第74話 一コマの独白W
「あ、あのぉー……俺って……ここに来る必要ありました?」
「当たり前だ。私はここで何があったのかを正確に把握するために来たのだぞ? 揉め事を起こした張本人が偶然いるっていうのに話を聞かないわけがないだろう」
「うぅっ……な、何で……何で今日はこんなに不幸が続くんだ……くそう……厄日だ……」
(え…………??)
立花つぼみは、この時――今までの人生で間違いなく最大といえる衝撃的な感覚を肌に感じ取っていた。
城才学園高校敷地内にある、大型のコンビニエンスストア前。
ただ生徒会の仕事で来ただけの、なんてことはない日常の一幕。
漫画の一コマにもならないような、そんな場面だなと。
この二人を、同時に目にするまでは――そう、思っていた。
「……何か文句でも?」
つぼみの左隣前に位置する男子――野内くんに対して、たった今この場に現れた二人のうちの――藍ちゃんではない、もう一人の女子生徒――マリー会長がキリッと冷えるような声を発する。
「いっ…………いえ、会長に会えて嬉しいなぁーと。あははは」
野内くんが言葉を返す。
「ならいい」
会長はそれだけ。
しかし――つぼみは思わず目を見開く。
とてもじゃないが、今、この感覚に驚きを隠せなかった。
(………………こ、この二人……あ、相性が……良すぎる!!!!!)
そう、思ったからだ。
会長の顔や言葉は依然として、野内くんに対し厳しい態度を取っているように見えるが……しかし。
つぼみには分かる。
マリー会長は、今の会話に非常に満足している、と。
――つぼみ自身、自覚していたことなのだが、彼女の能力を一般的に表すとするならば、つぼみは間違いなく天才などではない。
つぼみの才能とはつまり、人と人との相性を、波長を、繋がりを、ただただ自身の何となくの肌感だけで感じ取り、推し量る能力だ。
そんな感覚を感じ取れるようになったのは、幼少の頃よりその持てるルックスや性格の基準の高さゆえか、位置するポジションが常に上の方だったからだろう。
中学に上がる頃には、気づけば自然と身についていたように思う。
以前、初対面の際、藍が思ったように、ハッキリとした信憑性なんてものは本当に皆無であり、眉唾も眉唾な才能。
スポーツや学力、芸事なんかのように明確な数字や指標なんかももちろん無い。
だから、とてもじゃないが彼女自身、【縁結の天才】だとか中学で祭り上げられても全然実感は無かったし、そもそも「人間相性診断」だって、皆が占い的な感じですごい喜んでくれるから思ったことをそのまま言っていただけで、自分の診断結果なんて眉唾物なのになぁ、という気持ちで、言ってしまえば結構適当だった。
――しかし。
ほんの半年前、つぼみはその心境に大きな変化をもたらすことになる。
自分のこの「人間相性診断」は、もしかしたら本当に、結構イケてる感じの才能なんじゃないのか? ……と。
その契機は、理由は、単純明快。
立花つぼみは、この天才学園に――ノリだけで受けることになったこの私立城才学園高校に――なんとびっくり、見事合格してしまったからだ。
加えて言うならば、こうして無事入学後も何とかやっていけている。
何せ、様々な才能人を育み排出してきた名門高校だ。
もともと素直な性格のつぼみからすれば、自分の能力が評価されて入学できたに違いないと確信してしまっていたし、あのマリーからもきちんと評価されている今はもはや疑念を持つこともほとんどない。
さらにさらに……。
これはつぼみ自身も、他の誰一人だって未だに知らないこと、気付いていないことなのだが……。
つぼみのソレは――「人間相性診断」と呼ばれたその「縁結」は――この世のものとは思えないほどの結果を、今もなお残し続けていた。
何とその的中率……脅威の100%。
似たような才能人を例としてあげるのであれば、人の素養や相性なども見抜いてしまう審美眼を持ち合わせるあのマリーさえも、相性を観るという領域においては遥かに凌駕している。
