19、渡来
「闘也!どういうことだよ!まさか、あの爺さんの言ったこと信じるのか」
「ああ。それにいろいろと確信もある」
「そのいろいろを今ここで話せ」
乱州には珍しい命令口調だった。明らかに苛立ちの篭った声である。
「第一に、先ほどの会話だ。何者かの命を削ってエスパーを生み出している。まず、それはいいな」
「ああ。四天王が言ってたからな」
さすがに、エスパー自身が言っていたことには信用があるらしく、乱州も反発しなかった。
「例えば、それがソウリールだったとする。ここで生み出しながら、北朝鮮に、自ら乗り込んで誘拐するなんて無理だろ。現に、さっき俺たちから逃げたじゃないか」
「確かにそうだな」
「そして、もう一つ確信がある。ソウリールは逃げるときに、エスパー01というのに乗り、さらに、02、03もあると言っていた。わざわざ一人で全部乗る必要ないだろ。01が壊れたなら別とするが」
「そうか・・・・・・。でも、北朝鮮にいるかなんて分からないぞ」
「自ら乗り込んで誘拐したエスパーが、そこに拠点を構えている可能性がある。例えいなくても、事情を聞くことくらいはできるはずだ」
闘也は淡々としゃべり続け、乱州がそれに引き込まれるように、納得の表情を浮かべる。
「北朝鮮に渡ることに、反対のやつは理由付きで言ってくれ。納得のできる理由なら渡来はやめる」
反対する者は誰一人いなかった。これで決まった。北朝鮮に渡り、そこにいるエスパーを殲滅し、事情を聞く。さっそく、船かヘリの手配をしてもらわなければ。
「話は固まったかね」
後ろから先ほども聞いた声がする。支部長だった。どうやら、俺達が向こうへ渡るだろうと、予測していたらしい。本当に予測するのが好きな爺さんだ、と呆れていたが、この際どうでもいい。
「大丈夫だ。向こうへの交通手段はヘリだ。本土の真上を通らず、中国に降り立って、そこからは陸上の移動となるが」
「構いません。出発は明日でもいいですか」
「分かった。では、明日の十時ころに、またここに来てくれ。ヘリと、同行する兵士を手配しておく」
「ありがとうございます」
闘也は頭を下げ、また、あの穴へと向かっていった。他の四人もその後を付いていった。
「若いのはいいねぇ・・・・・・」
闘也達が見えなくなったころ、ため息をついて、支部長は呟いた。老いつつある自分の体を皮肉りながらも、闘也達への少なからぬ期待であった。
次の日の九時半過ぎ、闘也達は協会の前に来た。そこには、立派な戦闘ヘリが三機ほど用意されていた。
「中国へはすでに入国許可をもらった。君達は、この一号機に乗り込んでくれ」
指し示されるまま一号機に乗る。他の二つには、軍服に身を纏った兵士達が、すごいスピードで乗り込んでいる。まるで飛行機が兵士を食っているかのようだ。突然に、乱州がヘリから飛び出し、ある一人の兵士の下へと駆け寄った。
「正人さん! 久しぶりです!」
正人と声をかけられた少年は懐かしいような顔をして応答していた。
「久しぶりだな。乱州。仲間とはうまくやってるか」
「もちろんです。そうでなければ戦えませんし、正人さんにも悪いですから」
「僕が? どうして?」
「俺の言葉をしっかり受け止めてくれた人だからです」
瞬間、沈黙が二人の間で起こった。正人は「そうか・・・・・・」と、一言言うと、乱州に手を差し伸べた。
「この作戦、がんばれよ」
「お互いに」
がっちりと握られた手が、ほどける。正人が二号機に乗り込む。乱州が戻ってきた。かなり嬉しそうな表情だ。
声をかけようとした闘也より先に、支部長が出撃命令を出して、ヘリのプロペラ音が響いた。少しずつ、地面から遠ざかり、人が、町が、少しずつ小さくなっていった。
