台本(シナリオ)はどこにある? 後編
これで完結です
アンの言う「サポートキャラ」と言うのは、正直な話としてセーラには受け入れがたいと思った。友達と言いながら、サポートキャラの主人公への行いは奴隷根性丸出しに見えたのである。
もちろん「悪役令嬢」と言われた自分もそうだし「攻略対象」とされている人物達が己に近いと言うのも複雑な心境であると同時に出来るわけがないと言うのも判っていた。
「そうそう、もう一度言うけれど異世界人であるアンが王城に行けないのは理由があるのよ。
大昔から異世界人は、恐らくは知らないだけでもっと沢山の異世界の存在はこちら側に紛れ込んでいると思うの。昔は王城で保護したりもしたのよ? でも、歴史に名を残す人物が起こした事件のお蔭で多くの国々で「異世界人は隔離すべし」と言う風潮がまかり通る様になったの」
「かくり……どうして?」
「当時、異世界人は何の知識も無く何一つ出来る事が無く、邪気すらなく一人の女の子が太子の前に現れたそうよ。最初に見つけたのが太子だったのね。
他国からの間者でもなく、邪な考えを持つわけでも無かった少女は、何も考えていなかったからこそ人々の心の中に踏み込んだ。
自分のいた国の事を話して、いかに便利な世界で優雅に生きていたのかを人々に伝えた。今よりもっと技術的に魔法は使われていなかったから、例え大貴族であっても女の子のいた世界を再現する事は出来なかった」
そう言えば、とアンは思う。
この世界で不自由を感じた事は、ほとんどない。
明かりをつけるのもお風呂に入るのも、スイッチ一つでぽんと出来た。だから不思議に思う事は無かった。
テレビは無かったけれど、本はあった。文字は読めないけれど、時間は沢山あるのだから勉強するにはちょうどよかった。アンにとって勉強はすでに終わった事ではあったけれど、保護されていると言う事実もあって勉強位しかやれる事が無かったと言うのもある。
「でもね、女の子は「知らないだけ」だったの。
自分が異世界に現れて、どれだけ幸運な状態だったのか。本当だったら、今のような法律は出来ていなかったのだから、早々に殺されるか売られるかされても文句は言えなかったでしょうね。
あら、そんな顔をなさらないで? 今の時代はあらゆる異世界関係は研究所に集められ保護される様に法律で決まっているのだから。少なくとも物珍しさで売られたりする事はないわ。子供でも知っている事だもの。
女の子は、自分の世界の「自由」を太子に吹き込んだそうよ。逃げる事を教えたそうよ。
このままでは国を背負う「王太子」と言う立場になる、生まれる前から決まっていた「出来の良い婚約者」と結婚する事になる。
だけど、今ならば間に合うと……思い込んでしまったのね……」
「それで……どう、なったの?」
聞かなくても、何となく結末は判るような判らない様な気がしないでも無かった。
でも、聞かないわけにはいかない気がした。
理由としては、ただそれだけだった。
「女の子と一緒に、ほとんど逃亡扱いで辺境の跡継ぎの無い貴族の家に転がり込んだそうよ。
勝手に婚約を破棄したつもりになって、勝手に女の子を攫って、勝手に辺境の貴族の領地に入り込んで……決して多くは語られなかったからよくは判らないけれど、二人の間に子供はいなかったみたい。
その後、後に王位継承者が『異世界人保護研究機関』を設立しあらゆる異世界関係はそこへ集約させるようにしたと言われているわ」
「子供がいなかったって……」
「……出来ない体質だったのか、行為に及ぶ事が無かったのかは判らないわ。
判っているのは、太子が逃げ込んだ土地では流行り病と土地枯れと盗賊が現れて天変地異が続けて起きたと記されているわ……神の怒りを買ったのだろう、とも言われているけれど」
だからこそ、セーラにはアンへ「興味も無ければ脅威でもない」と言う認識だ。
どれほどの幸運がアンに味方をしたとしても、アンには何か一つでもアンの言う「シナリオ」を果たす事が出来る要素はないのだ。
最後に、揺れる瞳でアンはセーラを見た。
「それじゃあ、シナリオが……」
「前提がおかしいのですもの、果たす義理はありませんわ」
「どうして……」
ぺたりと、アンはその場で座った。
ドレス姿のままで、無残な顔のままで。
「そうそうに死ぬような目に合う事はありません、保護法が制定されている以上は人体実験などさせませんから安心なさって?