中学時代、男女でつぼみの診断後に付き合い始めたカップルは今もなお、何の破綻もなく付き合っているし、同性であるならば、これ以上ないってほどに最高に親友をしている。反対に、相性のよくないカップルは確実に別れてしまっているし、親友ぶっていた人たちはトラブルで絶縁していたりと散々だ。
そんな、立花つぼみの「人間相性診断」。
彼女の肌感だけということと、適当にやっていたためか大雑把な判断にはなるが、その診断結果は大きく3つ。
1.バッチグー(相性最高、仲良くなろう)
2.普通(良いも悪いもない)
3.残念賞(素直に他の人と仲良くしろ)
人に診断を下す時は、これを柔らかく伝えるためにグーチョキパーで表現していた。
1.であればグー。2.であればチョキ。3.であればパー。といった具合に。
そして現在。
そんな……いわば「診断メンタル絶好調、相性良い人ドンと来い!」状態なつぼみが、目の前にいる野内蓮と桜崎茉莉伊の二人に診断結果を下すとするならば――。
(…………4……グーチョキパー…………)
――4つ目の診断結果。
『4.超&ベリー&グッドグッドグッド(神レベル)』
………………そう表す以外、他無かった。
(どどどどど、どどうしよう…………!!)
それゆえに。
つぼみは今、この感覚をどうするべきか、非常に判断しかねている。
その要因は言うまでもなく……つぼみ、蓮、マリー以外でこの場にいるもう一人の存在――野内藍にこそあった。
正確には藍に……というよりも、藍と蓮が付き合っているという事実に、だ。
(やっぱり…………言うべきじゃない、よね……?)
きっと、今のこのつぼみの状況を誰か第三者が見たのなら、こんなもの迷うことなく「言わない」一択だと、誰しもが思うことだろう。
――しかし。
そう、即決できない要因が……彼女――立花つぼみには、もうひとつ、あった。
その要因とは――。
つぼみがこの生徒会に入った際にマリー会長から託された、"あるお願い"にあった。
"
『立花、頼みがある。もし、今後の一年間で私と相性が良い人間を見つけたのなら、私に教えて欲しいんだ。仮に生徒会から私が退いたあとでも、な。……まぁ、もしよければだが……問題がないようなら是非頼まれてくれないか?』
『え、は、はい!! ……って、んえ? いや、でも会長? 会長ならそんなこと私に頼まずとも、ご自身で他人との相性ぐらい何となくお分かりになるのでは? ほら、初めてお会いしたときも確か……』
『それは私を買い被りすぎだ立花。私の場合、所詮は他人の能力を見定めて、勝手に彼我との相性を測っているだけのもの。他人との距離を測定しているようなものなのさ』
『え? ええっと……』
『自分の感じているものと何が違うのか分からない、か?』
『あ……は、はい……』
『はは、素直でいいじゃないか。ふーむ、ならば、そうだな……。上手く伝わると良いんだが……私の相性判定は正確かもしれないが、正解ではない、という感じなんだよ』
『正確だけど、正解じゃない……?』
『言葉遊びみたくなってしまっていて申し訳ないが、これが最も的を得てる回答だろう。先程も言っただろう? 私の場合、勝手に私が他人を評価して、私との距離を測って相性を診ている。他人と他人との相性を見る際も同様に、まず私が他人を評価して、私との能力的、性格的、思考的距離をそれぞれ勝手に測って、私を間に挟んだうえで相性を診ているんだ』
『なるほど……?』
『……まぁ、完璧に理解できなくてもいい。定規で他人との距離を正確に、キッチリと測っているとでも考えてみてくれ。そして立花。お前の場合は、私の正反対』
『え、正反対??』
『ああ、正反対だ。立花、お前は他人と他人との相性を診るとき、どのように……何をもって診断してる?』
『何をもって、と言われましても……ええっと……その……怒られるかもなんですけど……何となく……といいますか……』
『そう、そこなんだ』
『え、そこが何ですか!?』
