資金洗浄(ロンダリング)錬金術
20207101402
<某日、某所>
ヒラオ、はある人物に会うべく、一室に訪れていた。
眼前に見える広い窓からはこの辺りの町が一望出来る。高所恐怖がなければ素晴らしいところだろう。
タワーには高度は劣るものの充分な眺めだった。
少し殺風景だが、あのタワーの一室とは違い若干の生活感が滲んでいる。
棚の上に調味料やペットボトルが並べられ、調理スペースには鍋が置いてあるし、冷蔵庫に買い物リストが貼られ、
壁には布巾やミトン、お玉に、フライ返しなどが釣り下げてあった。
そこには眼鏡をかけたまだ若い少年……?
がいるが見た目に反してやけに落ち着いた物腰をしている。
「まぁ、そこに座ってください」
「おう、悪いな……」
そして部屋の中央、ローテーブルに置かれたワイングラスには並々と黒みを帯びた紅い液体が注がれている。
男が通された席だ。
「普段こんなもの飲まないが……」と
言いかけたが目の前の人物は、気にすらしていないらしく同じように手にしたグラスを傾けて飲んでいる。
覚悟?を決め、グラスに口をつけ……て吹き出した。
「な……んじゃ、こりゃあ!!?」
「シソジュースですが」
「シソジュース!? なんでこんなんワイングラスに注ぐんだよ」
「普段からこれで飲んでます。今回はレモン汁を入れてみました」
「……ああ、そうだ、話をしに来たんだったな」
「『タカユキ暴走』の件でしょう。株主を名乗る人物が手を引いているという話もありましたね、書物の一部は『魔力の件』もあり我々も無視出来ぬ状態です」
「『魔力の件』だけじゃない、
体質者の異変で、書籍にまで影響が出ているという報告もある」
「人を呪う、だの次元が見えるだのという現象ですか……、
あれは、迂闊でした。制御装着は発動の後からページングサンプリングによる制御でしかないですからね。
『タカユキ暴走』によって受動的コック誘発が高まるかもしれません」
「なんてことだ、コック誘発が受動的にも行われることが判明したのはつい数年前というのに……」
結局グラスの中身を飲み干しながら、男は唇を噛み締めた。受動的コック誘発は、能力の暴走を誘発することである。
「制御の抜け穴、表面的制御……
このことは、魔力均衡協定の手前隠密に進めなくてはならない」
タカユキ暴走は書物を中心に、一部の人間が卑屈な精神のもとで、魔力ごと世界を混乱に陥れた。
その非公開のはずだったものの中にどれだけの能力者が居たのか……
それすらも無視した、一部の利益のための経済重視の戦略という見方も上がっている。
「協定でまだ書籍などの基準が明確にはされないのが不思議だと思っていた。
コック誘発を軽く見た、『上』が経済を潤す為に放出させ、長年隠してきた、と……
通りで『タカユキ暴走』がニュースにならないわけだ」
「文字に力が宿るというのは、古くから言われていたことです。
しかしその本の中にさえ居れば恐れる必要のないこと。
大方『非公開の理由』を無視しての
引用や盗作でしょう。
キンキを犯す、ってやつですか。
『それ自体』の悪用について高度文明の発達した現代になってもなお騒がれるとは……」
「それだが、
その中でも悪質な女が活動していることについて、誘発を高めて死者を増やしていることがほぼ確定的だ。
退いてくれるかどうか交渉はしている。だが『株主』はカンカンだ。
経済を潤すことも
『 «彼女»がやめると、
一気にイメージが崩壊する』
ことも惜しいのだろうが……」
まるで我々の話など聞いていない。
これはまた彼らの余計な仕事が増えそうだった。
交渉を持ちかけたのはそれによる大規模なダウンも視野に入れての仲介についてだったのだが、応じた人とそうでない人とでまた対立となっている。
「よくも悪くも……このままだといずれは崩壊すると決まっているとはいえ、あの女の影響はこちらにまで視線を集める。
しかし、ああもかたくなに逃げる気とあっては……中和すら不可能だ」
「困りましたね。
宇宙支部にも声はかけてみましょう。しかし彼らは『観察対象をどう観察するか』を重点に置いている。
返事が聞けるかは全くあてにならない」
二杯目のシソジュースをワインボトルから注ぎながら、彼……アイスは言う。
「まあ、それは利害が一致することを願おう……」
彼が苦笑すらできず答えるうちに、アイスは冷蔵庫を開けていた。
「冷たいものばかり、よく食えるな」