でも、どうぞ気を付けて下さいね? 甘言に惑わされてどなたかのモノになってしまうと異世界保護法は適用から外れますの」
「外れると……どうなるの?」
「この研究所からは出られませんけれど、所有物とされるでしょうね。国の民でない以上、国が動く理由はありませんわ」
ーーーーーー
ある意味、この国の人々は。
正確に記すならば、セーラやサリヴァンは知っていたのだ。
もう少し正確に記すのならば「アンの言っていた様な状況に似ている出来事」を。
最初は判らない人達も多かった、本の通りに幾つかの出来事が起きたりした……実際には差異もあったが、共通点を探せば小さな事も大きなこともそれなりにあった。この世界の言葉ではないから判らない事は幾らでもあったけれど、本の中に出て来る人名や地名に関しては歴史がドタバタしている間に色々と変更されていた。だけど、外の世界どころか言語を知る前に隔離されたアンには知識の世界と現実がすでに別物になっている事を知らない。気づく事はない。
かつて、異世界人に大切なものを奪われた悲しい先人の教えの方が大切だった。
異世界人は何も知らない。
異世界人は何も学ばない。
そうではない異世界人が居る事は、確かに存在する事は知っているけれど。
大きすぎたのだ、あまりにも影響が。
ある国は発展した揚句、壊滅状態になった。
ある国は発展する前に、自滅した。
温厚だった国は軍事大国や商業国家となり、法治国家は自由の名の下に荒らされた。
奴隷を忌避した者があれば指導者を倒し、汚れを嫌う者があれば都市丸ごと焼野原となった。
決して、それらは一つの存在が起こした現象ではなく。時に生物ですらなかったけれど。
けれど人々は、闘い、立ち向かい、そして疲れた。
疲れてしまった。
例え、自分達が知っている何倍もの異世界人が不遇な最後を送っただろう想像が出来たとしても慰めにならない程度には。
確かに、世界は動いた。
神々は口を閉ざし子らの成長を確かめるかの様に沈黙を保ち、どれだけ人々が願おうとも異世界から訪れる存在が訪れる事は止められなかった。
そもそも、世界の内側にある者が世界の外から現れる存在を入れない様にする事など、どうしたら出来ると言うのか……。
長い時をかけて、人々は知った。
異世界から訪れる存在を完全に止める事は出来ない、欠片も通さぬようにする事は出来ない。
だけど、物質量として大きな存在を入れない様にする事は出来る。それは、神を通し拒絶の意志を世界の代行と言う形で行うと言う不遜とも言えるし大胆不敵とも言える所業だった。
疲れ切っていた人々は、自らを守る為に神からの試練と受け入れていた異世界からの来訪者を「拒絶」する事に成功した。
もっとも、全てを対象にする事は出来なかったけれど。
神と通じているのは神殿と王家だ、王家は血で神殿は信仰で神とつながる事が出来る。故に、王家の血を受け継ぐもののうち数人は必ず神殿に入り神殿に入った者はあらゆる国のあらゆる権力から庇護「されなければならない」と言う存在となる。しかも、国が滅亡しても神殿は残される。
とある世界の人々は、自分達の世界をある程度は守る事が出来る様になった。
誰かは、後世に言うのかも知れない。
異世界人を犠牲にしたのか、異世界人を利用したのかと。
恐らくは……間違いではないのだろう、それは。
だが、結果に過ぎないと言うのもあるのは事実だ。
叶うならば異なる世界から現れる来訪者の全てを排除したい、自分達の生命を、生活を、国を、世界を、守りたいと思う事の何が悪いのかと。
異世界人と前後して現れる関係している「かも知れない」物を解読して、それに沿わせぬようにする事は自衛だと応えるだろう。
そうして、自分達の家族を、友達を、仲間を、親を、子を、主を、部下を守ったのだと。
何が悪いのか、ならば異世界人と前後して関係するものが現れるのは何故かと。
それこそが神の救いではないのか? と。
