『天才の妹と落ちこぼれの兄』
俺の妹は天才だ。
《中央探索学園》一年。
入学から数ヶ月で学年上位に食い込み、次代のエース候補とまで呼ばれている。
紫乃宮紅音。
それが、俺の双子の妹の名前だ。
一方で俺――紫乃宮深樹は、学園でも有名な落ちこぼれだった。
能力は支援型。
しかも、一人しか支援できない低ランク能力。
実戦評価も低い。
座学も平均。
ついでにやる気もないように見えるらしい。
おかげで最近は、
『なんであの天才の兄があれなんだ?』
なんて陰口まで聞こえてくる。
……まあ、否定はしない。
実際、学園の成績だけ見れば、紅音のほうが圧倒的に優秀だ。
ただ――妹だけは違った。
「お兄ちゃん」
訓練場へ向かう廊下。
前を歩いていた紅音が、ふいに立ち止まって振り返る。
艶のある黒髪が揺れ、整った顔立ちがこちらを見上げた。
学園でも有名な美少女。
しかも一学年トップクラスの実力者。
廊下を歩く生徒たちの視線が自然と集まるのも無理はない。
そんな中、紅音は少しだけ不満そうに口を開いた。
「今日はちゃんと本気出してね」
「嫌だよ。面倒くさい」
即答だった。
今日の授業は一年合同の模擬戦訓練。
生徒同士でチームを組み、教官監督のもと戦闘を行う実戦形式の授業だ。
だが俺としては、適当に流して終わる予定である。
「またそういうこと言う……」
紅音は呆れたようにため息を吐いた。
「どうせお兄ちゃん、今日も適当に負けるつもりなんでしょ?」
「平和的解決って言ってほしいな」
「ただやる気ないだけじゃん」
ひどい言われようだった。
だが反論できない辺り、自覚はある。
「別に目立つ必要ないだろ」
「お兄ちゃんはもっと評価されるべきなの」
「十分されてるよ。“妹のついで”って感じで」
「それが嫌なの!」
珍しく紅音が強めに言った。
周囲の生徒が驚いたようにこちらを見る。
だが紅音は気にしない。
真っ直ぐ俺を見ていた。
「……お兄ちゃんは、そんなもんじゃないもん」
その言葉だけは、
妙にまっすぐで。
だからこそ俺は、小さく苦笑する。
「紅音だけだよ。そんなこと言うの」
実際、その通りだった。
学園の誰も知らない。
俺が本気で戦ったところなんて。
知っているのは、
昔、一緒にダンジョンで死にかけた紅音だけだ。
――その時だった。
『一年生は管理ダンジョン前へ集合してください』
校内アナウンスが響く。
同時に、廊下の空気が少しだけ慌ただしくなった。
「始まるね」
紅音が小さく息を吐く。
窓の外には、学園中央にそびえる巨大な白い塔が見えていた。
《中央探索学園》管理ダンジョン――《白楼》。
一年生はまだ浅層しか許可されていないが、それでも毎年死人が出る。
この世界において、
探索者は常に死と隣り合わせだ。
「……怪我するなよ」
なんとなくそう言うと、紅音は少しだけ呆れた顔をした。
「それ、普通は私のセリフなんだけど」
「俺、支援型だから」
「ほんと、そういうところ!」
紅音は半眼でこちらを見た後、ふっと笑った。
「まあいいや。今日はちゃんと見てるから」
「なにを?」
「お兄ちゃんがまた無茶しないか」
その言葉に、思わず視線を逸らす。
……どうも昔から、
紅音には隠し事が通じない。
そんなことを考えているうちに、訓練場の扉が見えてきた。
既に多くの一年生が集まっている。
その中には、俺を見て露骨に笑う奴もいた。
「あ、来たぞ。天才様のお兄様」
「今日も速攻で落ちるんじゃね?」
「支援一人だけとか、実質ハズレ能力だろ」
聞こえるように言ってくる辺り、隠す気もないらしい。
だが俺は気にせず、そのまま訓練場へ入る。
……まあ、
別に間違ってはいない。
普段の俺だけ見れば、
そう思われても仕方ないのだから。
訓練場の中央では、既に教官が待機していた。
黒い戦闘コートを羽織った長身の男。
二年時の実戦担当教官――篠崎蓮司。
元上級探索者であり、深層ダンジョンから単独帰還した経験を持つ数少ない人間だ。
鋭い目つきで周囲を見渡しながら、篠崎教官は低い声を響かせた。
「整列」
一瞬で空気が張り詰める。
さっきまで騒いでいた生徒たちも慌てて列へ並んだ。
俺も適当に最後尾へ向かおうとして――。
「お兄ちゃんこっち、こっち」
紅音に腕を引かれた。
「いやなんで?」
「チーム一緒だから!」
「聞いてない…」
「今決めた!」
横暴だった。
周囲がざわつく。
「え、紫乃宮さんと?」
「マジかよ」
「完全に足引っ張るだろ……」
聞こえているが、紅音は完全に無視していた。
むしろ少し不機嫌そうですらある。
……妹よ、機嫌が顔に出てる。
「本日の訓練は模擬ダンジョン戦闘」
篠崎教官が大型モニターを操作する。
訓練場中央の地面が振動し、立体映像が展開された。
岩場。
崩れた通路。
薄暗い洞窟。
学園管理区域の再現マップだ。
「これより各チームには模擬モンスター討伐を行ってもらう」
同時に、複数の光点がマップへ浮かび上がる。
「制限時間は三十分。撃破数、連携、戦闘内容を総合評価する」
周囲の空気が一気に変わった。
緊張。
興奮。
闘志。
いかにも探索学園らしい空気だった。
「ではチームを発表する」
次々と名前が呼ばれていく。
攻撃型能力者。
防御型。
索敵型。
バランス良く組まれている。
そして――。
「紫乃宮紅音。紫乃宮深樹。九条隼人」
「……は?」
前方から露骨に嫌そうな声が聞こえた。
振り返ると、金髪気味の短髪男がこちらを見ていた。
九条隼人。
一年でも上位クラスの攻撃型能力者だ。
能力は雷撃系。
実力も高く、紅音に対抗心を燃やしていることで有名だった。
「なんで俺がそいつと組まされるんですか、教官」
「文句なら編成AIに言え」
「絶対ハズレでしょ……」
遠慮がない。
だが篠崎教官は興味なさそうに続けた。
「支援型は貴重だ。贅沢言うな」
「一人支援しかできない支援型ですよ?」
「それでも支援は支援だ」
九条は露骨に舌打ちした。
そして俺を見る。
「なあ、お前さ」
「ん?」
「悪いけど足引っ張んなよ」
その瞬間。
隣の紅音の空気が、少しだけ冷えた。
「……九条くん」
「あ?」
「お兄ちゃんのこと、ちゃんと見てから言ったほうがいいよ」
静かな声だった。
でもなぜか、
九条の表情が一瞬だけ引きつる。
たぶん本能だ。
紅音は普段あまり怒らない。
だからこそ、
本気で怒りかけた時の圧が重い。
「……いや、別に悪気は」
「あるでしょ絶対」
「紅音」
俺が軽く止めると、紅音は不満そうに口を閉じた。
その様子を見て、九条が小さく眉をひそめる。
「なんなんだよお前ら……」
……まあ、
普通そうなる。
学園トップクラスの紅音が、
落ちこぼれ扱いの俺をここまで信用している理由なんて、誰にも分からない。




