ダンジョン攻略④〜出口付近でお留守番してるナユタと黒猫〜
「えい♪ やー♪ とー♪」
宝箱に入っていた薬草の束を全て薬草汁に変えて瓶に詰め終わってしまったナユタは、暇だったので黒猫ちゃんに幻影を見せて楽しませてあげたいという気持ちと、体力を付けたいという気持ちから刀を振り続けていた。
「にゃ!? フシャー!!!」
刀を振って幻影を出すナユタの姿を楽しそうに見ていた黒猫が急にダンジョンの出口の方を見て威嚇し始めた。
「どうしたの黒猫ちゃん?」
ナユタが疑問の言葉を口にしながら出口に視線を向けると、外から3匹の狼達が入って来るのが見えた。
「嘘っ、3匹もいるー!? 黒猫ちゃん危ないよ早くこっち来てー!? 刀さんが守ってくれるはずだからー!?」
ナユタは緊張と焦りと恐怖の感情が混ざった声音でそう叫びながら震える両手で柄を握り締め、刀を構えた。
そんなナユタを美味しそうな獲物だと思ったのか、ダンジョンの中に入って来た狼達が涎をダラダラと垂らしながら目の色を変えてナユタに向かって走り出す。
「フシャー! 彼我の力量差も分からぬ愚か者どもめ! 威嚇で引けば見逃してやろうと思うたが、幼な子を喰らおうとした時点で有罪の極刑じゃ! 地獄に行くがよいクソ狼どもー!!」
黒猫は刀のふりをしていた時とは違って自分の口からそんな言葉を発しながら風の如き速さで狼達の元へと移動し、伸ばした猫爪を3回振って3匹の首を刎ね飛ばした。
「えっ? えっ!? えぇー!? 黒猫ちゃん、そんなに強かったのー!? しかも言葉喋ってるしー!?」
「しまったのじゃ!? 幼な子が狙われたから、ついブチ切れて言葉を喋ってしまったのじゃー!? せっかく刀のふりをしてやり過ごそうと思っておったのになんたる不覚!? とんだ失態なのじゃー!?」
黒猫は両の前足で頭を抱え、絶叫した。
「もー、喋れるなら教えてよ黒猫ちゃん! そしたら、ルーナお姉ちゃん達を待ってる間、黒猫ちゃんとお喋りが出来てもっと楽しめたのにー!」
「う、うむ。幼な子よ、ごめんなさいなのじゃ……」
「うん、謝ってくれたから許してあげる♪ 狼さん達から助けてくれてありがとー♪ 黒猫ちゃん♪」
そう言ってナユタは黒猫を抱き上げ、感謝の頬擦りをした。
「別に気にせんでもよいぞ? あの程度のこと、わらわにとっては造作もないことじゃからな♪」
「そうなんだ? でも、そんなに強いなら僕がルーナお姉ちゃん達についていくのを禁止しなくても良かったような気がするんだけど……」
ナユタが拗ねたようにそう言うと、黒猫は動揺するように視線を彷徨わせながら顔を逸らし、こんな嘘を口にした。
「う、うむ、それはじゃな……。あー、言うのは恥ずかしいのじゃが、先程のスキルは1日に使える回数が決まっておるのじゃ。わらわはまだレベルが1で魔力量が多くないからのう……。じゃから、幼な子があの者達についていって先程みたいな状況に何度も陥ってしまうと、助けたくても助けられなくなってしまうのじゃ」
「そっか、だから黒猫ちゃんは僕がルーナお姉ちゃん達についてくの反対してたんだね」
黒猫が言ったことをナユタが疑うことなくそのまま鵜呑みにしてくれたので、黒猫はホッと胸を撫でおろす。
実は先程の攻撃、スキルを使った攻撃なんかではなく伸ばした猫爪を振っただけのただの通常攻撃なので体力の続く限りいくらでも繰り出せるのであるが、そんなことがバレたらナユタが「僕もルーナお姉ちゃん達についていきたい」と言い出しかねないので、黒猫は秘密にしておきたかったのである。
「分かってもらえたようで嬉しいのじゃ、幼な子よ」
「あっ、その呼び方なんだけど、僕の名前ナユタって言うから今度からナユタって呼んで欲しいな♪」
「う、うむ。分かったのじゃ!」
黒猫はナユタが小太郎の生まれ変わりの可能性があるから、できれば小太郎以外の名前で呼びたくはないのであるが、小太郎そっくりの顔で微笑みながらそんなお願いをされてしまったので、黒猫はそのお願いを拒否ることは出来なかった。
「それで黒猫ちゃんの名前はなんてゆうの?」
黒猫から了承を得られたナユタが興味津々な笑顔でそう尋ねて来たので、黒猫は小太郎が名付けてくれた名前を誇らしげに口にした。
「わらわの名前は瑠璃なのじゃ! かつてのご主人様が、わらわの目を見て『綺麗な瑠璃色の瞳だから瑠璃って名前にしよう♪』と言って名付けてくれたのじゃ♪」
黒猫の瑠璃はその時のことを思い出して懐かしむ。