ーーーーーー
「しかし……よろしいのですか? セーラ様」
「何が?」
これまでがそうだった様に、アンは隔離された場所で何一つ「真実」を知らないままに生きて行く事になる。
もしかしたら、その方が幸せだったのかも知れないが。
「アンの言っていた事、あるいは間違いで無かったと言う事です」
「仕方がないわ、だって……今のわたくし達はアンの言っていた御伽話とは、到底相容れない存在ですもの。
わたくし達にとって、それは紛れもない事実だわ。違って?」
アンが研究所……「かつての王城」として使われていた城から出られないのは、理由がある。
この「世界」には原因が不明だが様々な物体や生物が突如として現れる事がある……それは時に平和をもたらし、時に戦を呼び込む。
人であれば、まだ良い。学習する事が出来るのだ。何が何だか判らない物体だと、それを調べるにどうしたら良いのか判らなくなる。
だが、そうやって現れた沢山の「何か」がこの「世界」の発展を促してきたのもまた事実。
「御伽話……ですか……?」
「あら、そうでしょう? ダニエルの研究が進んでいない部分もあるから不明な部分はあるけれど。
『異世界から現れる』のは少女であって成人女性ではないし、『神殿で祈りを捧げて現れた』のではなく地方の農村に現れたのよ?
『ステラファニー』であるわたくしはセーラと通常は名乗っているし貴族の令嬢ではなく研究者として確立しているわ、サリヴァンもアンの設定だと『孤高の黒魔道剣士』だと言うじゃない? おかしくて笑いを抑えるのが大変だったわ……」
「そうですね、私も苦労した部分はございます……」
サリヴァンが遠い目をしたのは、確かにアンの言っていた要素がサリヴァンが「幼い頃にはないわけではない程度にあった」と言う所にある。
「考えれば簡単な事だと言うのに……アンは今でも気が付かないのかしら?」
「気が付かれていない様ですよ、ですがこのままですと……」
「そうね、ダニエルの研究で解剖されるのも寝覚めが悪いわよね」
「念のために、ダニエルにはあと数年は一人でのアンと接触する事は禁じておりますが……」
「その時はその時ね」
考えれば判る事……そう、この世界には様々なものが現れる。
それは生物だったり無生物だったり、有機物だったり無機物だったりする。
機械である事もあるし、雲や霧の様なものである事もある。
毒かと思うようなものもあるし、美味しいものもあるし。
多くの物が現れる中で「本」や「情報媒体」があったとして何がおかしい事があるのだろう?
「とある世界」の人々に対して同情しろとは言いません、作者ですから。
だけど、彼等はすでにいっぱいいっぱいだったのです。
野球のボールサイズの隕石が地上に落下しただけで、地球ならどえらい事になります。例えば、東京ドームサイズの隕石落下が48回連続で落ちたりとか普通にあったりした環境にいたのだと思ったら、少しは「うわぉ」と思えるでしょうか? 想像出来れば。
では、なんで「とある世界」は無事にいられるのかと言えば……別に無事ではないです。単に表面上は無事に見せておかないと滅入っちゃうのです。
一般人は異世界人を忌避しません、何故なら「言葉が通じないどっかの誰か」程度の認識しかありません。いきなり「異世界人だから」と言う事で何でもかんでもやっちゃって良いわけではありません、何故なら法治国家だから。でも異世界人は壊されても殺されても文句言えません、誰かの所有物で所有者が許可すれば。
なので、異世界人および(推定)純正異世界物質は全て「とある研究所」の「お守り」魔法がかけられます。かけた人が居なくなっても亡くなっても魔法は切れません、何故なら空気中の要素で動いているから。
それは、世界と異世界人との両方を守る為の文字通り「お守り」なのです。故に、指定範囲からどんな理由であっても出れば「どっぱん」です。