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『妹だけが俺の強さを知っている』  作者: ミキ


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1/5

『天才の妹と落ちこぼれの兄』

俺の妹は天才だ。

 《中央探索学園》一年。

 入学から数ヶ月で学年上位に食い込み、次代のエース候補とまで呼ばれている。

 紫乃宮紅音。

 それが、俺の双子の妹の名前だ。

 一方で俺――紫乃宮深樹は、学園でも有名な落ちこぼれだった。

 能力は支援型。

 しかも、一人しか支援できない低ランク能力。

 実戦評価も低い。

 座学も平均。

 ついでにやる気もないように見えるらしい。

 おかげで最近は、

『なんであの天才の兄があれなんだ?』

 なんて陰口まで聞こえてくる。

 ……まあ、否定はしない。

 実際、学園の成績だけ見れば、紅音のほうが圧倒的に優秀だ。

 ただ――妹だけは違った。

「お兄ちゃん」

 訓練場へ向かう廊下。

 前を歩いていた紅音が、ふいに立ち止まって振り返る。

 艶のある黒髪が揺れ、整った顔立ちがこちらを見上げた。

 学園でも有名な美少女。

 しかも一学年トップクラスの実力者。

 廊下を歩く生徒たちの視線が自然と集まるのも無理はない。

 そんな中、紅音は少しだけ不満そうに口を開いた。

「今日はちゃんと本気出してね」

「嫌だよ。面倒くさい」

 即答だった。

 今日の授業は一年合同の模擬戦訓練。

 生徒同士でチームを組み、教官監督のもと戦闘を行う実戦形式の授業だ。

 だが俺としては、適当に流して終わる予定である。

「またそういうこと言う……」

 紅音は呆れたようにため息を吐いた。

「どうせお兄ちゃん、今日も適当に負けるつもりなんでしょ?」

「平和的解決って言ってほしいな」

「ただやる気ないだけじゃん」

 ひどい言われようだった。

 だが反論できない辺り、自覚はある。

「別に目立つ必要ないだろ」

「お兄ちゃんはもっと評価されるべきなの」

「十分されてるよ。“妹のついで”って感じで」

「それが嫌なの!」

 珍しく紅音が強めに言った。

 周囲の生徒が驚いたようにこちらを見る。

 だが紅音は気にしない。

 真っ直ぐ俺を見ていた。

「……お兄ちゃんは、そんなもんじゃないもん」

 その言葉だけは、

 妙にまっすぐで。

 だからこそ俺は、小さく苦笑する。

「紅音だけだよ。そんなこと言うの」

 実際、その通りだった。

 学園の誰も知らない。

 俺が本気で戦ったところなんて。

 知っているのは、

 昔、一緒にダンジョンで死にかけた紅音だけだ。

 ――その時だった。

『一年生は管理ダンジョン前へ集合してください』

 校内アナウンスが響く。

 同時に、廊下の空気が少しだけ慌ただしくなった。

「始まるね」

 紅音が小さく息を吐く。

 窓の外には、学園中央にそびえる巨大な白い塔が見えていた。

 《中央探索学園》管理ダンジョン――《白楼》。

 一年生はまだ浅層しか許可されていないが、それでも毎年死人が出る。

 この世界において、

 探索者は常に死と隣り合わせだ。

「……怪我するなよ」

 なんとなくそう言うと、紅音は少しだけ呆れた顔をした。

「それ、普通は私のセリフなんだけど」

「俺、支援型だから」

「ほんと、そういうところ!」

 紅音は半眼でこちらを見た後、ふっと笑った。

「まあいいや。今日はちゃんと見てるから」

「なにを?」

「お兄ちゃんがまた無茶しないか」

 その言葉に、思わず視線を逸らす。

 ……どうも昔から、

 紅音には隠し事が通じない。

 そんなことを考えているうちに、訓練場の扉が見えてきた。

