第4章 チート全開 第07話 京都
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
何はともあれ、家族に会いに京都に来た。
しかし、あの頃の僕は、時代に振り回されて、どうやら、記憶もあてにならない。
京都のどこに行けばいいの?
うろ覚えの記憶をたぐり寄せ、金戒光明寺へ来ている。
ここは、会津と深いつながりがあり、手がかりが分かるかも、か細い糸の様な繋がりしかない。
ここの住職に聞いて消息を尋ねる。
この京都は、勤王 佐幕 の深い対立が今でも残る地で、
とても洋装の外国のご婦人を連れて行けるとこではない。
妻子は、ホテルへ置いてきている。ガードマン2名も。
僕「こんにちは、何方かいらっしゃいませんか?」
住職「日本語が達者な方ですな。何か御用ですか?」
僕「家族を探しにアメリカから来ました」
住職「なんやら、深い事情がありそうですな、上がってください。」
部屋に案内され、ここで
家族(母 八重 、妹 志津)を探している。
離縁して京都の実家に身を寄せているはず。
父 朝倉 正尚景雄 は 戦争で亡くなっている。
僕は、息子で 達也と言います。
自分でも何言っているのか、気がせくのが分かる。
住職「 朝倉 正尚景雄様 のお墓なら、ここにあります。
先の戦争でなくなった方々の今日は月命日ですわ。
お堂へご案内します。
ご遺族の方々がお集まりになっております、ご親戚の方々もおられると思います。
」
こんなことがあるのだろうか。神に感謝したい。
僕「よろしくお願いします。」
住職に案内されながら、廊下を歩いてゆくと、お香の匂いが先から流れてくる。
お堂では、これから、読経を始めるところで、30名以上の方々が整然と座っております。
僕は、最後尾端に座り、前に座る方々を確かめる様に眺めている。
見知った姿が前列中央に2名、後ろ姿だが、間違いなく思い出される、母と妹の姿勢だ。
二人とも、清潔な着物姿で喪服をきている。
妹は既に、母より高い。母の頭から半分程上にある。
暮らし向きは難儀してなさそうだ。母は40になるはず、妹は22だったはずだが。
住職が読経を始める。静かに時間がながれてゆく。
2時間ほどして、終了した。
住職が、振り返る。
「お疲れさん、今日は紹介したい方がいます。」
「こちらへ来てください。立ったままでいいですよ。みなさんに顔がわかる様にね。」
僕は、立って、列の端から回って、住職の隣に立った。
「自己紹介してください。」
僕は、溢れる涙が止まらない、前に来た瞬間に母と妹が僕の顔を見て驚いていた。
「......朝倉 達也と申します。父は、 朝倉 正尚景雄 先の戦争で亡くなりました。
勘当の身ですが、父の優しさの故です。本日はここ、会津にゆかりのお寺にて、離散した、母と妹を探しに、アメリカから来ました。..........母上、志津 あ い た か っ た........ 」
住職「仏の導きですな、良かった。」
住職「今日はこれでおわります、みなさん、来月またね。解散」
みなさん、立ち上がり、お堂を出て行かれます。
僕たちは、そこに残り、ただ泣く声が静かにお堂に木霊する。
そっとしといてくれる優しさ。
気分が落ち着いてから、墓参り。
立派な墓には、父の名前と、僕の名前。
そうか、僕は死んだことになっているのか。
勘当されたことは、当人だけしかわからない次第だし。
会津藩は徹底した抵抗で、多くの人が死んでいる。
歴史からも消されるほどの苛烈さだった。
母と妹の現状を確認したら、
実家をあてに京都まできたが、既に代替わりしていて、親戚筋は政府の目をきにして、受け入れなかった。
仕方なく、ここ、金戒光明寺にお世話になっていた。
お寺のお手伝いをして、日々暮らしていたが、その仕置きを聞き、会津所縁の橋本家の奥様が、うちで預かりますと、おっしゃていただき、今は、居候しているとのこと。
妹は、近々、橋本家の子息と婚儀の仕儀らしい。
母は奥向きの差配を仕切っているそうです。
妹は、学校にも通わせていただいて、大学も卒業したそうだ。
