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【音闇クルフィ】  作者: たくひあい
番外編1
32/240

鍋/パリュス党



 何処にいこう。とりあえず、あっちから二人の声がした気がする……

と、コトが考えながら路地を走っているとき、ふと「あれ、指名手配犯は?」という物騒極まりない言葉が降って来た。「あ……」声がした方向──進行方向の、ちょうど目の前に少女が立っている。

「久々に聞いた呼び方……体は、大丈夫ですか、クルフィさん」

「ああ、なんとかな!」 

少女は少しだけ微笑んだ。


 指名手配犯──

かつてキャノは放火の疑いで指名手配されていたりする。

さっきまで一緒に居た彼女だが、実は疑いが今もまだ完全になくなったわけではない……はずなのだ。

ただしそれなのにテレビに出ているし、グッズ発売も普通にやっているしで、本当に事件なんかあったのか? みたいな複雑な感じが世間に漂っている。

 この辺りに何があったのか、どういうやり取りや圧力があってメディアに出られるのか、ちょっと不思議だ。


「なにかこう、賄賂でもあるんだろうか……それとも不思議な力でなんとかしちゃったんだろうか。あり得る。不思議な力でなんかこうちょちょいっと誤魔化せそうだし」

「別にそんなの、事件を起こした政治家だって普通にテレビに出てるぜ、私の故郷とか!」

彼女は訝しむコトに逆に不思議そうにしていた。

「ほら、誤解、とか言っときゃあさ、案外」

彼女はけらけら笑っているが、そのメンタルは彼にはまだ完全に身に付いてるわけでは無い。

「誤解でもなんでも、とりあえず気持ち悪くなってきた……うう……」


 案外、気持ち悪くなってきたという事実が一番重要だったりする。考え過ぎない方がいいかもしれなかった。


ビルとビルの隙間を歩きながら、灯り始めた灯りに少しあせる。

夜が近い。

こうやって暗闇に光が浮かび始める瞬間の町は、ちょっとだけ、なにか、懐かしい気持ちになると、コトは思った。なぜかちょっと胸が痛い。

「こっちはさっき、魔物がいて、捕獲と連絡してきた。そっちは?」

 人のざわめきが強くなり始めるなかで、少女が問う。

 「──こっちは、キャノさんとたぶんハンターのフレテッセから逃げてました。旧式の銃、しかも魔法冷却型に近いのを持っています……」

「──近いって」

「……疑似魔法照射器が、あっ! そうだ、彼女が、モーシャンに追われて、えーと……火が!」

話すことがありすぎて、なにから言えばいいのか、いや、時間がないんだった、とちょっとパニックになる。いつの間にか少女は人だかりのある方角を見つめていた。

──火が、燃えている。


「コト」

少女が言う。視線を向けたままで、こちらからは背中しか見えない。

「はい……」

「なにか、個体持ってないか?」

「え? え、え、っと……」

久々のやりとりにちょっと焦った。個体、個体!?

「──あー、えーと……」

おろおろしていると、少女は勝手に路地裏の道端に落ちている古ぼけた鍋を手に取った。

「まっ、これで良いか」

「えっ?」

少女は片手をすっと鍋に翳す。

「コト」

「はい」

「向こうの燃えている場所の近くから、なにか、石とか拾って来て」

石とか?

 わけがわからないが、人だかりが出来ている方角に向かって走った。野次馬をかき分けて、然り気無くしゃがみ、地面にある小さな石を拾う。立ち上がろうとしたとき、輪の中心──死体を、見てしまった。「うう……」

