図書館の秘密/鳩の儀式
「お守りにしたいんです、コートを貸してくださいっ!」
「えぇ……そんなに、俺の持ち物の中から、お守りにしなくちゃいけないのか?」
「はい。先輩のコートじゃないと、お守りに使えないんです! どんな売り物よりも先輩のコートが良いんです」
……変なのに捕まってしまった。
コトが夜道を歩いての帰宅中、商事のビルを通り過ぎた辺りで、自称後輩だという「舞」が待っていた。
見ず知らずの人だし、別に借りも無いし、断りづらい――わけではないが、こういった頼みには覚えがある。
昔から、みんながコトの私物をお守りだと言って借りていくということがあった。どうしてなのだかわからないが借りパクされるのも揉めるのも嫌だしそういう噂はあまり広まらないで欲しいものだ。
「誰かに聞いたの? そういう、なぜか俺に拘って何か借りるって言うの」
彼女は辺りをきょろきょろして、それから、それは言えないとばかりに、話を強引に変えた。
「……あの。私、結構予言とか信じちゃう人で、怖くて、だからずっと先輩が怖くて私――でも、お守りに、どうしてもって。思ったら。つい身体が動いて
悪く思わないでくださいね?」
「勝手に怖がるなよ」と、喉から出かかった。
なんだよ予言って。なんだ信じるから怖いって。バカじゃないのか。
お守りだと思えば動けた?
此処まで来られたけど自分だって嫌だなんて聞かされても、こっちだって……
みんなずかずかと人の心に踏み入って、身勝手な傷つけるようなことを言う。
自分に会うと誰でもそうだった。
だから、コトも同じような遠慮を他人にすることがあまり無い。
でも、そんな気を回すより関わらないのが一番なんだろう。
「空、見て」
「え?」
舞が上を見た瞬間に、その場から走った。
「っ最低だ……!」
誰も辺りに居ないことを確認して、路地裏に倒れこむ。
いらいらする。何に対してかわからない。放っておいて欲しい。話題にしないで欲しい。あんたたちが、関わってもろくなことが無い。傷つくだけだ。
いや、そもそも踏み入り過ぎなんだ。それがいけない。
「なんとかの刃でしょ?」
「そうそう! あの味方側も実質吸血鬼みたいなやつ」
「それウケる」
街のあちこちから、学生の声がする。
そろそろ塾や進学校帰りの生徒が帰宅するような、夜の始まる時間だ。
(アニメとか、最近全然見ないな)
昨今では鬼や魔女が出る話を流行らせようという政策が話題になっているので、そういった感じのものがよく若者の話題のテーマでもあった。
「あの、鬼が指折るシーングロくなかった?」
「こう?」
「ひっ! なにそれ! すごい」
「うちの家族、みんな指が柔らかいんだよね。折れた?とか聞かれるんだけど、指がぐにゃってなるだけなんだよ、ホラ!」
「うわー-!! キモッ!! なにそれマジで、折れてないの?」
「だいじょぶだいじょぶ!」
近くに女子高があるからか、はしゃいでいるのは主に女子高生の声だ。
「でもなんで今指の話してんの」
「いや、それが、聞いてよ! 後藤がさー。先輩なんだけど、ウチsnsに指の画像上げたことあって、なんか振られた腹いせかなんか? で、指の画像アニメに出したるからなって、マジでやってんの」
「え。待って意味わかんないってんだけど! ウケる! なんで指!」
「しかも攻撃で折れてるシーンっていう」
「指硬すぎやろ」
「後藤マジなにしとんのってなるじゃん」
「え! あれってそういうシーンだったんだ! うわー」
「そう、それで前あった鬼怒川温泉の洪水がさ――あの作中曲の……」
(俺も、びっくり人間くらいになれば、よかったな)
よっ、と起き上がり、服のほこりを払う。途中からなんの話題かわからないが、ずっと立ち聞きしているわけにもいかないだろう。