『お前の場合、他人と他人との相性を「ただ何となく良さそうに思えた」だったり、「何かあんまり合わなさそう」であったりと、何の根拠も無く診ている。言ってしまえば、お前の相性診断は定規もモノサシも使っていない。だから決して正確ではないはずなのに、その場に適した正解を導き出しているってことなんだ』
『な、なんか……もしかしてつぼみ、凄い高評価……?』
『ああ、凄い高評価だとも。だからこうしてお願いをしているわけだ。さて、どうだ。引き受けてくれるか?』
『あ、あぁ……はい!! それはもちろん全力でやらせていただきます!! あ、でも……なんで会長と相性が良い人を探す必要が??』
『ああ、まぁ、それは……何だ……。いるかもわからん恋人探し……といったところだな』
『ええぇェッッ…………!?!? パパパパ、パートナーッッ!?!? かかか会長がこここ恋人探し!??』
『……う、うるさい!! 私だってちょっとは恥ずかしいんだぞ!!』
『しっ……失礼しましたッ!!』
『まったく……まぁそういうわけだから、このことはくれぐれも内密に頼む。……いいか? くれぐれも、内密に、だぞ?』
『……ははは、はいぃっっ!! 不肖立花つぼみ、肝に銘じておきまっす!!』
『あぁ、それと。目的が恋人探しだからといって対象を男子に絞る必要はないぞ? 残念ながら私は同性を恋愛対象にはできないが、相性が良い人間なら交友関係ぐらい是非とも持っておきたいものだからな』
『了解です!! そのことも肝に銘じておきます!!』
『そのうちお前の肝は私の言葉で埋め尽くされそうだな……』
"
思い出すのはそんな、マリーとの初々しい会話の記憶。
つまりつぼみは晴れて、マリーからの"お願い"をこうして達成できたわけである。
しかしながら……。
つぼみにとっては、あまりにも……あまりにも困る展開だった。
やっと見つけられたマリーとの運命の相性を持つ相手は――野内蓮。
よりにもよって、あの野内蓮だ。
1年10組のクラスメイトで、隣の席のそこそこかっこいい、天才すぎる男の子。
彼女あり。
そんな彼女の名前は野内藍。
同じく、10組のクラスメイトで生徒会。
蓮の前の席の女の子で、つぼみにとっては高校での親友とも呼べる存在。
(ぐぬぬぬぬぬ……)
つぼみは唸る。
そして蓮、マリー、藍の三人を順々に見てみる。
以前、藍に伝えたように、蓮と藍の相性は「グー」だ。
これ以上ないほどに相性が良いと、胸を張って断言できる。
いや……。
(相性は、良いはず……そう、なんだけど……!!)
この場合、断言できたと言い換えるほうが適切だった。
それほどまでに、マリーと蓮の相性というのは頭抜けている。
パズルで例えるとするならば、藍と蓮の場合はただ形がジャストマッチしているだけ。
一方、マリーと蓮の場合、その合わさったパズルの継ぎ目が見えなくなるほどの……そんな、完璧な組み合わせ以上の一体感を感じさせるのだ。
(つ、つぼみは一体、どうすれば……??)
親友に気を遣って黙っておくべきか、はたまたバカ正直に会長に伝えるべきか……。
(どうしようどうしよう……って、い、いや……待った待った……そ、そうだ……!! 会長にこれを伝えたからって、野内くんには既に藍ちゃんって彼女がいるんだし、何ら変なことにはならないじゃんか!!)
と、実は何らまずい状況ではないんじゃないかということに気がついた……その瞬間。
「さて、じゃあ俺たちも行くとしますか……って、あれどうかしたの二人とも」
つぼみの意識は、そんな呑気な声で現実に引き戻される。
考え込んでいて気が付かなかったが、すでに会長はコンビニの中へ足を進め始めていた。
その後を追おうとして足を止めた野内くんが振り返り、こちらへ声をかけてきたのだ。
(まったく……野内くんはこっちの気も知らないで……。ま、考えごとも杞憂だったみたいだし、それは良かったんだけど、さ)
そう思って、その呑気声にちょっとだけ安心したつぼみだった――が。
「い、いや……別に何でも、ないんだけど……」
(――――?? 今の、って……あ、藍ちゃん??)