思いたく、ないが、だけど……これはあまりにも、惨い、気持ち悪い。 咄嗟に目を逸らして人だかりから離れる。野次馬を装っただけあってさほど気にされなかった。

 あいつが殺した。火は少しずつ弱火になっておりまだ彼は完全な炭にはなって居なかったがもう助からないだろうと、そう明らかだ。

しかも、俺たちの真似をして殺した……

わからない。わからない。

彼が、力があったらと思うのは、誰の為なのだろうか。


「石です」

路地裏に戻り、手のひらを開いて、少女に渡す。彼女はどうも、と言ってその石をまたもとの方向へ投げた。低く弧を描いて石が跳んでいく。

「──取ってこーいみたいなやつですか!? 犬じゃないんですけど」

「ああ、行きたきゃ行け。シュークリームになってるかもしれない」

 少女はめちゃくちゃ適当に答えながら、鍋を地面に置いて片手を上に掲げて引っ張るようなしぐさをした。

「召っ……喚!」

瞬間、微かな音がして、一瞬だけ今燃えている場所の方角から緩やかに光の弧が描かれた。

さっき石を投げた軌跡を辿っているらしい。すぐに鍋の中に火が移る。

簡易ランプみたいだ。

ちょっときれい。

「人工魔法ならすぐに消すのが難しいが、まあこれでしばらくは大丈夫」人だかりがあった方の火は、突然消えてしまっていたので、背後でなにやら騒がしくなる。

逃げるぞ、と言われる間もなく、二人は鍋を抱えたまま来た道へとゆっくり下がり始めた。

「ちなみにその辺の石ってなんに必要だったんですか」

「距離。物質移動は魔物を呼ぶのと違って距離情報か深さがわからないと力がどこまで必要かわからないからな」

 薄暗い道が、ふんわりと柔らかく照らされている中を歩く。

真面目な場面のはずなのに、なぜだか少し、癒される。

火は、誰かを奪った。なにかを燃やした。さっきも、誰かを殺したけれど──

美しくて、わけがわからない。

泣きたいのか、笑いたいのか。

風呂を壊すなと怒られて、ニュースで水の事故が騒ぎになって、火が、燃えているのを見て、誰かが死ぬのを疑われる立場から見て、力に、憧れる少年から恨まれて、あぁ────わからない。


 いや、火のついた鍋で歩く状況が一番わからないな。


 とりあえず、成り行きから火種をゲットしたのは良いが、これ、底抜けたりしないんだろうか……

あ。だから鍋なのだろうか。

たぶん、雨漏り用とかのやつだろうけれど……と考えても仕方がないが、考えるのはコトの癖だった。

「あ。シュークリームってなんのことなんですか?」

「それにはいくつかの説がある」

「なんで!?」

そういえば、と左右の歩道を見渡した。キャンディさんが居ない。キャノも居ない。


2021/9/1819:54


「キャンディさんは見なかったんですか?」

少女は火のついた鍋をコトに手渡し、大きく伸びをしながら答える。

「あいつ地面嫌いらしいんだよ……静電気がどうとかって……制限装置の制限が遅い代わりってところかな。屋根とか歩く方が好きみたい」

「へぇー」

 コトが見た限りは普段から地面を歩いてくれていたのだが、あまり地面が好きなわけではないのか……

「じゃあ今、屋根の上なんですかね」

抱えている鍋を見て居ると、なんとなくトタン屋根を連想した。

「あぁ……たぶんな」

彼女は慣れていると言ったふうに空を見上げる。そこには、空があるだけだ。

 あちこちに立ち並ぶビルは、毎日のようにテナントが入れ替わる。なんだか搭のパズルみたい。 あまり関心がなかったけれど、人もそんな感じなのかなと、少女の横に居る自分にふとそう思えて

──少し前にあった、フレテッセたち……本物に『なり損なった』彼らが自分たちにすがるしかなく、頼るしかできず、それ以外ではたぶん何のアピールも無いのだということへの残酷な意味が、少しはわかるのかなと改めて考えてみる。

(……やっぱりよく、わからない)

『力』に憧れ、恥ずかしげもなく無頓着に拘りを持ってしまうのは、社長に見て欲しいから?

「浮かない顔だな?」

いくらか休んで元気になっている少女が、コトを気にかける。

「ちょっと、力ってなんだろうと思いまして」

「なんかあったらしいが……哲学か」

「なり損ないに、本物にすがるしかない──ただの人間に会ったんです」

「あぁ……昔からいる人種だな」

「そう、なんですね」

俺はなんにも、知らなかった。

なるしかなくてなった人ばかりだと思ってた。しかも、狩りの対象にまでされて……

「今まで、生まれつきだけで、なんて理不尽を背負わされるんだって考えしか、俺にはなかった」

この町の人間はそうじゃない。狩られもしない、システムの中にさえあれば充分に恵まれていけるように見えるのに、どうして自分自身の力で出来そうなことをやらないのだろう?