回り道をして家に帰った。
ドアを開けるとキッチンから、揚げ物のにおいが漂ってきていることに気づいて足元を見ると、玄関に女物の靴がある。
―――なんだ、来てたのか。
洗面所で手を洗って、台所に向かう。
そこにはテーブルに唐揚げを盛り付けながら陽気に笑う母が居た。
「唐揚げ、唐揚げー! アッハッハッハ!!」
(2022年1月17日22時55分ー2022年1月20日3時21分-2022年2月7日2時38分、2022年2月21日20時23分加筆)
(2022年1月17日22時55分ー2022年1月20日3時21分)
夕方――
後藤たちが帰ったのを見届けたかのように、誰も居ない、はずの図書館で微かな声が響く。
「行ったか」
声はだんだんと数を増していき、フロア全体に目立たないように黒いローブを着た人々がどこからともなく現れる。
「ずっと朝が続けばいーのに」
「早く、朝にならないかな……。この世界も、全部、アサのものになればいいのに。まだなの? 此処をアサのものにするって、前から言ってるよね……?」
彼らは夜中になると此処に現れ、ある目的で本を探していた。
以前より、一部の学者たちの間では込神大図書館には伝説の魔法学者が書いた本が残っているという噂が囁かれている。
こういった類の本は、非常に貴重で、数も少なく、さらに、筆者も書いた後に大抵失踪してしまうので、多くが謎に包まれているのだ。魔法を研究したい学者や、力を手中にしようとたくらむ権力者にとってはものすごく価値のある品だった。
「見つからないね」
「運命の締め切りが迫っているのに」
「こっわ……この本。噂に違わぬサイコホラーだったわ」
一人が、本棚の本を取り出して中を読み込んでいた。
横に居た数人がなになに?とそちらを気にする。
「古都って名前の子が優しいように見せかけて、少しずつじわじわと自分に依存する以外の選択肢を奪っていくように立ち回ってる本。怖すぎる。おっさんに突きつけられてる選択は「女子高生と交際するか、大人として毅然とした態度をとるか」じゃなくて「女子高生に依存して破滅するか、何にも頼れずに破滅するか」」
「遊ぶなっ!」
ポカ、と横に居た一人が頭を叩く。
「ヒェッ」
そーっとその場から離れた誰かが職務に戻りながら呟いた。
「いつか、この町をアサの支配下に置いて、そこを拠点にして広げる――アサには頭も、統制力も無いから、こういうところを侵略して、略奪することしか出来ない。でもずっとそれでやってきた。此処を朝しか来ない、アサの町にする……」
「フレテッセたちを魔術師にする計画は失敗しているが、今度こそ、上手くやって見せる」
「でも、具体的に何をするんですかね? アサ様たち」
彼らはそれぞれの配置で本を漁って話し合っていたが、従者らしい一人が地下の方から足音がしたのを敏感に察知し、背にしていた本棚を横にスライドさせる。隠し扉としての役割を持っていたそこは、見た目と裏腹にやけに滑らかに動き、新たに入口を開けた。
凛とした声とともに、ひと際深くフードをかぶり、裾を引きずりながら、何者かが現れる。
「アサという名前は、選挙で目立ち過ぎた。此処では今川、と呼びなさい」
堂々たるふるまいからして、この中では位のある人物のようだった。
「我々は、あのとき、人の方から干渉しようとして失敗した。
魔法はそもそも、世界を巡っている力だ。だからね、考え直してみたんだ。
今度は世界の方から、作るんだよ――此処とそっくりに繋げた空間を先に用意する。そして、その中で慣れさせ、生存できる生物を前もって育成しておくのだ」
「おぉー!」
24人くらい居たローブの集団は、名前を言ってはいけない『その人』に盛大な拍手をしながらも思った。
(……世界って用意するものなんだっけ?)