「じゃあ、今度から瑠璃ちゃんって呼ぶね♪」
「できれば瑠璃と呼び捨てにして欲しいのじゃが……」
「えー? 今まで黒猫ちゃんって、ちゃん付けにして呼んでたから呼び捨てはちょっと……。『瑠璃ちゃん♪』って呼んじゃだめぇ?」
「むぅ……。はぁ……分かったのじゃ、好きに呼ぶがよい……」
小太郎の生まれ変わりかもしれない幼な子が可愛く小首を傾げながらそんなお願いをして来るので、できれば小太郎が「瑠璃〜」と呼んでくれたように呼び捨てで呼んで欲しかった瑠璃であったが、あれも駄目これも駄目では幼な子が可哀想だと思い、渋々許可を出す。
すると、ナユタが満面の笑みを浮かべながら両手を万歳させて喜んだ。
「わーい♪ ありがとう瑠璃ちゃん♪ これからよろしくね♪」
「うむ、よろしくなのじゃ」
「じゃあ、ルーナお姉ちゃん達が戻って来たら瑠璃ちゃんのこと紹介してあげるね! 今さら喋れるってことを自分の口から言うのは恥ずかしいでしょ?」
「むっ、それは駄目なのじゃ!? わらわが喋れることは秘密なのじゃ!」
「えっ、なんでだめなのー!?」
ナユタは瑠璃が喋れる猫だと知ってすっごく興奮して嬉しかったから、それをルーナ達にも教えてあげたくて仕方がなかったのに、それを瑠璃に却下されてしまったため、不満の声を上げた。
けれど、瑠璃は譲らなかった。
「まず普通の人間は猫が喋ったら『化け物ー!?』と叫んで怖がるのじゃ! わらわは人間に怖がられるのはうんざりなのじゃ!」
「うっ!? で、でもルーナお姉ちゃんとアルトお兄ちゃんなら絶対に怖がったりしないと思うよ!」
瑠璃の言葉に一瞬たじろぐナユタであったが、ルーナ達に瑠璃のことを自慢したいため、瑠璃を説き伏せようと頑張って言葉を紡いでいく。
ちなみに、瑠璃が猫の時に喋って化け物と叫ばれた事実は存在しておらず、単にルーナ達に瑠璃が喋れる猫だということを秘密にしておくための方便であった。
それはさておき、瑠璃がナユタの言葉をいったん受け入れる。
「まあ、確かにあの者達なら怖がったりせぬと思うが──」
「なら!」
「でも、駄目じゃ」
「えー? なんでだめなのぉ?」
ぶぅーと頬を膨らませて不満を露わにするナユタの可愛らしい顔を見て瑠璃は頬が緩みそうになったが、いかんいかんと顔を引き締め、こう言った。
「ナユタの姉の方は大丈夫そうじゃが、勇者の方は親に口を滑らせてしまうのではないか?」
「あー、うん。アルトお兄ちゃんなら、うっかり喋っちゃうかも……」
瑠璃の指摘にシュンと意気消沈してしまうナユタを見て『9歳なのに割りと大人びていた小太郎と違って反応が可愛すぎるのじゃ〜♡』と内心で身悶えながらも、なんとかそれを心の内にとどめ、何食わぬ顔で瑠璃は会話を続行する。
「であろう? その情報を勇者の親が酒の席で酔った時にでもポロリと周りに漏らしてしまったら、どうなると思う?」
「みんな瑠璃ちゃんのことを見に来ちゃうかな? でも、村のみんなは良い人達ばかりだよ?」
「昨日出会った人間達だけでもそれはなんとなく分かるのじゃ。じゃが、わらわが喋れる猫だと言うことが他の村々に伝わっていって、わらわを捕まえて見せ物にしたい者、他の者達に自慢したいがためにわらわを檻に入れて飼い殺しにしたい者といった輩が、もしくはそやつらに雇われた破落戸達が続々とやって来てこの村に多大な迷惑を掛けるやもしれぬ」
「えー!? そんなのだめだよぉ!?」
「ゆえに、わらわが喋れることは秘密にせねばならんのじゃ。どうじゃ? 分かってくれたかの?」
「うん……分かったの……」
瑠璃は『なんとか諭すことに成功したのじゃ』と思ったが、もの凄くしょんぼりしてしまったナユタを見て心が痛んだ。
それはもう罪悪感で胸がいっぱいになるくらいに……。
「ほ、ほれナユタ! わらわの体を好きなだけ、もふらせてやるから元気を出すのじゃ! なんなら猫吸いをしてもよいぞ! 特別じゃ!」
居た堪れなくなった瑠璃は地面に体を投げ出してお腹を見せた。
「本当!? わーい♪ じゃあ、いっぱいもふらせてねー♪」
「う、うむ!」
「あと猫吸いもいっぱいさせてねー♪」
「そ、それは恥ずかしいから1回か2回でやめて欲しいのじゃが……」
「却下なのー♪」
「鬼じゃ!? ここに鬼がいるのじゃー!? にゃああああ!?」
そして、黒猫の瑠璃はナユタにいっぱいもふられ、いっぱい猫吸いされるはめになったのであった♪