 既に多くの一年生が集まっている。

 その中には、俺を見て露骨に笑う奴もいた。

「あ、来たぞ。天才様のお兄様」

「今日も速攻で落ちるんじゃね?」

「支援一人だけとか、実質ハズレ能力だろ」

 聞こえるように言ってくる辺り、隠す気もないらしい。

 だが俺は気にせず、そのまま訓練場へ入る。

 ……まあ、

 別に間違ってはいない。

 普段の俺だけ見れば、

 そう思われても仕方ないのだから。

訓練場の中央では、既に教官が待機していた。

 黒い戦闘コートを羽織った長身の男。

 二年時の実戦担当教官――篠崎蓮司。

 元上級探索者であり、深層ダンジョンから単独帰還した経験を持つ数少ない人間だ。

 鋭い目つきで周囲を見渡しながら、篠崎教官は低い声を響かせた。

「整列」

 一瞬で空気が張り詰める。

 さっきまで騒いでいた生徒たちも慌てて列へ並んだ。

 俺も適当に最後尾へ向かおうとして――。

「お兄ちゃんこっち、こっち」

 紅音に腕を引かれた。

「いやなんで?」

「チーム一緒だから!」

「聞いてない…」

「今決めた!」

 横暴だった。

 周囲がざわつく。

「え、紫乃宮さんと?」

「マジかよ」

「完全に足引っ張るだろ……」

 聞こえているが、紅音は完全に無視していた。

 むしろ少し不機嫌そうですらある。

 ……妹よ、機嫌が顔に出てる。

「本日の訓練は模擬ダンジョン戦闘」

 篠崎教官が大型モニターを操作する。

 訓練場中央の地面が振動し、立体映像が展開された。

 岩場。

 崩れた通路。

 薄暗い洞窟。

 学園管理区域の再現マップだ。

「これより各チームには模擬モンスター討伐を行ってもらう」

 同時に、複数の光点がマップへ浮かび上がる。

「制限時間は三十分。撃破数、連携、戦闘内容を総合評価する」

 周囲の空気が一気に変わった。

 緊張。

 興奮。

 闘志。

 いかにも探索学園らしい空気だった。

「ではチームを発表する」

 次々と名前が呼ばれていく。

 攻撃型能力者。

 防御型。

 索敵型。

 バランス良く組まれている。

 そして――。

「紫乃宮紅音。紫乃宮深樹。九条隼人」

「……は?」

 前方から露骨に嫌そうな声が聞こえた。

 振り返ると、金髪気味の短髪男がこちらを見ていた。

 九条隼人。

 一年でも上位クラスの攻撃型能力者だ。

 能力は雷撃系。

 実力も高く、紅音に対抗心を燃やしていることで有名だった。

「なんで俺がそいつと組まされるんですか、教官」

「文句なら編成AIに言え」

「絶対ハズレでしょ……」

 遠慮がない。

 だが篠崎教官は興味なさそうに続けた。

「支援型は貴重だ。贅沢言うな」

「一人支援しかできない支援型ですよ?」

「それでも支援は支援だ」

 九条は露骨に舌打ちした。

 そして俺を見る。

「なあ、お前さ」

「ん?」

「悪いけど足引っ張んなよ」

 その瞬間。

 隣の紅音の空気が、少しだけ冷えた。

「……九条くん」

「あ?」

「お兄ちゃんのこと、ちゃんと見てから言ったほうがいいよ」

 静かな声だった。

 でもなぜか、

 九条の表情が一瞬だけ引きつる。

 たぶん本能だ。

 紅音は普段あまり怒らない。

 だからこそ、

 本気で怒りかけた時の圧が重い。

「……いや、別に悪気は」

「あるでしょ絶対」

「紅音」

 俺が軽く止めると、紅音は不満そうに口を閉じた。

 その様子を見て、九条が小さく眉をひそめる。

「なんなんだよお前ら……」

 ……まあ、

 普通そうなる。

 学園トップクラスの紅音が、

 落ちこぼれ扱いの俺をここまで信用している理由なんて、誰にも分からない。

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