生まれつき魔法が無かった者が、それが無いことがそんなにまで嘆く理由になるものだったのか。

「『注目を浴びたくて』『苛められたくなくて』そんな理由で攻撃された」


つまり、言いなりだ。他人が言ったから自分自身を変えようとしている。


──生まれたときは、他人とかかわる前は、もとの自分自身を愛せていたのかもしれない。

 苛められないで、力のない自分自身を見てやれたのかもしれない。


 その環境にさえ居れば、彼は狂わずに済んだのだろう……

そう考えてしまうから、余計にわからなかった。

「しかもそれを、やめる気が無いみたいだ。

いつかは届くと思って、ギャンブルと一緒だ。

それが自分のなかでうまく処理出来なくて……そんなことをしても、力が手に入るわけない、自分自身を愛せない」

リスクがあるものほど、儲からないものほど、ずぶずぶとはまって、抜けられなくなる。

破産していく前段階。

力は──持つしかないもの。選ぶしかないもの。コトは既に母が『あの状態』だ。

今はギリギリやっているけれど、もしも落ち着いて生活が出来なくなったら──どうしたら良いのだろうと考えている傍ら、力を代償さえ払わずに羨み、ひたすら叩きたい彼らが憎らしく見える。

ただ寂しいだけだろ?

名誉を全て捨てろ、代償を全て捧げろ、血を流せ、それから願えと意味もなくそう叫びそうになる。



「あぁ、もう、カキン出来ないじゃないのー!」

「これまでの利益分全部吸われるぅ!」

「ふざけてる! こーんなに集めてもカキンの意味がなーい! なにこのゲームぅ!」

「カキン舐めんなよー!」

なにか騒がしいと思ったら道の途中の柱時計の下で、端末を操作しながら座り込む、不思議なカエル(でかい)たちが騒いでいる。

「──えぇ……」

同じように引いているであろう、と少女の方を見ると、目を丸くしていた。

「あの、クルフィさん」

「え? あ、あぁ……魔物って、様々だからな」

さっ、と目を逸らす彼女にコトは不思議に思いながら「もしかして、カエル嫌いですか?」

と聞く。彼女は「……。購買に売ってるけど、キャノはよく食べてる」と話題を逸らした。

「購買に売ってるんだ」

一応乗っておこう。っていうかキャノさんよく食べてるのか。購買の常連だろうか。

「薬の実習あるしな、ほら、ノートとか鉛筆みたいなもん」

彼女はちょっと青ざめながら答える。

「そんな頻度でカエルなにするんですか」

「基本的には煮たり、潰して汁を絞って──」

まあ魔女だからな……

「あっ、カエルがこっち見た……」

カエルがこっちを一斉に向いた。しまった。

「こんにちはー、ハハハ」

「カキン舐めんなー!」

「カキン舐めんなー!」

「カキン舐めんなー!」

「カキン舐めんなー!」

挨拶どころじゃない、こっちに目を向けた状態で一斉にカキン勢の不満を爆発させてきた。

こっち見ないで!

またこのパターンなの!?

 コトがアワアワしているうちに、少女が前へ出た。そして数秒、カエルをじっ、と見つめる。

「──うーん」

数秒のにらみ合いの末、彼女は唸った。カエルは、ゲロ……と小さく鳴いた。睨み合う少女とカエル。シュールだ。

「どうかしたんですか?」

「いや……」

少女はなにか独り言を言ったあと、至って真顔でコトの方を向いた。

「あれはカエル人……人類の進化の過程で生まれたカエルと人間のハーフ」

キリッと、そんなことを言われてしまった。

「へぇ……聞いたことないです」

「地底小人も居ただろうが。あの小人でかくなって巨人になるらしい」

「すごいっ、成長期?ですね! カエル人もまさかやがて巨人に!?」

「とにかくあれは後回しだ」

彼女が適当に切り上げて、さっさとその付近を離れていく。後回しね、時計台の近くにいるあのカエルは後回し……


───って、さっきまでの道、時計台なんか無かったぞ……!

「うわあああああ道! 忘れてた!」


「なあ、思い出したんだが、私のたくあん食べた?」

「今なんでたくあんが出てきたんですか?」

「いや……ふと言いたくなって。べつにいいんだが」

「知らないですよ!」



2021/9/2121:43















???