戸惑う集団をよそに、ランプの釣り下がる入口の一角が押し開かれ、ツインテールの少女、モーシャンが、ワゴンを引きながら現れた。ケーキとワインのような液体の注がれたグラスが乗っている。
「みんなー! 社長のおごりだよー! 後藤さんのも置いておいてねー!」
グラスを一つ手に取り、今川は、頭上に高々と掲げた。
(試作タイプのタカユキ……奴は、用済みだな。処刑の日の晩餐は、肉じゃがにしよう……)
笑顔を浮かべたまま今川は、食え食え、と部下にすすめる。
香り高いシソの香りが鼻腔をくすぐる。
シソジュースは美容にも良いし森の魔女が好きな飲み物の一つでもあった。
「我らが『永遠の朝』に!」
「『永遠の朝』に!」
そこに、ローブを着込んだ後藤がドアを開けて登場する。
「誰だって魔法使いになれる!」
『魔法使いが居る町なのに、なぜ、本の持ち出しが禁止されているのかわからないのですか!』と理不尽に叱られたということが、闘志に火をつけ、後藤を苛立たせている。
「誰だってなれるんだ、そうでなくてはならない!!」
図書館のすぐ横の看板にも書いてあったが、この国にはもともとは文字に神霊が宿る考えが根付いて居る。
至って真面目に国を守護している祭文──聖なる歌と呼ばれる文字を記した巻物等が存在し、それを認め、神社仏閣等で厳重に保管されてきた。
それらのはじまりは、各地に残る巫女が伝えて居た──
不思議な力があって、神聖な文字として、聖なる歌として、語り継がれた。
だがそんな昔話が、なんだというのか? 力と、本の許可のない持ち出しを禁止していることの意味がわからない。
そんな昔の言葉に自分の可能性を、繊細な心を否定されたみたいで傷付いた。誰でもなれていいはずなのに。
「誰だって魔法使いになれる!!」
ワゴンの前まで歩いてくると今川に一礼して、後藤が音頭をとる。
今川は笑顔を見せた。
「ですね。そろそろガチで一応hihihi域取組んでみますか。一緒にがんばりましょう!」
「はい! hihihiEあたりまで目指そうと思います」
「一緒にがんばりましょう!」
(2022年1月3日18時41分加筆)
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部屋を抜け、エレベーターで下に降りようとしたとき、エレベーターのシステムが停止した。
「お?」
キャンディは、思わず誰かが乗るのかと後ろを振り返る。
『待ってくださいよー』
壁に、プロジェクションマッピングのように、行き来する裸の女の子を見つけた。(今は堕天使のコスプレ中)
どうも、彼女がエレベーターを停止させたらしい。
「何か、あったのか?」
『あのですね、今、巷の子どもたちのなかでは、自殺で魔女になる儀式が流行ってるそうですー、なにかご存じないですか? 私、この街のナビなので、気になってー』
しゅっ、しゅっ、と腕を動かして、何かの物まねをしているみたいだが、
誰なのかわからん。そんな堕天使が居るのか、それとも、コスプレのまま、単にしぐさを変えてみただけなのか。に突っ込むのはやめておいた。
「儀式、ねぇ……」
いつからだろう。術式、儀式、大層な言葉が、陳腐なインテリの常套句のようになってしまったのは。
それと、自殺で魔女になるのはよくない。
首吊りの魔女とか、便槽の魔女とか、ろくな二つ名がつかないだろう。
絶対楽しい話ではないと思いながらもキャンディはその予感に身を任せてみる。
「此処に来る途中、あちこちの屋根で、頭の無い鳩が死んでいたが……あれは黒魔術の類の残骸だろ」
「『そう、鳩、鳩ぽっぽーですね。なにやら、帰ってこられるようにという思いを込めて鳩を道連れにしているみたいです。
「子どもがそのような理由で自らの死をもって『魔女になる儀式』などと貶める遊びが流行って居るのには、我々の品格が疑われる」と、大魔女様は心を痛めていました』
いくら、巷で流行ると言ったって、あんなに一斉に頭だけ無くなるだろうか。子どもだけの問題なのだろうか。死体の大量の遺棄は、よく、カルト宗教などの集団での疑いを連想させる。黒魔術を組織的に崇拝しているところ、今ではほぼ廃れたと思っていたけれど、まだ息づいている?
