態は旅団以上の火力を誇る化け物部隊が誕生した。
ここには兵器や車両の修理工場や大量の弾薬を保管する兵器補給廠の出張施設から衛戍病院、飼料と燃油の補助のための農園、しまいには航空隊まで派遣されている。何という贅沢な精鋭部隊だろうか。
だが、内実は実に歪だ。
最新鋭の三式中戦車や一式半装軌装甲兵車を並べながら、原油の組成からガソリンは腐るほどあるのに軽油が足りないため、兵士たちは二十ヘクタールの農園で栽培したトウゴマから絞ったひまし油を灯油に混ぜて無理やりエンジンを回している。
その横では、上半身裸の兵士たちが石臼を挽いている。全分隊に軽機二挺と擲弾筒一門――自動車化によって帝国陸軍が初めて手にした、火力優先の歩兵大隊。その屈強な兵士たちが、七百頭の軍馬の糞から作った硝石と木炭を泥臭く粉砕しているのだ。指揮を執るのは京都帝大出身の学徒将校。彼らが製造している黒色火薬は、予備兵器である幕末の青銅砲「四斤山砲」や、明治陸軍の「村田銃」に食わせるためのものであった。
他部隊の兵士たちが、血眼になって泥まみれの松の根を掘り返し、煤だらけになって一滴の粗悪な油を絞り出し、水のような雑炊をすすりながら文字通りの飢えと絶望に骨を浮き立たせているというのに、ここに駐屯する兵士たちは、近隣から自給した海の幸と、十分以上にため込んだ飯を喰らい、製油所から湯水のように供給される上質な軽質油で焚いた大浴場に毎日どっぷりと浸かって汗を洗い流している。酒保でふかし芋をかじり、余るほどの弾薬と燃料に囲まれて暮らしているのだ。
規制の強い場所と規制の緩い場所、どちらが効率的かといえば、当然だが一箇所に資源を集中させた方が物は回る。だが、外部からの補給がなくても最低十年間は戦えるこの完全自給の鉄と油の要塞は、同時に、兵士たちの血肉をすり潰して稼働する巨大な箱庭でもあった。先週も、潤滑油精製プラントの硫酸洗浄槽のバルブが吹き飛び、作業員三名が頭から濃硫酸を被って溶けた。彼らの遺体は谷の奥にひっそりと埋められ、書類上の「損耗」として処理された。死による贖罪を求める者たちの血と汗が、この狂った油田要塞を回しているのだ。それを大佐殿は冷徹に見つめている。
「……終わるのか。すべてが」
コップの底に残った酒を飲み干し、大佐殿が呟いた。
「『国体護持』『一億玉砕』を本気で信じ、竹槍でも戦車に勝てるとわめく皇道派の残党のような将校たちは、明日の昼、放送を聞いてどう狂うだろうな。割腹自殺か、それとも徹底抗戦を叫んでこの要塞に立て籠もるか。どちらにせよ、俺の仕事は彼らを犬死にさせず、この泥と油の城を無事に進駐軍に明け渡すことだ。アメリカの査察団は、この時代錯誤な自給自足要塞を見て腹を抱えて笑うだろうな」
大佐殿はそう言って冷たく笑った。だが、その瞳の奥にある深い虚無を、俺は恐ろしいと思うことがある。
そして、夜が明けた。
---
昭和二十年(1945年) 八月十五日
相良衛戍地 練兵場 櫻井五郎
昭和二十年八月十五日、午前十一時三十分だ。暑さで頭がやられそうだ。雲一つない灼熱の夏空の下、相良要塞の練兵場や各兵舎の前には、第三三四独立混成連隊の全将兵五千名が整列していた。軍服に汗を滲ませ、誰もが押し黙っている。広場の中央、木箱の上に据えられた大型の受信機の前に、俺と幕僚たちが立っていた。
時計の針が、十一時五十分を回る。兵士たちの間には異様な緊張感が漂っている。敵本土上陸に備えた最後の号令だと信じて目を血走らせている者、どこか諦観したような顔をしている者。支配者層の都合で始められた戦に付き合わされる兵卒こそ、いい迷惑だな。遠くでお気に入りの最新鋭の戦車に備え付けられた空冷ディーゼル機関が、ひまし油混じりの不完全な排気ガスを吐き出しながらアイドリングを続けている。コンビナートの心臓部からは、変わらず規則正しいポンピングジャックの稼働音が響いていた。この音を聞くと少し落ち着く。
午前十一時五十七分、いや、十一時五十八分だ。通信中隊の真田慧大尉率いる通信兵が受信機のダイヤルを微調整し、JOAK(東京放送局)の周波数に合わせた。ザザッ、というノイズの向こうに、時報を待つ微かな気配が混じる。いよいよだな。
「……総員、気をつけ」
俺の低く通る声に、五千の軍靴が同時に鳴った。見事なものだ。これだけの精鋭を犬死にさせずに済むのなら、敗戦も悪くない。そう思っていた。
午前十一時五十九分。
その瞬間だった。ラジオのノイズが、唐突に「消えた」
電源が落ちたのではない。空間から「音」という概念そのものが吸い取られたような、絶対的な無音。谷底に響き渡っていたはずの戦車のエンジン音も、製油所の重低音も、七百頭の馬のいななきも、夏の蝉時雨すらも、鼓膜の奥から完全に消失したのだ。耳が痛くなるような静寂。何だ? 何が起きている?
俺が空を見上げたとき、太陽の光が、不自然なほど赤く歪んでいた。まるで血のようだ。まわりの景色がぐにゃりと歪み、足元の地面が頼りなく揺れるのを感じた。
何かが、根本的に狂った。
玉音放送が流れるはずだったその日の正午。大日本帝国の狂った独立王国は、その巨大な質量もろとも、歴史の表舞台からも裏舞台からも、完全に「蒸発」した。いや、どこか別の場所に引っ張り出された、と言うべきか。
やれやれ、戦争が終わると思ったのに、これでは予定が狂ってしまうな。焦らずゆっくり行こう、と言いたいところだが、どうやらそうもいかないらしい。
(第一話了)
最後までお付き合いいただき感謝します。
気に入っていただけたら、ページ下部よりブックマークとポイント評価をお願いします。
宜しければこちらもどうぞ
「南山共和国建国史シリーズ」
https://ncode.syosetu.com/s0124k/
ご興味がある方はご一読くださいませ。