タワーが見渡せるような高層ビルの一室。

ある男はひたすらに呟くように、デスクに置かれたPC画面の向こう──何者かに語りかけていた。


「思い出してみてほしい。あのとき、我々が100%悪いという流れだったのか。アビィが居なくなった後、私は当時の組織でも革命派代表という重役を言い渡されていたんだが」


奴等は、我々の革命の信憑性を問いかけた。


「それを受けての、上役の対応を思い出してみろ。意見を聞いてすぐさま我々を処罰したか。しばらくそのまま、我々は重役の椅子に座り続けた。そう、批難し、ケジメをつけさせるどころか、ジミたちはなんの問題もないというアピールに勤しんでいたんだ。

我々の組織は、活動は、肯定されていた……そう! 我々がなぜ重役で居続けることが出来たのかが証明出来さえすれば──あの日、奴等に奪われた屈辱を晴らし、糾弾を回避出来るかもしれない。

 この事実、これが世界に受け入れられたときには、私が返り咲く日も近いだろう……そう、思うのだが、どうかね」


薄い緑の画面には、大口を開けた魚が映っており、パクパクと口を動かして対話者の声を代弁する。

「──しかし……対立に発展したということは、向こうが先に受け入れられようとしていた事実でもあります。肯定されていなければそもそも奴等がたどり着けるとは──とても……最初から拒みさえすれば、あの暴動で我々のクビに刀を下ろすことは出来なかったかと」

「ふむ……」

「まあ、散々革命革命ってやってるもんだから暴徒化を恐れて、その中でだけ地位を与えるという外交はどこでもありますしね。餌でもないとなにされるかわからなかったん……」


ボソッと、画面の向こうの人物?がなにか言う。

「なにか言ったか?」


「い、いいえー! 頭脳明晰! 眉目秀麗! さすがボス!」


2021/9/2216:41

..............



..............

むかしむかしのお話です。

暗い、暗い、夜でした。

 ボスの為に本を盗む泥棒、タカユキは本が大好きです。

 ある日、見つけた本はタカユキの興味を惹きつけ、ボスより先に読むことにしました。

暗い夜道のなか、片手に抱えたランプが、彼の手元を照らしています。

 彼を不審に思い、話を聞こうと女性がやってきました。

タカユキは、彼女を突き飛ばして大声を上げて叫びました。

「邪魔をするな!」


ごろごろごろ。

女性は道路に投げ出されます。


タカユキはわざわざ彼女の目の前で血眼になって『本』を読み上げ始めました。

 彼にとってはそれは彼が手にするはずの名声が納められることになる本。本を両手に抱えて笑います。嬉しくて仕方がありません。 

「はぁっ、はぁっ、ふふふ」


その感動に、極まって目頭を熱く潤ませながらページをめくります。

 自分がこれから所有者なるはずのその本以外が邪魔だった彼には、もうすでに他の声は届くことがありませんでした。 彼がページをめくるのを、止めるものは居ません。


「封……て……」


 彼女は、なにか言おうとしました。けれど瞬時に悟ります。

既に、意識に触れてしまった。

彼はもう駄目だということ。

タカユキに渡ったあの本は、かつてと『同じ条件』をひとつ満たしてしまう。所有者の届かないところで、災いを読んでしまう。

自分は────

 彼女は、道に寝転がったまま、トラックが来るのを待ちました。

空には星が燦然と輝いて居ます。

「綺麗だな──」


 読み上げられたそれから、なにかが弾けて外に溢れていきます。

それは、一番恐れたことでしたが、悲しみよりも先に、この状況の味方は居ないのだと考えました。

 そうして彼女は、ふと『この血であがなえるならもしかしたら、全てが終わるのかもしれない』と思います。


 これから先、これからはずっと彼が、代わりに縛られ、扱えないアレと対峙させられる代わりに私は眠るそれも、もしかしたら。

 彼が、生きるなら私は死なねばならない。彼が、死ぬなら、私は生きる。

「私は──提示します、その環を断ち、その縁を持って……」

 震える声で、彼女は最後の魔法をかけました。



──────────────


 体が、動かない。

キャノは地面に踞ったまま考えた。

おかしい。絶対におかしい。今まであのくらいでこんなに疲弊したことはなかったのに。

(まるで、リルのときと同じだ)

もしかしたら『あの子』がなんらかの理由で無理に出ようとした影響もあるのだろうか。

今までこんなことはなかったはずなのに。

 なんにしてもただの一般人であるコトが居てもどうしようもないので、とりあえずどこかに行ってもらったけれど……と目の前のモーシャンを見ながら考える。モーシャンは、なかなか起き上がらない彼女を嬉しそうに見つめていた。