「うーん……俺さんにわかるのは、鳩を使って何かが、この近辺であったことくらいだな」
『あ、それと、どうも、ちょっと前の監視カメラの映像から、画像が抜かれてるみたいなんです。恐らくどこかの会社に撮影された画像を送っている感じ
』
「監視カメラの映像が抜かれてる? 俺たちを映した映像か。誰が、なんのために……」
わかった、探してみるよ、とキャンディは改めてエレベーターに向かう。
堕天使のコスプレを脱いで、ほぼ裸(髪でギリギリ隠している)
になりながらマオちゃんは微笑んだ。
『魔女ごっこと、鳩のことも、何かわかったら教えてねー-!』
少女の裸の映像の方が、商品としては良いだろうな。
などと一瞬不純なことを考えた。
こんな冷たい部屋の中で、裸で飛び回っている少女。一部のマニアにはたまらないだろうけれど、『事情』を知らされている身としてはむしろ心が痛くなる。
「わかったよ」
エレベーターで地下に向かいながら、ぼんやりと思い出す。
「スィレツェルン……どこに、居るんだ?」
目を、閉じて――薄く、広く、粒子を呼ぶ。
en due est nelos yuaouaralas!
yuaouaralas de bpes tlitaoani
hiquous mmeoa stiello .mos ti colle naew mes auas quas ti qullo teo.
たいていは、探すものは、町のどこかから、反応がある。
リルやキャノの居る辺りもわかる。
力は身体に少しずつ集まってくるけれど、粒は見つからない。
――やっぱり、居ないのだろうか。
「ここからじゃ、わからないか」
せめて杖があればなー。と呟いて、ふと、懐かしいことを思い出した。
「杖……、か」
魔女狩りで疎開する小さい頃。
リルは、杖すら持てなかったっけ。持ってもすぐ壊しちゃう。
いつも、いろんなものを怖がって、泣いてた。
キャノも、うまく声で攻撃せずに喋れなくて――すごく、距離を取って、目も合わせてくれなくって。
俺も だったな。
あの頃、みんな、力と、力の無いものの間を不安定にさ迷って、恐れていた。
俺たちの居場所は、力の中、力の世界だ。
それの無い人間とは違う。どうしても、隔たりがなくちゃいけない。
互いの存在に関わらず、理解さえ求めなければずっと争わずにやっていける、 そう、望んでいたんだ。
(2022年1月11日10時13分)
夜。
キャンディがそのままタワー地下をうろついていると、二人が地下にやってくる音がした。
「ただいまー」
「家じゃないけどな」
廊下から既にそんな声が響いている。
やがてドアが勢いよく開いた。
開けるなり、キャノが、ちょっとだけ気まずそうに、「あれっ、居たんだ」と話しかけた。
「あぁ、うん……さっき、来てたところ」
なんでそんな、目を逸らすのだろう。何かしたかな? と思ったが、いろいろあるのだろう。そんなに気にしてもしょうがないとキャンディは切り替えた。
「家とかは?」
その背後に控えていたリルは、彼の暮らしが気になった。
「ん? その辺に住んでるけど、今日は調べたいことがあったからさ、泊りがけで探そうと思って」
なんだか適当な返事だ。別に構わないけど。
「何を調べたんだ? 黒魔術の魔女儀式のことか」
リル、がいつものぶっきらぼうな様子で聞く。
キャンディは別に隠すことでもないので頷いた。
「あぁ……頭の無い鳩……、って、なんだお前も知ってるのか」
「電話があって。あのおっさんに聞いたんだ。
儀式か、黒魔術、どっちかが模倣だろう。まぁ、私には関係ないけど、鳩をあんなふうに切り落とすなんてぞっとする。平和の象徴なのに」
「どっちもってのも考えられるぞ」
「で? その鳩のことで、なにか?」
キャノが口を挟んだ。キャンディはそうだった、と、答えた。
「違う、制限装置の制限の仕方がおかしいと感じた。だから、その辺りを、探ってたんだ」
キャンディは、数値の一部の上限が書き替えられていることを伝えた。
「どこから制限を変えてるのかはわからない。だが、誰かが何かしらの目的で動かしているのは確かだろう」
「やっぱり、均衡協定は、守られていないのね」
薄々感じていた、と彼女たちは頷く。
キャノが自らにかかる負荷について考えている横で、
リルはふと、何かをそっと唱える。
「meu so loc dem molats ei do tone mallo 」
「なんだよ? どこの式だ? あまりこっちでは聞かないな。」
「いや……ちょっとな。図書館に懐かしいやつの気配があったもんで」
みんな、それぞれに気になることがあるようだ。
やがてリルはキャノと話し始める。
「なぁ。俺はこれから夕飯を食べに行きたいんだけど――」
キャンディは、少しだけ張り上げた声で言った。
「賛成! 私も、おなかすいた」
キャノが顔を上げ、リルもそうだなと言った。
「せっかくだし、みんなで食べに行こうよ」
「その前に、二人に聞いておきたいことがある」
キャンディはいつになく真剣にそう言った。
「コトは何者なんだ?」
「え?」
キャノが目を丸くし、リルはきょとんと、彼を見ていた。
「どういう、意味で」
「あいつは、人間だよな?」
「とても、ただの人間には見えないけどね」
キャノはうんうんと頷きながら答えた。
リル、もそれに賛同しているらしい。
「前は触れないで置いたけど、いつまで時間を稼げるんだろう」
──アイスが区域制御に手を貸していただけで、リミッターに狂いが生じている?