「知っていますか。アイスは飲みものなんです。お菓子ではなく、飲みもの。液体です! おやつをもう食べてしまったからといって、アイスならば!」
「どこに熱くなっている……まあいい、わかった」
『タカユキ暴走』の背後にいると言われる組織。
その中心にある女(男という噂もある)の存在があることが噂されていた。
彼女は『お嬢様』で、情報統制を駆使出来る程の経済力を抱えている。
交渉以外にも、イメージに影響しない方法ならいくつかあるにはあるが……
どちらにしろどの方法にも共通するのが『あの女をどうにかする』以外に無いことだった。
「タカユキ暴走」、コック誘発による死者……
力を持つもののせいにされてしまうとまた協定に響く。
協定に響くとサンプリングレート値幅の数値指定を細かく増やされる。
人間側は我々を兵器としか見ないのだから。
「ん?」
彼が我に返ったとき、ふと、アイスが動いた。
ローテーブルの更に奥に置かれたデスクにある旧式の電話がジリジリとなり響いたのだ。
「……え? そう、そうですか、また魔法使いではない人間が……」
受話器をとり、誰かと会話した彼が改めて何か言う前に、男も立ち上がる。グラスは既にテーブルに置いている。また、ただの人間が被害にあったのか……
先週にも『火事』があったばかりだ。
「お帰りですか」
「あぁ、タワーの様子を見に行かねばな。
ページングモードはまだ動いている。しかしどうも近頃、何かが変なのだ……」
「此処は『私が居るから』引っ掛かりませんが……外に行くのなら、」
「わかっている」
「では……
ドアをしめたらすぐに開きます」
202007101542
「あ、そうそう……」
アイスは彼の去り際、急にひき止めた。言い残していたことがあったというか、思い付いたという感覚だ。
男は首だけでそちらを向いた。
「あなた方は『この街に』呼んだらしいですね。よりにもよって『彼女』を」
「そうだ」
「この町の国民が、平和や経済が、何の恩恵を受けているか」
「承知はしている」
「私は別に構わないのですが……あの方たちも黙ってはいないでしょうに」
「だが、近年増えている水害……大規模な噴火、今まで鎮めてきたそれらにまで……『制御』が及んでいる。
国は隠しているが、本来の彼女たちは……あのように制限されるべきでは無いのだ。
巫女たちや、各国、土地の象徴となっている者たちもこれでは安定して力を維持出来ない。
だから、力が反発して余計に消耗することとなる。
もはやレートでは統括しきれない乱れが生じるようになった」
「ククク……、
思い出した、確か隣国で起きた大洪水は「幻術遣い」による幻術で
済ませる方向で動いているようですね。しかし一部の特別を認めては、魔力均衡協定に反する、と。優生思想、でしたか」
「どのみち、今のままでは均衡協定に反するほどの誘発が起きている。そうなれば、政治などで済む枠ではない。 それに幻術を遣ったとすれば、それこそ均衡協定違反で国側のリミッター管理側がまず問われるだろうがな」
それこそ地球の混乱により宇宙秩序が乱れる。通常の人間側にも制限をかけなくてはならないだろう。
宇宙支部が地球を観察する、特に人類を観察する点ではまだ惜しいと考えているかは定かではないものの……何らかの形のアクションを返してくれる可能性が、無いとも言えない。
アイスが何か言おうとするが、そのときには男の方は一刻も早くタワーに戻ることを再び思い出していた。
「では、世話になった」
男が去っていく。
去り際。
後ろ姿、スーツのポケットに、可愛らしいウサギさんがいる。
(パペット?)
ばたん、とドアが閉まる。
ドア開閉の勢いでわずかな風が部屋に吹いた。
「……え、えーーー、
そうですね、『彼女』に私からも干渉してみますか」
少し何かリアクションしようとしたがアイスはそれには何も言わなかった。確かにこのままいくと、水害も噴火も地震も国は見殺しにすることになるだろう。しかし、それはだからといっても誰のせいということもない。
受動的なコック誘発や怪奇現象が爆発的に増えたことだけが確かな事実として存在するのみだ。
魔女たちは、いわば原発だとアイスは考えてみた。莫大なエネルギーを欲するが故に建て、整備がたち行かないことで危険を理解し今度はやめようと廃止を持ち出す。
元々は、均衡協定もそうだった。その為に力の値を環境に影響しない一定に保つことを定めていたのだ。
しかし今では経済が気になって、巫女や魔女を封じて大洪水が起きている。
(まさか、人口減少を狙った……?)