「案外、あっけないのね、それじゃ、縄でもつけて……」

 ちょうどモーシャンがなにかしようと倒れている彼女に近付いた、そのときだった。



「ずっと出番を探していたかいがあったってなもんだな!」

 ビルに囲まれた路地裏、の──屋根から人が降ってきて、モーシャンは慌てて下がる。

「うわっ!」


「知ってる? キャンディマンって、ホラー映画が作られるらしい、ぜっ」


 キャンディは適当なことを言いながら手から何か空中に放り投げた。

彼は瞬時に巨大化したそれを掴むとモーシャンの前に構える。


 やけに棘のついた、使いにくそうなハンマーだった。


「なにそれ、丸腰相手にヒキョーじゃん!」

モーシャンは文句を言いながら、その場で二人を睨み付ける。


「バーカ! もっと楽しい生き甲斐見つけなさいよ!」

キャノはなんか癪だったのかキャンディに当たっていた。

「俺の生き甲斐をバカにすんな!」

「キャンディマンって、呼んでやるから!」

「呼ぶな! キャンディマンがヒットしようがしまいが関係ないけど呼ぶな!」

モーシャンが叫ぶ。

「私を無視しないで! 無視されるのは許せないっ!」

キャンディはモーシャンに近付くと「さっきはどうも」と挨拶する。「う……」

モーシャンは攻撃を警戒しているのか、キャンディの手元を見つめている。手にしているハンマーはどうやら自在に大きさが変わるらしい。

今のサイズだと、かなり重そうに見えた。

「どうする? 丸腰だと大変なら、さっさと帰りな」

 キャンディが追い払うように言うと、モーシャンはしばらく何か考えて居たが、結局「また会いましょうね!」とどこかに走っていった。




「逃がして良かったの?」

キャノはその場に座り込んだままたずねる。

「お前をこのまま此処に置いておくわけにも行かないだろ」

「でも──見せ場がかなり短くなるよ」

「本気で言ってるのか?」


 キャノは苦笑いした。

もともと彼女は物理的な戦闘は苦手だ。近接向きじゃないし体力もそんなにあるわけじゃない。けれど──

こんなに極端に疲れたことは、これまではなかったのに。

「立てるか」

「あんたって、なんかこう、居るだけでむかつくわよね……」

 ぜぇはぁと息をしながら、キャンディの手、ではなく肩につかまるようにして立ち上がる。

「ほい、立てた。じゃあ、あとは……」

 キャノがなにか言おうとしたとき、キャンディがハンマーを振り回した。銃弾が弾けて遠くの地面に落ちる。

「フレテッセ!」

フレテッセが、道の奥から歩いてきていた。

「はぁーあ。ちくしょう。婚カツも就活も、みんな社長がやれっていったんだ!」

……なにかキメている。

くるくる、と指の間で銃を回して、再びフレテッセはキャノたちの方に構えた。

「黄金パターンは崩さないよ。これからも、他人を使い続ける生活がしたいものです」

撃とう、という瞬間にキャンディはハンマーをまっすぐに構え、地面に叩きつける。

「俺は、キャンディマンが、出落ちでないことを! 祈るぜ!」


せーの!

と振り下ろされた先から閃光が走った。それはいかずちを含んだ衝撃波となり、フレテッセに向かう。

 なにかを激しく引き裂くような、バリバリという反応音がアスファルトを駆けていき、フレテッセは避ける間もなくひっくり返っていた。

「い……今、なにが……」

ギリギリフレテッセに当たるか当たらないかくらいで目の前にあった地面が何割かなくなっている。

 キャンディはハンマーを小さくして掌に戻すと、無表情で彼の目の前に移動した。

「番外編の尺が伸びちまうから、あんまり派手に暴れられないんだよな……やれやれ」


 フレテッセは、焦げた地面を見つめたまま、震えあがっていた。

っていうか、溶けている。

アスファルトがちょっと液体になっている。

「あっけないものだ。さて、縄かなんかで括るかな」

 キャンディはどこかウキウキしながら、縄を呼び出そうとする。

フレテッセたちは力を持っていない。こんな風に、本当なら差は歴然として相手にすらならない。

 だからこそ今までは『見逃して』いたのだけれど、まさか旧式武器を向けてくるとは思わなかった。

(銃からしてもフレテッセが軽そうだったから良かったものの……距離があると面倒だろう)