――リミッターが、あくまでも人間どもが作った機械であって
結局完全な制御をしきれていないからじゃないですか?
――人間は、魔力で生きているわけではないから、リミッターでの制御が完全には出来ないんだ
「時間を稼ぐ? なんで?」
キャンディが首をかしげる。
「あいつの部屋とか、いろいろと見たが、別に、精神異常とかはなさそうだし言っても、影響なさそうに思うけどな。自身も疑問に思っているみたいだったし」
「国規模の機密になりかねない。なるべく当人と、その場所の人とは切り離した方が良いんだが、前に探りを入れた限りでは、どうにも、『知り合い』が多いみたいでな」
「あぁ、なるほど」
リル、の過去を知っているキャンディは、その言葉で得心がいった。
魔法はときに連鎖的に意識の近い全員を操ってしまうことがある。
過去には何度も血族の巻き込み事故なども起こっているらしいのだが、
現代ではそこまで力の強い者自体が限られる為に、それほど懸念されていなかった。
呪文を長く複雑にしたり、価値の高いものと呪文を組み合わせることで発動するように分割したりと工夫をすることで暴発を防いできたものだが、
直情型の場合は、そうはいかない。
「たぶん、怒ったりすると、制御できないんだよな。あいつも」
苦笑いするリルと、あまり笑えないキャノたちは、そうだね、とため息をついた。
「そうだ、これ」
リル、がずっと持っていた鍋を見せる。その中は、絶妙な温度で燃え続ける火が存在していた。
「その辺の水とかじゃ消えなさそうだし、とりあえず鍋に入れてきたんだけど。そしたら、微妙に魔力を帯びるみたいで、ちょいちょい重くて笑った」
「何その火」
キャンディがなんだか楽しそうにする。
「あ、それ、転送した火だったんだ」
キャノは納得したようだった。でもなんだその鍋は。
「一応火の動きはするし、無力化くらいはしとかないとな。でも、どうせなら」
「はいはーい」
せっかく帰らせたけど、とキャノは携帯電話を取り出し、慣れた手つきで電話をかけ始める。
「飯は!?」
キャンディはふと思った。
「うーん」
鍋の前でコトは考えていた。
帰ってシャワーを浴びて食事をしていたら突然の呼び出し。
眠気を堪えつつ着替えて、アニメの方が面白いよ、と言う母の声を聞き流しつつタワーの地下に赴いて……
「アニメの方が面白い」
「またそれ!?」
ぼそっと呟かれた言葉に、さっきまでの集中力が切れてしまった。
「あ……」
また最初からだ。
「これ、なかなか難しいですよ」
ただ今、いつもの部屋で、鍋の火を凍らせようとしている。
その後ろでキャノが、キャンディとテレビで何を見るか揉めていた。
「俺は料理番組が良い」
「アニメの方が面白いもん!」
リル、は苦笑した。
「あいつらほんと仲いいな。うーん……そんな苦戦するもんか?」
コトはそうですねと返した後、苦戦することを話した。
「火って、普通凍るとこ見ないじゃないですか。氷を水にするのは、まだわかりますよ。でも、火って、固まるんですか?」
「それが魔法ってもんだ」
「そうそう! 頑張って!」
「できるできる!」
アニメ?見てたんじゃないのかという二人も加わり、三者三様で励まされたが、コトはすぐには理解出来そうにない。
「うぅ……」
また、一人、俯いて、集中しなおす。
背中越しに、ニュースの音声が聞こえるのがめちゃくちゃ気になる。
――あ、見て。ゴーストライターの謝罪会見だ。
「 ここで当時の映像を振り返ってみます 」
買い物ぉ?