202007271427
・・・・・
町の片隅には『ボス』の恩恵で配ってもらえる本の配給を待って生きている人間たちが居る。
禁書となったりなぜか公開されない本を、ボスが自炊で密輸して売り捌いてくれるのだ。いつものように図書館の地下の集会に出向くと、既に多くの人が列を作っていた。
黒いフードつきのローブをかぶった人々の群れ。
その列に加わるべく、『大家』も急いだ。
「これだけ、ですか?」
その先頭が今回の配給に唖然とする声がした。以前は3冊あった本が1冊しかもらえないのだ。
「あー、最近、取り締まりが厳しくなっていて、筋ナシの収穫が減っている」
同じくフードを目深にかぶる配給者の一人が、苛立ちを抑えた声でそう言った。
「それに、目をつけている本がなかなか終わらないんだ。
こっちとしても早く進めたい。とろとろしてないで、早くしろよと言ってるんだが、
『それだったら、こんな工作ばっかりやめてください』
『あなたのところと関係があると誤解されるでしょう!』 なーんて生意気にも言われちまってね。曰く、こっちが反社に回すから、その切り離しに余計な予算が割かれて工程が遅れるんだと」
「はぁ。工作?」
大家が怪訝な顔をすると、ローブの一人が横からこそっと耳打ちしてくれた。
「ほら、俺達って持ち出し禁止の本をネットや、手渡しで配給して量産してるでしょ。その工作だよ」
少しでも、指摘される分を減らしておきたい、払うべき借金をロンダリングしておきたい。
だからどこも日夜残業残業で、非売品でも発売前でもこうやってメディアに回して、理由付けを行っている。
「あ、工作っていうか現代の錬金術だねぇ。
『既視感あるな?』 っての、知ってるんじゃないの」
……
……その言葉の意味は、確かに彼女にも心当たりのあるものだったので
大家は何も言えなくなってしまった。
「でね、こっちもボスが常にイライラしてるし、
もう少し量増やしてほしいってんで、まだなのか? とゆすったりしに行くんだけど」
ローブの人も、どこか現状を理解しているらしく、苦く笑いながら言う。
「『メディア拡散して、お年寄りを誤魔化そうとしているみたいですが、
そもそも何にも許可出してないんですよ』とか。
『契約もないのに、なんで要求だけ高いんですか』とか
言われちゃうとねぇ。
皆が楽しんでくれているならいいんじゃないかと俺は思うけどね、大家さんはそのところ、どう?」
はぁーーーーー、
「今日から辞めようと思うけど、またやっぱり使ってしまった。死のうか
な。他に良い方法無いんだよ……
きれいになれないなら意味がない」
帰り道。
少しふくよかな体を揺すりながら、大家は片手に密輸本を持ち、嘆いた。
「やっぱり、あの手のコラボって、ロンダリングの一種なのかぁ。って言ってもなぁ……あれがないと生活できないし」
ぼそぼそした陰欝な自分の声に、尚更自信の無さを自覚してしまう。
いかにも、冴えない……
声優みたいにとはいかないが、せめてもう少し可愛いげのある話し方ができれば良いのに。
この、何かに頼らないとまともにやっていけない現状がまだ続くことを伝える者もあまりいない。
「1冊じゃ、絶対すぐ足りないよ。
まだ次の届かないのかな……」
もっと欲しい。
すっかり思慮が浅くなった頭では、『何故出回らないのか』『そんなに反発するのか』など、とてもじゃないが考えられなかった。
そもそも、そんな頭があるなら無駄に手を出す筈が無いのだ。なんだって。
「この体も」
心痛が伝わるような深いため息を吐き出すと、また一回り大きくなった腹を撫でる。ぼよんと揺れていた。
大家が精神の調子を壊してからというもの、薬を飲んだり治療を試してはいるが、いまだに欝による過食症で食べるのが抑えられないでいる。
壁には守る度にスタンプを押せるようにした目標が貼られている。
『7時間以上ちゃんと寝る、興奮することはしない、誰かのせいにしない。完璧じゃなくていいから、家事をこなす』