キャンディは普段から武器を持ち歩いているけれど、普通、魔法を使うだけの民はそんなことをしないわけで、襲われたら大変そうである。  

 キャノがやけに疲弊しているのも気にかかった。

(まさか、個人そのものに対して特殊な圧力をかけているんじゃ……制限装置を解析する必要がありそうだ)

縄を出して縛っていると、キャノが何か言いたそうにキャンディを見てきた。

「俺さんも、お前が奴等と公平な立場で戦っていたんじゃないのはわかってるって」

 キャノは頷き、腕をさする。

普段魔法で誤魔化している腕に、アームカバーを付けなおしている

。制限が、痛むのだろうか。

年々、裏側での工作、制限が増えていることは彼も知っていた。

 実際は平等ではない上から、強い弱いと言っているのだから、比べられるはずもない。

それでもその闇を隠してまで誇る。それが、奴等のやり方だ。

「逃げるうちに私の縄張りの区域からちょうど出てしまったな……」

いたたた、とふらつきながら彼女はその場をぐるぐると歩く。

「ありが……と」

振り向きざまに嫌そうに彼女は呟いた。

「あ、あぁ」

素直に言われると、なんとなく恥ずかしい。と思った瞬間、彼女は元気に声を張り上げた。

「だけど調子に乗らないでよ。私、借りを作るの嫌いなんだから!」

「はいはい」

まあ、いつもの彼女らしいから良いか。

 突如縛られているフレテッセが騒いだ。


「お前たちは、なぜあいつを殺した!

なぜだ! 揺さぶったから落としたのか!! 逃がすためだったのか!」

 キャノはマイクを取り出してフレテッセを眠らせる。


「違うわよ。全部」


──それは、かつての出来事に対する答え。


「私も、あの子もそう」


 微睡むフレテッセに、その声は届かない。どうして彼らは理解しないのだろう。

力への、神への敬意、祈りを、

仲良しごっこの延長のように引き回す。権力の象徴のように飾り立てる。

 力があったならほしいと何も奪われずに願い、尊く貴重な祈りをまるで所有物のように見下す。


「見たくなかった。みんなの世界を、みんなの祈りを、彼が所有物のようにするのは」.


──文化の盗用? 違うね。誰でも使っていい

──マジックはkawaii!

Kawaiiは誰でも使っていい!


 昔、マジックはkawaiiとして、代名詞的に町に流行らせた人が居た。

そのときに魔法少女ブームもその一環になって『kawaii』として紹介されて一躍話題になったのである。 キャノはかつてその『役』を演じた。その頃はまだその重みを、どういう意味を持つのかを知らずに、看板を背負っていたのだが、その罪は消えない。

 メディアはこぞって戦略的に『魔法少女そのもの』という展示物を生み出し、誰でも使っていい、とkawaii文化に混ぜてしまった。


「私たちの身体が、私たちの心が、『設定』としてのテンプレートになっていく。『自分たちが考えた』になっていく……私たちは、設定じゃなく本当に居るのに」


 まるで人間側が考えたおとぎ話の設定に、私たち本人の側が乗っ取ったかのように。

おとぎ話じゃない。私たちは、人間の考えた物語の存在じゃない。本物だ。

「──そこまでして、人間は、文化全て、塗り替えたいのかな……」


自分たちの存在そのものから、人間の所有物のように言う、信じられない人が居る。勿論、純粋に魔法使いを応援してくれる子も居るのだが、今、メディアを牛耳っている人たちの多くが、この、一部の能力者や先住民たちを「自分が考えた存在」に変えてしまうことを狙っていたために、そのような情報操作が行われている。


「だから、『タカユキ暴走』なんかが生まれたんだろ……力も無いのに、やつらはそれすら、なんの脅威にも感じちゃいないから、本だって……所有者を偽造しようとした」


「カワイイ、か……」


 少年が彼女たちに気付くより少し前。

道具のように使役されていた彼女たちは、人間が描いたおとぎ話のなかにしか居ない、という風評の元に、今のようにハンターたちと戦っていたことがある。

彼女たちはもとから居るものであり、人間の創造物などではない。

それを主張するための戦いだった。


かつてあったあの戦い。

その頃『社長』側の反マジック対策、または『加護を断ち切る』対策という名の工作が行われていた。

 そのひとつがメディアによる類似模倣品を流す工作。

 魔法使いが人間が作った架空の存在だという嘘をばらまくことで、国民に迫害を納得させ、人間の味方をさせるというものだったのだが度重なる争いの結果『彼女たちはもとから居たものであり、人間がそれに追随しているだけ』という主張が通ったのが数年前──つい最近のことである。