失敗したとかはほぼないっすね!!!!
冬のアウター8着もあればどれか似合うだろうしぃ、
何より好みの問題っすから。
勉強になると思えば買えないものはないと思うし。
ファッションは常に生き物。ダウン極めたなと思ってもコートが来たりする!
あのねー。
何がダウンでいいかというとぉ、
ハイブランド以外でモンクレールでほぼテッペンが見えるということ。
モンクレールはレザーダウンじゃなければ20万ぐらいで買える。
コートにはそのてっぺんがなかなか難しいところにあるってことだね。
――君は冬はダウン派?コート派?
リポーター(テロップ)
は、はぁ……
嫁がさぁ。
前からヒステリックグラマーのレザーダウンは合わんみたいなことを言っているのね。
今週末思い切って実家にあるタトラスのシップス別注のウールダウンと交換するつもり。 悩む--。
――ある程度の流行り廃りみたいなものを見越して買わないといけないよ。
俺だったらある程度お金かけて何年も着れる服を買うかな、と甥っ子には説明するつもり。
実家の洗面台の鏡見て「おぉ!こんなにイケメンやったっけ!」ってなりました。 ナルシストですまん。
リポーター(テロップ)
E氏は、普段から掲げる座右の銘みたいなのあるんですか?
――――誰だって何か考えがある、行動に移す。
全員が味方になることなんて有り得ない。だから行動を起こすなら敵は必ず出てくると思いなさい。
はい……2千万円確実だから貯金無くても良いだろ、と免罪符が雑だったせいで些か破天荒が過ぎたようです……はい……
デバンとマルゥルには半年間お世話になりました。押忍!
――ほんとだ。しんみりするよりか、これも、どんちゃん騒ぎしてフリー素材配布して、しばらくの弄りネタになりそう
――生放送で全部フリー素材で全国に謝罪は 楽しそうだけど。 ああいうの同じ空間で空気を吸いたくないし感じたくないとは思うよね。
――直接謝罪、って、やつ、よく考えてみたら、 キモいのをみなきゃいけないって、ことでもあるの、目が汚れる……
「とりあえず! 飯だ!」
さっきから、飯を中断されていたキャンディが叫ぶ。
「めでたいことに、今年から税金が8パーセント下がったしな」
なんだろう。微妙に庶民的なセリフだ。
そういえば、消費税が最近下がる方向になっているらしい。クリムゾン大戦とかマーリンショックとかで大幅な不景気になったって聞いていたけれど、最近は税金が下がるし少しずつだが経済が上向いてきているという話もあった。
コトは、なんとなく手を止めて後ろを向いた。
キャノもそうしようと騒ぎだして、リル、もしょうがないなと言ったので、そのまま一旦、練習は置いておくことになった。
――いやーもう、自分の部屋の服を好き勝手に使っていたからさー、服をクローゼットに入れるなり出すなり捨てるなりすること1時間半!
そっから自分の服をフックにかける作業で30秒。これで服が積み上がったのも多少はマシになるなぁって思って。
電車の音。学生やサラリーマンの帰宅する音がする。
街の明かりが灯り始めている。
今、服の出し入れの話をしている女子高生の会話の傍らで、ぼーっと歩いている。この時間とあっては、さすがに眠たくなってきた。
少女たちの姿が、揺らいで見える。
というよりずっと寝て居なかったコトの意識が揺らいでいた。
憎い……
頭が、ぼーっとする。
どこかのモニターから大音量で接着剤の購入を扇動する広告が流れている。
はしっこがめくれ上がった壁紙が気になっている皆さまに朗報!
まかべっ子を使うのです!
