一難去ってまた一難
『お前、形だけ結婚しようとか、考えなくていいからな。世間体なんて気にしなくていいから。さっきお母さんにも言っておいたから。』
部屋に戻り、凛にメッセージを送った。すぐ前の部屋にいるのだが、面と向かっては言いにくいので、スマホで。うちは家族間でもLINEで会話をする事が多い。
『何の話?』
凛からの返事はこう。母から作戦を持ちかけられていたわけではないのか?
『お父さんもお母さんも、私と成海さんをくっつけようとしてたよね。それは分かった(笑)』
『結婚するつもりなかったけど、成海さんならいいかもって思った(笑)』
は?なんだと?そもそも笑い過ぎだコラ!成海はダメだ、と言うべきか。それともやはり言わぬ方がいいのか。迷う!
……とりあえず黙っておこう。
「おはよう。ふああ。あ、ねえ仁兄さん、成海さんって今度いつ来る?」
ある朝、凛が俺に言った。
「は?もう来ないよ。」
そっけなく言うと、
「えー、なんでー。仲いいんでしょ?また連れてきてよー。」
お前は駄々っ子か!そして子供か!とっくに社会人の凛は、普段は大人ぶっているくせに、こんな時だけ末っ子らしくなる。
「お前には一生合わせてやんない。」
俺もつい意地を張る。だが、これは本心だ。絶対に合わせてやるもんか。
会社では、ごく自然に成海と距離を取っている。だからプライベートな話もしない。それなのに、この日は俺が休憩をしている時に、成海がやってきた。
「仁さん、ちょっといいですか。」
「何?」
「あの、妹さんの事なんですけど。」
声を潜めて成海が言う。
「凛がどうかしたか?」
「メッセージをいただきまして……。何度も。」
「え!?」
絶句した。成海のどこがそんなに良かったんだ?そりゃ、俺だって好きになったわけだが、それはこいつが俺にぞっこんだったからで……。まさか!成海が俺に似ているからと、凛の事をじっと見つめたりしたものだから……。こいつの熱視線には特別な力が!
「ビシッと断っていいから。むしろ、そうしろ。いいな。」
俺が厳しめに言うと、
「はい、わかりました!」
成海が姿勢を正して言った。
週末、成海と会う為に新宿駅で待ち合わせた。
「仁さん!」
手を振る成海を見て、思わず駆けだした。すると、成海が急に驚いた顔をした。不思議に思って手前で立ち止まると、猛スピードで誰かに追い抜かれた。
「成海さーん!やっと会えたー!」
びっくり。成海に駆け寄り、首に腕を回して抱き着いた女がいる。それは……妹の凛!
「あ、凛!なんだよお前、俺の後を付けてきたのか?」
「そうだよー。だって、成海さん会ってくれないし、仁兄さんもうちに連れてきてくれないし。こうするしかなかったんだもん。」
俺は頭を抱えた。もうダメだ。こいつが男を気に入る所を初めて見たが、まさかこんなに積極的で強引だとは。
「とにかく、話そう。というか、離れなさい!」
俺は凛の腕を掴んで成海から引き離した。
「あのな、凛。落ち着いて聞けよ。俺と成海はただの友達じゃないんだ。付き合ってるんだよ。だから、成海をお前にはやれないんだ。分かるか?」
コーヒーショップに入って三人で座り、俺は早速凛にそう話を切り出した。
「やっぱりそうなんだ。」
凛は驚きもせず、コーヒーをすすっている。
「だから、諦めてもう帰りなさい。」
俺が言うと、凛は目を上げ、俺と成海を見比べた。
「でもさあ……。不毛じゃない?二人、結婚できないじゃん。だったら、私と成海さんが結婚して、三人で一緒に住むっていうのはどう?そうしたら、皆が幸せじゃない?」
凛は嬉しそうに言った。あの母あればこの娘ありか。
「あのなぁ、お前は本当にそれで幸せか?俺は嫌だよ。」
「どうして?」
「だって、成海は……俺が独り占めしたいもん。」
言って、途端に顔から火が出た。いや、実際には出ていないだろうが。でも、成海の顔からも火が出ているように見える。
「成海さんは?仁兄さんの事が好きなら、私の顔も好きでしょ?そうしたら、家に2つもこの顔があって、幸せじゃない?」
凛が成海に言った。成海は目線を上に向け、考えているようだった。想像したのだろうか。そしてニヤニヤし始めた。
「成海、お前……。」
もしかしたら俺の敗北かもしれない。成海にとっては、幸せなのかもしれない。凛も、実際に生活したら俺に勝てると思っているのだ。やっぱり女の方が可愛いでしょ、とか。そうしたら、俺だけが邪魔者になる。ただ金を稼ぐ人になって、夫婦の家に居候しているだけの兄になって、そのうち二人に子供が生まれたら、居候の伯父さんになって……ううっ。
「仁さん、泣かないでください。」
「泣いてないわい!」
「あの、何と言うか、俺は凛さんと結婚するつもりはありません。愛のある結婚しかしない主義なので。」
成海が言った。凛がハッとする。
「ごめんなさい、凛さん。俺は仁さんの事が好きなんです。仁さん以外の人とは誰とも結婚しません。なので、諦めてください。変に会ったり、メッセージを送り合ったりもしません。連絡先を交換しましたが、削除しましょう、お互いに。」
成海はそう言って、スマホを取り出した。凛にも出せと目線で促す。
「ふう、私の負けか。分かったわよ。」
二人はその場で、お互いの連絡先を削除した。
「じゃあね、後は二人で楽しんで。お邪魔しました。」
凛はそう言って、立ち上がった。顔が赤くなっている。多分この後泣くのだろう。小さい頃からそうだった。まず顔を真っ赤にしてからわーんと泣いた。でも、今は声を上げて泣く事はなかった。後ろ姿を見送ると、少し俯いているのが分かる。絶対に泣いている。でも、俺は悪くない。
「仁さんは悪くないですよ。どちらかと言うと俺が悪いです。はっきりしなかったから。」
成海が言った。成海が俺の事をじっと見ている。
「目がウルウルしていて……綺麗です。とても。」
成海が更に顔を近づけた。う、人前だぞ!
「母に誓ったんだった!人前で仲良くしないって!」
俺は突然立ち上がった。
「大丈夫ですよ、ここは新宿ですから。」
「いい加減な事を言うな!」
「あははは。」
成海が笑う。沈んだ気分が急上昇した。今日はデートだ。この後映画を観るのだ。
「そろそろ行きましょうか?」
「そうだな。」
二人並んで歩く。隣にいるだけで、嬉しい。手を繋がなくても腕を組まなくてもいい。隣にいて、時々笑い合う事が出来れば。




