第53話 海の町アーチ
馬車が丘を越えた瞬間、目の前に広がる青い海。
その壮大な景色に、クラリスの目が輝いた。
「わぁ……すごい!」
クラリスは馬車の窓から身を乗り出すようにして、遠くの水平線を見つめた。
キラキラと光る水面、波の音、潮の香り……すべてが新鮮だった。
「海だ!!」
ヒカリはクラリスの肩から飛び上がり、宙を舞いながら大きな声で叫んだ。
「やっぱり海はいいなぁ!風も気持ちいいし、潮の香りも最高!」
「ヒカリ、そんなにはしゃいで落ちないでね?」
クラリスはクスリと笑いながら、はしゃぐヒカリを見つめた。
「大丈夫大丈夫!俺は精霊だからね!」
ヒカリはくるくると宙を舞いながら答えた。
その横で、カインは腕を組んでつまらなさそうに海を見つめていた。
「ふん、ただの水の塊じゃないか。」
火精霊であるカインにとって、海はあまり楽しいものではないらしい。
「カイン、少しは景色を楽しんだら?」
クラリスが微笑みながら言うと、カインは不機嫌そうに顔をそらした。
「俺にとっては何の面白みもない。ただの敵対属性の大地だ。」
「そんなこと言わずに、せっかくの海なんだから少しは楽しもうよ!」
ヒカリはカインの周りを飛びながら、いたずらっぽく言った。
「……チッ、仕方ない。」
カインは渋々といった様子で視線を戻し、海を見つめた。
「まあ、眺めるくらいなら悪くはない……か。」
そうしているうちに、馬車は海の町アーチの入り口に到着した。
町に入ると、活気に満ちた声が聞こえてきた。
市場には新鮮な魚や貝が並び、漁師や商人たちが元気よく声をかけ合っている。
「おお!これはすごいな!」
ヒカリは興奮しながら市場の上を飛び回った。
「美味しそうな魚がいっぱい!クラリス、今日の夕飯は魚料理だね!」
「ふふっ、そうね。」
クラリスも市場の活気に圧倒されながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。
その時、一人の漁師風の男がクラリスたちに声をかけた。
「お嬢さんたち、初めてアーチに来たのかい?」
「ええ、そうなんです。私はクラリス・エルステッドです。」
クラリスが名乗ると、漁師は驚いたように目を見開いた。
「ほう!クラリス様か!お噂はかねがね聞いておりますぞ!」
「え?私のことをご存じなんですか?」
「そりゃあもう、カナンを越えて旅をしてるって話は、もうこの町にも伝わってますからな。」
漁師は陽気に笑いながら、クラリスたちを町長の屋敷へ案内してくれた。
町長の屋敷に着くと、品のある初老の男性が迎えてくれた。
「これはこれは、クラリス様。ようこそ海の都アーチへ。」
「お招きいただきありがとうございます、町長。」
クラリスが礼儀正しく挨拶すると、町長はにこやかに頷いた。
「アーチは交易の町として栄えております。どうかごゆっくり視察をなさってください。」
「ありがとうございます。」
クラリスが微笑むとヒカリが興奮気味に話しかけた。
「クラリス一緒に海で泳ごうよ!」
クラリスはヒカリの言葉に反応した
「え?海で泳ぐの?」
クラリスの言葉に町長が浜辺を勧めてた。
「おお、それなら町の南にある白砂の浜辺が良いですぞ。波も穏やかで遊ぶにはぴったりです。」
「やったー!」
ヒカリは嬉しそうに宙を舞いながら叫んだ。
クラリスはそんなヒカリを見て微笑んだ。
「せっかくだから、少しだけ海で遊んでみようかしら。」
「おい、俺は遠慮しておくぞ。」
カインは眉をひそめながら言った。
「海水なんて触れたら気分が悪くなる。」
「もう、カインは頑固なんだから……。」
クラリスは苦笑しながらも、海へ行く準備を始めるのだった。