五人は驚愕した。彼らの目に飛び込んできたのは、焼け焦げた自分達の町だった。五人それぞれが、それぞれの表情を浮かべた。闘也は口の中で歯を喰いしばり、拳が震えていた。乱州は真剣な表情を浮かべ、秋人は驚きのあまり口がポカンとあいている。的射や由利は両手で口を覆っていた。驚き、怒り、悲しみ。さまざまな感情を作らせた町はやはり少しずつ小さくなっていった。やがて、彼らの目には、青い日本海が映った。そして、その向こうには、うっすらと陸が見えた。闘也達は、ずっと内陸暮らしだったため、海を見るのは初めてだった。そして、水平線に陸を見るのも初めてだった。
太陽が真上に昇りきったころ、北朝鮮・・・・・・ではなく、韓国が見えてきた。北朝鮮より南東の位置にあるこの国にも、サイコストがいるのだろうか。しかし、韓国も徐々に遠のき、再び海が見えた。
しかし、中国の到達前に事件は起こった。突然に、ヘリの警報アラームが鳴り出した。何が起こったのか。五人は、一斉に四方八方を見回した。
「君達! 念のため、天井についてるパラシュートを装備してくれ!」
闘也達は指示されるがままに、腰にパラシュートを巻きつけ、腹でしっかりと繋いだ。
「くそっ。ここは北朝鮮の領空じゃないはずだ。なのになぜ北朝鮮の戦闘機がいるんだ!」
ピピッ。ヘリの無線機に通信が入った。
<こちら一号機>
<こちら二号機。北朝鮮の戦闘機を肉眼で確認した>
<こちらも肉眼で確認した。攻撃されないように、なるべく戦闘機とは距離を取ってくれ>
<了解。二号機、三号機ともに後に続く>
そこで無線が終了する。ヘリが僅かに右に傾く。そのときだ。ヘリの左側で音がした。鉄と鉄が傷つけあうような音。戦闘機が攻撃をしかけてきたのだ。
<こちら一号機!機関銃と思われる弾丸に被弾! 損傷は軽微。これより武装変換に移る>
<了解。こちらも武装変換に移る>
その瞬間、ヘリは周りの装甲を分厚い地金に変えた。そして、プロペラを収納し、その代わりに後部からジェットエンジンを突き出した。そこからエンジンが点火された。どうやら、プロペラを動力としていたヘリは、ジェットを動力とする戦闘機へと、その姿を変えた。これは、武装変換というよりは、機体変形といった方が正確と思える動きであった。
「君達! 今から北朝鮮の本土の真上を通って、君達を投下する!いつでも下りられるような態勢を作っておいてくれ!」
闘也達がうつ伏せの状態を取った。無線機に通信が入る。
<こちら二号機。パイロットを除いて、総員六名、投下準備完了>
<こちら三号機。こちらも総員六名、パイロット以外は投下準備完了>
<了解。こちらも五名、投下準備は完了だ>
無線による通信が切れる。一号機は先頭を飛んで、北朝鮮に近づいた。
「君達! そろそろ投下する! 心と体の準備をしておいて!」
パイロットは、右手で操縦しながら、左手の指先で、投下ボタンを押しかけていた。もう少し力を加えれば、スイッチが作動し、床が開いて、投下される。
「投下するぞ! 皆・・・・・・グッドラック!」
その言葉を最後に、床が開いた。両手両足を全面に広げ、落ちていく。少しずつ陸が近づいてくる。先ほどのパイロットから、無線が入った。
<今だ! 第一号機部隊、パラシュートを開け!>
言われるままにパラシュートを開く。五つのパラシュートはゆっくりと降りていった。なんとか、海岸に着陸完了。そのうちに、他の部隊も下りてくる。闘也たちも含めた十七人が、北朝鮮に降り立った。闘也は無線に話しかけた。
「こちら魂波。第一部隊「魂」、他二部隊、無事着陸した」
<了解。気をつけて>
無線が途切れると、闘也は大きく深呼吸した後、闘也は一本の剣を作り出した。