38話 心的外傷
ライルたちは役場を出、まずは通りに出る。
無論、職を探すためだ。
とは言え今回に限っては、日銭を稼げれば何でも良いという話ではない。
公国の現状を見極め、真実に迫るためには適切な「立場」を選ぶ必要がある。
「どうする? 4人で同じ職に就くか?」
「いえ、2人ずつで分かれた方が良いかも。一か所に集中するのはちょっと、ね」
「あー、それもそうだな。うん、それぞれ合いそうな仕事を探すか」
表現をぼかしながら、ライルたちは会話をする。
仲間内に「火」を出せる魔人族がいない以上、しばらくはこうやって話さなければならなさそうだ。
「しかし、合う仕事ったってな……。だいたい、どこのどいつが働き手探してるかもわかんねえし。そうだ、その辺の奴に聞いてみるか」
通りの青果商店に目を付け、フゲンは先行する。
かと思えば店主らしき女性に、一切迷うことなく即座に声をかけた。
「なあお前、ちょっと聞きてえことがあるんだけど」
「はいはい、何でしょう……って、おや旅人さんじゃないか!」
通りに背を向けて作業をしていた女性は振り返り、声の主が「旅人」だとわかるや否や顔を輝かせた。
「居酒屋の主人から聞いてるよ。昨日ここに来たばっかりなんだってね。それで、何の用だい?」
「仕事探しだ。オレらこの国に住むことにしたんだけど、職をどうしようかって悩んでんだ。働き手を募集してるとこって、どっかねえか?」
「まあ! 定住してくれるのかい!」
女性は宿の主人と同じ反応をする。
やはり、旅人が国に住むことは彼らにとって特別喜ばしいことのようだ。
「しかし、仕事ねえ……」
「やっぱ旅人だと難しいか?」
「いやいや、その逆だよ。旅人さんなら誰だって歓迎するから、どこが良いとか助言しにくいのさ」
「ふーん」
フゲンは口をへの字に曲げ、いささか怪訝な顔をする。
言葉だけ見れば好意があるだけだが、彼もまたライルと同じく、異なるものを感じ取っていた。
「だから職については完全に旅人さん次第だね。何となくでもいいから、どんな仕事をしたいとかあるかい?」
女性の問いかけに、モンシュがすっと手を挙げる。
「あの……可能なら、魔女様の下でお仕事をしたいんですけど」
どこでもと言うのならば、まず考えるはそこだろう。
国の中心にして問題の中心でもある魔女に近付くには、彼女の傍に使えるのが手っ取り早い。
「お城でってことかい? ああ、できるとも。ただし女性だけだがね」
「え、男の人は働けないんですか?」
「働けないっていうか、そもそもお城自体、男子禁制なんだよ。魔女様はたいそう美しい方だからね。分不相応に妙な気を起こさないようにってわけだ」
旅人さんたちも叶わぬ恋に落ちないようにね、と女性は冗談めかして言った。
「そうだ、あとは有角族も立ち入り禁止だから、気を付けるんだよ」
「有角族も?」
予想外の制約に、モンシュもライルたちも目を丸くする。
と、女性ははたとカシャの角に目をやり、少し慌てたように付け加えた。
「おっと、気を悪くしないでおくれよ。別に私たちが有角族のことを嫌ってるとか、そういうわけじゃないんだ。ただ魔女様がね……」
声を落とし、手を口元に添えて彼女は続ける。
「なんでも幼い頃、有角族の悪漢に酷い目に遭わされたらしいんだよ。ほら、魔人族は体が弱いだろう? そりゃあ痛ましい怪我をしたそうで……その時の影響で、今も苦手意識があるって話だ」
女性は魔女のことを思ってか、顔を曇らせた。
が、そこにも「同情」以外の異物が紛れていることをライルは感知する。
「けど魔女様も、ちょっぴり苦手なだけで敵視はしてないからね。そこは安心しておくれよ」
「そうなんですね。お話、ありがとうございました。お仕事についてはまたゆっくり考えてみます」
「お役に立てたなら何よりだよ。またね、旅人さんたち」
無難な言葉で会話は締めくくられ、ライルたちは女性の元を離れた。