橋本家は徳川所縁であり、名家である。
僕の嫌いな、華族です、その華族に家族は助けられている。
縁と輪廻の不思議。
片方ではどうしょうもない盆暗がいるし、こんな心根の方も見える。
僕に教えてくれているみたいだ、人の価値は、外側で判断するなよと。
心の蟠りが消えてゆく。
訪問して、感謝を伝えなければ、どう言えば伝わるのか。
8年間の無償にどう応えれば。
橋本家へ帰る時刻なり、馬車が待っていると、一緒にのせていただいて、お伺いすることにする。
20分ほどで、屋敷に着く。
二人に案内され、本家の屋敷へいく。
玄関をあけ、事情を女中に説明し、しばらく待つ。
女中が迎えにきて、先に歩き、部屋へ導く。ドアの前に来て。
ノック「お客様をお連れしました。」「どうぞ」
両開きドアを開け、二人が先に後に僕が入る。
奥様は、椅子から立ち上がり、「ようこそ、我が家へ」と英語で話す。
二人は会釈をして、
「奥様、本日はお時間をいただき感謝いたします。
死んだはずの息子が帰ってまいりました。
つきましては、息子が、是非とも、お会いし、感謝したいとのことで、連れてまいりました。」
「まあ、堅苦しい挨拶はいいから、お腹すいたから、いつもの様に食事にしましょ。」
女中が、ドアをあけ、先導して、奥様を先頭に廊下をあるいてゆく。
しばらく歩いた先のドアを開け、入っていく。
僕たちも流れるままに、入る。
ダイニングテーブルに洋食フルコースセット、人数分ある、僕の分もある。
女中が「今日は、かぼちゃのスープ、比内鶏の酒蒸し、梨のジャム、カレーです。」
ん? カレーがフルコースにでてくるの?
奥様「お客様のおもてなしですよ。 朝倉 達也さん。お好きでしょカレー。」
ちょっとまて、今日ここへは偶然きただけ、カレー好きだけど、どうして知っている。
奥様
「お若いわね、顔に出ていますよ。
八年で世界第一位の貿易会社にした研究所の頭脳。
最先端の軍事施設に防衛力。
最先端の教育施設。
自己学習する機械。
グローバルネットワーク。
倫理判定装置。
どれもこれも、論文が出ると同時に開発が終わって、商品化し、販売している。
世界の資本の5割がオタクに流れ、欧州は対抗するために、無理やりまとまっている。
太平洋経済圏では日本も恩恵を受けており、技術支援もされておりますのよ。
そんなトップが来たら、それも観光名目できたら、探るでしょ。
あなたが、横浜に来た時から、動向は探らせてました。
まさか、タツヤ・ジョンソンがあなたの息子と同一人物とは想定していませんでしたよ。八重」
八重「私も、初めて知りました、自分の息子とは。」
奥様「そう? そんなにおどろいていないでしょ。然もありなんて顔してるわよ。
ほんとに、どうしょうもない輩ばかりで、お父様を義士にしてしまったことは、この通り、お詫びいたします。」頭を下げる。丁寧に下げられた頭を見た時、言葉がでなかった。
「奥様、こちらこそ、ご厄介になり、娘の学業にまで負担いただき感謝いたしております。」
「八重、それとこれは別なのよ。」
「私、橋本 佳苗 日本の明治政府の教育係をしています。
やんちゃな若者たちを大人にする躾ですわ。
今後とも良しなに。」
凛とした言葉、オーラが出ているということを体感したよ。
歴史の重みがそこに存在している。
思わず、波動をみてしまった。
輝いている心が眩しい。
本人は気がついていない様だが力が使えるはず。
姉さん、極東に、俺たちと同じレベルの人間がいる。
僕「そこまでしらべているとは、驚きです。
失礼を言いますが、日本に期待はしていませんでした、特に上層部には。
しかし、今日から改めます。
母と妹を救ってくださり、私の心の黒い歴史も消えました。
いま、自分がここにいる事に感謝いたします。
奥様の慈悲の心に、どう応えることができるか考えていましが、
日本の近代化に全力で協力を約束します。
これが、奥様への答えだと。」
「話が長くなりましたね、食事が冷めます。さあ、食べましょ」
高度な文明を持つ知性生命体でも、人と変わりない日常(喜怒哀楽)。