つぼみと同じく足が動いていなかった藍の態度と声で……つい今しがた出たばかりの結論が、見事にひっくり返る。
見れば、明らかに彼女には不安と焦燥、それに……嫉妬? だろうか。自己嫌悪なんかも含まれているような……そんな気配がプンプンとしていた。
とにかく、見るからにいつもの毅然とした藍ではなかったのだ。
(まさか…………もしかして藍ちゃん……今の野内くんと会長を見て……?)
考えられるのは、それしかない。
(そ……そう来たかぁーー…………)
つぼみは心の中で頭を抱える。
今の彼女の反応は……言ってしまえば――病だ。
それも、かなりタチが悪い類の。
(これは…………言えなくなった、よねぇー…………)
そんな状態の藍の耳に少しでもこの診断結果が入ったらと思うと……つぼみはもう、とりあえずは黙っておく以外の選択肢を選べなくなってしまったのだった。
……それに。
「そ、そう……?」
見て分かるように、蓮自体はそれほどこういった事に聡くはない。
こんな明らかにおかしい藍に対して、キョトン顔である。
確かに彼は天才すぎる一面が強いが、意外に抜けている部分も多いのだ。
まぁつまり、何が言いたいのかというと……。
今診断結果を皆に伝えてしまったら、間違いなく藍は変になっていくだろうけど、この微妙にズレてる男では絶対にフォローできないだろうことは想像に容易いからやめておこう!――ということだ。
「で? つぼみんはどうかしたの?」
……ほら。
藍の変化が理解できず、こちらへ逃げるようにやってきた。
何でそんなに頭が良いのに、自分の彼女の心はケアできないんだろうか?
そう思うと、つぼみは何だか藍が蔑ろにされているような錯覚に陥り、やや冷たいトーンで言葉を返してしまう。
「……んーん。大丈夫。気にしないで」
「……そ、そう?」
「さ、じゃ行こっか。藍ちゃん」
「……あ、うん」
――つぼみは結局、この場で診断結果のことを口にすることは無かった。
この決断が今後、彼ら彼女らにとって吉と出るか凶と出るかは、誰も知らない――。
◇
「い、いや……別に何でも、ないんだけど……」
自分の口から出た、自分らしくもない態度と言葉に、戸惑いを隠せない。
いや、戸惑い……なんだろうか。
この気持ちは何なんだろう。
モヤモヤと頭の中に霧がかかっているかのような。
ズキズキと胸の奥底が針で突き刺されているかのような。
そんな、何とも曖昧で、不快なのかもあやふやな、奇妙な体験。
原因は……分かっている。
何故か、あの二人の会話を……姿を目の前にして、突然この感覚に陥ったのだ。
これは……まさか嫉妬?
何に対して?
…………会長に、対して?
短い自問自答の中で、藍は自分の中に眠る"その感情"の答えに近づいていく。
でも……。
まだ……見つからない。
きっと、心のどこかで答え自体は分かっているんだ。
でも、見つからない。
まだ見つけたくないから、見つからない。
多分、答えに辿り着くのはもっと……もっと先がいいんだと思う。
今みたいな不揃いな関係のまま辿り着くのは……やはり、嫌だということなのだろう。
「さ、じゃ行こっか。藍ちゃん」
我ながら面倒くさい女だなと思いつつも、悶々とした時間はあっという間。
明るい赤毛で肩ぐらいのショートヘアーの女の子――つぼみの声を皮切りに、意識を正す。
「……あ、うん」
そうして藍は、まだ本調子には戻せなかった声を置き去りに、その場を後にした。
ふと後ろを見れば、そんな声と一緒に置き去りになった彼がいる。
何だろう?
何かを呟いていたような気がするけれど……。
ともかく藍は、今日この瞬間、彼に"その感情"を自覚した。
――いずれは"恋"と名のつく"その感情"を。