多くは塩ビ製。木工用接着剤ではくっつきませんが専用品なら、ビニルクロス……布クロス……紙クロスでも、はみ出しても水拭きでふきとれます……この……動画のように……
みんな、楽しそうにしている。キャンディとキャノが何か言っている、リル、がこちらを見た、気がする。
でも、反響が、ひどくて、聞こえない。
憎い?
どうして――
人と、人同士笑い合わなくちゃいけなくて、いかにもそれが正しいみたいなものばかり、溢れて居るんだろう?
別に、そんなもの、見たくなかったのに。
好きな物を持てるやつなんて、本当は一握りしかいないのに。
――他人に話しかけて、それが善意になって、だからどうした!!!
寝て起きたら過ぎるようなただの会話がなんだっていうんだ!!!
何も見えないよ!!!そんなものに!!!
木になりたい。星になりたい。太陽になりたい。空になりたい。
なりたい!!!!
誰か、変えてくれ!
誰かといても、余計に、寂しかったんだ。
もっともっと、寂しくなったんだ。大人はいつも
他人同士で居なさい、それが素直なことだ、っていうんだ。
そうしていないとみんな喜んでくれなくて、辛かった。
ずっと合わせて、でも、心の中では首をかしげてた。
恋とか、そういうのが、そんなに大事でみんなが喜ぶほどのものか?
周りのその不気味な笑顔が恐ろしい。
不気味なことだけど、あらゆる文明がが発展を遂げた現代になってもなお、 恋愛を否定するような雑誌や番組だけは絶対に市場に出回っていない。
まるで、どこかから圧力でもあるように。それだけは正義には入ろうとしない。
おかしいって思わないか? 思ってくれよ。
誰にとっての素直なんだ?
たった一人の、たった僅かな、何かの為に、意識を、声を絞るのは、とんでもなく難しい。
誰かを想うという行為はいつだってそうだった。
ドキドキでは表すことの出来ない、足元から崩れるような絶望がそこにあって、たとえようのない恐怖と不安があって、世界ごとそこに吸い込まれるみたいな感覚に陥って、叫びだしたくなる。
俺の幸せは誰の為にある幸せなんだろう。
素直に――自分の声を聞くと、いつも、聞こえるのはあれだけだ。
素直に言うなら
風の歌が、星の声が、聞きたい。
そのときだけ、寂しくない。
そのときだけ、俺が居る。
「だから……もう、やめてくれ……」
あの空に 世界、そのものに、なりたい。
昔やった、ゲームの、神様……みたい、に。
――――闇は、好きかい?
「……あ」
夜空が見える。街が、反転する。
まずい、と思ったときには、重力に従って、アスファルトに倒れ込んでいた。
2022年1月16日1時23分-2022年1月31日23時49分ー2022年2月6日3時05分加筆
夢。あのときの夢。
地面に小さな欠片が降ってきた。それはほとんど輝きのない、透明な玉だった。
キャノは琴を呆然と見ていたが、やがてまた、変化に怯える。
あのとき、火を、消し止めて――
それで、落ち着こうなんて、思ってすら居なかった。
終わっていない。
琴は無表情で男を蹴りあげて──転がったのを見て、笑った。面白くて、たまらなかったから。
なにがおかしかったのか、自分でもよくわからない。
だけどもともとこういう性質なんだろう。抑えようの無い、攻撃的な感覚に支配されるのは、珍しいことじゃない。
「ねっ、ど、どうしたの、あの子! おかしいよ」
何度も何度も何度も、重点的に腹を蹴っている。ボコ、とそれに合わせて嫌な音が聞こえた。異様だった。キャノが顔をしかめる。クルフィも戸惑いを隠せずにいた。
――もう、終わっていいぞ、コト。帰ろうぜ、な?
がコトの腕を掴み、声をかけたが、届かない。
――……消えろ
どうしたんだよ? それ、人間だぜ?
人間同士で、分かり合えるなんて思ったことはない。種族同士の繋がりなんて、意識できる程、俺は生まれた時から『そっち側』には居ないんだ。
──には、価値なんて
ふと、我に返った琴が、目の前で倒れている男を認識したとき、彼の前で、痣だらけで、シャツの腹の部分に重点的に靴跡や土汚れがつけられた男が、失神していた。思い出す。
(今に、なると、あれは。俺の身体だ)