「魔女は有角族が苦手、か……」
「意外だったけど、まあ彼女も人間ってことね。記憶にとどめておきましょう」
「だな」
役に立つかはわからないが、これも貴重な情報だ。
ライルはひとまず、己が知識にしかと加える。
さて次は、と思考を再開したところで、ふと隣のフゲンの様子が目に付いた。
口を閉ざし上の空で、何やら物憂げな雰囲気である。
「どうしたフゲン、浮かない顔して」
「ああいや……さっきの話聞いて、ちょっと思い出したことがあってな」
「手がかりになりそうなことか? それとも悩み事?」
「大したことじゃねえよ。それより仕事、どうするか考えようぜ」
とは言いつつも、彼の脳裏にはかつての出来事が思い起こされていた。
――それは、まだフゲンが学校に通っていた頃のこと。
喧嘩好きの問題児ではあったが、その明朗な性格から彼には何人もの友人がいた。
休憩時間、放課後、休日に至るまで、フゲンと友人たちは暇を見つけては共に遊び回るのが常だった。
そんな友人たちの中で、特異とも言える者が1人いた。
魔人族の少年である。
地底国には魔人族が少ない。
地形の凹凸が激しい上、凶暴化した動物が闊歩する地底は魔人族が住むには適さないからだ。
だがその少年は親の仕事の都合だとかで、地上国から移り住んで来ていた。
子どもたちの中には「余所者」の彼を嫌う者もいたが、フゲンやその周りの友人たちは気にせず彼と付き合った。
フゲン自身は言わずもがな、友人たちも彼と波長が合う者たちであるからして、妥当な結果である。
ある夏の日。
フゲンと魔人族の少年は、いつものように学校の近くで遊んでいた。
その日は珍しく他の友人は皆都合が悪く、彼らは2人きり。
大人数でやるような遊びはできないため、水切りをしたり、虫を捕まえたりしていた。
何のことは無い、いつも通りの楽しい時間。
そのはずだった。
遊び始めてしばらく、少し疲れてきたため2人は木陰で休憩をとることにした。
川の水で喉を潤し、他愛もない話をして。
……どういう会話の流れだったか、そしてその言葉がどんなものだったか、フゲンはもう覚えていない。
少年が冗談を言った。
フゲンはそれがツボに入り、笑い転げた。
気を良くした少年が、重ねて冗談を言った。
涙が出るほど笑いながら、フゲンは「やめろ、腹がよじれる」と少年の肩を叩いた。
ばきん。
と。
嫌な音が鳴り、嫌な感触がフゲンの手に伝わった。
それまで愉快そうに笑っていた少年の顔が一変し、数秒もせず彼は悲鳴を上げた。
その声と、表情と、何より手に残る感触を、フゲンは今でも鮮明に覚えている。
自分が友人の骨を折ってしまったのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
フゲンは急いで彼を病院、あるいは大人のところに運ぼうとしたが、彼があまりにも痛がるものだからどうすれば良いかわからない。
悲鳴が学校まで届いたのだろう、そうしているうちに騒ぎを聞きつけた教師たちがやって来た。
少年は病院に連れて行かれ、いつの間にかへたり込んでいたフゲンは、教師に引っ張られるように立たされた。
記憶はそこで終わっている。
思い出し得る次の記憶は、少年の親から彼と会うのを禁じられた日、その時に感じた鉄の匂いと味。
記憶には無くともおそらく、あの魔人族の友人と会うことはもう無かったのだろうとフゲンは思っている。
両親の死により学校を辞めざるを得なくなったのが、それからすぐのことであったからだ。
ともあれこの出来事により、フゲンが魔人族と戦うのを忌避するようになったのは言うまでもない。
「――で、城で働くのが難しいとなると、どうするべきか……。フゲンはどう思う? しばらく様子見に回るか?」
「あー、そうだな」
へら、と笑い、蘇った恐怖を心の底に押し込んで、フゲンは返す。
「いや、オレも何とかして役に立ってみせるぜ」