クラリスたちは町長の案内で、町の南にある白砂の浜辺へと向かった。
空は晴れ渡り、穏やかな波が寄せては返している。
「わぁ……!」
クラリスは海の美しさに目を輝かせた。
波の音、潮の香り、ひんやりとした海風——すべてが新鮮だった。
「海だーっ!」
ヒカリは興奮して空を舞うように飛び回る。
「すごいね!こんなに広い水辺、久しぶりに見た!」
「ヒカリ、そんなに動き回ったら落ちるわよ?」
クラリスがクスリと笑いながら言うと、ヒカリはふわっと宙に浮いたまま振り返る。
「俺、飛べるから問題ない!」
その一方で——
「俺はここで待ってる。」
カインは少し離れた岩場に腰を下ろし、海をじっと見つめていた。
「カイン、本当に入らないの?」
「当たり前だ。俺は火の精霊だぞ?水に浸かるなんてまっぴらごめんだ。」
「もう……せっかくの海なのに。」
クラリスは少し残念そうにしたが、無理に誘うことはしなかった。
「さあ、行こうクラリス!」
ヒカリはクラリスの手を取り、海の中へと誘った。
「きゃっ!」
冷たい水がクラリスの足を包み込む。
「思ったより冷たいのね!」
「気持ちいいでしょ?」
ヒカリは海の上を軽やかに飛びながら、波に戯れていた。
クラリスも少しずつ水に慣れていき、足元に寄せる波を楽しむようになった。
「海ってこんなに気持ちいいものなのね……。」
「でしょでしょ?」
ヒカリはくるくると回りながら笑った。
「よし!せっかくだから泳ぎの練習もしちゃおう!」
「えっ、泳ぎ……?」
クラリスは少し不安そうにした。
「大丈夫だって!俺がサポートするから!」
ヒカリはクラリスの手を取って、ゆっくりと浮かぶように促した。
一方、その様子を遠くから見ていたカインは、腕を組んでつまらなさそうにため息をついた。
「まったく……よくそんなに楽しめるものだな。」
彼にとって水は敵対する属性であり、あまり好ましいものではなかった。
「けど……クラリスが楽しんでるなら、まぁいいか。」
カインはぼそっと呟くと、静かに目を閉じた。
「ほら、クラリス!手を広げてゆっくり浮かんでみて!」
ヒカリはクラリスを優しく支えながら、泳ぎのコツを教えた。
「えっと……こう?」
クラリスは少しずつ水に体を預け、ゆっくりと浮かぶことに成功した。
「おぉ!すごいすごい!」
「やった……!私、浮かんでる!」
クラリスは嬉しそうに笑った。
「次は、手と足を使ってゆっくり進んでみよう!」
「うん!」
クラリスはヒカリのアドバイスを聞きながら、一歩ずつ泳ぎを覚えていった。
しばらくして、クラリスとヒカリは海から上がり、砂浜に腰を下ろした。
「はぁ……楽しかったぁ……。」
クラリスは心地よさそうに微笑んだ。
「ねっ?海、最高でしょ?」
ヒカリも満足げな表情で頷いた。
「クラリス、これからも色んな場所を旅して、たくさんの景色を見ようね!」
「ええ、楽しみね。」
クラリスはヒカリを見つめながら、優しく微笑んだ。
カインが待つ岩場に戻ると、彼は相変わらず腕を組んで海を見つめていた。
「カイン、お待たせ。」
クラリスが声をかけると、カインはちらりと彼女を見た。
「……お前、随分と楽しそうだったな。」
「ええ、とても楽しかったわ。」
クラリスは素直に答えた。
「そうか。」
カインはそっけなく答えたが、その顔はどこか穏やかだった。
「お腹も空いてきたし町に戻りましょうか。」
クラリスが言うと、ヒカリも元気よく頷いた。
「そうだね!海といえば魚だしきっと美味しい魚料理がいっぱいあると思うよ!」
「そうね、町に戻ったら夕飯にしましょう。」
こうしてクラリスたちは浜辺を後にし、海の町アーチでの夜を迎えるのだった——。