 そのときは最終的には創造神の血を引く幻影の魔女たちが加勢したお陰で休戦になっている。彼らが勝手に『加護』と呼んでいる、魔力の反発や、人間には扱えない力の流れが『文化』の流用を塞き止め、人間になすすべはなかった。

 そうして今の支部が生まれた。

正確にはその後に、引き換えのように力を強制的に制限する装置が町中に配置されているけれど。彼女は、そのときはそれによって争いが終わったとどこかで安心して、自分たちが産み出したなどと言わなくなるだろうと、そう、思っていた。


また争いが起きてしまった。


 キャノはふと、なんらかの姿を、または縛られて眠る目の前の少年を思いながら考える。

ドーピングよりも可能性があること。

嫌な、可能性。本にあった話では人間にも力を持つものは居るけれど全く力がない場合は、魔力ごと存在がなくなってしまうという噂で、リスクの方が高いのだが、もし、なにかあったら────

「なんの話だ?」

少年を担ぎ上げながらもキャンディが瞬きする。

「ううん」


人間は『年中発情期』と呼ばれる生き物で彼女たちの数倍繁殖欲が強い。 

 それを避けてきたものや、他の文化にも躊躇いなく恋愛を持ち込み破壊を続けてきた。

 このままいけば、今残っている他の文化の何もかもに自分たちの恋愛を織り混ぜてしまうだろう。

 魔法使いや魔女は他者と繋がりを持つ行為自体が危険な為、通常は力を持つもの同士にしか惹かれない仕組みになっている。

 けれどもしその戒律ごと無視して強引に

繁殖を進めようとしていたら────

その計画くらい、あるのではないか。

「もし、恋愛を織り混ぜて来ようとしているとしたらただ生態系が歪むだけじゃない、そう思っただけ」


人間は、加護、が嫌いだ。

私たちが嫌いだ。力が大好きだ。



2021/10/523:55─10/1010:02─10/1317:31加筆






















 少年は鍋を片手に、少女と二人、来た道に向けて戻っていた。

通り過ぎる駅前通り付近の道には、こういう場所でたまに見る謎の革命家がたむろっている。

 歴史修正を手伝ってくださーい」

「昔の歴史は、マジックによって、書き換えられています! 修正を手伝ってくださーい!」

「このままでは人間の文化保存の危機です! 歴史を我々の手で取り戻しましょう!」

 パーカーを着込み、拡声器を手に看板と声をあげているというものだが、さっき来た奥のほうの道で見た、カキン出来ないと愚痴るカエルよりは見慣れていて、ちょっと安心してしまう。道のあちこちに『パリュス党』とか、旗が立てられているが、これが彼らの名前なのだろう。



「いつも思って居たけど、あれってなんのための活動なんだろう……」

 ああいった集団はときどき居るけれど、マジックという言葉を認知したことで、あれが人間側の勢力だとわかってきた。

学生のときに無関心だった視点だ。

(歴史、って自分たちが作ったものなのに。それが真実でなくて、なんになるんだ?)


「tita事件のような、タイタ、いや怠惰な民にならないよう! 今からでも!」


背中から聞こえてくる声。

「──────」

痛い。

無関心だと切り離して居たそれが、今は、痛い。人間が魔法を使おうとして起きた黒歴史。『あの事件』のことまでそんな風に呼んで居たなんて、それが、人間だなんて……知りたくなかった。





 確か、タワーがある方角から曲がるから、と遠くに見えるタワーを目印にすることにした。

少女は無言でなにか考えごとをしている。なにか悩みがあるのだろうか。ちょっとぼんやりしているみたいだった。

呼び掛けると「あ? あぁ──」ととりあえず反応はあるが、また黙ってしまう。

「なにか、ありましたか?」

「いや──ちょっと気になることがあってな。どう言っていいのか……私にも、うまく言えないんだが……」

「そうですか」

 遠くから再び「歴史修正を手伝ってくださーい!」が響いてくる。クレーン車がなにか運ぶ音。ビル建設の音。誰かの笑い声。ぼーっとしていると、雑踏のなかの音たちに包まれて、まるで夢のなかに居るように感じられて、一瞬、意識を手放しかける──ところで、彼女は口を開いた。

