一夜明け
黒い何かの群れからどうにか逃げ切った一行は、郊外にある小さなショッピングモールに身を寄せていた。非常用の食料品や日用品、寝具等の商品を使えるこの場所は彼女たちにとっては生命線とも言える。あの黒い何かが万が一にも侵入出来ないよう、花音はショッピングモールをアーチ状の結界で覆った。
「まだ起きへんのか? やっぱりどっか調子が悪いんかもしれへんな……」
「気を失っただけみたいだし怪我も無いから大丈夫だよ。あんな目にあったばかりだから、もう少しそっとしておこ」
お松と花音の話し声を聞き、アリスは目を擦りながら身体を起こす。六畳ほどの事務所には簡易的なベッドが二つとデスクが数席。部屋の隅には卓上ガスコンロと電子レンジが一台ずつ置かれている。呆けた顔で事務所を見回すアリスに気が付いた花音とお松は驚きと安堵の表情を浮かべて駆け寄ってきた。
「よかった〜、目覚さなかったらどうしよって思ってたんだから!」
「あの……ここは?」
「街外れのショッピングモールや。安心しい、連中はテリトリーの外には出てこうへんからな。今はまだ安全や」
アリスは自分が気を失ってからのことを二人から説明された。黒い何かは車を追うことはせず街の中心部へと戻ったようだった。動けないアリスを花音が抱きかかえここまで連れて来てから丸一日が経過しているらしく、それまで全く起きる気配が無かったという。
「ありがとうございます。命を救っていただいたのに迷惑ばかりかけて……」
「気にしないでよ、こんな状況だもん。みんなで助け合わなくちゃね」
「全く。バグズも何が目的なんかさっぱり分からへんなあ」
聞き慣れない単語にアリスは思わず聞き返す。二人はああ、と声を漏らすとアリスに向き直り少しだけ暗い顔色になる。事務所の空気が一瞬で重くなり少しの沈黙の後、花音は噤んでいた口を開いた。
「何から話せば良いかな……。実を言うとアタシも突然のことでなにが何やらって感じでね」
「ウチが説明したる」
花音の膝上に座っていたお松は勢い良く立ち上がるとデスク上に飛び乗って話し始める。
「まずはこの世界についてや。ここは世界中のゲームデータが管理されとる超大規模サーバー、”Idea”や。ちなみに、ウチと龍二はんは元々は別の世界の住人やで」
「一週間前かな、あの黒い奴ら……アタシ達は”バグズ”って呼んでるけど。突然前触れもなく現れたと思ったらこの世界の人間を見境無く襲いだしたんだ」
ポカンと口を開けたまま難しい顔で固まるアリス。突然この世界はゲーム内、言ってしまえば電脳空間なのだと説明されれば当然の反応であるのだろう。とはいえ、いま重要なのはこの世界がどういった場所なのかよりもあの黒い何か、バグズは何者なのかという事だろう。アリスは開いた口を閉じ静かに二人の話に聞き入る。
「連中が何者なのか、目的が何なのかはサッパリや。けど、一つだけ分かっとるのは連中に襲われた世界はどういう理屈かは知らへんけど闇の底に沈んでまうんや」
「お松と龍二の世界はアイツらのせいで帰れなくなった。二人はどうにか脱出してアタシの世界まで流れ着いたってわけ」
「その、闇に沈んだ世界はどうなってしまうんですか?」
分からない、と言う様にお松は首を横に振る。本来朝日が出ているはずの時間帯にも関わらず真夜中の様な暗さなのは、バグズによる世界の侵食が進んでいる影響だとお松は話した。




