第76話:氷の精霊との契約
アレンは、戸惑いを隠せずにいた。
教会で鑑定を受けた結果、自分が氷属性を持つことが正式に証明された。
その事実は彼にとって驚きであり、同時に少し誇らしくもあった。
しかし、喜ぶ間もなく統括執事から厳しく言い渡された。
「お前はまだ魔力操作を学んでいない。魔力の扱い方が未熟なまま精霊と契約することは危険だ。最低限、魔力操作をマスターするまで契約は禁止する」
アレンは素直に頷いた。
せっかく新しい生活を始めたばかりなのに、暴走して問題を起こしては意味がない。
まずは魔力操作を学び、その上で精霊と契約しよう――そう決意していた。
しかし、屋敷に戻るとすぐに、彼の目の前に 氷の精霊 が現れたのだった。
「さあ、アレン。我と契約するのだ!」
銀色に輝く長髪を持ち、冷気をまとった美しい精霊が、堂々とした態度でアレンを見つめていた。
その存在は透き通るように神秘的で、アレンは思わず息を呑んだ。
「……え?」
突然の申し出に、アレンは戸惑いながら後ずさる。
「ちょ、ちょっと待って! 今は契約できないんだ!」
「な、なに……?」
氷の精霊は驚いたように目を見開き、次の瞬間――
ガクッ
なんと、その場で膝をついた。
「な、なぜ……なぜ我と契約しないのだ……!」
まるで裏切られたかのような悲痛な表情を浮かべる氷の精霊。
その様子にアレンは慌てて手を振りながら説明した。
「違うんだ! そういうつもりじゃなくて……!」
「ならば、なぜ拒む! 我は貴様を選びし者だぞ!」
氷の精霊の声には怒りと悲しみが入り混じっているようだった。
アレンは冷や汗をかきながら、なんとか言葉を紡ぐ。
「統括執事から言われたんだ。魔力操作もろくにできない状態で契約すると、魔力回路がおかしくなって暴走する恐れがあるから、契約は魔力操作をマスターしてからにしろって……」
「……!」
氷の精霊はハッとしたようにアレンを見つめた。
「魔力が……暴走……?」
「うん。だから、まずはちゃんと魔力をコントロールできるようにならないと、契約しても君の力を扱えないんだ」
「……そうか」
氷の精霊はゆっくりと立ち上がると、何かを考えるように腕を組んだ。
「たしかに、魔力制御が未熟な状態で契約すれば、大変なことになるやもしれんな……」
ようやく納得してくれたのか、氷の精霊は落ち着いた様子を見せた。
アレンもホッと胸を撫でおろす。
(よかった……なんとか説明が伝わったみたいだ)
しかし、氷の精霊はすぐに真剣な表情になり、アレンをじっと見つめた。
「ならば、我も協力しよう」
「えっ?」
「貴様が魔力制御を学ぶのならば、我が力の使い方も教えてやろう」
「本当!?」
アレンの目が輝く。
「ふむ、当然だ。契約を望むのは我なのだからな。貴様が契約に値する力を身につけられるよう、我が導いてやる」
「ありがとう! それなら心強いよ!」
アレンは嬉しそうに笑った。
すると、氷の精霊は誇らしげに胸を張り、言った。
「では、まずは魔力操作の基本からだ。我が直々に指導してやるぞ!」
「よろしくお願いします!」
こうして、アレンは氷の精霊と共に魔力制御の修行を始めることになった。
次の日から、アレンは氷の精霊と共に魔力制御の訓練を始めた。
「魔力とは、身体の中を流れるエネルギーだ。それを意識的に制御できるようにならねば、氷魔法も使えん」
「なるほど……じゃあ、どうやって制御するの?」
「まずは目を閉じ、体内の魔力を感じろ」
「え、えっと……」
アレンは目を閉じて、ゆっくりと深呼吸した。
体内に魔力が流れている……気がする。
しかし、それをどうやって動かせばいいのか、全くわからない。
「うーん、全然わからないや」
「ふむ……ならば、氷の感覚を思い浮かべるがよい」
「氷の感覚?」
「そうだ。冷たく、透明で、静かなる力――それを意識することで、貴様の氷属性が目覚めやすくなる」
「わかった……やってみる」
アレンは再び目を閉じ、今度は 氷 のイメージを強く持った。
冷たい空気。凍てつく風。静かに輝く氷晶。
すると――
スッ……
身体の奥から、ひんやりとした感覚が広がっていくのを感じた。
「……!」
「おお、やっと感じ取れたか!」
氷の精霊が嬉しそうに声を上げた。
アレンは目を開き、両手をじっと見つめる。
「これが……魔力?」
「そうだ。その感覚を忘れるな。これを自由に操ることができるようになれば、契約も問題なく行えるだろう」
「うん……がんばる!」
アレンは決意を固めた。
その日の夜、アレンは屋敷の庭で静かに空を見上げていた。
氷の精霊との契約は、今すぐにはできない。
でも、魔力を制御できるようになれば、きっといつか……。
「待っててね、氷の精霊。僕、絶対に契約できるようになるから」
「ふん、当然だ。我は貴様を選んだのだからな」
氷の精霊は満足げに微笑んだ。
アレンの新たな修行が、ここから始まる。
そして、その先には――まだ誰も知らない未来が待っているのだった。