「研究所から──魔物が逃げ出したっていうんで、さっき魔物を捕まえてきたんだけど……」

キャノといたとき、車が数台続けて近辺にやって来るのが見えたのを思い出す。なにか捜索しているみたいだった。

「そっちに居たんですね」

「あぁ。一体一体は雑魚だったんだがな……」

少女はそう言うとまた黙ってしまう。

町を歩く。

会話が無いと二人ぶんの靴音がやけに響く。

 夕飯の買い出しに行く主婦とすれ違う。ナンパ目的なのか、チャラそうな男たちが群れて歩いていく。空に、渡り鳥が駆けていく。

 全て、まるで、どこか違う次元みたいで、なんとなく、物悲しくて、人前でなかったなら耳を塞いでしゃがみこみたくなる。

「Tita事件のときに、あいつも研究所に行ったことがあるっていう話を、思い出してな」

誰にともなく、彼女はふいに呟いた。

「あいつも?」

「弟子」

「そうなんですか。何をしてたんでしょう」

「ん? ガチャをしてたとか、食堂で暴食したとかって」

「え?」

「なんでもない。ソルジャー……ではなくて、人体錬成していた場所みたいだが」

「なんでソルジャーと間違うんですか」

「よく人が誘拐されたらしい。そいつの知人も」

「はぁ……なるほど」

.

「あの自転車、貰い物の気配がする……」

「貰い物? それが、どうしたんだ」

「貰い物の自転車で、貰い物の大量の野菜を運んでる……」

 それが、どうしたのかと聞かれたらなんて言っていいのか、わからない。ただただ、普通はあり得ないだろ、という漠然とした違和感を覚えて、それが気持ちが悪い。

だいたい、なんで俺は『わかる』んだ?

「ううっ──」

頭を押さえる。


──今、には辛いことしかない。

いつだって、安らぎは思い出の中にある。

 目を閉じる。遠くで耳鳴りがした。そう、そうだ。いつだって、思い出の中にしか救いはなかった。

だから俺は────


 記憶のなかで、なにかの破れた紙片が舞う。


「俺に、こんなものを、読ませるなっ──こんなものを、見せるな!」

今、が。現実が、思い出を汚していく。現実からの使者が、壊れるはずのない大事な思い出を、

だから、


──お前が、俺の未来か


「違う。これは、俺の過去だ。

お前は、到達すらできてない。お前が時代遅れなんだ」

──はっ、として顔をあげる。

少女が少し心配そうにこちらを見ていた。今の独り言が聞こえてしまっただろうか。

「──ロクシュタナハ、か」

少女は少女で、そんなことを呟く。闇から現れ、未来を捜して這いずる者を意味するそれは、伝記のなかでもたびたび神の争いに混ざっていた。少し、どきっとしながらも、とりあえず話しかけてみる。

「どうしたんですか」

「いや……懐かしいにおいがする、もんでな」

目の前の図書館を見上げながら、彼女は伸びをする。

「においが?」


「ん。ちょっと、古い知り合いが居てな。そいつがよく、ロクシュタナハって、名乗ってたんで」

「はあ……」

ロクシュタナハは、闇とも呼ばれている。未来の端にある、まだ未来になっていない闇。または、未来を見つけると先の方から過去に向かって少しずつ食べてしまうという。

彼に食べられていない部分までの未来を人々は見ているとされている。



「魔王ってのもあるがな」

にやり、と笑って彼女は図書館に向かって歩いていく。

 この大図書館って、たしかになんか魔女の噂があったと聞いたような。と、ふと思い出す。

魔女……魔女か……


──お前が、俺の未来か

フラッシュバックした言葉に無性に苛つく。

「ふざけた台詞だ」

舌打ちしたくなるのを堪える。見た目だけ真面目なせいか、舌打ちするだけで随分怖がられてしまうから、彼女に誤解されたくなかった。

(だったら……今を生きてる俺はなんだっていうんだ)


 少女の後に続きながら、コトはぼんやりと、懐かしい日のことを思った。

 

2021/10/1510:50─2021/10/26/14:46─2021/11/14/23:06加筆








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